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1.突然の電話

1.突然の電話



 突然の出来事だった。それは1本の電話から始まった。


 純は認知症の父の夕食の支度をしていた。母は婦人部の会合で留守にしていた。

 夕食の支度といってもカレーくらいしか出来ないのだが、野菜スープとサラダも用意した。

 出来たものをテーブルに並べ、テレビをつけたまま寝込んでしまっていた父を起こし、食卓に着かせた。

 その時、純の携帯電話が鳴った。ディスプレイには名前が表示されていない。携帯電話の番号だけ。しかし、その番号には見覚えがあった。それは忘れたくても決して忘れられない番号…。




 1年前…。

 純たちは幸せの絶頂だった。2か月後には結婚するはずだった。

「あのね、話したいことがあるの」

 ひとみがうつむき加減で純に声をかけた。その時のひとみの表情は今でも覚えている。

 明るくて笑顔がとても魅力的な彼女が初めて見せた表情。どこか儚げで、それでいて、透き通るような美しさが溢れていた。

「どうしたの?」

 純は首をかしげながらひとみの肩に手を置いた。

「私、純君と結婚できないよ」

 たぶん僕の聞き間違いだ。純はそう思ってもう一度聞いた。

「なに?」

「さようなら」

 ひとみはそう言って走り去ってしまった。

 純はすぐにひとみの後を追った。ひとみに追いつくと純は彼女の手を取った。

「どういうこと?ちゃんと説明して」

 ひとみは純の目を見ようとしない。ただ、震えながら下を向いている。純に涙を見せないようにしているのだ。

「居なくなっちゃう…。私、純君の前からいなくなっちゃうんだよ」

「どういうこと?何があったの?」


 このところ、ひとみが体調を崩しているのは知っていた。早く病院に行くように勧めていたほどに。

「これくらい大丈夫だよ。いざとなったら準君に看てもらうから」

 小学校の先生だった彼女は仕事を休むわけにはいかないと言って、病院に行こうとはしなかった。

 夏休みに入ってからようやく病院で診察を受けた。そこで一通りの検査を受けて、数日後、再び病院を訪れると、予想もしていなかった病名を告げられた。骨髄性白血病…。



 幼いころに交通事故で両親を亡くしたひとみは身寄りがなく、施設に引き取られた。一生懸命勉強して教員免許を取得した。

 純とひとみはひとみがアルバイトをしていた本屋で知り合った。付き合い始めて5年になる。そして、先月プロポーズしたばかりだった。



 純は愕然とした。でも、すぐに気を取り直してひとみに声をかけた。

「白血病だからって死んでしまうと決まったわけじゃない」

「そうかもしれないけれど、明日から入院しなければならないの。結婚式までに退院できるはずがないわ」

 泣きわめく彼女。純は彼女を抱きしめた。

「結婚式なんて問題じゃない。君さえそばに居てくれのなら僕はそれだけでいい」

「いつまで居られるのかさえ分からないよ」

「居られるさ…。僕がずっと君をそばに置いてあげる。約束するよ」

「だめ!私が居なくなったら、私のことは忘れて。純君には私の分まで幸せになって欲しいから」

 ひとみは声を震わせながら、純にそう訴えた。純は彼女の体が折れてしまいそうなほど強く抱きしめた。


 ひとみは入院して半年後にこの世を去った。

「ひとみ…。約束だからね。君はずっと僕のそばにいるんだ」




 その電話番号はひとみの携帯電話の番号だった。純はすぐに電話を耳に当てた。

『会いたいよ』

 間違いない。ひとみの声に間違いない。

「ひとみ!どこにいるんだ。僕も会いたいよ」

『へへっ。今ね、あの公園にいるの』

元気だった頃のはにかんだ口調。間違いなくひとみだ。

「分かった。すぐに行く」

 純は電話を切ると、あの公園へ走った。ひとみを最後に抱きしめた、あの公園。

「着いたよ。どこにいるの?」

 純は必死に公園中を探した。けれど、ひとみの姿はどこにもなかった。

 そうだ!純は携帯を手に取り電話をかけた。

『おかけになった番号は現在使われておりません。番号をお確かめのうえ…』

 純はもう一度、さっきの着信履歴を確認した。その番号は確かにそこに残っていた。







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