『異世界解体新書 ~「魔王城の撤去」を落札しました。工期が短いので、神話級の「魔導重機(ユンボ)」で物理的に粉砕します~』
「魔王城が邪魔? だったら壊せばいい」 魔法も聖剣も使いません。 重機と物理で解決する、解体屋のお話です。
【第一章:入札会議とヘルメット】
王都の大会議室は、紛糾していた。 議題は一つ。旧魔王領の中心にそびえ立つ、忌まわしき**『魔王城』の処分**についてだ。
「爆破魔法は危険すぎます! 城の建材には『呪いの魔石』が使われている。下手に吹き飛ばせば、都まで汚染されますぞ!」 「ではどうするのだ! 人力で崩そうにも、あの壁はミスリル合金並みの硬度だ。職人が何人いても足りん!」 「聖騎士団の剣でも傷一つ付かんのだぞ……」
大臣や宮廷魔術師たちが、額に汗を浮かべて怒鳴り合っている。 勇者が魔王を討伐してから半年。 主を失ってもなお、魔王城は禍々しい瘴気を放ち続け、自動修復機能によって傷一つ癒やさず、復興を阻む巨大な墓標として君臨していた。
工期は未定。予算は青天井。 誰もが「不可能だ」と匙を投げかけていた、その時。
「……くだらねぇ」
部屋の隅から、しわがれた声が響いた。 全員の視線が集まる。 そこにいたのは、場違いな男だった。 泥と油にまみれた作業着。頭には、傷だらけの黄色いヘルメット。首にはタオルを巻き、無精髭を生やした40代後半の男。
ゲンゾウだ。
「貴様、何者だ! 警備兵は何をしている、こんな薄汚い男を……」 「俺か? 俺はただの『解体屋』だ」
ゲンゾウは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、円卓に放り投げた。 入札の書類だ。
「魔王城の解体工事。……俺なら3日で終わらせる」
「は……?」 「3日だと!? 我々が10年かかると試算したのだぞ!?」 「魔法も使えない一般人に何ができる!」
嘲笑と罵声が飛ぶ。 だが、ゲンゾウは動じない。彼はポケットから缶コーヒー(錬金術で再現したもの)を取り出し、プシュッと開けた。
「魔法だの聖剣だの、お上品なこっちゃ。……『壊す』ってのはな、祈りじゃねぇんだ。物理と計算だ」
彼は一口飲み、ニヤリと笑った。
「俺の『相棒』を見れば、腰抜かすぜ?」
【第二章:鉄の巨人、起動】
翌日。魔王城の前。 視察に来た王国の大臣たちは、口をあんぐりと開けて空を見上げていた。
「な、な、なんだこれは……!?」
城門の前に鎮座していたのは、巨大な鉄の塊だった。 高さ10メートル。 武骨な装甲板と、剥き出しのシリンダー。キャタピラ(無限軌道)が大地に食い込み、背中からは蒸気機関のマフラーが突き出ている。 そして何より目を引くのは、右腕にあたる部分に装備された、城壁よりも巨大な**「鋼鉄の爪」**だ。
魔導重機――『鉄鬼』。 ゲンゾウがこの世界に転生してから10年、ダンジョンの廃棄ゴーレムや古代文明の遺産を継ぎ接ぎし、執念で組み上げた「最強のユンボ(油圧ショベル)」である。
「よし。……ミズキ、準備はいいか?」
操縦席に座ったゲンゾウが、無線機(魔導インカム)で呼びかける。 重機の足元には、青いローブを着た若い女性が立っていた。 ミズキ。 没落した貴族の娘であり、この国でも指折りの「水魔法」の使い手だ。借金返済のために、ゲンゾウの解体屋に就職した変わり種である。
『はい、親方! 水源確保よし、タンク満タンです! いつでも放水いけます!』
ミズキが杖を構える。彼女の周囲には、すでに水のリングが待機していた。
「おう。今日はデカい現場だ。……埃立たせんじゃねぇぞ。近隣住民(まあ魔物だが)に迷惑かけっと、クレーム来っからな」 『了解です! 本日も、ご安全に!』
「ご安全に!」
ゲンゾウはキーを回した。
ズドオオオオオオオンッ……!!
魔導エンジンが咆哮を上げる。 腹に響く重低音。振動がシートを通して背骨に伝わる。 油圧の匂い。鉄の匂い。 これだ。この感覚だ。
「仕事の始まりだ!!」
ゲンゾウはレバーを引いた。 『鉄鬼』の巨体が、軋み音を立てて動き出す。 巨大なアームが振り上げられ、魔王城の堅牢な城壁へと叩きつけられた。
ガァァァァンッ!!!!
一撃。 魔法障壁ごと、ミスリルの城壁が粉々に砕け散った。
「す、すごい……!」 「一撃で城壁を……!?」
大臣たちが腰を抜かす中、大量の粉塵が舞い上がろうとする。 解体現場において、粉塵は視界を奪い、作業員の肺を壊す大敵だ。
「させませんッ!」
ミズキが杖を振るう。
「水魔法・霧雨の結界!!」
シュウウウウウッ……! 舞い上がろうとした粉塵を、超微粒子の霧が一瞬で包み込み、地面へと叩き落とす。 視界はクリアなままだ。 完璧な散水。
「いい腕だ、ミズキ!」 『えへへ、ボーナス期待してますよ!』
ゲンゾウは笑い、次々と城壁を「剥がして」いく。 破壊ではない。解体だ。 構造を理解し、脆い部分(継ぎ目)に爪を引っかけ、ベリベリと引き剥がす。 その手際は、暴力的な見た目に反して、外科手術のように繊細だった。
【第三章:不法占拠者との交渉(物理)】
作業は順調に進んでいた。 だが、城の主郭に差し掛かった時、異変が起きた。
ゴゴゴゴゴ……!
崩れかけた城の中から、巨大な石像たちが動き出したのだ。 『ガーゴイル』の群れ。 そして中央には、全身が黒曜石でできた身長5メートルの巨体――**『魔将軍ゴーレム』**が立ちはだかった。
『グオオオオ! 何奴だ! 我が主の城を壊す不届き者は!!』
魔将軍が咆哮する。 どうやら、魔王亡き後も城を守り続けていた残党らしい。
「あー、やっぱり出たか。どこの現場にもいるんだよな、立ち退き拒否する厄介な連中が」
ゲンゾウは煙草を咥え、外部スピーカーのスイッチを入れた。
『あー、テステス。……おい、そこの石っころ。ここは既に王国の管轄だ。解体許可証も出てる。工事の邪魔だ、どきな』
『黙れ! ここは魔族の聖地! 貴様のような鉄屑に壊させてたまるか!』
魔将軍が巨大な石剣を振りかざし、突っ込んでくる。 ガーゴイルたちも空から急降下してくる。
「交渉決裂か。……ミズキ、害鳥駆除だ。撃ち落とせ」 『はいはい! もう、野蛮なんだから!』
ミズキが杖を空に向ける。
「高圧水流ッ!!」
ズバババババッ!!
細く絞られた水の刃が、空中のガーゴイルを次々と切断する。 石の体が豆腐のようにスライスされ、バラバラになって落ちてくる。 ただの散水係ではない。彼女は元々、攻撃魔法のエキスパートなのだ。
『小娘がぁ! ならば我輩が!!』
魔将軍が『鉄鬼』の足元に肉薄する。 その剣が、コクピットを狙って振り下ろされる――寸前。
「遅ぇよ」
ガション!! 『鉄鬼』の左腕が動き、魔将軍の剣をガシッと掴み止めた。 油圧シリンダーが唸る。パワー勝負なら、魔法生物ごときに負けはしない。
「工事の邪魔をするなら……スクラップだ」
ゲンゾウは右手のレバーを操作した。 右腕のアーム先端のアタッチメントが、高速で回転し、変形する。 『爪』から、巨大なハサミのような形状へ。 **『魔導圧砕機』**だ。コンクリートの鉄骨すらバターのように噛み切る、解体屋の牙。
『な、なんだそれは……!?』
「歯医者だよ。……口開けな」
ガギンッ!!!!
ニブラが魔将軍の頭部を挟み込んだ。 黒曜石の硬度など、数千トンの油圧の前には無力だ。
「粉砕ッ!!」
メシャアアアアアッ……! 不快な破砕音と共に、魔将軍の頭が粉々に砕け散った。 巨体が崩れ落ち、土煙が舞う。 すかさずミズキが水を撒き、視界を確保する。
「ふぅ。……これだから不法占拠者は嫌いなんだ」
【第四章:再生する城と、杭打ち機】
邪魔者は排除した。 だが、最大の問題はここからだった。
どれだけ壊しても、城が「再生」するのだ。 壁を崩しても、数分後にはニョキニョキと石が生えてきて元通りになる。
『親方、これじゃキリがありません! 魔力が尽きちゃいます!』
ミズキの悲鳴が無線から聞こえる。 ゲンゾウはモニターを睨んだ。 サーモグラフィー(魔力探知)に切り替える。 城の地下深く。基礎部分に、ドクンドクンと脈打つ巨大な魔力の塊が見えた。
「……なるほどな。地下に『魔王の心臓』が埋まってやがる」
あれがある限り、この城は無限に再生する。 そして、コアは地下20メートルの岩盤の下だ。掘っている時間はない。
「……やるか」
ゲンゾウは覚悟を決めた。 『鉄鬼』の最終兵器を使う時だ。
「ミズキ! 全魔力を『冷却水』に回せ! エンジンが焼けるぞ!」 『えっ!? まさか、アレを使うんですか!? 暴走しますよ!』 「構わん! ……男にはな、一発ブチ込まなきゃならねぇ時があるんだよ!」
ゲンゾウはコンソールにある赤いボタンを叩いた。 ガション、ガション、ガション……!
『鉄鬼』の右腕が変形する。 圧砕機が外れ、奥から現れたのは、長さ5メートルはある巨大な鋼鉄の「杭」。 『超振動・魔導杭打ち機』。
キィィィィン……! 杭が超高速で振動し、周囲の空気が歪む。 エンジンの回転数が限界を超え、警告音が鳴り響く。
「熱っ……! くそっ、冷却が追いつかない!」
コクピットの温度が上昇する。 ミズキが必死に機体に水をかけ、蒸発熱で冷やすが、それでも足りない。
『親方! もう限界です!』 「まだだ……! まだ芯に照準が合わねぇ!」
ゲンゾウは汗だくになりながら、レバーを微調整する。 狙うは一点。 再生する城壁の隙間、その奥にある岩盤の一点。
「……捉えた」
照準が赤く光る。 ゲンゾウは吠えた。
「発破ァァァァァァァッ!!!!」
トリガーを引く。 ズドオオオオオオオオオオンッ!!!!
杭が射出された。 それは音速を超え、城の床を、岩盤を、そして地下の空間を貫通した。 そして、魔王の心臓に直撃する。
振動。 城全体が波打つように揺れた。 コアが粉砕された衝撃波が、地下から地上へと突き抜ける。
バシュゥゥゥン……。 魔王城を構成していた魔力が霧散し、巨大な城が、まるで砂上の楼閣のようにサラサラと崩れ落ちていった。
【エピローグ:更地の向こうに】
3日後。 そこには、見渡す限りの平野が広がっていた。 魔王城も、瓦礫も、瘴気も、すべて綺麗さっぱりなくなっている。 完璧な更地だ。
「……信じられん」
視察に来た国王が、震える手で地面を触った。 綺麗に整地(転圧)までされている。すぐにでも新しい街が作れそうだ。
「約束通り、3日で終わらせたぜ。……追加料金(魔将軍の処分費)は請求書に入れとくからな」
ゲンゾウは『鉄鬼』のステップに座り、缶コーヒーを飲んでいた。 横では、ミズキが疲れ果てて座り込んでいるが、その顔は満足げだ。
「本当に……貴殿は何者なのだ?」 「言っただろ。ただの解体屋だ」
ゲンゾウは空になった缶を握りつぶした。 見上げれば、久しぶりに見る青空が広がっている。 煤煙も、瘴気もない。澄んだ空だ。
「いい眺めだ」
壊すことは、終わりじゃない。 新しい何かを作るための、始まりだ。 この更地に、どんな街ができるのか。それを見るのも悪くはない。
「さて、行くかミズキ。次の現場が待ってる」 「ええーっ! 少しは休みましょうよぉ親方!」
文句を言いながらも、ミズキは立ち上がり、杖を振って泥だらけの作業着を魔法で綺麗にした。 『鉄鬼』のエンジンがかかる。 重厚なアイドリング音が、平和になった世界に響き渡った。
異世界の解体屋。 彼らが通った後には、何も残らない。 ただ、希望という名の更地が残るだけだ。
(完)
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