第9話「静かな仕事」
【第9話:前書き】
第9話は、澪の視点の仕事回です。
今回は、派手な活躍はありません。
劇的な展開もありません。
でも、とても大切な話だと思っています。
さりげなく、静かに、誰かを支える。
そんな仕事のスタイル。
目立たないけれど、
確実に誰かの役に立っている。
澪の、縁の下の力持ちとしての魅力を、
感じていただけたら嬉しいです。
それでは、第9話をお楽しみください。
火曜日の午後。事務部のフロアは、いつもの静けさに包まれていた。
私は、デスクで伝票の処理をしていた。
営業部から上がってきた受注データを、システムに入力する。地味な仕事だけど、ミスが許されない大切な作業だ。
隣の席では、入社2年目の佐藤くんが、同じように入力作業をしている。
彼は真面目だけど、少しそそっかしいところがある。
私は、自分の作業を終えて、念のため佐藤くんの入力内容をチラッと確認した。
すると、一つ気になる点があった。
納品日が、一日ずれている。
多分、打ち間違えだろう。
でも、このまま処理が進むと、お客さんのところに商品が届かない日が出てしまう。
私は、佐藤くんに声をかけようとして、やめた。
彼は今、電話対応中だった。
まあ、いいか。
私は、自分のパソコンで、そっと修正した。
佐藤くんのアカウントでログインして、該当の伝票を開いて、納品日を正しい日付に直す。
それから、念のため他の伝票も確認した。
もう一件、数量の入力ミスがあった。これも、直しておく。
全部で5分もかからなかった。
私は、何事もなかったように、次の作業に移った。
こういうことは、時々ある。
後輩のミスに気づいた時、わざわざ指摘するより、静かに直してしまった方が早い。
本人も恥をかかないし、仕事も滞らない。
それでいいと思っている。
午後3時。
佐藤くんが、突然「あっ!」と声を上げた。
「どうしたの?」
向かいの席の先輩が聞いた。
「や、やばい……納品日、間違えてたかも……」
佐藤くんは、慌ててパソコンの画面を確認している。
「え、どれ?」
「昨日入力した、マルヤマスーパーの伝票なんですけど……」
佐藤くんは、必死にスクロールして、該当の伝票を開いた。
そして、固まった。
「あれ……?」
「どうした?」
「い、いや……直ってる……」
「直ってる?」
「はい。間違えたと思ったんですけど、正しい日付になってます……」
佐藤くんは、画面を何度も確認している。
「他の伝票も……あれ、これも直ってる……」
私は、黙って自分の作業を続けていた。
佐藤くんが、ふと私の方を見た。
「霧島さん……」
「ん?」
「もしかして……」
私は、何も言わずに、微笑んだ。
佐藤くんは、ハッとした表情になった。
「霧島さん、直してくれたんですか……?」
「さあ、どうかしら」
「いや、絶対そうですよね……誰も気づいてないのに、直ってるなんて……」
佐藤くんは、深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます!」
「別に、気にしなくていいわよ」
「でも……」
「誰にでもミスはあるから。次から気をつければいいの」
私は、そう言って、また作業に戻った。
佐藤くんは、しばらく私を見つめていた。
それから、小さな声で呟いた。
「霧島さんって……すごいな……」
その言葉は、聞こえないふりをした。
でも、少しだけ嬉しかった。
夕方、定時が近づいた頃。
佐藤くんが、私のデスクにやってきた。
「霧島さん、今日、お時間ありますか?」
「どうしたの?」
「お詫びに、コーヒーでも奢らせてください」
「そんな、気にしなくていいのに」
「いや、でも……」
佐藤くんは、困ったような、でも嬉しそうな顔をしている。
「分かった。じゃあ、少しだけ」
「ありがとうございます!」
会社を出て、近くのカフェに入った。
佐藤くんは、コーヒーを2つ注文して、私の向かいに座った。
「霧島さん、いつもありがとうございます」
「別に、特別なことはしてないわよ」
「いえ、してます。僕、気づいてるんです」
「何を?」
「霧島さんが、いつも僕のミスをフォローしてくれてること」
私は、少し驚いた。
「気づいてたの?」
「はい。最初は偶然かと思ってたんですけど、何度もあるので……」
佐藤くんは、少し恥ずかしそうに笑った。
「僕、まだまだダメですね」
「そんなことないわ。あなた、ちゃんと成長してるもの」
「本当ですか?」
「ええ。最近は、ミスも減ってきてるし」
「それは……霧島さんが、いつも見守ってくれてるからです」
佐藤くんは、真剣な顔で言った。
「霧島さんみたいな先輩になりたいです」
私は、少し照れくさくなった。
「大げさよ」
「いえ、本当に。霧島さんは、静かだけど、いつも周りを見てる。そして、必要な時にさりげなくフォローしてくれる」
佐藤くんは、コーヒーを一口飲んだ。
「僕も、いつかそういう先輩になりたいです」
私は、彼の言葉に、少し胸が温かくなった。
自分の仕事は、地味で目立たない。
でも、こうやって誰かの役に立っているなら、それでいい。
それが、私のやり方だから。
「佐藤くん、これからも頑張ってね」
「はい!」
カフェを出て、駅で別れた。
帰り道、私はふと思った。
ひよりは、派手に活躍する営業。
私は、静かに支える事務。
それぞれのやり方で、私たちは働いている。
どちらが偉いとか、そういうことじゃない。
それぞれが、自分の場所で、ベストを尽くす。
それが、仕事なんだと思う。
家に帰って、いつものように料理を作った。
今日は、シンプルに生姜焼き。
一人分だけど、丁寧に作る。
それが、私のスタイルだから。
静かで、穏やかで、でも確実に。
そうやって、私は生きている。
第9話、いかがでしたでしょうか。
澪の静かな優しさ、感じていただけましたか?
派手な営業のひよりと、地味な事務の澪。
どちらが偉いとか、そういうことではありません。
それぞれの場所で、ベストを尽くしている。
そんな二人の対比が、この物語の魅力の一つだと思っています。
澪の、さりげない優しさ。
それが、誰かの支えになっている。
素敵なことだと思います。
次回、第10話はひより単独回。外回りの途中で出会う、ちょっと不思議な物語。
第10話もお楽しみに。
最後まで読んでくださって、
ありがとうございました。




