第2話「霧島澪の土曜日」
第2話は、澪の視点でお届けします。
第1話ではひよりの元気な姿を描きましたが、
今回は対照的に、澪の静かな日常を描いています。
一人の時間を大切にする女性。
本を読み、コーヒーを飲み、穏やかに過ごす休日。
でも、そんな澪にも、少しずつ変化が訪れています。
ひよりという存在が、彼女の世界を少しずつ広げていく。
そんな二人の関係性を、感じていただけたら嬉しいです。
それでは、第2話をお楽しみください。
土曜日の朝は、ゆっくりと目が覚める。
カーテンの隙間から差し込む光が、いつもより柔らかい。時計を見ると、午前8時半。平日なら、とっくに会社に着いている時間だ。
私の名前は霧島澪。27歳、食品メーカーの事務員。入社して5年目になる。
ベッドから起き上がって、窓を開けた。10月の風が、ひんやりと心地いい。
一人暮らしを始めて、もう5年になる。1LDKのこの部屋は、私にとって大切な場所だ。離婚してから、ここで一人の時間を取り戻した。
キッチンに立って、コーヒーを淹れる。豆を挽く音と香りが、休日の朝を実感させてくれる。
リビングのソファに座って、読みかけの本を開いた。推理小説。犯人が誰なのか、そろそろ分かりそうなところだ。
コーヒーを一口飲んで、ページをめくる。
これが、私の理想的な休日だ。
静かで、穏やかで、誰にも邪魔されない時間。
結婚していた頃は、こんな時間はなかった。夫は賑やかなのが好きで、休日も友人を呼んだり、出かけたりすることが多かった。私はそれに合わせていたけれど、だんだんと疲れてしまった。
価値観の違い。
離婚理由を聞かれたら、そう答えることにしている。実際、その通りだった。
でも、今は後悔していない。一人の時間を楽しめるようになったし、自分のペースで生きられる。
本を30ページほど読んだところで、携帯が鳴った。
画面を見ると、ひよりからのメッセージだ。
『おはよー! 今日、お昼ごはん一緒にどう? 駅前に新しいカフェができたの!』
ああ、そういえば昨夜、約束していたような気もする。
私は少し考えて、返信した。
『いいよ。何時に待ち合わせ?』
『12時! 駅の改札で!』
即答だった。ひよりは、いつもこうだ。
私は本にしおりを挟んで、立ち上がった。シャワーを浴びて、着替えなければ。
洗面所の鏡を見ながら、ふと思う。
ひよりと出会ってから、私の生活は少し変わった。
彼女が入社してきたのは、2年前。営業部に配属された新人の彼女は、初日から元気いっぱいだった。事務部の私とは、仕事で関わることがあって、すぐに仲良くなった。
最初は、正直なところ、少し面倒だと思っていた。
週末になると誘ってくるし、金曜日には私の部屋に来たがる。一人の時間が好きな私にとって、それは少し負担だった。
でも、断り切れなかった。
彼女の笑顔が、どこか放っておけなかったのだ。
そして、気づいたら、彼女と過ごす時間が苦痛ではなくなっていた。
むしろ、楽しみになっていた。
料理を作って、彼女が「美味しい!」と言ってくれる瞬間。一緒に出かけて、新しい場所を知る驚き。
ひよりは、私に外の世界を見せてくれる。
そして私は、彼女に落ち着く場所を提供している。
持ちつ持たれつ、というやつだろうか。
正午少し前に、駅に着いた。
改札の前で待っていると、すぐにひよりが駆けてきた。
「澪さーん! 待った?」
「今来たところ」
「よかった! じゃあ、行こう!」
ひよりに手を引かれて、私は駅前の通りを歩く。
新しくできたカフェは、ガラス張りで明るい雰囲気だった。ひよりが選ぶお店は、いつもこういう感じだ。
「ここ、パスタが美味しいんだって! あと、デザートも!」
「そう」
私は短く返事をして、メニューを開いた。
ランチを食べながら、ひよりは話し続ける。仕事のこと、最近見たドラマのこと、来週行きたいお店のこと。
私は相槌を打ちながら、時々自分の話もする。
「澪さんって、離婚してから、寂しくないの?」
突然、ひよりが聞いてきた。
「寂しい?」
「うん。だって、一人でしょ?」
私は少し考えた。
「寂しくないわけじゃないけど……一人の方が楽なこともあるから」
「そっかあ」
ひよりは少し寂しそうに笑った。
「でも、澪さんには私がいるから! 寂しかったら、いつでも言ってね」
「ありがとう」
素直に、そう言えた。
ひよりがいなければ、私はきっと、もっと閉じこもっていただろう。本と料理だけの世界で、満足していたかもしれない。
でも、彼女が私を外に連れ出してくれる。
それは、悪くない。
カフェを出て、駅まで歩きながら、ひよりが言った。
「来週の日曜日、本当にパンケーキ屋さん行くからね!」
「分かってる」
「楽しみ!」
ひよりは嬉しそうに笑って、手を振って去っていった。
私は一人、駅のホームで電車を待った。
静かな時間が戻ってくる。
でも、嫌な静けさではなかった。
家に帰ったら、また本の続きを読もう。夕飯は何を作ろうか。冷蔵庫に残っている食材を思い浮かべる。
ひよりが来る金曜日まで、あと6日。
それまで、また静かな日々を過ごそう。
でも、その静けさの中に、少しだけ彼女の笑い声が残っている。
それが、今の私の日常だった。
第2話、いかがでしたでしょうか。
澪の視点で描くと、雰囲気がガラリと変わりますね。
ひよりの明るく元気な語り口とは対照的に、
澪は落ち着いた、静かな語り口です。
でも、どちらも魅力的な人だと思っています。
一人の時間を大切にする澪が、
ひよりと過ごす時間も大切にし始めている。
そんな変化を、これからも描いていきたいと思います。
次回、第3話はひより視点。営業の仕事で大きなミスをしてしまい、必死に挽回しようと奮闘する姿を描きます。
「仕事はクレームから始まる!」
果たして、ひよりは乗り越えられるのか?
第3話もお楽しみに。
最後まで読んでくださって、
ありがとうございました。




