第九話 裁きと赦し
ダンジョン攻略者養成学校。
世間的には職業高校の一種であり、全国に複数校存在する。勇者一万人計画の成果を基に安定してダンジョン攻略者を育成するというのが設立の理由。なお卒業後の進路は60%が進学、30%が就職、残る10%のうち約半数が探索者になると言われている。探索者になる比率として考えると実は普通科高校の方が高いらしく、社会復帰に失敗した勇者一万人計画の受け皿というのが存在意義と揶揄する声もある。
敷地にダンジョンがある訳ではない。
ダンジョンの無い街に校舎が建てられた学校も複数ある。
授業でダンジョンに潜る訳でもない。
修学旅行でのモンスター討伐がダンジョン攻略科の単位認定試験を兼ねていると聞いて眩暈を覚えた、それは自分だけではないようだ。
「一万人勇者の劣化コピーを大量生産されるよりはマシでしょうかね」
探索者組合事務所の前。
探索者組合の支部長さん、額に青筋浮かべていらっしゃる。
目の前で土下座かましているのは何処かで見た養成学校の先生さんで、死を偽装してテイムした武将ゴブリンをけしかけた生徒達の引率である。一般探索者および地元警察も駆けつけており、当事者どころか修学旅行組全員が集められている訳で。
うん、自覚ないね。
君ら全員、魔法とスキルを悪用した無差別テロの主犯および幇助で拘束されているんです。書類上は。ドロップアウトした一万人勇者や反社グループのモグリ探索者は時々やらかすんだけど、養成校の修学旅行先でのテロ行為は史上初という認定です。おめでとう。
……
……
反応ありませんね。
勇者先生は震えるばかりです。他の引率教師らも同様。自分の経歴を検索してからずっとこの調子ですね、不思議。何を見てしまったのかさっぱり分からんです。
「当該校所属生徒のライセンス剥奪とダンジョン出禁を探索者組合本部に要求します。主犯および実行犯については警察に突き出す事になります、無事であれば」
「ぶ、無事ってどういう」
声を上げたのは、ああ覚えています。自分にカツアゲしようとしてエゾオオツノシカ君にコレダーされた学生さんですね。両手足を固定しているけど最低限の回復魔法は受けられたようで。おーおー睨んどる、睨んどる。
あのですね。
探索者のルールってあるでしょ。
あれ、自分らが勝手に決めたんじゃないんですよ。好き勝手やった連中が相応に酷い目に遭って、必死になって手探りで見つけ出した禁則事項。それを犯したら手ひどいしっぺ返しを喰らうの。
ダンジョンに。
「う、嘘だ」
「そんなこと学校じゃ教えてない!」
その叫びが引き金になったか。
地面から無数の手が伸びて、生徒と教師たちを掴む。いや、実体を持たない白い影のような手は彼らの胴体や頭部に入り込み、ぶちぶちという音と共に何かを引きずり出した。
それは片方の眼球であり、
片方の肺であり、
片方の腎臓であり、
片方の卵巣であり、
片方の精巣であり、
上半分の歯であり、
体液のおよそ半量だった。
それら臓物と体液の塊は白い手によって粘土細工のように捏ねられ、小さく千切られるとそれぞれ五十ばかりの小鬼に化けて方々に飛び散った。生徒の半数、教師陣は全員。視界が半分になったのだから戸惑っているようだが、痛みなどは感じていないようだ。それでも体液の半分を喪って無事あるはずもなく、バタバタと倒れていく。
被害を受けなかった生徒達が悲鳴を上げたのは、それからだ。
「救護班、急いでください」
こうなると分かっていた支部長だが、それでもここまでの数が対象になるとは思っていなかったようだ。この街に来るまでに余程の罪を重ねてきたのか。自分も主犯と実行犯含めて数名くらいかと甘く考えていた。
悲鳴が、上がる。
生徒の一人だ。
震える指をさす先には、殺人アライグマに貪り食われている一匹の小鬼。アライグマが咀嚼する度に生徒は小刻みに悲鳴を上げ、呑み込むと絶叫して意識を失った。
これがダンジョンの裁き。
城郭公園の箱館戦争を汚した者に下される罰だ。
◇◇◇
文字通り半身を奪われて五十の小鬼に変えられ、それが喰われ殺される度に激痛が本人を襲う。
餓鬼のようにアンデッドではないので通常手段で倒せるし、倒すことで失われた臓器や体液が少しずつ戻ってくる――これは罰ではあるが、償うことで許しを得られるという理屈かもしれない。
「理屈の上ではそうさ。でも最大で五十回、文字通り身を削られる痛みに耐えられる奴は多くはないよ。その前に発狂するか、自ら死を選ぶ」
ダンジョンの罰としては軽い方だと説明を終える支部長。ダンジョンの裁きを免れた生徒達は倒れた生徒達の救護を手伝ったり、彼らの学校へと連絡を入れている。話をまともに聞いている生徒はほんの一握りだが、それで説明責任は果たしたとばかりに支部長は職務に戻った。後はもはや医師と警察の領分だ。
本当、ね。
けしかけるのが武将ホブゴブリンでなければ、もう少し温情あったかもしれないんですけどね。
はー。
面倒くさいっすよね。
「しかぁ?」
やあオオツノエゾシカ君。
これ君の餌とはちゃうねん。別枠。
トラフグカエルの毒腺な、選り分けて熟成した奴。旨味も凄いけど毒も半端ない。魔法付与したからモンスターにもばっちり効く、痛みもなくコロリと逝ける毒餌ね。
「しかぁ」
で、小鬼の好む香を焚いて毒餌を置く。
ほーら、あちこちから小鬼がやってきた。喰いたまえ喰らいたまえ、おかわりもあるぞお。
……
……
な、喰ってるそばから昇天して消えてる。後はまあ心ぶち折れた連中を警察と検察がしっかり始末してくれるのを期待しましょうか。
うん。
君ら学生さんは何も見なかったということで頼むよ。
ダンジョンさんも自分がこういう尻拭いするの知ってて罰を与えること、偶にあるんで。そろそろ意識取り戻すだろうから、傍にいてやって頂戴な。
◇◇◇
これは全くの余談になるのだが。
今回の事件を機にダンジョン攻略者養成校の指導体制に国のメスが入り、そのあまりのアレっぷりに関係者が激怒を通り越して呆れ果てることになったそうだ。勇者一万人計画を推進していた元役人や協力者たち諸々が姿を消すことになり、真面目に探索者を志す生徒達はダンジョンのある街の学校へと転校を選んだ。
それ以外の残された生徒達と養成校は統合してただの普通科高等学校として再出発した。ただし、この学校出身で探索者になったものは十年後の廃校までただの一人もいなかったという。
+登場人物紹介+
●支部長
真面目で仕事熱心な方の支部長。城郭公園のゴブリン箱館戦争を横目に見つつ、温泉街の解放を目指す。優秀な方だが色々といっぱいいっぱいである。
●勇者先生
修学旅行後、教え子のテロを事実上見逃していた件については執行猶予となったが心身消耗激しく、休職のち退職。教育の場を離れる。わずかに残っていたエリート探索者という意識も喪失し、大学を再受験して人生を見つめ直そうとする。二度と北海道の地を踏もうとはしなかった。
●それ以外の引率教師
半数が退職。半数が生徒のケアと学校の立て直しに動く。勇者先生と同じ経歴の者もいたが、こちらは踏みとどまって教職を続けた模様。
●養成校生(テロ主犯)
主人公が対処した時には既に相当数の小鬼が虐殺されており、心神喪失。魔法もスキルも剥奪されたが探索者による重犯罪ということで有罪となった。
●養成校生(その他有罪生徒)
執行猶予がついたが大なり小なり心に傷を負った上に魔法もスキルも失った。数年間監視下に置かれたが社会復帰する。
●小鬼
餓鬼とは違い、通常攻撃が効く。痛みは本体とシンクロしている。モンスターにとっては美味しいらしい。主人公が神経毒で永眠させたことで被害を最小限に抑えた。ゼロではないが。
●エゾオオツノシカ君
ときどき解体テントに遊びに来ては廃棄予定の臓物とか食べるようになった。
間違えないように支部長が首にスカーフ(カーテン)を巻いてくれた。
●白い手
ダンジョンのおしおき機構。
ペナルティ発生時に出現する。探索者はダンジョンで出会いたくないものの一つに挙げる。物理無効、魔法無効。装甲はすり抜けるわ臓物は抜き取るわ、ダンジョン外には出てこれないという建前なのが唯一の救い。救われていない。
●主人公
偽善者。
間接的に第三世代の探索者養成システムをぶっ潰してしまった。カツアゲに遭ったけど反撃すらしていないし、むしろテロ被害者で、おしおき受けた修学旅行生を助けただけなのに!(そこが偽善者)
●ダンジョンの意思
だって主人公が直々に反撃したら、武将ホブゴブリンみたいになるんやで?




