第八話 解体職人と武将(ホブ)ゴブリン
超不定期更新です。
この世界にダンジョンが現れる前。
その時点で自分らの世代はある意味で詰んでいた。
「勉強して大学に入れば就職は楽勝、人生安泰」
などと言って教師たちは受験戦争に勝利することを史上の命題としていた。物心つく頃まだロシアはロシアではなかったし、世界は全面核戦争の恐怖を潜在的に抱えていた。それが学年が変わる度に世界の事情は二転三転し、天災人災が世の中を何度もひっくり返す中。ただ受験戦争に青春を捧げた自分らは「大学を出て就職できれば報われる」とそれだけを信じて、信じた気になっていた。
要領よく生きていける器用さが無かったのだと思う。
ゼミに所属せず単位だけ取得して卒業を選ぶ学生が増えた。仕切り屋が増えた。ボランティア活動が就活の一要素になった。誰も経験していないことを探すようになって、狩猟免許を取得した。中学高校で叩きこまれた常識や人生設計など微塵も残らなかった。つぶしがきくからと取得させられた教員免許も、若干名の募集に数百名が応募する事態を見て……そうして採用された奴が半年経たずに潰れて休職したという話を聞いて、自分の中に残ったのは空しさで。
世界にダンジョンが生まれたのは、そんな頃だった。
◇◇◇
ダンジョン攻略者養成校は万年教員不足らしい。
いや一般校でも教員不足は深刻で、教員免許を持たない人間でも都道府県が特例で許可を出すという話も聞く。休職率は高いし、世間や父兄からの圧力も大変なのに職務はどんどんきつくなっているんだとか。うん、他人事。
「なんてことをしてくれたんですか!」
放置していても良かったのだけど配信されてたようなので探索者組合に一報入れる。
そうしたら血相変えた職員と一緒に修学旅行生の引率であろう教師がやってきて最初にその一言を浴びせられたわけである。
「この子たちは次代の宝なんですよ、底辺の貴方は全財産を差し出してもそれを光栄に思わなきゃいけないんですよ! それを野生のモンスターをけしかけるなんて! 探索者組合は底辺にどんな教育をしているんですか!」
で、ある。
職員さん、二の句が継げず。自分は携帯端末で録音中。エゾオオツノシカくんはトラフグカエルの一夜干しをもっちゃもっちゃと噛みしめながら心なしかうっとりしている。この教師、鍛えてるなーってのが服を着てても分かる。足の運び方といい、身体の軸が安定している事といい。こりゃ教師になる前は探索者、しかも相当できる人だったんだろうなって見てわかる。
言ってることは教育者失格だけど。
「……勇者センセー、いいよそいつもう世間に晒すから」
なんとか回復した修学旅行生が、憎しげな眼を向けている。
職員さん、絶句。
勇者先生と呼ばれた教師は「そんなことしなくても教育委員会と文武省の権力できっちり責任取らせます、探索者ライセンスを停止させて人生終わらせてやりますから」と返し、そこに別の生徒が「センセ、そいつもう人生終わってる奴じゃん」と嗤い出す。
うーん。
自分の人生が終わってるの否定する材料はありませんがね。修学旅行生の携帯端末は壊れているので、教師が端末操作して写真を勝手に撮り始める。探索者組合のデータベースに照会して自分の個人情報をぶっこ抜くんだろうか。ダンジョン攻略者養成校の教師なら、探索者組合に籍を残していても不思議ではない。
が。
勝利を確信していた教師の表情が、何故だかどんどん歪んでいく。困惑と、恐怖。中堅探索者にそんな驚く情報でもあったかね。
「――申し訳、ありませんでしたッ!」
十数秒の沈黙の後、教師は態度を翻した。
90度どころか立位体前屈でもやってるのかと言わんばかりに頭を下げる。そのまま土下座しそうな勢いだったのだが、生徒たちがいるので躊躇したようだ。なんで? 後ろでコレダー発射体制にあったエゾオオツノシカ君もちょっと驚いている。
「せ、センセー。なにビビッてるんだよコイツただのキモイ底辺じゃ」
「鉄拳制裁!」
文句を言いかけた生徒に問答無用で裏拳を喰らわせる教師。周囲の生徒を巻き込んでボウリングのピンのように倒れていくあたり、加減しているとは思うが容赦ない一撃だなあ。倒れた生徒を蹴転がしながら去っていく教師を自分らはただ見送るしかなかった訳で。
うん。
とりあえず支部に戻りましょうか。エゾオオツノシカ君は森にお帰り、君を瞬殺できる探索者さんが来週から来るって話だから自重するようにね。
「しかぁ」
君もそう鳴くか。
◇◇◇
黙々とモンスターを解体する。
多いのは殺人アライグマだが、ダンジョン産の猪やはぐれゴブリンが運ばれてくることもある。ゴブリンは食用以外の素材にもならないが、亜種変異種を倒した際には討伐部位の他に全身で運ばれてくる。それらはモンスターの生態研究のために解剖に廻され、後進の役に立つ。詳細を記録しておくのも解体職人の大事な仕事である。
「変異種ゴブリン、一体持ち込まれました」
戸板のようなものに載せられて運ばれてきたのは、なるほどゴブリンにしては身体が大きく具足越しにもそれとわかる筋肉質だ。ホブゴブリンと呼んでも差し支えない。全身血だらけだが目立った傷もなく上手に倒したのかもしれない。目測二尺八寸の刀を持ってるあたり城郭でも力のある個体か。
と。
このゴブリン、むくりと起き上がって此方を睨みつけるではないか。血は偽装かい。傷もないし、素通りされたとか最前線の治安はこれだから。
『護、武』
人間だったらメス堕ち必至のセクシーボイスと共に、鞘から抜いた刀を構える変異種ゴブリン。他の職員が息を呑み悲鳴を上げ、その様子が目に入ったのか解体テントに駆け寄ろうとする探索者と、その動きを邪魔するように立ちふさがる学生服姿の集団が見える。
あ、そういうこと。
陰湿だなあ。引率の先生もグルなのかどうか不明だけど、黙って見逃した可能性はアリか。
『武、吾侮互無御武悟』
いや何言ってるんだか分からないよ。
隙の無い動きはゴブリンにしておくの勿体ないわ、本当に。さぞかし名のあるゴブリン武将なんだろう。テイムか呪いかで行動縛られてここに来たとかそういう悔しそうな表情だもの。
『御武運!』
と、実に不本意な表情を隠そうともせず突っ込んでくるゴブリン武将。
切りかかるのではなく体当たりごと突いてくる、実に殺意の高い攻撃方法である。変に技巧に凝ったりしないあたり好感度高い。普通なら自分はもうオシマイだろう。
でもね。
ここは最前線。
自分は解体職人でもある。解体魔法は刀を一瞬で素材に還元し、同じくバラバラに分解された具足は四肢に絡みついて動きを鈍らせる。武器を失ったことを悟った武将ゴブリンは即座に体術に切り替えると必殺の拳をこちらへ向け、
『誤、侮……報無、吾武憐』
そのまま事切れた。
正確に言えば。
武将ゴブリンの身体はプラモデルみたいにパーツ分けされてバラバラになった。覚えたての頃はカプセルトイのプラモみたいなパーツ数だったけど、今ではランナー30枚分くらいに分解できる。
この技ね。
今みたいに解体テントならいいんだけど、ダンジョンでやらかしたらパーツの取りこぼし多数だから面倒で面倒で。ねー、ははは。
ドン引きされてる。
ダンジョンではもっと凄惨な戦いやってるでしょうに。血みどろで内臓ポロリ満載の。
笑ってもいいんですよ。ドジ踏んだって。
「し、しかぁ」
そこの救援出待ちしてたエゾオオツノシカ君、有難いけど気持ちだけ受け取っておくね。
なお生きたままゴブリン解体ショーの一部始終はばっちり配信されており、教育によろしくないと修学旅行に来ていたダンジョン攻略者養成学校から謎の猛抗議を受ける羽目になった。解せぬ。
+登場人物紹介+
●引率の先生
ダンジョン攻略者養成学校の教師。勇者一万人計画の残党で選民思想的なものがあり、教え子にもそういう影響が出ていた。主人公の過去を断片的に知っており、武将ゴブリンによるテロを見逃しつつも撮影していた。してしまった。
●修学旅行生
ダンジョン攻略者養成学校のいちおうエリート生徒。テイムスキル持ちを脅して武将ゴブリンを持ち込ませた。生きながらにモンスター解体の絶技を目の当たりにし、動けないまま探索者達に拘束される。
●武将ゴブリン
ほぼホブゴブリンといっていいレベルのツワモノ。不本意な形でテイムされ、不意討ちに加えて丸腰相手に暗殺することを悔やんでいた。相手の強さを垣間見て、無礼を詫びつつ散った。
●エゾオオツノシカ君
主人公がピンチの時に颯爽と現れて救助すればテイムしてもらえるかもしれないと出待ちしていた。
●主人公
こう見えて最古参級の探索者。中堅なのは解体職人を兼任することが多い上に害獣駆除の仕事もやっててダンジョン専業ではないため。咄嗟に放った解体魔法は武将ゴブリンを武将ゴブリン(PG)に変えてしまった。やれやれとか言わないがドン引きされて傷ついている。




