第七話 城郭公園と修学旅行生
不定期更新です。
勇者一万人計画というものがあった。
立案実行したのは文武科学省の自称ダンジョン対策特別チームである。
「武装しないでダンジョン潜るとスキルとか魔法を貰えるらしい。それならフィジカルエリートを派遣したら無双できるのでは?」
動機と理屈は割と単純だった。
全国大会に出場できたけどプロになれなった選手は山程いる。そもそもプロスポーツ化していない競技も沢山ある。五輪や世界大会で活躍できるのはほんの一握りで、強化選手にもなれない実力者が大勢いる。彼らはどこかで競技人生に見切りをつけて社会人になるはずだった。
ただそれでは必要な人数に到底足りない訳で、成績不良者や素行に問題のある生徒、あるいは奨学金返済免除の条件として苦学生らが穴を埋める結果となった。なお比率は問わないものとする。この勇者一万人計画は鳴り物入りで始まったものの、中途半端なエリート意識を抱えた新人が先達である氷河期世代を一方的に見下し、技術やノウハウの継承は上手くいかなかった。更に言えば探索者の社会的地位が低いまま改善されることは無く、中途半端なスキルに覚醒した状態でダンジョン攻略を諦め社会復帰することになった。彼らの中からいわゆるモグリ系の探索者が少なくない数誕生して反社グループと結託するようになったのは皮肉な話である。
◇◇◇
五芒星の城郭公園が北海道某市におけるダンジョン攻略最前線である。
実際のダンジョンは其処から数キロ先の温泉街なのだが、様々な事情で城郭公園の奪還を最優先とされている。城郭公園は幕末ゴブリンと維新ゴブリンらが箱館戦争を繰り広げており、土方歳三ホブゴブリンの存在が様々な勢力、主に歴史ファンの逆鱗に触れている。
そのため城郭公園攻略戦は探索者の中でも国の息がかかった勢力が担当するのが暗黙の了解となっており、その他の有志協力者はダンジョンのある温泉街までの道を拓くべくエゾオオツノジカや殺人アライグマなどを狩る仕事に廻されている。
自分?
転居届と一緒に顔出したその日に解体テントに連行されました。物凄い笑顔で。
今回は地元の探索者仲間は北海道に来ていないので、自分ひとりだけなんですけどねえ。山のように積まれた殺人アライグマ君たち。死んだ目を此方に向けないでほしいな。
それにしても普段より仕留め方が雑というか、浄化魔法使ったら何も残らないような個体が目立ちますね。
「これね、修学旅行生の置き土産。現在進行形でどんどん増えてるの」
解体所の責任者が疲れた顔で教えてくれる。
自分が知る探索者とは傷口の鋭利さとか臓物のはみ出具合が違うと思っていたが、そういう事でしたか。ダンジョン攻略養成校は全国に幾つかあるけれど、実地研修を兼ねた修学旅行として北海道に来てはモンスター討伐するのが最近の流行らしい。
うちの学校は最前線での実地教育もやってます、というアピールらしい。
こことは別の解体テントで小型モンスター解体を研修している生徒さんが来ているのだとか。よく見れば入り口から顔をのぞかせている連中、学校の制服に安物のプロテクター組み合わせてる。
「素材としては使い物にならないけれど、解体手順を見せてほしいんだわ」
はあ。
了解っす、この一番駄目そうなアライグマを借りますね。
むむ。
解析完了。頸椎粉砕がトドメになったけど、肺出血に臭腺破壊、内臓損傷時に肝臓と一緒に胆嚢も潰れて胆汁ぶちまけてます。胃腸も破れて内容物が腹腔に漏れているのも確認済みです。
さて、ここで質問。
この状態のアライグマで使える素材は何処でしょう? はい、そこの学生さん。答えられる?
「し、尻尾の毛皮とか」
残念。臭腺からガス漏れてるし肛門周りの汚れも酷いから尻尾もアウトです。五体満足なら前脚と後ろ脚の肉なんですが、前脚は切り飛ばしたり潰されているし後ろ足は槍か矢の刺し傷だらけで売り物にはできません。自分らで食べるなら浄化魔法で傷口周辺を削り取って……挽き肉として喰うと意外と美味いかも。
念のため浄化魔法を発動、それなりの大きさがあったアライグマなのに残ったのは500グラム程度のこま切れ肉がふた山ほど。スジとってるし寄生虫や病原体除去も行っているので安全に食える部分はこれだけだ。
「えーっ」
「学校だと、これくらいでも一匹五千円くらいで引き取ってくれるのに」
駆除労働への賃金っすねえ。
上手に仕留めたアライグマだと、こうして毛皮も全身使えるし、血抜きされた肉はアナグマやハクビシンより美味しいって人もいるくらいだから国産のブランド地鶏並みの値段で取引されてるから。この個体だと合わせて、これくらい?
「ぴぃ」
「あの、桁が二つくらい違うんだけど」
そうだね学生さん。
この捌いた個体は目測200キログラム超えてるんで、毛皮の分を含めるとえげれすの意識高い系の折り畳み自転車をハイグレードで買えちゃいますね。組合の取り分とか税金とか諸々手数料差っ引かれるとグレード幾つか落とすことになりますが。
学生さんが上手に倒せたら、殺人アライグマくんもこれくらいの値がつきます。安全なモンスター肉を安定供給してるのって日本の他は数えるほどもないので、稼ぐ人は物凄く稼げます。うまく倒せないと、まあ御察しなんですがね。
学生さん。
無茶しちゃいけないよ、学生さん。
殺人アライグマ倒してトンカツを不自由なく喰えるくらいの稼ぎを目指せばいいんだからね。
「ひとつ言っておくけど、アライグマ肉でここまでの値がつくのは、コイツが解体したからって事情もある。うちらだと上手に解体したつもりでも半分近く素材を駄目にしてしまうからな。モンスターの解体はそれくらい難しい」
いや、半分ってことは無いでしょう。
あああっ、学生さんの尊敬のまなざしが痛いッ。陽のオーラを近づけないで学生さん。とにかく今は討伐すること自体を目標にしてくださいということで。ね?
◇◇◇
探索者になるのに資格は要らない。
猟銃とか持ち込みを禁止されている道具があるけれど、その気になれば登録したその日にダンジョンに潜ったっていい。自分らの世代はそういう形でダンジョン送りになったし。基本的人権の深刻な侵害という声もあるけれど今更の話だし、当時の制度を整えた役人さんに政治家さんは一人残らず行方不明になっているので糾弾のしようもない。
一時期流行ったエリート探索者養成計画は、実質失敗で終わった。
自分らの後輩として参入した世代のほとんどと上手く交流する事も出来ず、彼らの多くは足を洗って社会に復帰した。ダンジョン外で魔法を使えるほどの熟練者は多くはいなかったようだけど、レベルアップによる基礎能力の向上は社会生活にそこそこ役立っているとも聞いている。
今こうして修学旅行生として来ている学生さん達は、いわば第三世代以降の探索者ということになる。
「どうもー★ これから懐あったかそうなセンパイ探索者をボコって修学旅行のオコヅカイに寄付してもらう一部始終を配信しまーす☆」
解体テントからの帰り道。
どこかの学生さんらしい集団に絡まれた。
携帯端末片手に、物騒な武器を担いでいる。ダンジョン領域外で武装しているのはマナー以前の問題で、即座に逮捕されてもおかしくない。まともに手入れしている様子の無い武器は、なるほどあの価値無しアライグマを大量生産した少年少女だったか。
お疲れ様。
討伐報酬でもご飯は食べられるでしょ。殺人アライグマは倒すのはそれほど難しくないけど、儲けが出るように上手に倒すのは難しい玄人向けモンスターなんだよ。こっちで頑張ってる一般探索者でも瑕疵なく納品できるのはほんの一握りだから、安心して。
「うるせえ。アンタが上手に解体出来てりゃスゲー金になったんだよ。ヘボい仕事した罰金を俺達に払えって言ってるんd」
学生さん達の言葉が聞こえたのはそこまでで。
隙だらけの集団を見て好機と判断したのか、全長8メートル級の巨大な鹿が高圧電流を一対の角に発生させながら突っ込んできた。エゾオオツノシカさんである。普段はダンジョン周辺にいるが、あの巨体と機動力からすれば自分が今いる辺りも散歩圏内。いや目撃例自体は市内全域なのでそもそも安全な場所など存在しないのだが……一応、堅気に手を出さない程度の知性と分別を持つ獣である訳で。
うん。
標的認定したか。
エゾシカコレダー、落雷級の威力があるって本当なんだなあ。あー、関節じゃない場所で腕と足が曲がってる。背骨は無事かな。顔の形が残ってるのは幸運だよ、きっと。
あ、自分?
いや、いいっすよ。絡まれた直後だし、武器持ってカツアゲに配信でしょ? エゾシカコレダーで軒並み破裂した機械、うん、それ。裏方襲って全世界配信とかなかなか腐った性根としか。でも可能なら、学生さんを喰うのは止めてほしいかな。いちおう修学旅行で来ているって話だし。代わりと言ってはなんだけど地元のダンジョンで獲れたトラフグカエル肉の一夜干しでも。
あ、美味い?
そーか、そーか。有難うよ、あんまり人前に出ると強い探索者に勝負挑まれるからな。探索者って極めると冗談みたいに強くなるから、気を付けるように。
……
……
あー、ついてくるですか。はい。
+登場人物紹介+
●解体テントの職員さん
モンスター肉の解体業務をやっている元探索者。十分にベテランなのだが主人公の解体が猟友会仕込みに加えて魔法でアレンジした変態技術のため、北海道への移籍を常々願っていた。満願成就。
ダンジョン攻略者養成校の修学旅行という意味不明イベントに振り回されつつ、解体職志望に実地で色々教えている。
●修学旅行生
ダンジョン攻略者養成校の生徒。全国に複数校ある。示し合わせたように同じタイミングで来た。氷河期世代、エリート養成の失敗を経てノウハウを蓄積したと思い込んでいる教育者たちの指導の賜物。まともな学生もいる。まともじゃない学生もいる。査定不能なアライグマを量産し、最上査定額を聞かされて逆恨みした。エゾシカコレダーを食らった集団は絶妙な加減で生かされている。
●殺人アライグマ
倒すのは簡単だが、食用に上手に倒して処理するのはひどく難しい。大きさとしてはツキノワグマ級。本話で主人公が手本として解体した個体は約250キログラムで、最終的にグラム単価では比内地鶏くらいの値段で取引された模様。
●エゾオオツノシカ
北海道の野生動物の頂点。
全長8メートルに及ぶ身体は筋肉質であり、その機動性と瞬発力は市内全域をほぼ一瞬で移動できるほど。エゾシカコレダーの出力は自由自在で、普段はヒグマを串焼きにしているが修学旅行生相手には最小出力で抑えた。
主人公を助けたのは美味しそうな匂いがしたから。トラフグカエル肉を食べて、脳内に電流走るほどの衝撃を受けた。
●主人公
北海道にいる。
もう探索者じゃなくて裏方で喰っていこうと思っていたのに修学旅行生にカツアゲされそうになった。エゾオオツノシカに助けられたのでお礼をしたら、なんかついてくる気満々で困惑中。




