第六話 あとしまつ
第一部エピローグ的なものです。
九十年代後半の話である。
突如出現した異空間「ダンジョン」を調査し、その報告書を受けた国の偉い人は思った。
やべぇ、詰んでる。
未確認情報ながらトリガーハッピーが突入した海外のダンジョンがマカロニウェスタン劇場と化したとの報も受けていたし、色々と行き詰まっていた独裁国家が破れかぶれでダンジョンに核をぶち込もうという話も聞いていた。
この国はもうだめかもしれない。
自国の防衛が何とかなったとしても、他国のダンジョン被害者たちが難民として押し寄せてくる可能性は否定できない。将来的に自国防衛が成ったとしても、他国ダンジョンを攻略する必要もある。
自衛隊は容易には動かせない。
この事態を甘く見ているのは世間のほぼ全て。芸能人のどうでもいい家庭事情や総理大臣への鬼姑みたいな執拗な個人攻撃報道で時間を稼いでいるが、海外のようにスタンピードが始まれば治安維持どころか国家運営の根元から崩壊するのは目に見えている。
「銃火器は駄目だろうな」「ああ、モンスターが武装し始めたとか」「国が直接ダンジョン攻略に動くのも難しい」「入退室の手続きだけで日が暮れるのは勘弁だ」「未確認情報だが、徒手空拳でダンジョンに入って何らかのスキルを得た者がいる」「本当か」「まるで子供向けの空想小説や漫画じゃないか」「そういう御約束なんでしょう。少なくともダンジョンを作った何者かは、そういうルールでの対戦を求めている」
会議とも言えない集まり。
あまりの非常識さに思考を放棄した年配者ではなく、趣味と浪漫を理解するキワモノ官僚が部署に関係なく集められた。ダンジョンなんてものを一つの官庁で取り扱うなんてストレス死不可避であるし、口から出てくる言葉はいずれも正気を疑うものだ。招聘した最高権力者に近しい者達も、覚悟していたのに先程から頭痛が止まらない。
「あー、つまり」
「不景気の影響で就職難がほぼ確定している新卒世代を中心に無職連中をダンジョンへと大量に放り込み、時間を稼ぎます。その間に集めた情報から最適攻略できる人材を育成する方向で」「ダンジョン攻略者育成学校。半民半官の教育訓練施設の設立を提案します」
本来の業務では到底できないスピードで彼らはひとまずの結論を出し、その場で最も権限を持つ人物が了承した。ツッコミどころしかない話し合いでも、即座に結論を出す必要があったからだ。まともに書類すら残さずに何十万人もの若者を死地に送る決断をした己らは間違いなく地獄行きだと、漠然ながらも覚悟を決めた。
ダンジョン攻略のエリート育成とはなんだろう?
そのノウハウすらないのに少数精鋭教育の準備を始めるなど滑稽きわまりないと、出かかった言葉を飲み込み、了承のそれに置き換えた。
「分かった、それでいこう」
後に氷河期世代と呼ばれる若者たちが生贄となった瞬間だった。
◇◇◇
みなさんこんにちは。
自分です。
地元のダンジョンがスタンピード起こしたり巨大スズメバチが発生したり里山二つ燃え尽きたりしましたが、自分は元気です。もともと住んでいたアパートは冤罪騒ぎの時に追い出されているので、探索者組合の仮眠室に間借りしておりました。いえーい。
「市長選、中止だそうです。副市長が市長代行としてやっていくそうで」
里山二つ分の山火事とそれに付随する様々な事故は、市街地の約半分に被害を及ぼした。住民の避難が済んでいたので彼らの被害は無いが、スタンピードからの復興途中だった街は望まぬ痛打に見舞われている。トラフグカエルによる神経毒はいまだ水源や田畑を汚染しており、とても皮肉なことにダンジョンだけがこの街に残された最後の産業基盤となってしまった。
農家やってた人が死んだ顔で探索者組合を訪ねては登録とガイダンスを受けている。
地元猟友会の人達、何人かが猟銃について許可証を返納してから探索者資格を取るって、相当気合い入っていらっしゃる。職員さんも嬉しい誤算だと忙しそうだ。レベルアップすれば下手な猟銃なしでも戦えるだろうし。
「ここのダンジョンでとれるトラフグカエル、色んな意味で有名になっちゃいましたね。支部の解体職も増員要請が必要になりそうです」
時期外れの新人講習を準備しながら職員さんの目がギラついているのはちょっと怖い。田舎で長年農家やって来た人達のパワーは氷河期世代にはないものだ。覚悟と経験と技量が違う。
「実は焼けた後の山ででっかいスガレ見つけてよ。いい塩梅に焼けたハチノコが絶品だったんだわ」
「アレをもう一度喰うにはダンジョン潜って鍛えねばな」
おぉぅ。
なんか妙に顔がテカってるかと思ったら……見つけたんだ。そして食べたんだ。
「ンまかったぞ」
「成虫の方は油で揚げてな。外の連中にくれてやるの癪に障るから楽しかったわ」
職員さーん、こいつら急いで精密検査あ!
その場で軽く解析魔法かけたけど、メンタル含めて一時的なステータス上昇かかってると判明した途端にダンジョン帰りの探索者共の目の色が変わった。
「地域の安全のためには一肌脱がねばなあ」
「ああ。ダンジョンで鍛えた俺達なら焼け跡で犠牲者とか不審者を探すのも簡単だろうし」
などと、こちらをチラチラ見ながら出て行こうとする。武器以外はフル装備で。
火事場泥棒共と鉢合わせしたらどうするんだよ。
「地域の安全のため一戦交えるのもやむなし」
うわあ、イイ笑顔で言い切りやがった。探査魔法持ちも一緒なら的確に探せるだろうけどさ。おい、熊は残れ。余計な混乱をこれ以上起こすな。
「く、くまあ」
だから熊はそんな風に鳴かねえ。
と呆れている間に探索者の大群が焼けた山へと突撃、正当防衛という名のもとに生き残っていた不審者や不審熊や不審猪などをぶちのめしつつ、巨大化したスズメバチ等の巣をウェルダンからミディアム程度の火加減で仕上がったものを次々と回収。不審者は縛り上げて警察に突き出し、熊と猪にまたがって探索者組合に帰還するという暴挙をやってのけた。
◇◇◇
この様子だと地元は大丈夫そうだなと確信し、自分は地元を離れた。
狩猟免許は返納できなかった。
五回くらい突っ返したのだが最後には県庁の人に泣かれてしまった。自分と同年代の人だ。うまいこと公務員試験に合格できたんだなあって多少嫉妬したが、トラフグカエルの違法流通に端を発する食中毒事件からこっち相当ひどい目に遭い続けたようである。解析魔法を何気なく使ったら悪性腫瘍のなりかけを複数発見したので慌てて最寄りの病院に連れ込む一幕もあり、結局情に訴えられて押し切られてしまった。
「今度いっしょに飲みに行きましょう」
冒険者組合の元支部長、この人の元上司だった。
もうね。それだけで許すしかなかった。天下って数年経つのに当時のパワハラで今も眠れない時があるとか、余程よ。地元ダンジョンの餓鬼についても教えた。目をキラキラと輝かせて「ぜひ、伺わせていただきます」と知り合いを誘って必ず行くと言っていたのが印象的だった。
+登場人物紹介+
●探索者組合の職員さん
地元ダンジョンの管理と立て直しに奔走する。スタンピードの影響で離農した人が探索者になるというレアケースに驚くも、元猟友会ハンターさんの協力を得て一安心。ストレス解消に金属バットを手放せない。
●新人探索者の皆さん
トラフグカエルの神経毒で土壌や水源が汚染されて離農した方や、一連の騒動で失職した方々が探索者の門を叩いた。ここのダンジョン産のトラフグカエル肉について需要が高まったので良い稼ぎになるようだ。
●猟銃許可を返納した元ハンターさん達
ハチノコが絶品でよぉ。
●くま(探索者組合預かり)
普段ダンジョンに潜ってる連中のヤバさに気付いた。己は頂点捕食者ではない……ならば愛嬌と知性で生き延びて見せる!とか考えたかどうか分からないけどモンスター肉おいしいです。
●一般探索者の皆さん
主人公に地元を託された。それはそうとバフ効果のある食材は素晴らしい。
●県庁の人
元支部長の元部下。理不尽な目に遭っていたが氷河期でも奇跡的に公務員になれた苦労人。放置すると膵臓とか腎臓とかに悪性腫瘍が大変なことになっていた。新品の金属バットを手に入れた。
●主人公
正式に地元を離れた。




