表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

第四話 巨大スズメバチを追え

書き溜めゼロのため不定期更新です。

 後にダンジョンと呼ばれる特異空間が発見された時、その対応は国によって大きく異なった。

 拒絶と受容。

 それはもう、面白いくらいに真っ二つに分かれた。

 ダンジョンに出現するモンスターを悪魔と断定して徹底破壊を決断した集団があった。伝統的な宗教団体とも縁深い彼らは近代兵器と圧倒的な量の火薬を用いてダンジョンへの制圧を行い、それは途中まで上手くいった。銃火器や榴弾はモンスターに対して一定以上の効果を発揮した。空想物語にあるような近代兵器を無効化する特殊フィールドは発生しなかった。

 その代わり。

 ダンジョンは学習した。

 人型のモンスターはその体格と筋力に見合った銃火器で武装し、人型ではないモンスターは兵器を搭載するようになった。奥ゆかしくも拳銃とライフルだけで攻略されていたダンジョンは古き良きマカロニウェスタンの映画そのものとなり、近代兵器を惜しみなく投入したダンジョンではポストアポカリプスな世界になった。無論ダンジョンである。間引きが上手くいかなければスタンピードを起こし、地上にダンジョンの理が展開する。より凶悪な武装で攻略を試みたダンジョンほどその反動は凄まじいものとなり、核を投入した某国は放射能火炎を撒き散らす竜種に蹂躙されて滅亡した。


『ほーん。君らルール変えたりゴールポスト動かすの大好きやもんな。せやけど知ってるか、ルールブックを握ってるのは君らやない。ワイや』


 と言ったかどうかは知らないが。

 核の炎に蹂躙された国の最期は全世界にきっちり中継された。人間が存在しなくなったその国で現在ダンジョンがどのようになっているのか知る術はない。




◇◇◇




 世間的には日本はダンジョン受容国の筆頭である。

 なにしろ不要な人材の廃棄場所として活用しようとしたのだから。

 しかし投入された人材の多くがダンジョンの作法というか御約束というものを良くも悪くも守り、その上で生き残ったことは国にとっても予想外だった。食料や鉱物資源それにダンジョン薬草といった素材の獲得は、探索者活動がひとつの産業として成立し得るものと社会に認められた。元々が棄民政策であるため利権の構築は為政者が思うようには進まず、探索者を管轄する組合に天下り職員を派遣する程度にとどまっている。

 狐狸の類がいない訳ではない。

 だが彼らは少しばかり勘違いしていた。自分らは見棄てられた民だ。世間的には死人とすら思われていた。それがダンジョンで力を得て、形ばかりの生を謳歌している。黙って死を受け入れていても、すべてを許している訳では断じてない。


「事情は分かった。専業探索者がダンジョン外でモンスター討伐する許可を出してくれれば動く」

「認められん。条件を満たす者が狩猟免許を取得し現行法に則って速やかに事態を解決せよ」


 探索者側の要求はあっさりと突っぱねられた。

 彼らとしては交渉の第一段階で、そこから条件をすり合わせていく心積もりだったのかもしれない。役人に限らずそういう面倒くさいやり取りこそが社会人の嗜みという思い込みがあるようだ。

 残念ながら彼らは幾つかの事を失念していた。

 現在が一刻を争う非常事態であること。

 探索者以外に事態を解決できる人材がいないこと。


「あ、そ。やってられんですわ」


 交渉決裂の第一報が流れてきた時、自分を含めた兼業ハンターの探索者はその日の内に狩猟免許を返納することを決めた。五名いた内の三名が即日返納、自分と残り一人は手続きを行う最中に連絡を受けた役人の指示で返納を保留された。

 巨大スズメバチの一報を入れて数日。

 対策会議とやらは現場の探索者やハンターどころか探索者組合すら排除した自称有識者によって構成され、縦横の綱引き合戦ばかりが報道されている。ノーベル賞受賞者とか国民栄誉賞をもらったスポーツ選手とか年末歌合戦常連歌手が、巨大スズメバチを始めとした野生動物のレベルアップ問題にオブザーバーとして参加しているそうだ。

 ハハハ。

 笑えるなあ。

 探索者組合の食堂に設置されたテレビでは「モンスター食材を知らずに摂取した選手が通常のスポーツに参加することの是非を問わねばならない。これは従来の方法では検出できない悪質なドーピング事件に発展しかねない」などと真剣な口調でコメンテーターが力説しているのが大爆笑。

 面白すぎて外で害獣駆除する気も起きなくて辛い。


「らしくない、と言ったら失礼ですかね」


 ひとまずの仕事を片付けたのか職員さんが缶コーヒーを両手に持ってやって来た。

 自分が良く飲む銘柄のを選んでいるあたり、こちらに話しかけるタイミングを探っていたのだろう。拒む理由もないので一本受け取って、視線をテレビから外して向き合った。


「言っちゃなんですけど、らしくない。しかも兼業ハンター探索者に返納を奨めたとも聞いてますよ。そうせざるを得ない理由があるんですか」


 ですよ。

 程よくヌルい珈琲の苦甘さを楽しみつつ、自分は携帯端末を取り出して画面を展開した。仕事関係者にしか公開していないはずのアドレスに、呆れるほどのメッセージが飛び込んでいる。

 昆虫マニア。

 生物学者。

 漫画家。

 お笑い芸人。

 フリーター。

 製薬会社。

 その他諸々。

 日本語のメッセージはそのうちの一割といったところ。内容は要約すると「巨大スズメバチ成虫もしくは幼虫の標本があれば売ってほしい。生きていればなおよし」という感じ。もう一度言うけど、ほぼ公開していないはずのアドレスに来たんだ。スジを通すというか、穏当な交渉として。


「……穏当じゃない交渉もある、と」


 そらそうよ。

 暴走したマニアって法律を都合の良いように解釈したり無視する生き物だからね。蝶の蒐集家に比べればまだ大人しいとは思うけど、ああいうのは金に糸目をつけない人種が大勢いるでしょうよ。そして巨大化したスズメバチはトラフグカエルなどを食べてる以上、本来ないはずの新種の化学物質を有している可能性が高い。毒性の有無とは無関係にね。現代のプラントハンターも真っ青の争奪戦、もう始まってると思いますよ。

 山歩きのマナーを守ってくれればいいけど、少数派でしょうね。

 ええ。

 木を切り倒し、土を掘り返し、餌となる肉を撒き散らし、誘引剤を大量投入する。

 人間同士の諍いもあるでしょうよ。

 巨体化して凶暴化しつつあるツキノワグマや猪なんかが徘徊している山の中をですよ。護衛として探索者を連れてる可能性ありますけど、その探索者がきっちりと狩猟免許持った上で法令遵守した装備で山に入ってると思います?


「……それこそ反社系のモグリ共が一枚噛んでそうですよね」


 そういうのが見えてる状況で、自分らが正規手続きで動くのは危険どころの話じゃないって思ったわけですよ。警察が取り締まるにせよ自分らもまとめて逮捕拘束一斉処分ですわ。

 職員さん、少しは反論しようよ。

 警察さんは無能とは思わないけど現状そんな余裕ねえっすよ。元市長がスズメバチに殺されて以降、市長選の候補者が沈黙してるわけですし? 兼業ハンター組に候補者のボディーガードをしてくれ、なんて話も来てたの知ってますよ。

 ははは、笑えるわ。




◇◇◇




 えー。

 山が燃えました。

 SNS炎上とかじゃなくて、物理的に。

 予想通りにマニアとか蒐集家とかスジモンの類が大挙して押しかけてきまして。国内外から。路上駐車は当たり前、ホテルは荒らし放題。ホテルが足りないと見るや空き地や民家の軒先に勝手にテントを建てたり、森に近い場所にキャンピングカーを停めている。田舎とは言え決して広い訳じゃない道は塞がり、街のあちこちで渋滞発生。山だけでなく水田や河川湖沼など、巨大スズメバチの餌となるトラフグカエル大量発生地に彼らは出没し、荒らしていく。

 そうして始まる、スズメバチ捕獲大作戦。

 少なくとも彼らの中では「そう」だった。

 鹿に頭突きされる者、猪に踏み潰される者、ツキノワグマの機嫌を損ねる者がどんどん続出。医療保険も加入せずに入国していた外国人ハンター達が病院へと担ぎ込まれており、五体満足で退院できた者は今のところ三割程度らしい。病院に辿り着く前に力尽きた者、そもそも発見すらされなかった者もいる。

 兼業ハンター探索者達は免許返納して正解だったと胸をなでおろしている。

 かつて懸念した通り、レベルアップしたツキノワグマや猪などの獣は体格が巨大化すると共に毛皮や骨格が頑丈なものになっている。これまでツキノワグマ用に使っていた猟銃は通用せず、ヒグマ用のライフルですら怪しいとは猟友会の話。クマよけスプレーの類も効果は薄いそうだ。

 猟友会も最近は出動を控えているという。

 そらそうだ。

 荒らされまくった野山で猛威を振るう猛獣の脅威。蹴散らされる昆虫マニア。運よく死骸を確保してそれで満足できた者は文字通り逃げ去っていったが、その程度では満足できなかった連中はますます手段を選ばないようになり――山に火を放ってしまった訳だ。放火ではなく失火の可能性もあるが、結果は一緒。猛獣が暴れ巨大スズメバチが飛び交うところに消火活動など出来るはずもなく、里山二つ分が燃え尽きるまで遠巻きに見ることしか出来なかった。

 あ。

 違法駐車してたキャンピングカーに次々と引火して。

 あー。

 あーあ。





+登場人物紹介+

●巨大スズメバチ

 全長40センチ前後。様々な種類のスズメバチがトラフグカエルを喰うことでレベルアップ&巨大化した。トラフグカエルを喰うのは幼虫だが、仕留めた際に経験値を得てレベルアップするので実はバリエーション豊か。成虫は柑橘ジュースとかに誘引されるらしく、口を開けたエナドリ系のペットボトルを放置するとものすごい数の巨大スズメバチが群がってくる……ことを今のところ知っているのは主人公周辺。

 捕獲されたり標本にされたり焼かれたり叩き潰された。居住区を山ごと燃やされてしまった。

 割と知能が高い。


●トラフグカエル

 野生動物の餌。経験値素材。ダンジョン産は高級食材である。


●ツキノワグマと愉快な仲間達

 今のところは対ヒグマ装備で対処できているが、そのうちコミックパワーを獲得した伝説の狩猟犬が群れになって対抗しないと太刀打ちできなくなりそう。


●ニホンシカと愉快な下僕共

 トラフグカエルを踏み潰しておくと周囲の植物が勢い良く育つことに気付いた。そうして生えた草を喰うとなんだか元気になるぞお。あとビーム放てそう。


●猪と主張するのはそろそろ無理がある猛獣

 軽トラサイズにまで育つ。もはや通常の打撃で倒すことは不可能に近い。猪というかベヘモスじゃねって探索者は思っている。


●役所の皆さん

 探索者がダンジョン外で武力行使すると、暴力で政府転覆するのが大好きな反社会的勢力が探索者免許をどんどん取って大変なことになるから許可を出せないんですう。主人公がちょっと過重労働してくれれば万事解決するはずだったんですう。あぴゃー。


●地元の皆さん

 悪質な撮●鉄たちが可愛く見えてくるような悪夢に晒された。


●主人公

 色々面倒なことになりそうだったので狩猟免許を返納した。

 案の定。

 兼業ハンターだけで到底対処できないと思っているので早いところ一般探索者が外で動けるようになってほしいとも。


●スズメバチさされ組

 マニアと蒐集家と転売屋と配信者とマスコミと医薬素材ハンターが国内外問わずにアッセンブルした。本質がマニアな上、遵法意識がない。併せて数千名が押し寄せているが無事に帰国ないし街の外に逃げ出せたのは百名にも満たない。レベルアップした野生動物の強さを証明し、巨大スズメバチの毒には未知の成分が複数含まれていることを身をもって証明した。なお無事に持ち帰った毒物サンプルから複数の神経毒およびタンパク質分解酵素などが新たに発見された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
放射能火炎を撒き散らす竜種って、国と相打ちでもいいから滅ぼさないと。ヤツは海を渡れるはずなので、放置したら全世界がえさ場になってしまう。まあ仕留めたとしても、死体を喰った生き物がG細胞を摂取して超強化…
祝、連載化! あー、すでに滅んでいた国もあるんですねぇ。 ダンジョン恐るべし、なのか、人間がおバカさんなのか・・・。
更新&連載化ありがとうございます。 現住所を移して生活基盤を1から構築し直した方が生き易そうですね。 蜂は冬の寒さで全滅……なんて甘くないんだろうなぁ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ