EX1 アラスカダンジョン③
ダンジョンはこの世界とは異なる空間に存在すると言われている。
オカルト的に言えば「異界」という表現が近い。異世界と呼べないのは、その構築と維持にコアと呼べる代物が深く関わっていることと、何らかの意思がダンジョンに宿っていると考える者が多いからだ。
自分の場合もダンジョンの意思を名乗るイマジナリーフレンドが時々電波を寄越してくるので、ある種の集団幻覚にしても一定の説得力があるなあと思ったり思わなかったりする。たとえば東京都港区のダンジョンの場合、とある知り合いに対するマナー違反への愚痴と出禁処置をさんざん聞かされた。実際にそいつは港区ダンジョンに潜り込めなかった。どうやら探索者を長くやっているとそういう勘というか感受性が育まれるのかもしれない。
で。
目の前の合衆国最北端ダンジョン。
その横にでっかい鳥居のような物がある。記念碑的なオブジェかと思ったが、ウェルカム的な横断幕が掲げられてるのを見るに嫌な予感しかない。
【魔力認証をお願いします】
イマジナリ案内音声に従い鳥居?に触れると門の内側が虹色に輝き、つい数日前に見たような国際空港が映し出された。自衛隊と米兵がこちらを見ている。
と。
「しか」
一頭のエゾオオツノジカが門を潜って映像の向こう側に移動した。当然、向こう側はパニックで、それは此方も似たようなもの。
【アンカレッジとの転送門が解放されました。他、攻略済ダンジョンへの移動が可能です】
やべえものを見つけてしまった。門の向こう側で馴染みの自衛官が報・連・相と絶叫しているのが見えたが、門を潜ったのは偶蹄目なので責任は半分しかとれないと主張したい。門を開いたのは自分だけどね。
ところで門を使用する条件は。
【この地にある門で登録した魔力の持ち主および、その眷属】
待って。
自分はエゾオオツノシカもわんこも幕末ゴブリン族もテイムしとらんです。
【えー、またまたぁ】
そりゃあ全員転送門を行き来しているけど。転送門にそれぞれ魔力登録したからでは?
【そういう事にしておきましょう】
もうやだこのイマジナリ音声。
魔石戦車とか自衛官や米兵はこっちに来れない理由として仮説を携帯端末で伝えたところ「眷属じゃ仕方がない」という反応。なんで信じるんでしょうね。不思議。
◇◇◇
核攻撃されたダンジョン。
今はいない知人が一時期このダンジョン踏破と核ドラゴン討伐に挑んでいたことを知っている。踏破も討伐も出来なかったが、そいつはある程度の情報を遺していた。もっとも中身の八割が自分語りの謎ポエムで埋め尽くされていたメモは自衛隊ですら解読を断念し、ある種の呪物として保管されている。
自分?
途中までは読んだ。
何度か発作的にメモを太平洋に投げ棄てたくなったけど、周りに止められた。止めてる側も血涙流しそうだった。
つまり情報らしい情報は無い。むしろマイナス。
武器も持たず、防具は最低限。職業軍人が見たら必死に止めてくるであろう軽装で自分はダンジョンに入る、いつも通りである。
ダンジョンの構造物は破壊されても復元する力がある。
壊れた壁も穴の開いた地面も、時間経過と共に再生する。ただし、ダンジョンを破壊した力をダンジョンの意思は学習し変化する事もある。銃火器で武装したモンスターや放射能火炎を吐く竜種がその典型。じゃあダンジョンはどんな変化を見せるのか。諸説あるけど現物を見ないと話にならない。
お国柄ってのは、ある。
箱館に幕末ゴブリン族が現れたように、本来のアラスカダンジョンには御当地性を前面に出したモンスターや仕掛けがあっても不思議じゃない。ゲームや映画のような終末世界を想像する意見も根強いが、アラスカの大地に展開したダンジョンモンスターは主に寒冷地に適応した穏やかな変異種ばかり。
日光ではなく魔力を生存エネルギーに変換する植物型モンスター、それを食料とするヘラジカやトナカイなど従来型動物を基にした準モンスター達。半魚人やオーガ、トロウルなど人型のモンスターはアンカレッジ周辺にもいて魔石メーサー砲で倒されている。雪中保護色のような色合いが目立つが、整った外見であった。魔力で構成された身体を持つモンスターは、ダンジョンの環境効果としての放射線を撥ね退けている……魔力覚醒した探索者がそうであるように。
踏み込んだアラスカダンジョンは、拍子抜けするほどオーソドックスな地下都市だった。
地域色の無い、悪く言えば無個性で、基本に忠実でひねりのない構造。長距離を歩かされるが迷路も謎も罠もない。通路と部屋と広間で構成されたそれは、核ドラゴンが誕生したとは到底思えないほど穏やかな空気すら漂わせている。
「し、しか」
「御無」
「わふん」
こいつらも一緒に入れる程度には大きい。弱体化前の核ドラゴンが二十メートル級の巨体なのを考えれば当然と言えば当然か。エゾオオツノシカ君がしきりに髪を噛んでくるのが少し痛い。怖いならダンジョンの外で待ってもいいのにと言えばぶんぶん首を振るし。ダンジョンモンスターより核ドラゴンの方が万倍厄介なんだけどと説得しても駄目だった。
「しかぁ」
ちょっとした物音にも反応して御立派な角からプラズマ放出させながら弱弱しく啼く地上最強の偶蹄類。ダンジョンに潜ってしばらく経つがモンスターの襲撃はない。真夜中の博物館を歩いているような錯覚すらある静謐さ。やがて地下都市の階層が終わり、最下層であるドーム球場ほどの空間に出る。
中央にはダンジョンの中枢であるコアの宝玉と、でっかい卵がひとつ。
卵。
【よくぞ来ました踏破者よ】
イマジナリ音声が聞こえたと思ったらコアが光り出した。
【ダンジョンを初期化する、思い通りに再構築する、現状のまま維持する。おススメとしては北米大陸すべてのダンジョンと連携して全域にスタンピードを起こして人類を駆逐した後に自然環境を欧州人による入植以前の状態に戻すことですが】
いや、あくまで調査に来た段階なんで。何にもしないで帰ります。おそらく上の意向は初期化だと思うけど、スケジュール調整とか必要だから。下手すると次の大統領選挙に合わせてほしいとか無茶振りが来るかもしれないし。
【面倒くさいですね人類】
もっともアラスカの現状に気付いた他国の工作員とかが自分らのいない間にダンジョン潜って、ダンジョンコアに接触する危険性もある。
【一定の魔力持った人間じゃないと、そこらの防護服程度では即死するしかない放射線が吹き荒れておりますので。このダンジョンの内部はもちろん入り口周辺もですが】
今のところ日本国外のダンジョンで魔力系統のスキルに覚醒したと明言された例はない。未発見ダンジョンをどこぞの組織や国家が確保して実験しても不思議ではないのだが、魔力が満ちた空間でなければまともに行使できないスキルというものへの評価は海外ではすこぶる悪い。そして海外の政府は制御できない超人を野に解き放つことの危険性を理解している――皮肉なことに、日本の実例を見て「我が国なら三日でクーデター起こされている」と考えたらしい。
褒められた気がまったくしない。
【またのお越しを、踏破者。ところで刷り込み現象って御存知?】
そりゃあ、名前くらいは知ってますよ。
と答えた直後、コア横のでっかい卵が割れて雛が孵った。
「りゅ?」
小首傾げたドラゴンの雛と、視線が合った。
思わず振り返ったが、一緒に来ていたはずの幕末ゴブリン族とわんこと鹿は自分の周囲から離れていた。
+登場人物紹介+
●イマジナリ音声
ダンジョンの意思を名乗るイマジナリーフレンド。ダンジョンに近付くとなれなれしく話しかけてきたりする。ストレスと孤独から来る幻聴だと肉屋は考えていた。エゾオオツノシカ、わんこ、幕末ゴブリン族を肉屋の眷属であるというガバ認定をした挙句おまけをつけた。
●エゾオオツノシカと愉快な眷属ども
眷属認定された。やったー。なお肉屋は認めていない。
何のひねりもないダンジョンに戸惑いつつスキンシップを欠かさない。
●とある知人
ポエムという形で世界各地の情報を残そうとした。しかしラノベ作家でも久保〇人先生でもない身で中二センスに満ちた散文詩集を作成するというのは呪詛を撒き散らす行為に等しい。
●ダンジョンコア
アラスカダンジョンの管理存在。核攻撃されたダンジョンを修復した。当初は怒りのままアラスカ全土を支配下に置いて核ドラゴンを解き放ったがいつまでたっても誰も来ないので転送門を設置したりダンジョン内を(実力のある)探索者にとって快適な環境に整えて待っていた。そうしたら肉屋が来た。ひゃっほう。
●卵
ダンジョン守護者の卵。前任者は核ドラゴン。刷り込み現象で肉屋と視線が合った。
●肉屋
威力偵察で最深部到達したけど何もしないで戻ってきた。何もしていないのにオマケが増えた。知人の遺した謎のポエムは全く役に立たなかった模様。




