EX1 アラスカダンジョン①
世間的に年末年始のイベントもあるそうなので、便乗して。
二十世紀末、この世界にダンジョンと呼ばれる特殊な空間が出現した。
神話伝承に出てくるようなモンスターの存在は各方面に様々な影響を与え、対応を誤った幾つかのダンジョンで強大な存在――放射能火炎を吐く竜種の暴走を招き、国家の滅亡に至った。後に核ドラゴンと呼ばれた九体の竜種は長らくその土地に縛られていたが、色々あって討伐された。
最大脅威である核ドラゴンが倒されたのだから、やり方を間違えなければダンジョンを正常化できる。多くのダンジョン研究家たちもその意見を支持し、一部有志が動いた。
一部である。
日本の探索者は諸事情あって身動きが取れる者は少なく、半ば騙し討ちのように海外に連れ出された間抜けが約一名。つまり自分。前任者は核ドラゴンを日本に召喚させたテロリストで、いまは異世界で真実の愛を掘られたり貫かれている模様。
閑話休題。
自分を連れだした愉快な日米公務員集団は、魔石を燃料とした新型動力船の試験運航という名目でアラスカを目指している。
「実態はどうであれ人類の英知でダンジョンに一矢報いた形を世界にアピールするのが本国もとい匿名スポンサーの希望です」
魔石輸送船の甲板で連呼されるUSA!を背景に、通訳を兼ねた米国の技術士官を名乗る神経質そうなおっさんが申し訳なさそうに事情を説明してくれた。いつの間にか日米で共同開発したことになっている魔石戦車十輌には収束魔石メーサー砲に加えて拡散魔石メーサー砲が搭載されており、海上に時々照射して実地試験に余念がない。なお国籍不明の潜水艦や自称海賊船がその都度沈んでいるが、魔石戦車狙いの工作員ごと米軍が大人げなく対処していた。
「核ドラゴンが出現したのはアラスカ最北端の街、旧バロー近郊。ですがスポンサーの意向でアンカレッジを解放して橋頭保としたいというのが我々の方針です」
スポンサーには逆らえませんよね。
アンカレッジから旧バローのダンジョンまで約1200キロ離れているが、空港施設を早期回復できれば色々と助かるのは間違いない。そもそも魔石戦車でダンジョン攻略するのなら、自分は裏方に徹することが求められている。事前に方針を伝えられるだけ真っ当な対応をされているとさえ思ってしまうのは、就活期の地獄を思い出してしまうから。報酬と待遇も提示してくれているし「将来の経験とコネになるから無償で働いてくれるよね」とか言い出す連中とは比べること自体が失礼というものだ。
「ダンジョンの初期化については探索者である貴方の力を必要とします、ミスター肉屋。貴方を安全かつ確実にダンジョンに送り届けるためにも、アンカレッジ解放は避けて通れない」
オッケー、了解、合点承知の助でございます。
法的に問題なければそれでよし。
邪魔にならんように微力を尽くしましょう。
◇◇◇
アラスカの空に勇壮な音楽が流れている。
おい誰だ伊福部〇の行進曲を用意したのは。
「自分であります」
魔石戦車の車長が輝くような笑顔と共にサムズアップしている。この野郎、絶対狙ってたな。
米軍でもマニアらしい層が苦笑いし、そうでない者はUSA!を連呼する。
海上からアンカレッジ港湾一帯に魔石メーサー砲が照射されることで、魔力で構成されたモンスターは次々と消滅していく。魔石メーサー砲はあくまで魔力の中和によりモンスターへのダメージとなる、人間同士の戦闘では役に立たない欠陥兵器といえるだろう。だが拡散照射されたメーサー砲のエネルギーはモンスターやダンジョンに侵食された大地に劇的に作用し、氷雪の中から近代的な都市の残骸を浮かび上がらせることに成功した。
僅か十輌。
されど十輌。
モンスターを寄せ付けず人類の領域を取り戻した鋼鉄の塊は港湾から都市部の解放に成功すると勢いそのままに国際空港へと突撃して、米軍さんを狂喜させている。人手が足りねえ、本土から早く応援を寄越せ!USA!USA!USA!聞えてるかこの勝鬨が!俺達はアンカレッジの奪回に成功したぞ――という感じの絶叫が飛び交っている。合間合間に聞こえてくる伊〇部マーチが日米の温度差を、ですね。ここで間違っても銃火器でモンスターを攻撃してはいけないので、米軍さんは瓦礫になった街の調査や港湾機能の回復が主な仕事で、一部が魔石戦車に同行してアンカレッジの空港を見に行っている。
で。
自分は何をやっているかというと。
「わんわん」「きゃうん」「あおんあおんあおん」「わんわんお、わんわんお、わんわんお」
アラスカで生き残っていたでっかい犬の群れに保護されて、ドッグフード配膳係をやっている。
魔石メーサー砲の余波を受けてもピンピンしているところを見るに元々が実体ある地元の犬で、魔石輸送船が入港した時点で埠頭までやってきてわんわん吠えまくっていた連中でもある。犬好きの軍人らは涙ぐみ、広報はカメラを回し、自分は縮尺がやや狂った巨大な犬の群れが満腹できる量のドッグフードを収納空間から取り出した。
間違いなくレベルアップしている犬だが、めっちゃフレンドリーである。
身長が5メートル強くらいで、毛は長い。いわゆるアラスカ犬が元であろう毛色と姿で、バケツ一杯分のドッグフードをぺろりと平らげると舐められたり甘噛みされたり肉球を押し付けてくる。アラスカは比較的早くに住民の避難に成功しているが、残された動物もそれなりにいた。この犬たちもその当事者ないし子孫だろうが、それを感じさせないほど元気いっぱいだ。ぎゅうぎゅうに身体を押し付けてくる、いや潰される潰される。
「わふぅ」
群れのリーダーっぽい子が一番ぐいぐい来る。
ドッグフードは喰い飽きた? 骨ガムでも食べる? 業者が悪乗りして作った猛獣用の、1メートルくらいあるやつ。あ、嬉しそうに尻尾全開ですね。はい。
「わふうううううん」
なんか勇者の剣みたいに掲げてかじってるよ、この子。
ところでUSA!連呼している連中そろそろ遠巻きに見てないで助けてくれない? 自分ほら一応だけど旧バロー近郊にあるダンジョンを攻略しないといけない訳で。
「わふん?」
うん、ダンジョン。
北の端っこにあるらしくてね。核ドラゴンぶっ倒したので、ダンジョンを初期化できればアラスカを元通りに出来るかもしれないのよ。
「わふん!」「わんわんお、わんわんお、わんわんお!」「ぱぱうぱうぱう!」「ぎゃおんぎゃおんぎゃおん!」「だんだだんだんだだんだんだん!」「くぎゅうううううううう!」
あ、周りの犬も勢いよく吠え出した。
君らはダンジョン守護者側? あ、逆? 君らはダンジョンからアラスカの大地を取り戻したい側?
「わふううん!」
そっか、そっか。
よーしよしよし。自分らは君らの味方で仲間だ。遅くなったけど、ここに来た。一緒に戦わせてほしいって、みんな考えてる。まずはアンカレッジで足場を固めて。それから北へ進もうって。
「わふん」
いや善は急げと言われても。
ここからダンジョンまで最短1200キロ。あ、はい。
「わふーん」「わおんわおんわおん」「わんわんお、わんわんお」「ばう」
任せろ、ですか。
そりゃ酷寒の地では君らはぶっちゃけ最強なのは知ってるよ。1200キロ。道もぜんぶ雪に埋もれているしね。軍人さんと自衛隊の人はアンカレッジ解放式典で忙しいだろうからね。
「……しかぁ?」
「わふん」
あ、エゾオオツノシカ君?
なんか既にコレダー発射体制になってるんだけど、ステイ。ステイステイ。生意気そうなトナカイとムースに力関係分からせてきた? オッケーお疲れ様。わんこ達もステイ。尻尾丸めてるのは恥じゃない、エゾオオツノシカ君は核ドラゴンを討伐した猛者だからね。
「わふん」
「しか」
「きゃうんきゃふん」
「しかぁ」
人類の及ばぬ領域で両者の間で密約が結ばれた模様。
見守っていた幕末ゴブリン族がわんことエゾオオツノシカの群れにハーネスを装着している。うん、散歩にでも行くのかい?
「号歩」
なるほど。
スキー板と廃材を組み合わせて巨大なソリを複数作ったと。で、わんことエゾオオツノシカに引っ張ってもらうと。アンカレッジ周辺の哨戒かな?
「武臨」
北へ。
まっすぐ?
1200キロあるんだけど。
「飽無」
露払いは任せろ、と言われても。
あの、いつの間にか自分もソリに乗ってるんですが。
「號!」
土方ホブ三様の号令と共にエゾオオツノシカとわんこの群れが北へ向かって駆けだした。ちょ、予想以上に速っ――
+登場人物紹介+
●米軍技術士官のおっさん
魔石戦車に脳を焼かれた。米軍の車両技術を惜しみなく提供し、魔石戦車の魔改造に参加する。ノリの良すぎる部下についていけない苦労人。
●車長
自衛隊所属の魔石戦車の搭乗員。モンスターを魔石戦車の魔石メーサー砲で退治するという栄誉に与った。上司と同僚と部下から死ぬほど羨ましがられている。
●わんこ
アラスカ犬が基になった準モンスター。身長5メートル級とエゾオオツノシカより一回りほど小さい。人間が大好き。ダンジョン外に出たモンスターやモンスター化したヘラジカやトナカイなどを狩って暮らしていた。肉屋を見つけてまっしぐらである。テイムされたい?何言ってるんスか、僕らは生まれた時からご主人の家族っすよ?というノリで生きている。エゾオオツノシカ君に序列戦で負けた。
●エゾオオツノシカ君と愉快な眷属ども
わんこに狩られるようなヘラジカとトナカイなどに用はない。圧倒的な格の違いを見せつけた。仮にもドラゴンスレイヤーの面目躍如である。ところでわんこ達による肉屋なめまわし攻撃にヤックデカルチャーしている。
●土方ホブ三と愉快な幕末ゴブリン族
ダンジョンまで1200キロ?
ぬはははは、ぬるいぬるい!というノリでソリを組み立てた。
●肉屋
ダンジョンに着くまでは後方支援でアラスカ解放の手伝いを、とか言われていたし納得もしていた。でしゃばるのは良くない。わんこ達に懐かれた様子は周囲に微笑ましく見られていた。ソリ持参で拉致同然に北上を開始した時はUSA!コールでお見送りすらされている。




