第二十二話 このセカイのシュジンコウ⑥
今日も今日とて愛護団体のデモに参加している自分です。
なんでも古参デモ隊は箱館に食い倒れツアーを満喫しに行ってるそうで、自分含めて変装した探索者や警察関係者がデモ隊の大半を占めているというなかなかに間抜けな状況となっております。
「それでねー、ブーちゃん。北海道で物凄いおいしいキノコが有名だって聞いたのよ、あなた箱館から来たって言うじゃない? 何かご存知なあい?」
あー、新種のナラタケっすね。
向こうの知り合いが送ってくれたのありますよ。一人じゃ食べきれないから冷蔵庫に突っ込んでますが、このままだと傷んでしまうか……ら。あの両手掴まれて、どうされたので。今日のデモはやらないんですか?
「モンスターの人権を守ることも大事だけど、デモ参加者の団結ももっと大切だと思うのよ! ねえ主催者さんもそう思うわよね!」
「ひ、ひいぃ。そ、そう思いますが、本日はデモの後にこここここ懇親会を」
おー、おー。
せかいをひとつにの下っ端っぽい人がおばちゃん軍団の圧に負けておる。いや勝てる人いる訳ないんだけど。それにしても主催者さん、今日は新しいポスターを貼るんですね。
「あ、ああ。先日半島国家で放射能火炎を吐くドラゴンが暴れただろう? あれは人類の愚かな行為の結果生まれてしまった哀しい存在で、核兵器とそれを生み出してしまった間接的な原因であるこの国にも責任があると思うんだ。この国にそんな悲しいモンスターが生まれないようにって、そんな願いを込めたポスターを作ったんだよ」
おばちゃん軍団から逃げられる口実を得たのか、下っ端さんが嬉しそうにポスターの説明をしてくれる。二足歩行の竜が街を破壊する構図、これ往年の怪獣映画浪漫リスペクトの滅茶苦茶クオリティ高い逸品じゃないか。
はー。
こういう懐古趣味っぽいように見せかけてメッセージ色の強いポスターをデザインできるあたり、資金力と技術力が半端ない組織だよ連中も。見なよ、これはモンスター召喚の魔法陣だ。核ドラゴンはテイムモンスターではないので指定召喚できないので、条件を満たすモンスターを無作為に召喚する方式の魔法陣を使うようだね。ご丁寧に召喚魔法陣は九種類、核ドラゴン全てを呼び出すつもりなのだろう。
「さあ、今日も張り切ってデモやっていくわよお!」「お、おー!」
このポスターが二十三区全てに貼られた時が核ドラゴン出現の時期と見ていいだろう。一緒にデモに参加している警察関係者の表情が強張っている、このポスターを数枚破いたところでデモは他の区でも同時開催中なのだ。未然に防ぐことはできない。
未然に防げないんだけど、これ、いいのかねえ。
主催者に見つからないようにポスターを一種類ずつ回収しつつ、自分は例のナラタケを自宅から持ってくると断りを入れてデモ隊から一時離脱した。
◇◇◇
テングタケやベニテングタケは毒成分がそのまま旨味であるという厄介な品だ。
その毒が無害となり旨味はそのままの濃さでキノコに宿ったのが、この箱館新名物湯滝ナラタケである。ダンジョンの魔力で育つナラタケはオークに寄生した最上級品こそ出回ることはないものの、通常の楢の木から生えたものは探索者達の新たな資金源として人気を博している。魔石を使った人工栽培品はまだ研究段階のため、手に入るのはほぼ確実にダンジョン産。
最上級品みたいな万能回復効果は無いけれど、旨味の奴隷と化した戦後日本人にとって下手な禁止薬物よりも効果的だ。
「ふぁわわわわわ~」「ご、五臓六腑ぅ!」「す、凄まじい! この濃厚な山の幸! だがそれだけじゃないっ! 鶏肉にも似た弾力のこのカエル肉がキノコに劣らぬ極上の旨味を出しているんだッ! その両者の旨味に一切の生臭さはなくッ、ぶちこまれた根菜に葉物野菜がそれぞれの旨味を放出しつつもキノコとカエル肉の旨味を吸収して!」「これほど圧倒的な素材の暴力の前では、生半可な調味料など冒涜に等しい! だというのに、醤油も味噌も塩も酒も、その全てが素材の力を引き出しているッ!!」
はい、大惨事。
デモ参加者の皆さんが器をぺろぺろ舐めながら転がっております。下っ端さんはどこのグルメ批評家だよって感じの長文台詞ありがとうございます。モンスター愛護団体にモンスター肉を喰わせるとかやはり鬼畜かという評価を自衛官の方々に頂戴しました。ありがとううございます。
「はははっ、やっぱエゲつねー☆」
来るとは思ってましたが、お久しぶりですね自称主人公君。
そのキノコ汁、三杯目です。デモ参加していないんだからおかわり要求時にはそっと出しましょうね。
「待たせたな肉屋、気付いてると思うが三日後に招喚用ポスターを貼り終えて都内に核ドラゴン共がやってくる。魔力の限界があって、どれも劣化召喚になるのがポイントさ☆」
それは仕方ないっすね。
フルスペックの一体を寄越されるよりは劣化状態の複数体に来られる方がまだ勝率が高い。撃破するための工夫だと思う事にします。
「だよなー☆ 世界をひとつにの連中は劣化版でも余裕で日本壊滅って予測してるけど、あいつら自分でも理解しきれてねえ技術で召喚陣組んでるからな。油断せずに行こうゼ!」
食べ終えた器を最寄りのテーブルに置き、自称主人公君は姿を消した。
「犯行予告と見るべきか、情報提供と見るべきか」
警察さんの呟きが、その場に残された自分らの気持ちそのものだった。ちなみに世界をひとつにの下っ端君はキノコ鍋でトリップしたまま現実に帰ってこないので、そのまま病院送りとなった。
……
……
うん、合法な食材しか使っていないんですよお巡りさん。今回の件が片付いたら事情聴収再びとか言わんでください。あと鑑識に鍋の残りを持っていっても食われるだけだと思います。
……
……
「あと三日というのも欺瞞情報の可能性は」
あのバカ本人はその気でも、世界をひとつにが素直に従う道理はないでしょうからねえ。味方に引き入れても絶対持て余されてると思いますよ、自称主人公君は。
+登場人物紹介+
●おばちゃん軍団
デモ後のキノコ鍋が想像以上に美味しくて腰砕けになってしまった。あー、いけません。一週間くらい自宅で静養しますわー、残念だわー。
●下っ端君
自称主人公君を組織に抱え込むストレスで壊れかけていた。キノコ鍋美味しいです。ぼかぁこんな世界を滅ぼしたかったけど、こんな美味いものを滅ぼすなんて滅ぼすなんて、どうすれバインダー!
●警察の皆さん
デモ隊に身分隠して参加。やべちょっと楽しい。自称主人公君の神出鬼没っプりに「こりゃ逮捕とか無理じゃね」とか思い始めている。モンスター愛護団体の背後にユニオンプロジェクトが確定して頭を抱えている。
●自称主人公君
デモ隊たちによるポスターやステッカーの秘密に気付いて貰えて嬉しい。この調子で三日後には核ドラゴン討伐な! よーし、俺目立っちゃうぞ☆
●主人公(肉屋)
召喚魔法陣は専門外なので得意な人に見てもらう予定。それにしても召喚条件がガバすぎる、ガバすぎない?とか考えている。
●召喚魔法陣
どうやらこの世界にある魔法よりも高度な技術で作られているっぽいが、召喚対象が複数ある上に指定して呼べない仕様という死亡フラグの見本のようなイロモノ。異世界から聖女(王子の嫁)を召喚する乙女ゲーム小説の魔法を参考にしたのではないかというのが専門官の意見。




