第二十一話 このセカイのシュジンコウ⑤
モンスター愛護団体は都市部では見かけることも珍しくない集団の一つである。
「皆さん! 探索者達はこの可愛らしい少女をモンスターとして討伐しているのです!」
「探索者たちは変態趣味の殺人犯だー!」
「モンスター少女の人権を守れー!」
といって掲げるのがゴブリン(美少女属性亜種)とかリザードマン(美少女属性亜種)などの写真である。魔力がある場所じゃないと存在を維持できないので、魔石を湯水のように使うか魔力オバケでもないかぎりテイムできないモンスター種でもある。ちなみに衣装は煽情的なのが基本だが、規制されそうな部分に「探索者達はHENTAI」「モンスターに権利と自由を」などのフキダシが重ねられることでセンシティブ判定を回避しているあたりが職人芸。
交通費宿泊費別で日給いちまんえん。
どこから予算出てるんだよって皆さん疑問に思うだろうが、自分もそう思う。
最寄りのダンジョンに行こうと不景気そうなツラで都内を歩いてたら、なんか世話焼きそうなおばさんに「アンタこれに参加しなさいよ、食事付きで結構もらえるんだから!」と無理矢理引っ張られてしまったのだ。あのですね、自分は、ええと。
「生きてりゃ色々あるけど、まずは生きることが優先なの。こんなの胡散臭いデモに参加するだけで一万円貰えるんだから、それで少しは身なりを整えて職業安定所へ行きましょ」
駄目だ。陰キャの自分では押し切られる、流される。認識阻害が効いているのかデモ主催者側に怪しまれることもないが、挙動不審気味におばさん達の後をついていく自分。
「こんな可愛い娘を仕事とはいえ殺しちゃうなんて、やっぱり探索者は野蛮なのかしらねえ」
あー。
こういうカワイイ系のモンスターはですね、ダメージ受けたら血とか出ないで煙になって消えるんです。ドロンって、昔の忍者みたいに。
「へー、アンタ詳しいのね。オタクって奴なの?」
うーん、オタクなのかな。生きていくのが下手糞で、要領よくやってる連中を羨んだり、貧乏くじ引いたり。オタクですねえ。
「オタクでもいいじゃない。でも身だしなみは整えておくべきよ、特に体臭」
加齢臭がねえ、どれだけ気を遣ったつもりでもこればかりは。
◇◇◇
東京には魔力がそこそこ満たされている。
二十三区それぞれにダンジョンがあることに加え、魔石を使用した様々な便利道具――たとえば大気中の熱を吸収して都市部全体の気温を最大15℃程度下げる吸熱式魔道クーラーは、ヒートアイランド現象を劇的に緩和し熱中症の患者を大幅に減らした発明品として市民にも評価されている。
魔力の高い地域ではスタンピードで溢れ出したモンスターがより長い時間活動できることを意味する。そら国も神経質になる。魔法やスキルに慣れてくれば都内全域で魔法を支障なく発動できるし、民間に出回っている幾つかの魔法器具は都内であれば魔石消費をかなり抑えて使用可能だ。
デモ隊の一行は都内を練り歩きながら吸熱式魔道クーラーなど公共魔道具のある場所に赴き、スローガンを掲載したポスターやステッカーを無遠慮に貼り付けていく。
デモでこういうポスターなどを貼っていくのは大丈夫なのかと隣を歩くおばさんに尋ねてみれば「車とか家の壁だと駄目っぽいけど、公共魔道具は対応する法律が出来てないから警察も取り締まれないって聞いたわ」との返事。
うん。
今回みたいなデモは二十三区にあるすべてのダンジョン周辺でやってるんだっけ。
「そうね。アタシも全部に参加してる訳じゃないけど、ダンジョンの近くでデモやらないと意味ないって主催者のオジサンは言ってたわね」
へー。
ちょいと解析魔法使わせてもらったけど、このポスターやステッカー、魔法器具の素材だ。ダンジョン産の素材を惜しみなく使ってるし、魔法陣用の特殊な顔料まで。製造コストも考えたら万札貼り付けてるような錯覚しそう。
専門家じゃないので断言は難しいが、ダンジョン周辺に放出されてる魔力を集めて溜め込んでる。再利用可能な一種の人工魔石だけど、これコスト的には天然物より随分高くつく代物だろう。これまでに貼られた枚数を考えると気が遠くなる。
そのまま放置すれば、召喚された核ドラゴンの燃料源に使われる。
かといって破壊すれば溜め込んだ魔力を一気に放出……最悪、東京二十三区がダンジョンと完全同化しかねない。やべえ。
◇◇◇
「やべえなそれ」
デモ終了後、きっちりお疲れ様会まで付き合わされたが探索者組合に帰還。
親友に話を振ってみると、居合わせていた全員含めて似たような反応が返ってきた。
「ポスターやステッカー貼ってるのは気付いてた」「微妙に魔力反応あったけど吸熱装置のものかと思ってた」「破壊してもダメ放置してもダメとか、詰みですなあ」「放射能汚染竜種を召喚するのだから、召喚用魔法陣のようなものも用意されているかもしれないな」「下手に調査員を送り込んで起爆されると目も当てられませんよ」
悲報、我々もポンコツである。
というか気付くかよ、てな話。
迂闊に近付こうものなら罵詈雑言に腐った卵とか平気で投げつけてくるし。抵抗すればその場で逮捕された一般探索者はそれなりにいる。関わり合いにならないのが一番、というのが探索者組合の方針でもあった。
ちなみに警察関係者も顔色が悪い、相当に悪い。
ポスターやステッカーに相当な金をかけていたのは知っていたが、反社グループの資金洗浄と思っていたそうだ。いや普通はそうだと思うよ。こんな阿呆みたいなものに大金投じて実行するのが世界をひとつにらしい手段というだけで。
「それで、放置したままって訳ではないんだろう」
魔力電池だけの魔法陣だからねえ。
直接干渉が気付かれる程度の仕掛けはあると見て、貼られたポスターそのものには手を加えないよ。余っているからって貼られる前のブツを少々失敬してきたから、解析なり加工なり好きなように使ってよ。
ん?
どしたのさ、ポスター眺めて。
「いや、このモンスター娘かわいいなって」「写真で見ると美しさが際立つというか」「これ千代田区ダンジョンの名物モンスターっ子じゃん」「ああ、この前解体屋が裸に剥いて撃退してた」「なんだと!」
おい邪な視線を向けるな諸君。
+登場人物紹介+
●デモ隊のおばちゃん
主要メンバーが箱館食い倒れツアーに行ったので人手不足を解消するため道を歩いていた肉屋を強引にデモに誘った。派遣切りに遭った求職者と割と本気で思っている。昼飯奢ったり打ち上げに誘ったり「どんなに辛くても生きなさい。お金足りなかったら明日もデモに来るのよ」とか言っちゃう人。
●主人公(肉屋)
デモに誘われた人。糾弾してる側の人間観察を始めた。各所に貼られたポスターやステッカーの技術力の高さに驚いている。とはいえ完全放置はしない。デモにホイホイ参加するようになったが、貼られる予定のポスターやステッカーを失敬している。
●親友
核ドラゴン対策本部の偉い人になっていた。迎撃よりも避難経路の確保優先ということで、最悪の場合ダンジョンに都民を誘導する方向で関係省庁と折衝中。
●一般探索者
核ドラゴン対策に奔走。ただのドラゴン程度なら撃退できる実力者もそこそこいる。
●モンスター少女(?)
千代田区名物、美少女化した亜種モンスター。ダメージ与えると煙になって消える、攻撃力皆無。探索者が怪我してると回復魔法を使ってくる。言葉は通じないが心は通じる。性癖歪んだ探索者が多数通っている。一部女性探索者が目の敵にしている。
●吸熱式魔道クーラー
ダンジョン文明の恩恵。これにより都内は真夏でも最高気温が30℃前後となった。吸収した熱は蓄熱石を経由して光に変換されたり、電力変換されている。他の都市でも導入が熱望されており、魔法やスキルが世間に認められている数少ない要素である。なおこのクーラーが万が一にも機能停止した場合の都内が灼熱地獄に陥るのは秘密。
●モンスター愛護団体のポスターやステッカー
大気中に拡散した魔力を吸収蓄積する術式が仕込まれている、一種の呪符というか魔方陣。二十三区のダンジョン周辺に念入りに配置されており、その魔力が一気に開放されたら二十三区のダンジョンが物理的につながり都内がダンジョン化すると思われる。魔石以外に核ドラゴンの活動エネルギーとして用意された。




