第十九話 このセカイのシュジンコウ③
超不定期連載です。
ドラゴン。
それは恐怖と崇拝の象徴であり、破壊力の化身でもある。
地域と宗派によって様々な解釈が分かれるところがあるが、探索者の認識は大体そういう感じだ。日本にあるダンジョンでも最下層には様々な竜種が探索者の挑戦を待ち構えている。宝物の守護者という側面も持つドラゴンがダンジョンの最深奥に立ち塞がるというのはある種のロマンで、そのために日本に移住して探索者になろうとする外国籍の人は一定数いる。
しかし世間的にドラゴンという言葉は別の意味を持つ。
ダンジョン誕生黎明期、近代兵器でモンスターを蹴散らし核の炎でダンジョンを焼き尽くそうとした国があった。モンスターとダンジョンの関係性がある程度判明した現在ならそんな暴挙を国際社会は止めるだろうが、当時はそれが最も賢く有効な手段だと思われ、競うように後に続く国々もあった。結果としてそれらの国々を近代兵器で武装したモンスター軍団が蹂躙し、放射能火炎を吐く竜種がトドメを刺した。
億単位の難民が世界中に逃散し、その混乱は今も続いている。
そんな惨劇を起こしたドラゴンが、日本に来るという。
なんで?
「そりゃ、探索者を最底辺に押し込んでる体制を快く思わない連中なんて山ほどいるだろ。お前みたいに最初から諦めて全てを受け入れる方が少数派だっての」
どぅーゆーあんだすたん?と小馬鹿気味に即答されてしまった。
「徹底的に滅ぼしたい奴、ほどほどに壊滅させたい奴、ひと当てして恐怖のどん底に叩き落したい奴。程度の差はあっても、今の日本を恨んでぶっ壊したい連中は大勢いるぜ」
だろうね。
自称主人公君の発言を頭から否定することはできない。
最初のダンジョン探索の時も、第一陣はともかく第二陣以降では相当の死傷者が出ている。自分らが上手くいきすぎて安全マージンを読み誤った政府側の誤算もあるが、そもそも死を求めてダンジョンに潜ろうとする同世代も少なからずいた。他者を傷つけるよりも自分が滅びた方がいいという最後の理性がそうさせただけで、この国や世界に呪詛を吐きながら逝った同期を何人も見送っている。
君が一時期政界進出を本気で考えてたのもその頃だったか。
そう指摘すると自称主人公君はそっぽを向く。若返り効果で無駄にショタショタしい仕草というか、狙ってやがる誘ってやがるとその筋のモノを挑発しそうな態度はどうかと思います。
「共通してるのは、探索者による一般市民への復讐。日本だけの問題じゃねえけどよ」
言って携帯端末を開き、最新のニュースを見せる。
三十八度線を越えて南下する巨大な竜種が、とある国の首都近郊に強力な放射能火炎を吐き出す映像が映し出された。狙いは軍事施設のようだが、これまで頑なに国境を超えることのなかった竜種の越境攻撃に当地マスコミや政府関係者は衝撃を隠せていない。
別映像では幾つものドローンが小石のようなものを国境を超えるように大量に散布し、竜種がそのラインに沿って侵入したことを示唆している。散布されたものが魔石の類ならば一時的にでもモンスターが領域外に踏み出すのも不可能ではないが、使用された魔石の量は映像を見ただけでも尋常ではない。ドローン含めて探索者以外に協力者がいると考えるのが妥当だ。
「気付いてるかどうか分からねえが、東京は魔石保有に関しては世界屈指だ。美容健康だ次世代エネルギー研究だと用途は様々だが、あのドラゴン様が来ても随分と長い間暴れまわるだろうな」
そうだね。
そこまで言い切れるってことは、もう準備は整ってる訳だ。
「ああ。世界中駆けずり回って同志を集め、魔石を奪い、準備を進めてきた。この国、ぶっ壊す。もう俺でも止められねえ」
いやそこは「止めてみせろ」じゃないの?
「お前だったら黙ってこの国を見捨てそうな雰囲気あるからよ。念のために訊くが、俺達の同志になるつもりはねえか」
無いよ。
世界をひとつに、とか正気かってネーミングの組織。
「ハハ、最初から御存知かい」
君、自覚ないけど指名手配されてるからね。色んな意味で。
捕まえることは到底無理だけど、さっきのアヒージョで放射線障害治ったのなら組織から抜けてひっそり暮らすのもアリだと思うよ。いずれ捕まると思うから早めの自首をお奨めするけど。
「――アバヨ、次は戦場だ」
窓から出ていくとか、本当に何というか君はお約束を外さないね。
◇◇◇
そんな感じで自称主人公君が姿を消した後、タイミングを計ったかのように親友と警察官たちが会議室に雪崩れ込んできた。脚が生え揃ったところ見るにブツは無事に届いたようだ。
映像と音声も無事に伝わってたようで安心だ。
「肉屋、彼をわざと逃がしたのか」
なんか変身ヒーローとバディ組んで事件解決しそうな渋声刑事さんが肩を掴む。
御冗談を。
支援職の自分が戦闘職寄りの彼を捕まえようと思ったら、この探索者組合支部ビルぜんぶを諸共犠牲にしたって無理ですよ。あいつの映像資料残ってるでしょうけど、ダンジョン踏破報酬の魔剣、あれ竜種だって一刀両断できる業物ですからね。空振りしただけで辺り一帯がれきの山っすよ。
「コイツのいってることは事実です。市街地で逮捕しようとすれば被害が大きくなりすぎる」
「そういうことに、しておく。だが彼に回復食材を与えたのは感心できない」
あ、これ犯人隠逃罪とかそういうのですか。
映像と音声をそちらに提供する目的もありましたが、隠逃行為と見做されたのでは仕方ないっすね。知ってることも全部話しますんで、よろしくお願いしますね刑事さん。
ん?
使用済み避妊具でも拾い食いしたような顔してますよ。
いや食ったことないですけどね、自分。
という感じに逮捕連行された。
建前上は事情聴収だというので手錠もされない。
「解体屋相手に手錠なんて意味あるか。互いに気分よく情報交換してお帰り頂く方が建設的だ」
これまたセクシーボイスな刑事さんが。
東京の警察はどこもそうなんですかね。腐女子が歓喜しますよこれは。もとい情報交換といってもお互い何処まで知ってるかの擦り合わせからですね。
世界をひとつに
ってご存知です?
+登場人物紹介+
●自称主人公
主人公(肉屋)の功績を奪ってたことがバレたのと女性関係だらしないのと政界進出に色気出していたのが方々の逆鱗に触れて国外に逃げていた。世間に探索者が危険視される原因の一端。秘密結社ユニオンプロジェクト行動隊長。放射能火炎を吐く竜種と幾度か接触したらしく身体が蝕まれていた。
●竜種(放射能)
某半島国家を含む地域に出現した。プル○サリかもしれないしヨ○ガリかもしれない二足歩行の竜種。とある独裁国家が国威高揚と国際社会におけるダンジョン攻略の先駆者としてリードするために核攻撃を決行した結果、アレした。三十八度線の南にある国家はいい迷惑である。一部特撮マニアの熱狂的なファンがいる。
●親友
高ランク探索者。両脚が生えたし主人公からメッセージを受けて会議室の外に控えて一部始終を見聞きしていた。
●警察官の皆さん
主人公を不本意ながら任意同行してもらう。ワンチャン何とかできなかったのかという思いと、主人公への恐怖じみた嫌悪感を必死に隠そうとしている。なおイケボイスが多いようだ。
●主人公(肉屋)
いちおう自首を促していたので犯人隠逃行為じゃないと信じたいが回復食材を与えたのはがっつり怒られた。警察と密に情報交換したかったのでホイホイついていって形ばかりの事情聴収を受けている。ユニオンプロジェクトとは無縁ではないようで。




