第十二話 オーク(ただし植物属性)
次回更新は数日後かもしれません。
自衛隊がドローンで調査した映像を見せられた。
ゴブリン、コボルト、スケルトン。
まるでゲームに出てくる迷宮のようにモンスターが徘徊する異空間。自分達はそこに飛び込み、一匹でも多くのモンスターを討伐するために集められたのだと、偉い人が語った。海外の話は法螺話半分と思っていたが実際は想像以上に酷いようで、銃火器で武装することすらダンジョンの不興を買うそうだ。
「恨んでくれていい。諸君らが全滅したら、ワシも後を追う。ワシが君らに死を強いる決定をした。ワシ一人で我慢してくれんか」
強面の、TVや新聞で見かけた政治家の爺様が頭を下げた。
独断らしい。そして一刻の猶予も。集められた連中は大体想像つく。自分も民間企業の面接帰りに拉致された訳だし。それにしてもホームレスの類よりも優先して人身御供にされるとか、自分らの世代は本当に貧乏くじなのだと分からせられる。
銃口を突き付ける自衛官さん達の目が死んでいる。
突き付けられている自分達の目も死んでいる。
一番元気なのは爺様だな、殺そうとしても死なないだろう。いや、この爺様を殺しても意味ないし。それくらいは分かってるよ、分かりたくもないけど。
じゃあさ、一番乗り。いいっすか?
同時に何個もダンジョンあるんでしょ、テキトーなところに放り込んでくださいよ。他の連中が少しでも長生きできるくらいの悪あがきはしますんで。
◇◇◇
懐かしい夢を見た。
あの頃は就活スーツなんて着てた。学校で偉そうにしてたマナー講師、殴っておきたかった。探索者マナーは皆の血と汗で書き上げたものだけど。
北海道に拠点を移して、また肉屋と呼ばれるようになった。
地元だと本名呼びだったし、それを望んでいた。痛々しい仇名で喜べるのは学生時代までだ。きっと。
モンスター解体の仕事は、探索者とモンスターの闘いの記録をひもとく行為に近い。使った武器、どのように当てて、当ててからどうしたか。克明な記録がモンスターの身体には刻まれている。素材としては不適当でも、その亡骸の状態からダンジョンの異変を察することも少なくない。同じ刀傷でも魔力の痕跡がまるで異なることもあるから、解体魔法も良し悪しである。
その日持ち込まれたモンスターも、その一例だ。
「中層深部で倒したオークなんですが」
オーク。
筋肉質の巨漢、よくある創作物のような食用にはならないモンスターだ。この箱館湯滝ダンジョンに出現するオークは体表から骨格に至るまで硬質の植物繊維で構成された精巧な木人形で、疑似筋繊維を満たしている油脂分は医薬品にも魔法薬にも使われる素材となる。人型だけど血が出ないし臭くない、食用にならないけど割と金になる。
そのオークさん。
駆け出しの探索者チームが討伐したという。持ち込んできた職員さんが不思議そうというか納得しきれない顔でオークを眺めているように、駆け出しがこれほど状態よく倒せるようなモンスターではない。
「誰かが倒したのを横取りした可能性は」
ありませんよ職員さん。
刺し傷に打撲の具合、この駆け出しさんらで間違いないです。ええ、通用してます。植物性とはいえ密集したオークの筋繊維は相当頑丈なのに、隙間を突いたわけでもなく真っ当に断ち切られている。
……
……
ここ、見てください。
断ち切られた筋繊維に潜り込んでいる褐色の紐。動物なら血管とか神経で説明つきますけど、植物性のオークには本来そんなものはありません。
「寄生虫、ですか?」
自分も最初そう思って念のため鑑定かけました。この紐、ナラタケの根状菌糸束だそうです。
聞いたことない?
ええと、こっちの呼び方だとボリボリ。食用キノコの。
「ああ、美味いですよね」
暢気な反応してるところ悪いですが、こいつは生きた樹木にも憑いて腐らせていく病害菌としての性質もあります。オークに取りついてるなんて初めて見ました。あ、まだピンと来ていない。
えーとですね。
地元のダンジョンで気付いたことなんですが、ダンジョンモンスターって基本的に無菌状態で育ったものなんです。だからスタンピードでダンジョンの外に逃げ出したトラフグカエルはツボカビ病に一気に感染して全滅した。このオークも病害への抵抗性が無いから、ナラタケに感染して弱体化したところを駆け出し探索者に討たれた。
「はい、それが――いや、待ってくださいよ。このナラタケはダンジョン由来のものではなく」
おそらく野生のナラタケです。
ナラタケが湯滝ダンジョンで大量発生している可能性があります。スズメバチはダンジョンの外でモンスター肉食べて巨大化しました。ナラタケはダンジョンの中に侵入して現在進行形で強めのモンスターであるオークの天敵として猛威を振るっている可能性があります。
ねえ。
このキノコ、レベルアップすると思います?
「……なんで、今頃になって」
そりゃ菌糸をダンジョン中層まで伸ばし続けていたからでしょう。あいつら条件さえ揃えば時間をかけて際限なく拡大するんですよ、百ヘクタールまで菌糸を拡げたナラタケの仲間のキノコの話、生物学系のウンチク話では鉄板ネタでは。ナラタケは少しずつ菌糸を伸ばす、木や草を分解しては己の糧に変え、レベルアップも果たす。そうして自然界に無い速度で成長を果たしたナラタケはオークすら苗床にしてしまったと。仮説ですらない妄想ですけどね。
「鑑定魔法も使った以上は、そのナラタケの出自と性質も把握済みなんですよね。そこから導き出した推測なんですよね?」
はい。
この箱館湯滝ダンジョン、キノコに乗っ取られているかもしれません。
+登場人物紹介+
●自衛隊っぽい皆さん
発生したダンジョンに氷河期世代を放り込むために脅しとして登場。こんな事をするために自衛隊に入隊した訳ではないとぶち切れているが、無力な人間をダンジョンに放り込まないとまずいと聞いて死んだ目になっている。
●就活生(当時)の皆さん
発生したダンジョンに放り込まれる運命の人達。主人公もいた。やったこともないリーダーシップ論とか訳わかんないマナー教師たちにガチ殺意を抱いていた。就活上手くいかなくて自殺とか考える人もいたので主人公以外にも人身御供に相当数立候補した。
●爺様
陰腹切っている。
●探索者組合の職員さん
妙なオークが持ち込まれたので主人公に診てもらった。知らなきゃよかった展開に胃が痛い。
●駆け出し探索者さん
どう考えてもオーク倒せそうにないけど、動きの悪いオークに襲われて戦ってしまい勝ってしまった。状況を報告した上で死体を持ち帰った。
●主人公
ナラタケのウンチクは害獣駆除時代に地元ハンターさんの飲み会の席で知った。
●オーク
本作の湯滝ダンジョンに出てくるオークは外見こそ普通のオークだが筋繊維から骨格に至るまで精密に作られた植物モンスター。オークなのに臭くないし女性を襲わないし美味しくない。モンスターの強さとしてはトレントの上位種っぽい扱い。駆け出しにはまず倒せない。経験値もおいしい。
●ナラタケ
北海道の野生のキノコ。どういう訳か現在箱館湯滝ダンジョンで異常増殖しているのが判明。おそらくレベルアップもしている。




