第十話 幕末フリー素材常連組
超不定期連載です。
こんにちは、自分です。
修学旅行シーズンが終了し、ダンジョン攻略はいつものようになりました。
自分以外は。
『御武』
「ええと、こちら幕府軍の土方ホブ三さまです。虜囚となった同胞に名誉ある死を与えてくれた貴君に感謝と死を、と仰ってます」
駄目じゃん、死ねって言われているよ自分。
仲介役を買って出た政府の役人さんも戸惑っている。国が養成していたエリート候補生がゴブリン軍の武将を勝手にテイムしてテロ行為をやったなんて前代未聞だからだ。しかもテイムした主犯というのが家柄的に少々面倒くさい血筋らしく、役人さん達も強くは抗議出来なかったという。
いや抗議しただけ偉いですよ。維新ゴブリン軍と幕府ゴブリンの双方を説得していたというし。
『無燐』
「あ、あー。虜囚となった隊士は直情的な奴だったが太刀筋の鋭さは隊でも屈指。それが貴君に刀傷ひとつ残せずに果てるとは奴も無念であろう。奴が成仏するためにもここは是非。なに、奴はもうじき復活するので敵討ちは本ゴブにやらせろと? ええい、余計なことを! と、仰ってます」
すごいよゴブリンの圧縮言語。
いやもう詰襟軍服でオールバックの偉丈夫ホブゴブリンが日本刀片手にうっきうきなのは見てわかるんですよ。戦闘狂かな? だったわ、種族的にもモチーフ的にも。
修学旅行生が去った後に城郭公園に呼び出された時点でいい予感はしていなかった。
北海道への遠征は何度もやったけど基本的に解体テント勤務で外に出ることなかったし、本格的に移籍した今でもその予定だった。城郭公園側にはいわゆる歴史とか文化とかそういうものに熱心、たぶん熱心きっと熱心な方々が文化保護とか歴史の教科書とか様々な理由をつけて押しかけており「私たちが討伐する、探索者共は引っ込んでいろ」といいつつも毎度のように黄色い声をあげながら撮影鑑賞するハイソな方々が大勢いらっしゃる訳で。
あー視線が痛い。
「おのれ底辺が」「なぜホブ様があのような下賤の輩に親し気な」「明日阿須院の小倅めェ、ヒコ様を強制テイムした挙句に肉屋に出荷するなど尊き血の恥さらしよ」「ぐぬぬ、見よホブ様があのような獰猛な笑みを」「ぬわーっ、間近で見たい」
聞こえてくる声の一部抜粋だけでもこれである。
仮にダンジョンに呑み込まれ餓鬼と化そうとも進化して維新か幕府ゴブリンの軍に参加してみせると意気込んでおり、北海道全域がダンジョンに呑まれないよう資金協力はするが箱館戦争だけは絶対に維持させると圧力をかけている。馬鹿きわまって突き抜けた方々である。
すごいよね。
国が誇るエリート官僚が、この観客たちの暴走を抑えつつ幕末ゴブリン族との意思疎通を図るために大量派遣されている。国内外の有力者と血縁で、とんでもねえ資産家達。どこにいてもテロや犯罪の標的になるのなら、好きな場所で推しを愛でて逝きたいという理由で方々に迷惑をかけまくっている集団でもある。護衛に雇われている元探索者達も正統派の凄腕揃いで、彼らをきちんとダンジョン探索に派遣できていれば内外のスタンピードは完封できていたのではと言われるほど。
「あ、肉屋だ」「解体屋じゃん」「虐殺者か。本物ではないか」「いつもカエル肉ありがとうございます」
護衛連中にも自分の顔見知りがいるようで、あんまり思い出したくない仇名で呼ばれている。あとカエル肉はしばらく卸せませんのでごめんなさい。
『御互武語分理』
「種族は違えど戦えば分かり合うのは容易、いざ武器を持たれよ。と仰ってます」
凄いよねゴブリン語。
なんで分かるの、そこの役人さんは。自分、覚えたくて半年くらい勉強したけど基本構文すら理解できずに脱落したんですけど。まーねえ。英語もすっかり頭の中から消え去った自分がゴブ語分かる訳ないよね。分かってたけど。
戦うんですか。
『武』
戦いました。
逃げまくって武器破壊して鎧壊して、互いにそこらの木の枝とかビニール傘で再武装したあたりで空腹になったエゾオオツノシカ君のコレダーが炸裂してノーゲームになったんですけどね。
ありがとうエゾオオツノシカ君、あとでアライグマ肉を献上しますね。
『吾富』
「我もアライグマ肉を所望する、と仰ってます」
なにゆえ。
◇◇◇
自分のように就職が上手くいかなかった人間からすると、国家公務員になれてエリート街道まっしぐら人生送れてる相手に隔意が無いと言えば嘘になる。
だがそれは真っ当に働いて結婚し家庭を築いた同年代にも抱く感情だし、要するに自分に出来なかったことをやってのけている人間すべてに抱くものだ。隔意と嫌悪と尊敬と憧憬。相反する複数の感情を肚の内に溜め込んでも、面の皮を徹底的に分厚くして素知らぬ顔で生きていけるのが上等な社会人様なんだと誰が言ったか。
うん。
最底辺と言われても仕方ないわな、自分。
「ノーコメントで」
通訳の役人さんがしょっぱい顔で答える。
アライグマ肉を食べてみたいとわがままを言い出した土方ホブ三様と御一行、城郭公園の陣地を抜け出して我らが探索者組合までやってきた。訓練場で元気そうな新人探索者複数名を刀の鞘で叩きのめしてカラカラと笑った後は、缶詰の沢庵をおかずにアライグマ肉を食べている。
料理?
独り身に凝ったモノ作れるわけないので鍋である。
役人さんが器用にも串焼きを作ってくれたので驚いていたら「学生時代にアルバイトで覚えました」と気まずそうに笑う。一年間だけの約束で親の許可を得て働いた、安い酒場の裏方仕事。バイト代は安いし年中熱いし店主は喧嘩っ早くて競馬狂い、賄い飯が不味ければ最初の一か月で辞めるつもりだったと。
「でもまあ、気付けば四年きっちり働きまして。国家試験には受かったので両親も何も言いませんでしたが、上品じゃない外国語とか実地で学べる貴重な機会だったかもしれません」
おかげで今や閑職どころか殉職不可避と言われたダンジョン接待班ですが当時に比べれば多少は楽かも、と役人さん。やべえ、陽の気に満ちておる。これが意識高い人生か。どんな環境も自分の糧に変えて光り輝く人間の強さか。
ぐわーっ。
溶ける、溶けてしまう。
畜生こんな氷河期の天敵みたいな善人を寄越しやがって許さねえぞ土方ホブ三。
『侮?』
いや、言葉の綾。
やっすい鍋ですが楽しまれてますかね。
『娯』
なんか良いらしい。
「しか」
エゾオオツノシカ君、なぜ君まで鍋を求める。ぐいぐい来るね君。ホブ三様そこ笑わない。人間相手にするよりはよっぽどマシなんですが。畜生役人さんまで大笑いするか。串焼き美味しいです。
ところで翌朝あっさり復活した武将ホブゴブリンことヒコ様がマブダチ顔でやってきては朝食前の鍛錬とばかりに決闘を挑み、その後に飯食って酒飲んでエゾオオツノシカ君に叩き出されるのだが。
これはまた別の話である。
+登場人物紹介+
●土方ホブ三
武将ホブゴブリンの幕府側トップ。二尺八寸の刀を使う。歳三ではない、ホブ三である。たくあん漬け大好きで、主人公の用意した自衛隊の沢庵缶を気に入った。アライグマ肉も美味しい。歴史ファン(主にハイソ)からの「こんなの土方じゃない」「いや新解釈」「合戦見せてくれ」という声に辟易としており、歴史とかに大して興味のない主人公に少しばかり好印象を抱く。それはそれとして殺す。
●通訳の役人さん
ゴブリン語を理解している数少ない人類。本来なら大学で教鞭とってもいいレベルなんだけど国家公務員をやっている。得意料理は串焼きと串揚げ。ビールも好きだがウォッカの炭酸割を好む。静かなる陽の者。主人公から一方的に敬意と劣等感を向けられて困惑している。
●歴史マニアの皆さん
権力と財力と血筋に不自由せず人生のロスタイムを趣味に注ぎ込もうとしたところ幕末ゴブリン族を見て何かが弾けた。高級旅館を貸し切って毎日合戦を見ては黄色い声をあげている。主人公のことを最底辺でホブ三さまの寵愛を受けた(受けていない)憎い奴と思っているが護衛達の「肉屋相手に暗殺とか金を積まれてもイヤ」という反応に見る目を改めた。
●護衛の人達
元探索者や現役だけどアルバイトで護衛に就いている。ベテランが多数。主人公の知り合いもいる。肉屋・解体屋・虐殺者(いずれもブッチャー呼び)は彼らが主人公の当時の戦闘スタイルを指して漬けた仇名。前話まで登場してた勇者先生が見つけてしまった情報の一つ。主人公が解体したモンスター肉が美味いのを知っている。
●エゾオオツノシカ君
コレダーがそろそろカンストしそうです。
●アライグマ鍋
白菜と豆腐、それにアライグマ肉を昆布出汁で炊いたシンプルな鍋。エゾオオツノシカ君が盗み食いする可能性を考慮して葱や生姜は避けた。地鶏よりも旨味が強くやや噛み応えがある肉はホブゴブリンにとっては丁度良い塩梅であった。たくあん漬けとの相性も悪くない。
●串焼き
アライグマの肉と臓物(レバーと膵臓と肺)を串焼きにしたもの。こちらは塩と味噌ダレで、豆腐田楽に見立てて大ぶりにカットした肉と臓物を串に刺して焼いてある。主人公が処理した肉と内臓なので臭みは一切なく、ホブ三はこの味を気に入った。
●ヒコ様
強制テイムで主人公と戦った武将ホブゴブリン。無事復活してマブダチの元に死合をしようと毎日通って飯をたかるようになった。エゾオオツノシカ君に某サッカーのキーパーみたいに吹っ飛ばされている。
●主人公
解体作業を中断してホブ三と戦わせられたり独身者飯を作らされるなどのハラスメントに遭った。自衛隊の沢庵缶は個人のコレクションだった。努力家で才能のある若者の前に浄化される。アライグマのカツレツは解釈違いだろうという一部からの猛抗議を受けてホブ三にアライグマ鍋を御馳走する。最近自称友達が増えているような気がしている。




