運営記録その1※別視点
Immersiaのテストプレイヤーがゲームを開始して現実世界で僅か1分弱。
ゲーム開発室長の最中と、副室長の鈴木もまたVR世界にやってきた。
ただし通常のログインではなく、ゲームマスターとしてのログインであり、彼女たちがいるのは管理人ルーム。
「やれやれ、ようやくこっちに来れたな」
「お疲れ様です。最中室長――ところで、なんですか? その姿は?」
「鈴木はファンタジーに疎いのか? アラクネという種族だ」
最中の姿、上半身はいつもの彼女の姿そのものだが、下半身は蜘蛛の姿をしていた。
「なんでそんな気持ち悪い姿をしているんっすか?」
「Immersiaでは将来、魔物に変身できる機能を実装する予定をしている。その中でもアラクネは面白いぞ? 自分の足が八本になって、それを操る感覚は人間の姿ではまず体験できない。補助動作を使っても慣れるのに一週間はかかった。逆に下半身が蛇のラミアはつまらなかったな。まるで両足首を縛られてじたばたしているみたいだった。魚も似たようなものだが、あの姿で水の中を泳ぐ音は面白いぞ。鈴木も一度やってみるといい」
「自分は人間のままでいいっすよ」
鈴木が先ほどまでとは違う素の口調で言っていると、案内人のふわるがやってきた。
「お疲れ様です。ゲームマスターサナカ。サブマスタースズキ」
「ふわるよ。いまゲーム開始からどれだけ時間が経過している?」
「9時間15分19秒経過しています」
「もうそんなに経っているのか」
現実世界の一時間はImmersiaの中では一ヶ月に相当する。
それはつまり、現実世界で10秒経過すればImmersiaでは2時間も経過することになる。
「早い者は既にカルアノ神殿に行ってるか」
「はい。リーフとシノブ、漆黒騎士の三人がカルアノ神殿のクエストをクリアしています」
「プレイヤー名で言われてもわからんな。データを出せ」
管理者権限でプレイヤーから送られてきた履歴書と紐づけされたデータが虚空に現れた複数のモニターに表示される。
最中はそれを四本の前足で器用に操作した。
「なるほど。シロップワールド、忍者導忠、シューティングワンのそれぞれのトップランカーか。さすがゲーム慣れしている奴らは攻略が早いな」
今回のテストプレイヤーの選定はランダムではなく、AIがテストプレイヤーとして適性のある人間を選定した後、人事担当が問題がないか確認だけして採用を決めた。
そのため、最中もどのようなプレイヤーが選ばれたかわかっていない。
しかし、データを見ると優秀なプレイヤーが揃っているようだ。
「冒険者ギルドの称号状況はどうだ?」
「称号“期待の新人”取得者が暫定十五人です」
「へぇ、多いっすね。デバック時の取得率は15%だったのに」
期待の新人は、冒険者ギルドに加入するときの教官との試合でクレハス相手に一撃を入れることで得られる称号だ。
その称号を得ると、冒険者ランクが上がりやすくなるメリットがある。
「六十パーセントか……まぁ、開発者といってもゲームの腕は一般人並だったからな。しかし暫定とはどういうことだ?」
「まだ一人クレハスと戦闘中です」
「なんだと?」
通常、クレハスとの戦闘はチュートリアルのようなものだ。
ワイルドハムスターとの戦闘後、二度目の戦いになる。
最短で十分、ゆっくりプレイしても一時間以内には終わっているはずのイベントバトルである。
なのに、まだ戦っているプレイヤーがいることに最中も鈴木も驚いた。
「戦いの様子を映せるか?」
「はい」
ふわるが頷き、モニターに大きく映し出す。
一人のピンク髪の少女とクレハスが戦っていた。
プレイヤー名はことは。
直ぐにプレイヤー名から紐づけされた履歴書を表示する。
「……ことは、あった。宮本ことは……って本名で登録しているのか。ネットリテラシーが欠如していないか?」
「VRゲーム経験無し、ゲーム経験無しって完全に素人っすよ」
こういうもテストプレイでは必要だとAIが判断したのだろうと思った。
画面を見ると、クレハスが本気モードになっている。
それはつまり、彼女もまたクレハスに一撃を入れたプレイヤーということだ。
VRゲーム慣れしていない素人としてはかなり優秀な部類に入る。
しかし、それだけだ。
直ぐに他のプレイヤーの様子を見ようとして、最中は止まった。
「どうしたんっすか、室長」
「なんだ、あの動き」
最中は浮かんでいるモニターを物理的に手で鷲掴みにして言う。
「私はプログラムに入れていないぞ、あんな動き! まさか、マニュアル操作で戦っているのか!?」
「うちにもいまっすね。オートだとしっくりこないからってマニュアルで戦う物好きが」
「そのためのマニュアル設定だからな。だが、双剣でマニュアル操作など素人には難易度が高すぎる」
双剣というのはその名の通り二本の剣を同時に操る技だ。
手数の多い武器として重宝されることもあるし、このImmersiaにおいても同様の扱いである。
しかしデメリットも大きい。
片手で剣を振るうのだからその振りは各段に落ちてしまうし、なにより、左右それぞれ剣を扱う難しさはかなりの経験を必要とする。
最中が虚空にキーボードを生み出すと、それをつかってネット検索を始める。
「宮本ことねについて調べる。あの双剣の剣裁き、タダものではない」
「もしかして宮本武蔵の子孫とかっすか?」
「宮本武蔵に子はいないぞ。だから子孫がいるわけがない」
最中が鈴木の予想を一蹴してさらに続ける。
「でも、そんな個人の情報、ネット検索で見つかるっすか?」
「AIが奴を採用したのはきっと、奴の情報がネットのどこかにあるからだ。AIは優秀であるが神ではない。何もないところから情報は得られん」
と調べた結果、複数の検索結果が出てくる。
しかしほとんどが同姓同名のアマチュアアイドルの情報で肝心の情報が見つからない。
そんな中、ある記事を見つけた。
剣道の試合において、小学生が全国中学校剣道大会の優勝者経験者と戦って勝つという記事だった。
地方ニュースの電子版というマイナー記事であったが、確かにそこに宮本ことねの名前があった。
父親は宮本六三四――先ほども鈴木が言っていた有名な二刀流の武士と、漢字こそ違うが同姓同名の人物だ。こちらについては多数の情報が見つかる。
世界剣道選手権大会の優勝経験もある二刀流の使い手で、二刀流専門の剣道場を開いているらしい。
「小学生が中学生に勝つって凄いっすね。あれ? でもそんなに強い子なら試合の記録とか残ってるんじゃないっすか?」
「剣道の試合で二刀流が認められるのは大学生からだ。高校生以下では認められん。二刀流専門で戦ってるなら非公式の試合しか出られないだろうな。なるほど――双剣使いのデータは少ない。AIがその戦い方を研究、学習するために彼女を選んだというのなら……ふふっ面白いぞ、宮本ことね」
最中はそう言ってことねを期待の眼差しで見つめる。
「うわ、えげつないっすね。あの子、的確に急所を狙ったっすよ。剣道であんなのありっすか?」
「中学剣道まではダメだが高校剣道まではアリだな。面具を装備しているから喉は守られている」
「そうっすか――って膝蹴り。うわ、クレハスも容赦ないっすが、あの子も対応が上手っすね。あれも剣道っすか?」
「……まぁ剣道をやっていたら条件反射が磨かれているからな」
「うわ、今度は竹刀をインベントリにしまって不意をついたっすよ。剣士が剣を消すなんてありっすか?」
「……それはいいのだが……彼女は今日ゲームを始めたばかりだったよな。どんなセンスを持っていたらここまでスムーズにインベントリを使って装備の出し入れができるのだ?」
まさか、手品の練習で石を出したり入れたりしていた経験が生きたとは思いもせず、最中はコトネを見詰めた。
そしてコトネは25人のテストプレイヤーの中で唯一クレハスに勝利するという快挙を見せたのだった。




