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冒険者になるのは大変でした(後編)

 瞬きをすることも許されない刹那の時間が過ぎ去った。

 私はクレハスさんの攻撃をしのぎ、だけど一撃を与えることはできなかった。

 結果だけ見てみれば、フリダシに戻っただけの状況である。


 だけれど、私とクレハスさんの状況は違った。

 確実に仕留めたと思ったであろう攻撃を私がしのいだのだ。


 うん、やっぱりこの動きだ。

 さっきまでと全然違う。


「まさか、今の攻撃をいなされるとはな。しかし、カウンターを入れる隙があったはずだ。なぜそうしなかった?」

「確かに剣術の試合であれば最大の好機でした。でも、あそこで一撃を入れたとき、逆にクレハスさんの蹴りが来る可能性がありました」

「なるほど――俺はそんなことをするつもりはなかったんだが――ああ、その通りだな」


 クレハスさんが舌舐めずりをして言う。

 彼はあくまで正々堂々と剣の試合をするつもりだった。


「もう一つ質問だ。急に動きがよくなったが、何をした?」

「……何もしていません」


 一瞬躊躇し、そう答える。

 クレハスさんはほくそ笑む、それ以上質問をしてこない。

 たぶん、信用していないだろうけれど、「教えたくないっていうなら身体に聞くまでだ」とか思っていそう。

 でも、私が言ったことは少し嘘かもしれないけれど、ほとんどが真実だ。

 特別なことはしていない。

 ただ、オートモードをマニュアルモードに、つまりシステムによる補助動作をオフにしただけ。


「いきます!」


 今度は私から仕掛ける。

 まだ勘を取り戻しているわけじゃない。

 あの時より遥かに弱くなっている。

 でも、この勝負、楽しい!


 クレハスさんの剣を右手の剣で受け流し左の剣で喉を狙う。

 クレハスさんが避ける動作に入ったので剣の軌道を変え、顎に当てた。

 浅い。そして硬い。

 それでもクレハスさんの顎骨を揺さぶる程度のダメージは与えた。

 普通なら脳震盪を起こすその攻撃だ。

 しかし彼はそれを耐えてみせた。

 と同時に飛んできたのは大きな膝だった。


 クレハスさんの膝蹴りで背後に飛ばされる。


「蹴りはしないんじゃないんですか?」

「嬢ちゃんがそうさせたんだろうが。なによりしっかり対処しておいてよく言うぜ」


 彼の言う通り私は彼の膝の動きに合わせて後ろに飛んでいたのでダメージはほとんど受けていない。

 緑の棒も少し赤くなっただけだ。

 赤の比率でいえばクレハスさんの方が多い……って、あれ?


「クレハスさん! 緑の棒のゲージ、赤が減って来てませんか!? それに顎の出血も止まってますよねっ!?」

「ああ、俺はHP自動回復のスキルを持ってるからな。多少の怪我は直ぐに治るんだ」

「よくわからないけどズルいです!」


 つまり、ちまちました攻撃をいくら当てても無駄ってことだよね。

 さっきみたいに急所を狙わないと。

 でも、普通に狙ったんじゃ避けられる。

 相手の油断を誘う何かを。

 離れた場所からチャージ攻撃して隙を作る?

 ううん、ダメ。

 時間がかかり過ぎる。

 あの攻撃は一対一の試合では使いにくい。


 そうだ、あれなら――


「何か思いついたようだな。いいぞ、かかってこい」

「クレハスさんがさきに蹴りを入れたんですからね。卑怯だなんて言わないで下さいよ」

「ああ、言わねぇよ。戦いに卑怯もひったくれもあるもんか」

「だったら――」


 私は前に出た。

 インベントリから石を取り出し、それを投げる。


「随分と小さい奥の手だな。かわすまでもねぇ」


 さっきと同じ、剣と剣のぶつかり合い――それが起こるはずだった。

 私の剣が突然消えなければ。


「なっ!?」


 クレハスさんの動きは速い。

 私でも剣で受け止めもせず、受け流しもしなければこのタイミングで避けることはできない。

 でも、オートモードでの回避動作は教えてもらった。

 回避しながら私はインベントリにしまったばかりの双剣を取り出し、クレハスさんの懐に飛びかかる。


 二本の剣がクレハスさんの胸を深く抉った。

 と同時に私の身体に大きな衝撃が襲った。

 殴り飛ばされた?


 私の緑の棒のゲージが見る見る減っていくのが見えた。


 あ、これまた死んだかも。


 でもこの部屋だと死なないんだよね。


 どっちにしろ負けたかな?


   ※ ※ ※


「コトネちゃん、コトネちゃん、しっかりして」

「あ、テルミナさん。私負けちゃいました」


 これってもう冒険者になれないってことかな。

 結構いいところまで行ったと思ったのになぁ。


「何言ってるの。コトネちゃんは勝ったのよ」

「え?」


 見てみると私の緑だった棒は真っ赤に――あれ? 少しだけ、ほんの数ミリだけど緑のゲージが残っていた。

 それに引き換え、クレハスさんの緑の棒は全部赤になっている。

 そっか、私、勝ったんだ。

 そう認識した途端、真っ赤になっていた私とクレハスさんの緑の棒が元に戻った。


「ガハハハハ、負けた負けた! 教官になって初めての負けだ! 期待の新人、いや、大型ルーキーの登場だな」


 クレハスさんがとても楽しそうに笑った。

 それを見て、少し懐かしい気持ちになる。


【称号:冒険者を獲得しました】

【称号:期待の新人冒険者を獲得しました】

【称号:大型ルーキーを獲得しました】


 変な声が聞こえた。

 え? なにこれ?

 称号? 大型ルーキー? なにそれ?


 わからないからあとでテルミナさんかリーフさんに教えてもらおう。


「でも、冒険者になるのって大変なんですね。みんなクレハスさんより強いんですか? ……あれ? でもさっき負けたのは初めてだって言ってませんでした?」

「コトネちゃん。勘違いしていたかもしれないけど、ここでは戦いの基礎を教えるだけで、勝っても負けても冒険者になれるの」

「え?」

「というか、クレハスさんに勝てないと冒険者になれないなんて条件を出したらみんな冒険者になれなくなるわよ」


 勘違いしてたみたい。

 なんかどっと疲れたよ。

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