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プロローグ

『時給30万円のバイトがあるんだけどしてみない?』


 私、宮本ことねがここにいるキッカケは、彼女の親友のそんな一言が原因だった。

 怪しさしかないそんな情報だったけれど、親友の「信用できる」という言葉を信用して二人でバイトに応募した。

 そして誘われた私だけがバイトに当選し、親に頼んで交通費を出してもらって東京までやってきた。

 初めて一人で新幹線に乗った。

 東京の電車は混雑するから気を付けろというアドバイスに若干怯えながらも、実際はそれほど混雑もなく、ただホームの多さに怯えながらも目的の駅に到着。そこからメールで貰った地図を頼りに目的の会社に辿り着いた。

 地元では絶対に見ることのない大きなビルで、『Star Forge』という、有名なゲーム会社だ。

 まだ集合時間の一時間前だったので、会社の場所だけ確認して近くのカフェで休憩することに。

 注文の仕方がわからず――


「さっきの人と同じで」


 と注文したらブラックコーヒーが出てきて文字通り苦い思いをした。

 そして時間になり、再び会社に。


「アルバイトの応募で来た宮本ことねです」


 受付のお姉さんにスマホの当選メールの画面を見せてそう伝えたら、七階に行ってくださいとゲスト用のパスカードを渡された。

 パスカードの意味がわからず、それを使わずにゲートを通ろうとして、駅の改札みたいに止められるというハプニングもあり、次にエレベータの使い方もわからなかった。

 まさか、そこでもゲストカードを使うなんて。

 都会って怖いと不安になりながら、七階の会議室に辿り着いた。

 会議室の中には私以外に十人ほどの人がいた。


「お好きな席にお座りください」


 中にいたスーツを着た男性社員さんに言われて目立たない後ろの席に座った。

 その後も何人か部屋に入ってきて、集合時間になったところで目の下のくまが目立つ白衣の女性が入ってきた。


「二十六人か。採用したのは三十人のはずだが――まぁ、こんな怪しい条件の仕事だ。警戒してすっぽかすのも当然か。一流企業を騙って詐欺を働く方法などいくらでもあるからな」


 彼女はにべもなくそう語った。


「さて、諸君には私の作ったVRゲームを体験してもらう。仕事内容はそれだけ。それ以上でもそれ以下でもない。説明は以上だ」


 彼女はそう言って去ろうとしたが、別の社員に止められて、注意をされる。

 自己紹介がまだだとか、質疑応答をしろだとか。

 怒られて頭を抱えた彼女は引き返して言う。


「……あぁ、『Star Forge』のVRゲーム開発室室長の最中さなかだ。君達にはこれから我々が開発したVRゲーム、Immersiaのテストプレイを行ってもらう。『Star Forge』の25周年記念に発売予定の次世代型VRゲームだ。何か質問はあるか? そこに君」

「つまり、我々はデバッカーということですか?」

「全然違う。デバッグ作業はすでに終わっている。ただ思うままにゲームをすればいい」

「それだけで時給三十万円っておかしくないですか?」

「ふむ。貴様、VRゲームで遊んだ経験はあるか? もちろん完全没入型だぞ」

「はい、あります」

「では、その時に不便に感じたことはなんだ?」

「えっと……」


 質問していたはずが逆に質問された彼は少し困りながらも――


「ずっと寝てるから運動不足に――」

「空腹と尿意、便意だ。VRゲーム中でも空腹と尿意は感じる。かといって、ゲーム内で食事をしても味はするが腹は満たされんし、何よりトイレに行こうものなら大惨事になる。だからたいていのVRゲーム内にトイレは存在しない。そのため、長時間プレイは推奨されず、1時間ごとに強制ログアウトさせられる。1時間ごとに現実に引き戻されて、何が没入型VRだ。ふざけるな!」


 最中は彼の回答を遮るように言った。


「だが、Immersiaはその問題を解決した。このゲームは脳の動きを活性化し、現実世界の一時間でゲーム内では約一ヶ月動くことができる。つまり、一時間というのは現実世界の一時間のことで、実際に君達がゲームをする体感時間は一ヶ月となる」


 最中は不敵な笑みを浮かべて、「残念だったな。ただゲームを1時間遊ぶだけで30万ももらえるわけがないだろ」と言って笑った。

 とりあえず、ゲームで一ヶ月遊べばいいってことかな?

 特別に何かしないといけないってわけじゃないのなら自分でもできそうだと思う。

 というより、むしろ三十万円もらえる理由があって安心したくらいだ。

 ちなみに、脳の加速については若干カロリーの消費が増えるだけで、それ以外に身体への影響はほとんどないらしい。専門的な資料とかが出されたけど、私にはちんぷんかんぷんだった。

 仕事を受けるか断るかと最終確認があった。

 一人の男性が断った。

 この後、彼は機密保持の契約書にサインをして帰るらしい。交通費だけは後日支給されるそうだ。


「二十五人になったが想定の範囲内だ。まずは女性は私についてきたまえ」


 そう言って案内されたのは同じ階の別の部屋。

 十五台のベッドが設置されていて、それぞれのベッドに、何か機械のようなものが設置されていた。

 確か、病院とかで脈拍とか血圧とかを見る機械だと思う。お婆ちゃんが入院したときに付けられていた。


「では、それぞれ好きなベッドに座ってくれ」


 最中さんに言われて、私は真ん中より少し奥のベッドに座った。


「どうだ? 我が社が出資して開発されたゲーミングベッドだ。肉体への負担を極力減らすように開発されている」


 ドヤ顔で最中さんが言うけれど、そのドヤ顔も納得の寝心地の良さだ。

 身体への負担がほとんどない。

 これ、自宅に欲しい。横になったら五分で眠れるものだ。


「さて、ベッドの横に書類があると思う。これは雇用契約書だ。機密保持契約書でもある。両方にサインと捺印を――とそうだった。契約書の内容の説明をしないといけないんだったな」


 最中さんはそう言って契約書の内容を説明する。

 業務内容はVRゲームを一時間遊んだ後、簡単なアンケートに回答する。

 ここで得た情報は外部に漏らしてはいけない。

 今後のテストプレイについては後日連絡する。

 そういう内容らしい。

 私はサインをして拇印(親指の指紋)を押す。

 

 そしてVR装置の装着の仕方を教わった。

 ここにいる大半の人はそんなの聞かなくてもわかると言った感じだったけど、私は初めてのことなのでしっかりと聞いた。

 そして言われた通りVR装置を装着し、ベッドに横になる。


【Welcome to the Immersia】


 そう表示されたと思うと、私はふわふわと浮かんでいた。

 空に浮かんでいるというよりかは雲の上を歩いているかのような感覚だ。


「ぼくの声が聞こえますか? 聞こえるなら声のする方に歩いてきて」


 どこからともなく中性的な声が聞こえてきた。

 どっちから聞こえてくるんだろう?

 あっちかな?

 私はその方向に歩いていく。

 最初はふわふわした感覚だったけれど、だんだんと本物の大地を踏みしめるような感じになってきて、声もはっきりと聞こえてくるようになる。

 と突然、私の目の前に、角の生えたハムスターのような動物が現れた。


「よく来たね、旅人さん! 僕はゲームマスターのふわるだよ。君のことはなんて呼んだらいいかな? 名前を教えてね」

「はじめましてふわるさん。私の名前はことねだよ」

「ことねだね。ことねさんは男の子? 女の子?」

「女の子だよ」


 男の子に見えるのかな?

 と自分の服装を見ようとしてそもそも自分の姿に靄のようなものが掛かっていることに気づいた。

 どうなっているのこれ?


「では、君のこの世界での体を作り出すね。まず、君の記憶の姿を再現したよ」


 え? 私の身体を作る?

 と目の前に私によく似た女の子が現れた。

 ツインテールの髪の色がピンクになってるけどほとんど私の姿だ。

 どうやら、これが私のVR内での身体になるらしい。


「ここから設定を変更するか新しく身体を作るか選択してね」

「え? 設定を変えるって、背を高くしたり腕や脚を長くしたりできるってこと?」

「うん、そうだよ」

「うーん、いまのままでいいかな?変に調整しちゃったら、身体のバランスが悪くなりそうだし」


 私は考えて言った。

 あ、でも背中に翼とか生えるオプションがあるならそういうの試したいな。

 空とか飛んでみたいし。

 そう伝えたけど、そんなオプションはないらしい。

 残念だよ。


「じゃあ、最後に君が使う武器を選んでね」


 そう言われ、目の前にいろんな道具が現れた。

 槍とか剣とか弓矢とか。

 武器があるってことは危ない世界なのかな?

 この大槌とか持ち運ぶだけで疲れそうだ。

 と一つの、いや、二つの武器が目に入った。


「それは双剣だね。攻撃力は低いけど手数の多さで勝負する武器だよ。それにするかい?」

「うん、これにするよ」


 私は二本の小剣を持って軽く振った。

 ……あれ?

 身体が勝手に動いた感じがする。

 なんだろう? この違和感。


「これから君にははじまりの街レクシアに行ってもらう。準備ができたら十秒間目を閉じて」


 言われるがまま、私は目を閉じた。

 これでいいのかな?

 一、二、三、四、五、六、七、八、九、十。

 そろそろいいかな?

 合図がない。

 念のため、もう少し数える。

 十一、十二、十三、十四、十五。


「もういいかな?」


 目を閉じたままかくれんぼみたいに問いかけたけれど、ふわるの返事はない。


「これは見事な城郭都市だな」

「ミナ、見て見て! 凄いよ!」

「ちょっとユナ、引っ張らないでよ」

 

 女の子の声が聞こえてきた。

 私以外にもいろんな人がいる?

 目を開けると――


「……凄い」

 

 私の眼下には赤屋根の街が広がっていた。

 どうやらここは塔の上だったらしい。

 これ、ゲームの中の世界なんだよね?

 まるで海外に来たみたいだ。

 周りにいる人もこの景色に見とれている。


「やぁ、始まりの街ビメルゲへようこそ」


 杖をついているお爺さんが声をかけてきた。


「見事な景色じゃろ? この地はかつて神と魔王が戦った地でな。その時にできたクレーターに築いた街なんじゃよ」

「クレーターにできた街。ドイツのネルトリンゲンみたいな土地ということか」


 刀を持った同い年くらいの女の子がそう言った。

 

「おっと、呼び止めて済まない。皆は冒険者かな? 仕事を探しているなら冒険者ギルドに行くといい。あそこに大きな煙突のある建物がそうだ。そこの昇降機を使って降りるといい」


 お爺さんがそう言うと、他のみんなはお爺さんに教えてもらった昔のエレベーターのようなもので降りて行った。

 私はもう少しこの景色を見ることにした。


 ゲームって初めて遊んだけれど、なんだか楽しくなりそうな予感がするな。

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