それは閑話。主人公が主人公となったときの話。
すいません、もう一回続きます。
でも次に更新するのは本編です。
銀狼が俺を観察するかのように見つめてくる。
その目はひどく無機質で、冷えていて、見るものに無条件で根源的な恐怖を与えるだろう。
俺でさえ、少し、緊張している。
どんなモンスターや人間と相対しても、ここまでのプレッシャーは感じなかった。
さっきまで何もなかったはずの圧力が、俺がこの狼を『敵』と認識した途端溢れるように流れ出て、俺を押し潰そうとする。
だがその程度では俺を怯ませるなんて不可能。
俺に放ってきた圧力を、真っ向から受け止めた。
すると、驚いたような反応を狼はした。
初めて、このモンスターの生物らしい反応を見た気がする。
だがあくまでも驚いただけ。
ほとんど微動だにしない。
なら・・・
改めて覚悟を決める。
死に対する恐怖は、無い。
そろそろこんな意味もなく目的もなく戦い続けるのに嫌気がさしていたところだ。
・・・いやかつては目的はあったはずだが、いまとなってはそんなものはとうに諦めている。
強敵とぶつかって死ぬ、そんな運命なら受け入れようと思えた。
レベルも同じ。申し分ない。
死ぬか生きるかは、五分五分といったところだろ。
行くか。
敵に動く気配はない。
見た目からしておそらくスピードタイプ。
だが俺だって速さには自信がある。
一瞬の加速に、全てをこめた。
そして、一歩を踏み出し瞬間で狼に接近し・・・ようとしたとき、何者かの声に遮られる。
「待て」
・・・ただそれだけの音に、俺は怯んでしまった。
その声には、誇張も一切無しに、本当に物理的な力が存在していた。
結果、一瞬で加速を強制的に近い状態で解除させられ、声の続きを待つことになる。
「貴様、本当に人間か?」
「どういう、ことだ」
俺が人間か?
そんなの見れば分かるだろう。
だがそんなことより、その言葉を発したのは誰だ?
この銀狼か?
今この場には俺と銀狼しかいない。
あの少女には、俺の空間に干渉する魔法でこの世界から一時的に切り離して、ここから退席してもらっておいた。
10メートルくらい後ろの座標にいるが、声が聞こえることもなければ姿も見えない。
というかそもそも気を失わせておいたんだから、あの少女ではない。
だから、消去法的にもこの銀狼以外には、声を発する可能性をもつ存在はいないということになる。
だが、モンスターが人の言葉を話す、なんて俺は絶対にしらない。
なぜか人の言葉を理解するモンスターならたくさんいたが。
このレベルにもなると人間語なんて簡単だとでもいうつもりかこの野郎。
「そのままの意味だが? 貴様は人間か、それとも人間の姿を模った魔物か、と聞いている。少なくとも、人間の言葉は通じるようだ。だが、理解は出来ても話すことの出来る魔物はあまりいないんだがな。人間の言葉は無駄が多すぎる上に複雑過ぎる」
なんか一人で・・・一匹で? 一体で?
・・・人間の言葉を話せるんだから一人でいいか。
なんか一人で勝手なことを言ってる。
人間の言葉はなんか難しいっぽい。
・・・まあそんなことはどうでもいいが、ここはどう答えるのが得策だ?
どちらを選ぶかによって殺すか見逃すかを決める、だとしたら慎重に決めたほうがいい。
戦闘を回避出来るのならその方が絶対にいい。
だが、なぜか嘘をつくことは許されないような気がする。
それくらい神秘的な雰囲気を、この銀狼は持っていた。
「その前に、一つ聞きたい。お前は、モ・・・魔物か? お前が人間の言葉を発しているのか?」
「・・・頭はいいようだ。咄嗟に言い換えたのは正解だな。私はどうも思わないが、モンスターというより魔物、と言ってくれた方がいい。まあ聞くまでもないだろうが、私は魔物だ。こんな姿をした人間などいないだろう? この世界には人間と魔物、それしか存在しないのだから。そして後の問いに答えると、その通り。私は、どんな存在ともコミュニケーションをとることが出来る数少ない存在だ。ああそれと、貴様が人間か、という私の問いには答えなくていい。魔物のことをモンスターと呼ぶのは人間しかいない」
「そうかよ。そんな流暢に話す、ということは戦う気はないということか?」
「いやそんな訳はないだろう。貴様は殺す」
即答か。
こんな、友好的ともとれる態度をとられた後にいきなり殺す宣言かよ。
随分図太い神経してんなこいつ。
「・・・そ。なら俺もだ。お前を殺す」
「ここまでの力の差を見せつけられ、なお挑むか。面白いな、人間」
「勘違いすんな。俺とお前の間には、力の差なんか無い。やっぱり分からないのか。俺はお前の強さなんて出会った瞬間に把握していたのに」
「・・・何を言っている?」
「さあな? まあ俺にはそういう能力があるんだ。人間も魔物も問わず、目の焦点を合わせた瞬間にその存在のレベルを1レベルも違わず理解することが出来る」
「な、そんな馬鹿げた能力があってたまるか! 貴様がもし本当に・・・だったとしても、そんなことが出来る訳がない!」
「・・・ん? なんか聞き取れなかったことがあったが・・・。出来るんだよ。お前のレベルは見た瞬間に分かった。だがそこまで理解した上で、俺はお前に勝てると判断した。・・・来いよ。たかが魔物程度が俺を殺せるとは思うな。お前の固定観念も全部、俺がひっくり返してやる」
「・・・・・・ならばやってみせろ。私を失望させるなよ人間!!」
あんなに挑発しておいて・・・勝てる保障なんてどこにもない。
それどころか、同レベルの場合は人間とモンスターじゃモンスターの方が有利だ。
死に対する恐怖というものが、根本的なものとして人間にはあるが、モンスターにはそれがほとんどない。
いくら俺が死に対して恐怖はないと思い込んでいても、心のどこかでは死にたくないと思っているだろう。
ほんのわずかの恐怖から生まれる、一瞬にも満たない『躊躇』というハンデは、高レベルの戦いになればなるほど大きなものとなる。
それを考慮に入れると、俺が若干劣勢・・・でもただ負けてやる気は毛頭ない。
死ぬとしても、最低相打ちにはしてやる。
「やってやるよ・・・後悔すんなよ狼野郎!」
銀狼がサクヤに突進し、サクヤも一瞬でそれに対応してみせる。
そして二人は、一週間ほどにわたる長い時間、戦い続ける。
だがサクヤは気づいていなかった。
あくまで自分を劣勢だと思っていたのは、今までの実力だけを発揮したなら、という条件付きだということに。
サクヤはいまだかつて『本気』を出したことはない。
この銀狼との戦いでは自分の真の力を出し切れていないということに気づくこともないし、そして自分の『本気』がどれほどの力を持つのか、ということにもサクヤはまだ気づかない。