海にて。
分かりづらいかもしれません。
海が、綺麗だ。
ゴミや汚れなんてものはいっさい無い。皆無だ。
なぜかは分からないが、強い力のようなものを感じる。
おそらく、この海それ自体がかなり強い自然浄化力を持ってるんだろうな、と思う。
それに加え、無粋な人間や生き物もいないんだろう。
エメラルドグリーンよりも少し青く、潜ったら地上と同じくらい遠くを見通せるほど澄んでいる。
今俺達は、そんな海に沿って広い砂浜を歩いている。
ただひたすら。
といっても、二人で楽しく会話しながら歩いているため、苦でもなければあまり飽きもしていない。
最初は、海を眺め、仲良く歩き続けるという状況に少し、なんというか二人して照れてたりした。
そして照れ隠し気味に必死に喋り続けていたミナを、俺は比較的落ち着いてたから微笑ましく見ていれたが、いつのまにか無理をしている感じがなくなっていて、すでに自然体で絶えず会話が出来ていることに俺は逆に余計照れてきた。
もちろん、表には出さないが。
誰かと、嫌なことを何も考えずただ会話するというごく当たり前のことが、こんなにも楽しいことだったんだということに初めて気づいたような気がする。
さらに、その『誰か』が『ミナ』だから、ここまで楽しいんだと自分でも自覚してしまっていた。
そんなことを考える自分にさらに照れて、話も途切れたから自分の世界に入り込む。
つい数日前のことを思い出してみた。
半日間森を駆け抜けた。
疲れなんて感じない。
それほど俺達の気分は高揚していた。
すると突如視界いっぱいに大量の水が広がった。
そのときミナは感嘆の声をあげ、俺も素直に驚いた。
一瞬湖かと思ったがどんなに目を凝らしても果てが見えず、水平線が、前と左方向に見える。
なら右方向はというと、砂浜があった。
それも何キロどころじゃないだろう、針のように、砂浜の道が伸びていた。
かろうじて地平線が見える。
どいうことかというと、砂浜の幅はだいたい20メートルくらいでそこからさらに右には今までと同じく森がある。
森と大量の水に砂浜の道が挟まれているような状況。
俺の目は神懸かって良いため、地平線や水平線が見えるということは、少なくとも十数キロはある。
この世界は、今攻略済みなところは完全に水平だ。
だから、障害物さえなければ、世界の端から逆の端も見ることが出来る。
今俺がいる場所はかなり『外側』だが、ここから、正反対の場所にある『外側』、つまり、この円状に攻略されている世界の『中心』を通る直径の距離ほど離れている場所も、見ることは不可能ではない。
それは、見る人間の視力に依存する。
普通は4~5キロ先しか見えない。
それ以上奥は、ぼやけて見えるだろう。
俺はレベルが高く身体能力が高いため、その数倍くらいは見える。
まぁそんなことはどうでもいいが、ようするにこの馬鹿でかさは、『海』だということだ。
「おっ・・・きいねー! すごい! 終わりが見えないよ!? こんな湖、『外側』でも見たことない!」
「これは多分湖じゃない、海だな」
「え? 海?」
「そ。世界と同じくらい果てが見えない。攻略組も、ここからほとんど正反対のほうの最前線で、結構最近になって発見したそうだ」
「うん、聞いたことはあるけど。じ、じゃあこの海とその反対側の海はつながってるの!?」
「多分だけどな。ってか、つながってるくらい大きいから湖とは別に海って名前をつけたんだろ」
「たしか、仮定したんだよね。『海は世界と同義』って。どんなに頑張って先に進んでも終わりが見えなくて、ついに手に負えないくらい強い高レベルモンスターが出て来始めたから、捜査を断念。あまりの大きさに違和感を持った頭の良さげな人が、仮説を立てた。『これは湖ではなく、この世界そのものだ。我々が立っているこの全ての大地は、世界という水の上にある。いままで、そしてこれから先発見される大地は、全て一つの「島」に過ぎない。』と」
「そう、そして世界とは別に名前をつけた。それが『海』」
「見たことはなかったけど、これが、海か~。大きいね」
「それしか言えないのかミナは」
「だ、だってホントにおっ・・・で、でかい? から・・・」
「いや無理して言わなくても・・・てか、他にも言い方あったんじゃないか?」
「う、うるさい! っていうか、サクヤも初めてみたの?」
「ああ。こっちの方には初めて来たから。[Denial]には何度か行ったことあるけど転移だし、初めて行った時も違う方向からで、そっちに海はなかったな。もっとも、仮定が事実だとするなら、ただむき出しにはなってなかっただけ、ってことになるけど」
「へ~、そうなんだ」
・・・という話を、3日前にしていた。
海について話していただけだが、ともかくあれから3日経ち、二人はずっと変わらず砂の道を歩き続けていた。
モンスターも出て来なく、まるでサクヤとミナがより親密になるためだけにここにいるようにも思える。
経験値をためられないのなら歩いていく理由はないのだが、二人はそんなことにも気づいていない。
歩きながら話を続けている。
「サクヤ~」
「ん?」
「海が綺麗だよ~」
「それもう聞き飽きたな・・・」
「もう。なんか気の利いたこと言えないの?」
「んなこと言われても」
「は~駄目だね、君は」
「いきなり駄目だとか言わないでくれませんかねー」
「女心がわかんない男って、男としてだめだと思わない? そして男が男として駄目だってことはもうすでに人間として駄目だと思うの」
「・・・」
「まぁサクヤはそういう人だからね。サクヤが『喫茶店』に来る度に、君の鈍さにはイライラしてたんだよ~」
「俺が鈍い? そんな訳ない。学校にいたころだって、俺になんらかの感情を抱いてる奴にはすごい敏感だった。悪意も好意も。主に男からは嫉妬が激しかったなぁ。俺って意外にモテたからさ」
「・・・別に、意外でもなんでもないと思うけど」
「ん? なんか言った?」
「何も」
「? まぁとにかく、女の子からの好意にも敏感で、ってか分かりやすすぎるんだよ。でも告白を断るのはなんか苦手だから、される前にさりげなーく目の前で、俺、好きな人いるんだよなーみたいなこと言ってみたり大変だった。それで、」
「そんなに敏感ならもう気づいてるのかなあ?」
「・・・何が?」
話を途中でいきなり遮られ、サクヤは少し不機嫌になっているが、ミナは気にせず言う。
「気づいてないんだね・・・」
「だから何に?」
「なんでもない。はあ、前途多難、なのかな・・・」
「一人で何言ってるんだ?」
「なんでもないって!」
サクヤがミナに対して鈍くなっているのは、ミナが、サクヤが街にいたころからずっとサクヤにとってその他大勢の女の子ではなく、唯一特別な感情を抱いている女の子だからなのだが、流石にミナもサクヤも、そこまでは分からない。
ここで、ミナがあることに気づく。
「・・・っていうか、ここら辺モンスター出ないよね? なら、歩く必要あったの?」
「んー? 、、、あ」
「・・・」
「わ、悪い」
「この3日間、全くの無意味だったね? まぁ、楽しかった、からいいけど。それで、ここから街まではあとどれくらい?」
「もう二日くらい歩けばつくと思う」
「そ。どうせだから、歩いて行こうか。転移して行きたい?」
「いや、風も気持ちいいし、歩いて行こう」
あの森でアイザに出会うまで、約5日ほど戦いながら進んでいた。
だがそれからはモンスターとの戦闘はなかった。
そのため、経験値を稼ぐ、という目的はほとんど達成出来なかった訳だが、二人はまるで気にしていない様子。
もともとレベルは高いからか、いちいち気にしても仕方が無いとでも思ったのだろう。
二人は徒歩で街へ向かう。
砂浜を抜けた途端、結構な回数モンスターの襲撃があったが全て瞬殺した。
そしてきっかり2日後、二人は[Denial]に到着する。