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3-8 皇都

 一日滞在を伸ばしたことで、どうやら道中、ベルテセーヌの一行が先んじて皇都に入ったらしい。おかげで仰々しく警護されもてなされるヴァレンティンの後で捨て置かれたように入場するベルテセーヌ、という構図は完全に破綻した。

 また警護されている行列がヴァレンティンの行列ではなく、ヴァレンティンとザクセオンの行列に変わったことで、皇太子がただ“友人達”に気を使っただけという構図に成り代わったし、それに例の襲撃が特別な警護を受けるだけの“理由”になってくれた。

 悪いことが驚くほど良い方向へと転じたのは、フレデリクが前回よりもずっと気合を入れて、なんと五個も作ってくれたこの腕のお守りのおかげだろうか。ちょっと腕が重たいのを我慢していた甲斐もあったというものである。


 そうしてマクシミリアンと合流して四日目の午前。ついに目的地の皇都に竜車が入ると、連日の国賓達の登場にお祭り騒ぎになっているらしい皇都の民達も呆気にとられたようにポカンとしながら道中に群がった。

 さもありなん。隊列の前後には皇太子直轄の護衛が着いていて、しかも東西両大陸でもっとも栄えある二つの大公家の竜車が一緒に、これでもかというほどの煌びやかな荷と車を連ねてやってきたのだ。

 その行列は皇都の城門をくぐってなお中々途切れることが無く、あまりにも長く豪奢な行列を一目見ようと、城下町中の人が集まったのではないかというほどの人垣になった。


「トゥーリは見ているかしら」

「見てるだろうなぁ。くくっ。きっと、すごい顔をしているだろうな」


 竜車の中でマクシミリアンとそんな雑談をしている内に、四年ぶりのクロイツェンの皇城の門をくぐった。ここに来るのはカレッジを卒業してすぐ、三人でクロイツェン旅行をした時以来だ。少し懐かしい。


「これからどうしましょう。トゥーリは私に、ヴィオレット嬢とも友達になってほしい、みたいな手紙を寄越したことがあるのだけれど、到底そのつもりはないのよね」


 でももしこの行列をアルトゥールが見ているなら、自ら近衛を遣わした手前、きっと出迎えに来ているだろう。そこにヴィオレットがいたらどうしよう。嫌だな。


「流石にそこまで型破りなことは無いと思うけど……でも滞在中は極力君に協力してあげるよ、リディ」

「あら、いいの? ミリム」


 というか、すでに協力の一環として、リディアーヌは今朝よりこのザクセオンの竜車に乗り込んでいるのだけれど。


「トゥーリだって、皇帝戦において“皇后”がどんな人物なのかも重要であることは分かっているはずだ。だったら私も精々、そのヴィオレット嬢とやらを見極めないといけないからね。君といた方が情報収集にもメリットがありそうだ」


 そんな話をしている内に、竜車は綺麗に舗装された脇道から奥まった場所の大きな建物の前へと流れ込み、ゆるりと速度を落としていった。

 以前この城に来た時にも滞在していた、城から最も近い場所にあって最も大切な国賓をもてなすための建物だ。コの字型の建物が二館一対になっており、以前は表の館の南棟にリディアーヌ。北棟にマクシミリアンが滞在した。今回もそれと同じであろうか。

 選帝侯家は選帝侯家で固めておきたいはずだから、奥の館はダグナブリクとヘイツブルグの使者のための館だろう。ドレンツィンの使者は教会に滞在するはずだ。


「この城、他に迎賓館ってあるのかしら?」

「あるよ。外郭内にいくつか。ただ七王家は大半が大使館邸に滞在するんじゃない? 国同士の関係も色々とあるだろうし、大使館の敷地は治外法権で何かと安全だ」

「どこもここもきな臭くって、嫌になるわ」


 そんなことを呟いたところで、カタリと竜車が停まった。

 窓から外を窺うと、案の定、懐かしい顔が垣間見えた。

 太陽の下だとわずかに青みがかってみえる深い黒髪。最後に見た日よりずっと端正に、スラリとした印象になっただろうか。

 背も……驚くほど伸びている。卒業した時にはマクシミリアンより低くてリディアーヌと顔半分ほどしか違わなかったはずだけれど。

 ヴィオレットは……よかった。いない。


「トゥーリも背、伸びた?」

「うん、かなり伸びてるね。多分昔の私とそんなに変わらないくらいあるかな」

「なんてこと……小さくて可愛いトゥーリはもういないのね」

「小悪魔は今や立派な魔王だからね」

「魔王……」


 そんな話をしている内にも、前に停まったヴァレンティンの竜車に、待っていた侍従らしき人物が歩み寄る。だが中々中から扉が開かないせいで、困惑したようにおろおろと、扉を開けるべきか否かと迷っているのが見えた。

 当たり前だ。あの竜車の中は無人である。

 なのでマクシミリアンとそろってニヤニヤと笑っていたら、若干苛立った顔をし始めていたアルトゥールが、ギロンッ! とこっちの竜車を振り仰いだ。


「こわっ」


 成長したせいで顔の凶悪さが増したんじゃないだろうか。元々悪かった目つきが、さらに鋭利さを増している。なるほど、魔王か……。

 そう観察している内にも、ツカツカツカと歩み寄ってきた皇子様が声をかけもせず自ら扉に手をかけて、バンッッ! と開け放った。

 日差しに温められたぬるい風と共に、どこか懐かしい薔薇と紅茶のようなほろ苦い香りが飛び込んできた。

 あぁ、間違いない。見た目が多少変わっていても、彼はトゥーリだ。


「……こんなことだろうと思ったッ」

「はははっ。乱暴な侍従さんだな」

「なんて太陽の下が似合わない(こわ)(もて)の侍従さんなのかしら」

「きっと勤務時間を間違えたんだろう」

「ごめんなさいね、日が高い内に訪ねてきて……」

「っ……はぁぁぁぁ」


 会って数秒でため息を吐いた悪友に、少しだけほっとした。

 顔を見た瞬間、恨み憎しみをぶつけたくなるのではなんて心配をしてたのだけれど、()(ゆう)だった。

 冷たそうないつも通りのしかめ面に、二十歳になってもそこはかとなく感じる昔の面影。懐かしさのせいか、立派な装いとは裏腹な学生服姿が思い起こされる。

 やはり懐かしくて。そして……愛おしい。


「冗談よ。ごきげんよう、トゥーリ」

「お前達……確か俺は前にも、他人の国で勝手にデートの予定を立てるな、と言わなかったか?」

「ん? でも私達が観光を楽しめるように近衛まで送ってくれたのは君じゃないか」

「そういう意図じゃないんだが?!」


 知ってるけどね。


「それより皇太子様。エスコートはしてくれないの?」


 ほらほら、と手を出すリディアーヌに、ハァと早くも二度目のため息を吐いたトゥーリが、きりっと面差しを改めて手を差し伸べた。

 あぁ、嫌だな……この仕草。この顔。この少し強引だけど少し気恥しそうな表情。自分からはグイグイいくのに、他人から求められたら慣れない様子を見せる。なんでこんなところばかり、昔と同じなのか。

 それでもいざ手を重ねれば、慣れ親しんだものだ。手慣れたエスコートで竜車を下りる。

 改めて同じ地面に立って見上げてみると、かつてとの身長差が顕著だった。

 精悍になった。すべらかだった手に硬さを感じる。切れ長の目元に静かにたたずむ薄氷色の瞳に見下ろされると、懐かしさとは違う妙にソワソワとした感覚がする。


「思っていた通り。また一段と美しくなったな、リディ」

「ッ……あな、た……ねぇ……」


 気恥ずかしさに、思わずひゅっと手を引いた。

 今も昔も。甘い言葉の一つも吐かなそうな顔でしれっとこういうことを言うのがアルトゥールなのだ。言っていることはマクシミリアンとそう変わらないのに、無駄にドギマギさせられる。


「あの……殿下」


 それ以上、アルトゥールに何かを言うよりも早く、本来扉を開けるはずだった侍従が困ったように声をかけた。いかに身内以外の目が無いとはいえ、アルトゥールも自ら侍従の真似事をしてしまった点について反省しているのだろう。あからさまにエスコートから手を引いたリディアーヌにも何かを言うことはなく、ただひらひらと手を振って侍従を追い払った。


「予想はしていたが、お前達は相変わらず、一つとして予定通りに運ばせてくれないな」

「おかげで途中の町々で買い物を楽めたわ。文句をいうならお土産はあげないわよ?」

「なんで国賓として招いた公女がうちの騎士を引き連れて買い物を楽しんできたのか、理解に苦しむのだが?」

「ごめんよ、トゥーリ。ロレックまでは行けなかったから、君のための珊瑚の髪飾りは買ってきてないんだ……」

「……」


 どうやらアルトゥールは沈黙を選んだらしい。実に懸命な判断である。


「さぁ、冗談はこのくらいにしましょうか」

「最初からそうしてくれ」

「言っておくけれど、全部自業自得よ、トゥーリ」

「そこまで恨まれることをした覚えはないんだが?」


 なんですって?! まさかマクシミリアンが言っていた通り、アルトゥールは本当にこの一年のリディアーヌの苦悩をまったく理解できていないのではあるまいか。

 思わずチラリと見上げた隣のマクシミリアンに、彼もまた、ほらね、と言わんばかりに肩をすくめている。


「どうやらトゥーリとは後でじっくりと話し合う必要がありそうね。私、手紙でもはっきりと、度の過ぎたことをすれば度の過ぎた対応で報復する、って書かなかったかしら?」

「フォンクラークとリンテンの件で、報復はもう十分だろう……まぁあれは俺の方がしてやられたから文句は言えないが。苦労したんだからな」


 どの口がッ!!


 駄目だ。このまま話していたら、近衛の居並ぶ前で皇太子殿下に殴り掛かりかねない。

 そんなリディアーヌの様子に気が付いたのか、マクシミリアンがすっとエスコートするようにリディアーヌの手を取った。


「トゥーリ、中に入れてもらえるかな? 警戒しながらの道中で、リディも疲れているだろうから」

「あぁ、そうだったな。すまない。襲撃の件については聞いた。それについては正式に謝罪をする。怪我は無かっただろうな?」

「幸いね」


 自ら迎賓館の中に着いて来いとばかりに誘導する皇子様に、大人しくマクシミリアンにエスコートされながら立ち入る。

 四年前と同じ。懐かしい建物だ。


「前と同じだ。東館の南棟にリディ。北棟にミリム。各棟に使用人らも待たせてあるから、好きに使え」

「そうさせてもらうよ」

「私は最低限でいいわ」


 ちょっと色々と画策しないといけないかもしれない上に、予定外にもアンジェリカとマグキリアンという不穏分子がくっついてきてしまった。郊外のヴァレンティンの大使館に置いておくことも考えたが、あちらの方が人の出入りは多いので、大使含め国外の人間に二人の存在がバレぬようこちらに連れてきている。同じ理由で、クロイツェンの使用人達にも極力、滞在空間に出入りされたくないのだ。


「好きにしていい」


 そういう配慮はあくまでもクロイツェン側からの好意であるから、断ったところで問題はない。すんなりと受け入れてくれたアルトゥールの警戒心の無さを見ても、やはり彼にはリディアーヌの怒りは思ったほど伝わっていないのかもしれない。


「じゃあ、申し訳ないけれど謁見までちょっと休ませてもらうわ。改めて、出迎えを有難う、アルトゥール殿下」

「いや。あぁ、リディ。それとミリムも。謁見の後に俺の宮に招いていいか? 出来る事ならヴィオレットを紹介しておきたい」

「……」


 あぁ。なるほど……そう来たか。

 どうしようか。婚前のヴィオレットを国賓に引き合わせるというのは異例のことだが、ホスト側の皇太子直々の誘いとなると、これは中々断りづらい。

 チラリとマクシミリアンがこちらを窺ってどうするのかを任せてくれたが、ここで無下にあしらうことにまで彼を巻き込むのも申し訳ない。どうしたものか。


「お話し中、申し訳ありません。姫様、少し……」


 だがそこにコソリと囁くように声をかけたフィリックが、助け船になった。

 何事だろうかと振り返ると、フィリックが掌に載せた紙を周囲に見えないようチラリと見せて来る。


「トゥーリ、折角だけれど、すでに方々から面会の問い合わせが殺到しているみたいだわ。まだどこにも返事は出していないけれど……でも普通、外から迎えられる妃は婚儀の日に始めて城に入り、国内外にお披露目されるものでしょう? 先に私的に会って、皇太子妃を常識知らずにするのも悪いわ」

「そうか。そういう事なら仕方がない。ミリムもこっちに来たならそれなりの所用が立て込んでいるんだろう? 遠慮はいらない」

「そうだね。私もそっちを優先させてもらう。祝宴を楽しみにしているよ」

「あぁ」


 じゃあな、と手を上げる友人に、リディアーヌは早速、フィリックの方に手を伸ばした。察し良くエスコートの手を伸ばしたフィリックに、そのままぞろぞろと側近達を連れて右の階段を行く。

 マクシミリアンは左の階段側だ。

 ただリディアーヌが階段を上り始めても二人はまだホールに留まったまま言葉を交わしているようだった。

 途中、二階についたところでチラリと伺うと、こちらを見たマクシミリアンと目が合ってヒラヒラと手を振られたので、それに手を振り返しながら扉をくぐった。






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