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3-6 マクシミリアン(2)

 軽く身支度を整えて食堂に向かうと、公子様ともあろう方が騎士と侍従に囲まれ、お説教を受けていた。

 これは見て見ないふりをしてあげるべきなのか。そう苦笑交じりに眺めていたら、「そろそろ助けて、リディ」と請われた。


「ふふっ。まるで学生に戻ったかのような光景だわ。貴方達は相変わらずのようね、クラウス卿、エルバート卿」

「久しくお目にかかります、公女殿下」

「この度は我らが主の無礼な訪問を快くお許しいただき、言葉もございません」


 そう深々と頭を下げる二人に()(ぜん)と口端を垂らしたマクシミリアンは、「もう分かったから」と二人を手であしらった。

 他にも見知らぬ顔が二三人増えている。どちらもカレッジには連れてきていなかった人だが、それはすぐにマクシミリアン自身が、「うちの口やかましい主席文官のライナー、ことライナルト卿だ」と紹介した。なのでリディアーヌの方も、「ヴァレンティンの筆頭分家で私の筆頭文官のフィリックよ」と紹介する。

 ただマクシミリアンはかつてカレッジで一年(かぶ)っていたフィリックを覚えていたようで、「カレッジの首席殿がリディの筆頭文官か」と、何やらじっくりフィリックを見ていた。

 当のフィリックの方は非常に居心地が悪そうだ。

 グーデリックにも微塵も物怖じしなかったフィリックなのに、どうやらマクシミリアンの見た目通りではない雰囲気を少なからず感じているのかもしれない。

 というかフィリック……首席だったのか。知らなかった。ちょっと悔しい。


「それで? ミリム。ここには信頼のおける者達しかいないから、いい加減教えてもらいたいのだけれど。貴方がこんな小芝居をしにわざわざ迎えに来てくれたのはどうしてなの? トゥーリは今度は何を考えているのかしら」


 今夜の食事はベザ風――地方色のない、昔ながらのメニューだ。

 素朴で濃厚なオニオンスープにシンプルだが上質な硬めのパンを容赦なく浸して口に含むと、じゅわりと口の中に濃い目のスープが溶けだす。なんとも懐かしい、カレッジの学食の味である。

 同じようにパンをスープに浸していたマクシミリアンは早速の問いにクスクスと微笑を浮かべながら、それ以上浸すとパンが崩れるのではないかというほどに柔らかくしたパンをぱくりと口に入れた。

 食べ方も、昔のままだ。


「いやぁ。いいね。久しぶりだよ、この感覚。理解が早すぎて笑えて来る」


 そんなことを言いながらもう一つちぎったパンをスープにじっくりと沈めたマクシミリアンに、「昔から思ってたのだけど、浸しすぎじゃない?」と突っ込んでみる。

 帝国風のマナーだと、パンは少しスープに浸して食べるものだ。しかしマクシミリアンはじっくりスープを吸わせるし、アルトゥールに至っては完全にスープに沈めてスプーンで食べるほど、ぐずぐずにした食べ方が好きだった。それじゃあパンの風味も何もあったものではないのだが。


「そう? スープを吸いすぎたパンがとろっとするのが中々癖になるよ。トゥーリのは流石にやりすぎだと思うけど」

「そうかしら……」


 そういうものかしらとひとちぎりしたパンを深めに浸してみたけれど、すぐにスープをすって指に熱と湿り気が伝わってきたものだから、思わずそのままポチャンとスープに落としてしまった。あぁ。これではトゥーリの食べ方になってしまう。


「ははっ。トゥーリ風にするの?」

「……」


 妙に悔しいのは何故だろう。


「こほんっ。それで?」

「まぁ、つまりそういうことだ」


 どういうことよ、何て思いながら、沈み切ってぶよぶよになったパンをスプーンですくって口に入れる。

 うーん……別に不味いとは思わないけれど、にゅるにゅるして微妙だ。やはり吸わせすぎたようだ。


「つまりトゥーリは散々私を噂に巻き込んだばかりか、もういっそのことと開き直って、さらにずぶずぶにひどい噂に私を巻き込もうとしているのかしら?」

「そういうことだね。今回のターゲットは、今頃ロレックに到着している“ベルテセーヌ”の使節殿だろう」


 あぁなるほど。先に着いたリディアーヌのことは仰々しく迎えまで寄越して大事に皇城まで案内して、でもそのすぐ後にやってきたベルテセーヌの使節は放置されたまま自分達だけで皇城まで出向くわけだ。

 いや、本来であればすべての賓客達がそう扱われるはずなのだが、先んじてヴァレンティンのために迎えが来ていたとなると、ベルテセーヌはあからさまにそれと対比され、さも冷遇されたかのように見られることになるだろう。嫌らしいにもほどがある。

 つまりリディアーヌは利用されただけで、本命はベルテセーヌということだ。

 皇太子妃になろうというヴィオレット嬢を貶めた国なのだから、そういう態度を取るであろうことは予測できないわけでもなかったが、そのベルテセーヌの使者が身内であるリディアーヌにとっては面白い話じゃない。


「相変わらず最低ね、トゥーリは」

「相変わらず最低だよ、トゥーリは」


 同意を得られたところで、次のお皿を置いた二人の侍従が揃ってわざとらしくカチャンとお皿の音を立てた。

 その様子に思わずマクシミリアンと目を合わせ、間もなく揃って苦笑を嚙み殺す。


「ははっ。今の。懐かしっ」

「カレッジの“暗黙指導”ね。やだ、笑っちゃったじゃない」


 カレッジでは王侯貴族に限り、必ず最低でも侍従ないし侍女を一人を伴うことが義務付けられていた。彼らは必ず“成人済み”との条件があり、同時に日常生活における学生への指導係という一面も担っていた。それが“暗黙指導”と呼ばれるもので、このように主が王侯の食事の席でそれにふさわしくない会話やマナーを取ると、配膳をしている侍従らがわざと“マナーに反する行動”をとって、主を窘めるのだ。

 配膳をするのに“食器を置く音を立てる”というのは、そんな中でも最も分かりやすい暗黙指導で、マクシミリアンとアルトゥールと三人で食事をしている時は大体、この“食器を置く音”が絶えることが無かった。

 これはあくまでもカレッジの中だけで行われる“指導”だから、当然ながらヴァレンティン家ではそんな不作法なことは起こらない。きっとマクスも、あちらの配膳をしているクラウスも、つい昔の習慣が出てしまっただけなのだろう。

 笑い出した主達に、二人も少しばかりしまったという顔をしたのがその証拠だ。


「この調子で会話を続けていたら、デザートの前にクラウスがワインをひっくり返すだろうから、止めておく?」

「そうね。借り物の邸宅のカーペットに葡萄色のシミを作らせるわけにはいかないわ」


 コホンと一つ咳ばらいをして、そんなことはしませんとばかりにワインを注いだマクスは、今度は食器の音を鳴らすことなく下がっていった。


「まいったな。実は想像以上に君が綺麗になっていて、ちょっと緊張してるんだ」

「相変わらず口が上手いのね、ミリム」

「社交辞令だと思ってる?」

「いいえ。実のところ私も、貴方が思いのほか素敵になっていて緊張しているのよ」

「……」

「ちょっと。何か言いなさいよ」

「いや、ごめん……ちょっと嬉しくて」

「……」


 な、何を言ってるの。恥ずかしい。


「そういえばお養父様が、殿方は成長が遅いから卒業してから一気に変わる、だなんて言っていたのだけれど、今それを実感しているわ。なんだか私の知ってるミリムじゃないみたい」

「私は私だよ」

「だって、ほら。“私”だなんて」

「ん? あ、そうか。うん。そうだな。いや、というか“僕”だなんてかわい子ぶってたのはカレッジの中だけだから。忘れてた」

「なんですって……」


 再会早々、四年越しのカミングアウトとは……。


「性格はちっとも変っていないのね」

「リディもね」

「あら、城での私しか知らないそこのうちの文官はきっと大混乱中よ」

「あぁ、君はカレッジじゃなくて城の方で猫をかぶってるタイプか」


 トンッ、と音を立ててテーブルにグラスを置いたクラウスに、再び視線が集まってしまった。それからすぐに、ハッとクラウスが手を引っ込めるが、もう遅い。


「指導二か……」

「指導三でお説教と反省文だったわね」

「この年になってまで反省文は勘弁してほしいなぁ」


 マクシミリアンはお説教という部分については突っ込まなかった。

 どうやら側近から日常のようにお小言を頂戴しているのはリディアーヌだけではないらしい。安心した。


「よし、リディ。叱られなさそうな会話にしよう」

「そんな話題があるとでも?」

「例えば、先日は素晴らしい贈り物を有難う。アルテンレースもアルテンラーナも滅多に入ってこない貴重品だから、うちの姉妹達も大喜びしていたよ」

「あぁ。気に入っていただけたなら良かったわ。女性物ばかり送ってしまったけれど、アルブレヒト公子にも何か送った方が良かったかしら? 公子はお元気?」

「変わりなく、生意気で可愛いよ。君が姉妹にばかり贈り物をするからちょっと拗ねていた。でもその拗ねた顔が、また可愛いんだよ」

「相変わらずね、貴方ったら」


 リディアーヌも目に入れても痛くないほど弟を溺愛しているので、他人のことは言えないが。


「私達が最上級生の時に一年生だったから……もう今年、最上級生ね。早いものだわ」

「レーベッカは来年結婚するよ。それと双子の弟妹が今年三年だ」

「あら、レーベッカ嬢はもう? お祝いは贈ってもいいのかしら?」

「あの子は庶出扱いだから……私に送ってくれたら、私から渡すよ」

「ではそうするわ」


 ザクセオンはヴァレンティンと違って子供が多い。今のザクセオン大公は最初の大公妃との間に二人の女子とマクシミリアン。その大公妃が亡くなった後、メイドに生ませたレーベッカという庶子がいて、間もなく迎えた二人目の大公妃に男子と女子が一人ずつ。この男女の間に、大公妃が養子女とした庶出の双子の男女がいる。八人兄弟で、それに年の離れているマクシミリアンの長姉にはすでに子供が二人いて、次姉にも子供が生まれたばかりだと聞く。

 絶賛跡継ぎ不足のヴァレンティンに分けて欲しいくらいである。


「……」

「……」

「……叱られない話、一瞬で終わったわね」

「終わったな」


 ごほんっ。


「しょうがないわ。気を付けながら話しましょう」

「無駄に緊張するな」


 まるで試験でも受けている気分だ。


「それで? ミリムはトゥーリの考えを知った上で、わざわざ来てくれたということでいいのかしら?」

「そうなるね」

「私としてはトゥーリにザマ……コホンッ。えっと。つまり、その、トゥーリの計略に踊らされずに済んで有難いのだけれど」


 トゥーリにザマァで気分がいいのだけれど。という言葉を何とか飲み込んだ私は、四年前より成長した。だが心の声は聞こえていたのだろう。マクシミリアンがしみじみとした顔で、「うん、そうそう。そういう感じ」と呟く。


「ただまぁそこは単純に、私としても昨今のトゥーリには少し釘を刺しておきたくてね。それに今回トゥーリの邪魔をしたのには十分、正当な理由がある」

「正当な理由?」


 すぐには思いつかないが、リディアーヌの知らないところで二人の間に何かあったのだろうか。なんてことを思いながら暢気に肉でソースをすくっていたら、ため息を吐かれてしまった。


「何?」

「何、じゃないよ、まったく。リディ、君、トゥーリのせいでリンテンでひどい目に遭ったというじゃないか」

「あ」


 驚いた。マクシミリアンにはそのことは何も知らせていなかったし、彼も手紙では何もそのことに突っ込んでこなかったのに。


「知っていたの?」

「皇帝陛下が自ら七王家の王太子に処分を下した大事件だよ。どうして知らないと思うの?」

「言われてみれば……そうね」


 正直あの時は後処理を全部放り出してすぐにヴァレンティンに帰ったから、リディアーヌの中でほぼほぼ過去の話と化した話題なのだ。


「フォンクラークの王太子が起こした麻薬事件のことは公表されているけど、それはつまり、トゥーリがヴァレンティンとベルテセーヌにちょっかいをかけようと例の王太子を誘致したせいでしょう? 何でも、君が随分と危ない目に遭いながら摘発したと聞いたんだけど。それだけでも怒りは収まらないよ」


 その上君からは何の報告もないんだから、と言われて、思わず肩をすくめた。

 確かに、アルトゥールのせいでこれからちょっとリンテンで大変な仕事をしに行かないと、なんて手紙を出しておきながら、想像以上の大変な目にあったのに、その後の手紙でリンテンについて一切触れなかった。『久しぶりにナディアに会ったわ』なんてことくらいしか書いていない気がする。

 流石に少し反省する。


「それでいて王太子とリンテンを繋いだトゥーリへは何のお咎めもなかったんだから、流石に皇帝陛下の処分は甘すぎると、うちでも声が上がったよ。リディも、もっと見返りを要求すればいいものを」

「あぁ……なんだかあの時はもう、全部が面倒で。商業関連の利権はちゃんと取ったわよ?」


 実の所、あの時はもう体力的に限界だったというか……どうやら具体的な話までは漏れていないようで、流石にグーデリックが少女趣味だっただの麻薬を盛られた上に純潔を奪われかけただのは知られていないようだ。

 流石にそんなことを友人に知られるには恥ずかしいし、気まずい。いらないことを言う必要はないだろう。


「でもミリム。貴方って、そんな私情で動く人だったかしら?」

「動くよ。君に関しては」

「それはきっと、私がきっちりと見返りを支払う人間だと信用してくれているからね」

「ちょっとくらい、親切心だと信じてくれてもいいんじゃない?」

「あら、そんな分かり切ったことをわざわざ指摘する必要があるのかしら?」

「くくっ。あぁ、そうか。いらないか」


 もしもこれがアルトゥール相手なら、そんなもの信じるはずがない。でもマクシミリアンは違う。彼は表情と裏腹にどこまでも冷静で、合理的で、でも決して真心のない人間ではない。

 彼はただシンプルにアルトゥールとリディアーヌを天秤にかけ、今回はリディアーヌに味方する方が自分の意思に沿うと判断しただけだ。

 その意思とやらに含まれている親切心を疑う必要は無い。言葉にされずとも知っている。


「つまり貴方が真っすぐ皇城に向かわなかったのは情報収集のためなのね。ベルテセーヌからでもよかったのでしょうけれど、折よく私が先に捕まった」

「一応、君を狙って来たんだよ。ベルテセーヌの王族とは縁がないんだ」

「聞きたいのはトゥーリの不審行動について? それともヴィオレット嬢について?」

「トゥーリのやらんとしていたことは何となく理解しているよ。相変わらずいやらしい上に無駄に(おお)(ごと)で……よくそんな面倒事に飛び込んだよね、リディ」

「飛び込みたくなんてなかったけれど」


 仕方なくね、と肩をすくめて苦笑して見せた。


「だから聞きたいのは後者だ。君はリンテンでベルテセーヌの王族や王太子の新しい許嫁、それにヴィオレット嬢の両親とも接触している。早くからトゥーリの計略に気が付いていた君が情報収集していないはずがない。手紙では随分と小出しにしてくれたようだけれど」

「小出しにしかできないくらい、集まりが悪かったのも事実なのよ。私の方でも、まとまった情報が入ってきたのはつい最近なの」


 そう言いながら肉料理の最後の一切れにソースを絡ませ口に含んだ。

 しっかりと料理を味わい飲み込むと、カトラリーを置いて一呼吸ついた。


「情報を提供してくれたのは、昨今、ヴァレンティン領に転がり込んできたアンジェリカというお嬢さんよ」


 アンジェリカの居場所はヴァレンティンにとっても最高機密に等しいものだ。なのでリディアーヌがあっさりと漏らしたことに、もれなく壁際でフィリックが眉をしかめるのを見た。だが、取り消すつもりも誤魔化すつもりもない。マクシミリアンに正直に話すのは、そのことに利点があると思っての事であって、決して情に(ほだ)されているわけではない。


「いきなり突拍子もない情報をくれたものだね。筆頭文官が反対するほどのお返しのようだけど、良かったのかい?」

「いいわ。というより、貴方にも“ヴィオレット嬢”という人を少し知っておいて欲しくてね。トゥーリが(めと)ろうとしている女性がベルテセーヌで何をした人なのかを」


 なるほど、と息を吐いたマクシミリアンは、「悠長に食事をしながら聞く話じゃなさそうだ」と、デザートのシャーベットをとっとと口の中に放り込んでナプキンを置いた。なのでリディアーヌもそれに合わせて食器を下げさせた。


「ここでは何だから……続きは三階でいいかしら?」

「いや……リディ、君……うん。いや、分ってるんだよ。君ってそういう……ハァ」


 何よ、その反応。


「……姫様。せめて二階の応接間にお願いします」

「二階……そう? 分かったわ」


 なるほど。女性の居住空間である三階というのが良くなかったらしい。

 そんなのを気にする間柄ではなかったはずなのだが、確かに、クロイツェンの目がある中でのこのことマクシミリアンを三階につれて上がるのを見られたりしたら、よからぬ噂になりそうだ。

 うん、流石にそれはやりすぎだな。






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