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3-5 想定外の二人

 幸いここに来るまでは旅程も順調で余裕があったため、その日はもう一日この町に留まることになった。

 襲撃を受けた騎士達を休ませてやりたかったし、徒歩で連行されてきた襲撃犯達を収容し、取り調べたりする時間が必要だったからだ。

 なんでも、ここフェッケラー侯爵領を治める侯爵家は夫人がザクセオン大公家の縁者らしく、マクシミリアンがここの代官と顔見知りだったのはそういう縁だったらしい。マクシミリアンは主人も夫人も留守の侯爵邸に厄介になるつもりだそうだ。


 そんな話を片耳に聞きつつ、今、リディアーヌが腕を組んでため息を吐きながら見ているのは、ブラウンのウィッグを付けてメイドの服を纏い、必死に顔を見られないよう背を向けたまませかせかと荷物を置いて部屋を出て行こうとしている少女だった。

 その少女がろくに顔を見せぬままペコッと頭を下げ、逃げ出すように去ってゆく。

 たとえ髪の色が違い顔が見えなくても、間違いなくアンジェリカだった。

 一体何をしているのか。


 そこに、エリオットが一人の荷運びの恰好の男を連れてやって来た。こちらも、すすけた色のウィッグをかぶっている。だがアンジェリカと違って隠す気は無いのか、リディアーヌが視線を寄越すとしっかりと目を合わせてから、深く腰を折った。


「それで、キリィ。どういうことなのかしら?」

「……俺は“聖女サマ”に脅されて、引っ張り出されただけです」


 姿勢だけは謝罪の姿勢だが、反省はしていないらしい。

 キリアンを騎士団から連れ出したのはアンジェリカのようだが、アンジェリカに何かを言われたところで、キリアンならば上手く転がして拒絶することもできたはずだ。そうなっていない以上、脅されただなんて理由にはならない。

 それにアンジェリカも。仮にも罪人に準ずる扱いを受けていたキリアンを開放した上に行列に身分を偽って潜入するなど、なんて無謀なことをしているのか。


「よくもまぁバレなかったものね。アンジェリカなんて、まだバレていないと思っているわよ?」

「それについては俺も驚いています」


 でしょうね。


「ヴァレンティンを出てすぐ、殿下にはアンジェリカ嬢がいることをお知らせるつもりでした。それがまさか……あの一団に殿下がいないとは……」


 実際、リディアーヌのいた本隊よりも荷物を運ばせていた別隊の方が馬車も荷物の量も格段に多かった。そのせいでキリアンも潜入する行列を間違えてしまったらしい。おそらくキリアンだけでなく例の襲撃犯も。それにクロイツェンの騎士達もだ。


「アンジェリカは貴方をどうやって連れ出したの? 騎士団が監視していたはずだけれど」

「“リディアーヌ様が呼んでいるから”と言って現れて、サインのある公女府の正式な命令書を渡され、騎士団を連れ出されました。覚えはないようですね」

「ないわ。まったく……小手先だけは器用な子ね」


 ヴァレンティン大公家では大公も公女も、命令を下す際にはそれぞれ箔の押された特別な紙を用いる。それをかすめ取られ、偽造されたわけだ。(ぼん)()を装っていながら中々やるではないか。

 確かに一度マーサが、『一枚足りませんが、書き損じでもなさいましたか?』とか聞いてきたことがあったのだ。あの時はとにかく忙しくて『覚えてないけれど、まぁ何枚か』みたいに適当に答えた。だが書き損じて捨てたと思っていた内の一枚は、アンジェリカに盗まれていたわけだ。そんなものを出されれば、多少筆跡が違っていたとしても騎士団も見抜けまい。

 アンジェリカはキリアンに会い、そしてキリアンはアンジェリカに何やら“聖女様命令”だか何だか言われて協力させられ、一団に潜り込むことになった、と。


「キリィ……」

「まぁ、脅された、なんていうのは言い訳です。俺も、クロイツェンに行く機会を窺っていました」


 実に素直なことである。いや、開き直っているだけだろうか。


 この四ヶ月、キリアンは多くのことを知った。ベルテセーヌ先王暗殺の真実と、リディアーヌ王女の真実。公女とクロイツェンの皇太子の関係と、今ベルテセーヌで起きている事件の目的。それに、リディアーヌがどう巻き込まれているのかも。

 あれからリディアーヌも何度かキリアンには面会していて、皇帝との関係や、何も知らないクロイツェンの皇太子のことなどを話した。その上でキリアンは、アルトゥールとヴィオレットのことを知りたいと思っているのだろう。

 アルトゥールがどういうつもりなのか。本当に何も知らないのか。そしてヴィオレットがどういうつもりなのか。自分は、“利用”されていただけなのか……。


「貴方、トゥーリを裏切った状況にあるという自覚はあるの? それに今回の国賓の中にはフォンクラーク王の異母弟も来ているのよ。それを貴方、よくもまぁのこのこと……」

「危険は承知の上です。それに……フォンクラークに引き渡される覚悟は、しています。ただどうしてもその前に、確認したいんです。皇太子が、どこまで知っていて俺を利用していたのか。それからヴィオレット……彼女が、本当は何を知っていて、何を知らないのか」

「……それで? ヴィオレット嬢が実はオリオール家の罪を知っていて、分っていながら“ペステロープ”を利用したのだとしたら、どうするの?」

「それは……」

「私はヴァレンテイン大公家の大公代理として、国賓として招かれているの。ヴァレンティン家の荷運びが皇太子や皇太子妃に危害を加える可能性を放置はできないわ」


 だからこそ、キリアンを連れてくるつもりなど微塵もなかったのだ。


「迷惑はかけません。絶対に」

「ふぅ……」


 そんな言葉が一体どれほど信じられるものか。だがかといってここで関係ないとばかりに放逐できるほどに、リディアーヌはキリアンを放ってはおけないのだ。

 あぁ、またフィリックのしかめ(つら)が目に浮かぶようだ。


「エリオット。詳しい処遇は後でフィリックと相談するわ。とりあえずそれまで騎士達でよく監視しておいてちょうだい。多忙な所を申し訳ないけれど」

「かしこまりました」

「それからアンジェリカは……」


 さて、あちらの困ったちゃんはどうしたものか。


「下手にバレて問題になるのも困るし。そもそも私はヴィオレット嬢の結婚式に招待されているのよ。そこに前の婚約者を奪った女を連れてやって来るだなんて、どんな嫌がらせよ」

「このまま、姫様は気が付いていないふりをしておく方が良いのではありませんか?」


 やはりそうなるか。万が一アンジェリカの存在がクロイツェン側に知られた時、知っていて連れてきたのと、知らずに一団に潜り込まれていたのとでは印象がまるで違う。後者であっても迷惑であることに変わりはないが、前者よりはマシである。

 勿論、何もバレることなく大人しく首根っこを掴んで強制送還できたら一番いいのだが、すでにクロイツェンの一部隊が合流している以上、こんなところで突然同行者を引き返させるというのも良からぬ憶測を生むし、こんな場所で目を離してしまうのも不安だ。連れてゆくしかない。


「マーサ、アンジェリカのことは貴女に任せていいかしら? 貴女も気が付いていないふりをして……そうね。ベレニーに気が付いたふりをさせて、常にベレニーと一緒に行動させて、下手な真似をしないよう監視させておきましょう」

「かしこまりました。できる限り内回りの仕事をさせます」


 こうしてひとまず二人の処遇をどうにかしたところで、「失礼します」とフィリックが入ってきた。

 一度キリアンをジロリと睨んだようだったけれど、そこはエリオットが気を利かせてぱっぱと部下に任せて連れて行かせてくれたので、余計な話になることは無かった。


「処遇は決まりましたか?」

「ひとまずキリィはエリオット達が監視。アンジェリカはマーサとベレニーに任せたわ。ベレニーだけが気が付いた体裁で監視させるわ。私は気が付いていないふりをするから、貴方もそうしてちょうだい」

「かしこまりました」


 ひとまず納得してくれたようだ。


「それで、クロイツェンの騎士団は?」

「今は半数がザクセオンの公子殿下のもとに。もう半分がこの館の周辺の警備に当たっています。あちらの責任者はフレーガー子爵。皇太子殿下直属の近衛騎士のようです」

「じゃあやっぱり、遣わされてきたのはトゥーリの独断ね」


 やれやれと立ち上がり、窓辺から階下を見下ろす。午前中とは違って門の周りにしっかりと騎士が立っており、巡回している騎士の姿も見えた。厳重すぎるほど厳重なのはアルトゥールの指示なのか、それとも襲撃が起きたせいなのか。


「ミリムに借りが出来たわね」

「公子殿下にですか?」


 窓の外に、門の方からふらふらとやってきている随分と砕けた様子の公子様を見つけ、くすと笑みが零れ落ちた。後ろから必死に止めようと追いかけてきているクロイツェンの騎士達も、相手が相手なせいでどう手を出したらいいのか分からず振り回されているようだ。


「きっとクロイツェンの騎士達は皆、ザクセオンの公子をただ自由奔放で気ままな性格なのだと思っているでしょうね」

「違うんですか?」

「まぁ、違ってはいないけれど」


 だがそれだけではないのが、悪友の悪友たる所以(ゆえん)だ。


「あぁ見えて、トゥーリよりも策略家なのよ。ふらふらしなくたって数日後には皇城で顔を合わせられるのに、わざわざ道を逸れて私に会いに来る理由がないわ」

「そうでしょうか?」

「ミリムが奔放に振舞うのは理由があるからよ。本当は根っからの紳士なんだから。わざわざこんな無作法な、しかもあんな見せつけるような再会方法を選んだりしないわ」


 フィリックはまだ腑に落ちないといった様子だったけれど、それも仕方がない。現に、制止する騎士達を()()にもかけずに門をくぐったマクシミリアンが、こちらに気が付いたのか、顔を上げて暢気に手を振っている。仕方がないのでリディアーヌも手を振り返した。

 マクシミリアンの突飛な行動にはうちのマクスが十分に慣れている。きっといいように案内してくれることだろう。


「それでは姫様は、公子殿下の行動はわざとだと?」

「ええ。あれは私のために奔放ぶってくれたのよ。その方がメリットがあると思って」

「……」

「ふふっ。腑に落ちない?」

「……いえ。いつもの手紙のご様子から、随分と気を許し合っている仲であることは存じているのですが。何しろ“ザクセオン”ですから」

「ええ。クロイツェン皇家の絶対的な後ろ盾であるザクセオン選帝侯家の跡取り。でもミリムは昔から、公平な公子よ。友人と呼ぶ傍らで、最も冷静にトゥーリを次期皇帝候補の一人として見ている怖い人」

「結果的に公子殿下の行動は皇太子殿下のヴァレンティンに対する“特別扱い”を()()()()にすることになりました。公子殿下がそうするメリットは何ですか?」

「さぁ。それは本人に教えてもらうことにしましょう。心配せずとも、ミリムは払えないと分かっているような代償を要求してくるような意地悪じゃないわよ」


 そう口にしたところで、折よくコンコンと扉が叩かれ、マクスが顔を出した。

 用件はもう分かっている。


「お客様は何と理由を付けていらしたのかしら?」

「あちらにいると説教がうるさいので、晩餐という名目で匿って欲しい……とのことです」

「どこまでもふざけた理由ですこと」


 そう呆れた顔をしながらも、すでに一人分多い晩餐を準備させていた。無駄にならずに済んだというものだ。


「代官とクロイツェンの騎士団には、夜が深まる前に迎えを寄越すように伝えておいてちょうだい。変な誤解をされても困るわ」

「かしこまりました」


 晩餐の配膳はマクスにさせれば……いや、その必要はなさそうだ。

 慌ただしく門の前にやってきた馬上の人物に見覚えがある。どうやらマクシミリアンを追いかけていたザクセオンの側近達もこちらに着いたらしい。


「マクス、門の前に見知った顔が到着したようだわ。彼らを主人のもとに案内してあげてちょうだい」

「さすが。早いですね」


 そう口元を緩めたマクスは、すぐに一礼して下がっていった。

 カレッジに同行していたから、マクスはマクシミリアンと彼に付き従っていた従者達のことをよく存じている。理解が早かった。

 その様子を見て、フィリックもどうやら「なるほど」と何かを理解した様子だった。






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