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3-4 マクシミリアン(1)

 二人とも、自分達の立場が分かっているのだろうか。

 大体キリアンは騎士団で半ば幽閉状態にしてあったはずだ。なのにどうしてアンジェリカと一緒になってクロイツェンくんだりまで来ているのか。まったく、才能を無駄遣いしやがって。

 そう館の正面で腕を組んで待ち構えていたら、やがて道の向こうから仰々しい一団がやって来るのが目に入った。


 先頭は明るい赤い旗。クロイツェンの皇室を守る近衛騎士団の旗だ。

 その後ろにヴァレンティンの国章の竜車がずらずらと続いていて、周りを見覚えのある鎧のうちの騎士団が守っていた。

 目に見える大きな被害はないようで、それについては心から安堵した。

 さて。それで……問題児たちは一体この中のどこにいるのか。一応フィリックには、まだこちらは気が付いていないふりをしておくよう指示したけれど。

 そんな風に目を凝らしていたら。


「リディ!」

「ッ……え?」


 竜車の横を颯爽と駆け抜けてきた一頭の地竜が、あっと止めに入ろうとしたヴァレンティンやクロイツェンの騎士達をもあしらい、誰よりも早く館の門をくぐった。

 そのきらりと輝いた春の日差しのような暖かな金の髪。馴染みの深い声色よりまた少し低く落ち着きを増したような、けれど聞き間違えるはずもない懐かしい声色。

 ろくに竜も止めずに飛び降りるものだから、(かず)いていた地味な青灰色のローブがブワリと空を舞って、まるで一枚の絵画のように滑らかな流れで風のように飛び込んでくる。


 思わず反射的に伸ばしてしまった手がたちまち取られ、強い力がリディア―ヌを抱き寄せたかと思うと、すりっと絹糸のように柔らかな髪が頬を撫でた。

 ほのかに芳しい花とハーブに、蜂蜜のような甘い香り。痛くはないけれど熱が伝わるほどに強く抱きしめられた身体。びっくりして頑強な身体を押したなら、()(やす)く腕は緩み、こちらを見やった端正な面差しの春の新緑のようなグリーンの瞳が、眩いものを見るかのように細められた。

 華やかだけれど粛然(しゅくぜん)としていて、スラリと軽やかなのにどっしりと地に根を張るような落ち着きを持ち、春のように微笑んでいるのに秋のような郷愁を思い起こさせる人――。


「ミリ、ム……?」


 何てことだろう。最後に別れを述べた日から四年――それは何度も何度も再会を心待ちにしていた無二の友、マクシミリアンだった。

 幼さの残っていた面差しはもうそこには無くて、それにあの日よりさらに背が伸びただろうか。抱きすくめられると顎が肩に乗っていたはずなのに、今では頬がぶつかる。それに力も。体つきも、一段と大人びた。

 背に腕をまわすのが躊躇(ためら)われてしまうほどに、かつての少年は、見違えるような“男の人”になっていた。


「ごめん。君を見た瞬間、この衝動を止められなかった。抱き上げなかっただけ褒めてくれ」


 相も変わらず軽やかな声色でリディアーヌを開放したその人は、改めてリディアーヌの手を取ると、ちょっと名残惜しそうに一歩下がって、「四年ぶりだね、リディアーヌ公女」と上品に頭を下げて手の甲にキスをした。

 途端、昔の思い出が次々と頭の中をよぎり、リディアーヌも吹き出してしまった。


「ちょっと。折角仕切りなおそうとしているんだから、最後まで挨拶をさせてよ」

「だってっ。ふふっ、ミリム。今さら何よ。トゥーリの真似事?」

「トゥーリと一緒にしないでくれる?」


 そんなことを言いながら、挨拶から解放した手をそのままするりと自分の腕に誘導して自然とエスコートを買って出る。この当たり前のような作法は確かカレッジ時代、三人で散々議論を重ねた上で、『こういうのは慣れ慣れしすぎると思う』とリディアーヌが結論付け、アルトゥールに散々文句を言われた作法だったはずだ。

 あの時マクシミリアンは『女性の意見こそが一番だよ』とリディアーヌを尊重してくれたはずなのだけれど。


「あら、ミリム。女性の意見を尊重するんじゃなかったの?」

「尊重しているよ? だってリディ、今この手を振りほどけないでしょう?」

「まぁ、自意識過剰ね」


 そんな言葉とは裏腹に、思わず腕に抱き着いて……抱き着いて。

 ハッッ、と、慌てて顔を上げて周囲を見回した。

 あまりの突然の出来事に、我を失っていた。案の定、こんなカレッジ時代のリディアーヌを見慣れている二人以外はポカンと呆気にとられた顔をしてこちらを見ている。フィリックは……どちらかというと、マクシミリアンに驚いているだけのような気もするが。


「なんてこと……すっかり貴方のペースに流されたわ」

「私も流される君に流された」


 何を言っているのよと言いながら、少し名残惜しく、掴んでいた腕から手を解いた。

 ちょっと恥ずかしい。


「それで。えっと……」


 改めて、マクシミリアンの後ろからやってきた隊列の方へと足を踏み出す。それを見たクロイツェンの騎士達が一斉にトンと胸を叩いて敬礼し、同じく隊列から進み出てきたあちら側の責任者の騎士も礼を尽くした。見覚えのあるその顔は第一騎士団長の息子にしてエリオットの兄に当たるメルディンク伯爵令息ノードレットだ。


「公女殿下。この度は不甲斐ない報告をお聞かせすることとなり、申し訳ありません」


 第一騎士団は基本的に大公の身辺警護を担っている隊なので、エリオットの兄とはいえノードレットとは殆ど話したことが無い。それでも口を開いた瞬間からすぐに、あぁこれはエリオットの兄だと納得した。喋り方も雰囲気も生真面目さも、見事にそっくりだ。


「仕方がないわ。それよりよく無事でいてくれたわね、ノードレット。被害状況は?」

「多少馬車に矢傷が残っておりますが、荷、人員共にほぼ損害はありません。幸いにして直前に姫様から知らせがありましたことと、乱戦になってすぐ、クロイツェンの騎士団が助力してくださいましたので。襲撃犯はことごとく、警備隊が捕縛し連行しています」

「そう。うちの者達が世話になりましたね」


 ノードレットの傍らで姿勢を正していたクロイツェンの一団に声をかけると、「とんでもございません」と、先頭の男が深く膝をついて頭を垂れた。


「この度は国賓としてお招きしている公女殿下を危険な目に合わせましたこと、心よりお詫び申し上げます。この不始末、なんとお詫びすればいいのか」

「結果として助けていただくことになったのですから、貴方方が詫びる必要はありません。どうぞお立ちになって」

「感謝いたします」


 とはいえ……彼らには是非とも聞いておきたいことがもう一つ、二つ。


「ところで……貴方方を遣わしたのはアルトゥール殿下なのかしら?」


 その問いには、騎士の男性が答えるよりも早く、「そうだよ」と後ろから声がしたものだから、はたとマクシミリアンを振り返った。


「ミリム……貴方まさか、トゥーリが寄越した騎士団に勝手に同行していたの?」

「リディの感の良さは相変わらずだね。でもちょっと訂正しておくと、道中、ヴァレンティンの旗が国境に入るという噂を聞いてちょっと寄り道をしようかなと進路を変えたら、その途中でこの人達に取っつかまったんだ。生憎と顔がばれていたようでね」

「と、取っつかまったなど……とんでもございません」

「いやぁ、まさかこんなに早くリディに会えるなんて」

「……」


 ちょっと皇太子に言われて国賓の迎えに行こうとしていただけの騎士団は、なるほど、その道中でもう一人の国賓が予定にない行路でふらふら出歩いているところにばったり遭遇してしまって、やむにやまれず一緒に行動していた、と……。

 相変わらず、マクシミリアンの(もの)()じしない行動力には恐れ入る。


「呆れた……貴方ったら。そんなところは昔のままなのね」

「君もトゥーリには思う所が色々とあるだろう? 協力してくれていいんだよ」

「それはいいのだけれど……ミリム。貴方の同行者にザクセオンの旗色の者が一人もいないのは何故?」

「……」


 こ、こいつ……まさか自分の側近達までまいて、一人でふらふらクロイツェンを散歩していたのか?!


「はぁ。貴方に有って私達に無いこの大胆さ……こういう所が、“最終試験”で私とトゥーリに足りなかったところなのかしら」

「いや、これは最終試験の結果には微塵も関係ないと思う」


 相変わらず無茶苦茶だけど、でもそんなところが羨ましくもある。


「姫様……こんなところでは何ですので、中へ入られてはいかがでしょうか」


 そんな立ち話を続けていると、コソリとフィリックが声をかけてきた。


「それもそうね。フィリック、皆を(ねぎら)ってちょうだい。それから“例の困ったちゃん達”はしっかりと監視を。ノードレット、貴方は一緒に来てちょうだい。報告を聞きたいわ」


 それからマクシミリアンはどうしようと顔を上げたところで、そちらは彼の方から「私はトゥーリからのお叱り状が届いている頃だろうから、代官所に行くよ」と言われた。多分、遠慮をしてくれたのだろう。


「ミリムはこのまま一緒に皇都に行く予定なのかしら?」

「君がまだ私を柱に(くく)りつけて出立する算段をしていないのなら」

「ふふっ。ではまた後で。マクスを連絡に行かせるから、居場所をはっきりさせておいてちょうだい。貴方にもまだ聞きたいことが山ほどあるのよ」

「いい誘い文句だね。じゃあ、また後で」


 当たり前のようにスルリと手を取って手の甲にキスをしたマクシミリアンは、少し悪戯に笑ってヒラヒラと手を振りながら、門の辺りでおろおろとしていた代官に近づいて行った。

 どうやら見知った顔だったらしく、何か揶揄(からか)うような様子を見せながら肩を叩いている。相変わらず、謎に顔の広い男だ。


「姫様とおられる所を窺うのは初めてなのですが、噂に違わない御方ですね。公子殿下は」

「あら? フィリックはミリムに会ったこと無かったかしら?」

「カレッジでは一年、在学時期が(かぶ)っていますから、挨拶くらいはしたことがあります。ただ互いに公人として二三言葉を交わした程度ですから。私の知る殿下は、姫様やマクス達から得た情報が大半ですよ」


 フィリックの言葉に少し驚いたのだけれど、確かに、言われてみればそうかもしれない。どちらも近しい間柄だから、何となく勝手にフィリックも二人をよく見知っているような気になっていたが、言われてみれば接点はない。


「まるで太陽のような方ですね。直射日光に当てられたみたいにくらくらしてしまいます」

「まったく……あのようにベタベタと。姫様、驚かれたのは無理もありませんが、カレッジではないのですからお気を付けくださいませ」


 ぽうっとしているフランカと違い、カレッジ時代の様子をよく知っているマーサの言葉には「はいっ」と肩をすくめてしまった。公子様に対する言葉としては少々度の過ぎた言葉ではあるけれど、マーサのそんな苦言含め、私達にとっては懐かしい思い出だ。


「貴方達も、くれぐれも気を付けて。ミリムは卒業試験でまんまと私とトゥーリを出しぬいて首席の座を奪った曲者だから。あの屈託ない笑顔に騙されると痛い目を見るわよ」

「ええ、気を付けますとも。何しろあの方も姫様の“ご悪友”なんですから」


 フィリックさん、“ご悪友”ではなく“ご学友”の間違いですよ。なんて無意味な突っ込みはしなかった。






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