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3-3 クロイツェンへ

 それからあっという間に五日が過ぎ、まだ社交シーズンもろくに始まらない内から、リディアーヌは余裕を持って出立した。

 今はシーズンがシーズンだから見送りの数も多く、城下町もまだまだ年明けの祭の余韻で随分な賑わいだった。そこをいつぞやのアルテンの行列に勝るとも劣らない竜車と騎竜の大行列が行くのだから、ひと目リディアーヌを……というより、お城の竜を見ようと詰めかける民衆がすごいことになっていた。


 今回の道中も、フレデリクがお守りのメダルを作ってくれた。もう長期のお出かけも三度目となると、フレデリクもぐずったり悲しそうにする様子はなく、ただ今回はとりわけ長期間の留守になるので、「くれぐれも無事に、すぐに帰ってきてくださいね!」と、ぎゅうっと抱きしめられた。相変わらずうちの弟は可愛らしかった。

 生憎と出掛けにシャルルとセザールに煩わされてしまったせいで、準備に不安が残ってしまったが、まぁうちの側近たちは優秀だから大丈夫だろう。

 しかし、結局ゴタゴタして追従する騎士や従士、下働き達の数をほとんど減らせなかった。どこの国主様だというような数になってしまった。

 いい機会なのでクロイツェンで散会させて色々と情報収集させてもいいな。よし。あとでフィリックと相談しよう。


  ***


 最も早い疲れ知らずの竜車と騎竜の一行のおかげで、リンテンまでは六日半という速さで着いた。まさに、北方諸国を“駆け抜ける”という速さで、竜の世話番と御者を務めていた使用人も非常にいい顔で「頑張りました!」と言っていた。


 そこからは船に乗り換えて、フォンクラークのすぐ南東、西大陸の角にあるヘイツブルグ大公国に向かう。

 ヘイツブルグ家はヴァレンティンと同じ大公位の選帝侯家で、国土自体は大きくないが、西大陸でも海に突き出した立地と良好な気候から、海上貿易や産業が盛んな国だ。元々はフォンクラーク王国を後見する選帝侯家なのだが、昨今はあまり関係が良くないと聞く。

 リディアーヌとしてはほとんど縁のない家なのだが、その分気負わず港を経由させていただいた。ルゼノール家の御用商船を使わせてもらったため、目立つこともなかった。


 途中で寄港することなく一気にヘイツブルグまで船を着けると、翌朝には対岸のドレンツィン教会領に向けて出航した。

 ドレンツィン教会領は別名、ドレンツィン枢機卿領ともいう。教会領の多くは教会の司教や大司教をトップに帝国の直臣が代官として実際の政務を行うが、ドレンツィンだけは教皇に次ぐ立場である枢機卿の中から特に選ばれた者が赴任し、自ら領内の政治的な主導権を握っている。同時にドレンツィンを治める枢機卿はそのまま選帝侯としての立場も担っており、教会の中でも特別な職位なのだ。

 選帝侯領の中では最も規模は小さいが、聖都ベザリオンの大事な食糧庫としての役割を担っており、町の雰囲気も聖都に非常によく似ている。どちらかというと牧歌的な雰囲気のある領地だが、領地中に教会があり、修練を積む若者から司教を目指して政治的なノウハウを身につけようと遣わされてきた司祭様方まで、多くの聖職者が生活をしている様子はどこの国とも違って独特な雰囲気だ。


 ドレンツィンにはカレッジの研修で一度来たことが有るので、リディアーヌもまったく見知らぬ土地ではない。見知った顔の枢機卿猊下もわざわざ挨拶のため滞在する予定の町まで出迎えて下さり、有難いことに立派な宿舎もご用意くださっていたので利用させていただいた。

 ここまで長旅だったので、久しぶりの地上での贅沢な食事と柔らかいベッドが最高だった。とりわけ船旅の間中げっそりした顔で部屋に閉じこもり一言も喋らなかったフィリックが、七日ぶりのまともな顔に復活してくれた。

 よもや船が駄目だったとは……。


「ここからクロイツェンに入ります。警戒してゆきましょう」


 次いで大司教領側の国境付近の町で一泊した翌朝、出立の準備をしながら指示を出すフィリックの言葉に、ここまでも十分にピリピリしてきた騎士達は一層顔色を引き締めた。

 荷物は別ルートで運ばせているから、幸いにして行列は最低限だけをそろえた身軽なものである。しかしこのあとクロイツェンに入ると、二、三日後には荷物を運んできた一行とも合流する予定だ。そうなればかなりの大所帯となる。書類の上で見た時は騎士達が多すぎると絶句したが、もしかすると二十人でも少ないくらいかもしれない。そう思わされるような警戒だった。

 そしてそんな懸念は二日目の夜。宿に用いた地方領主家の別邸で、すぐにも顕現した。


  ***


「姫様。お休みのところ申し訳ありません」


 ゆさゆさとベッドを揺さぶられて、元々物音に覚醒気味だった目を開く。枕元のほのかな蝋燭の明かりに、隣室で休んでいたはずのマーサの顔が浮かんでいた。


「何かあったのかしら?」

「館に侵入しようとした不審な人物を二人、騎士が確保いたしました。ご報告は明日にと思ったのですが、フィリック様が、念のためお部屋を二階にお移りいただくようにと」

「二階?」


 この手の屋敷ではおよそ二階に男性の居室、三階に女性の居室が設けられる。この日借り受けていた別邸でもそのように割り当て、リディアーヌは三階のメインルームで休んでいたのだが……女主人に対して殿方の居室に泊まれ、というのはいささか穏便ではない話だ。

 ひとまずベッドから足を下ろすと、部屋に控えていたらしいベレニーがすぐに靴を履かせ、マーサが大きなケープを肩にかけてくれた。寝乱れた髪は自分で軽く手櫛で整え、マーサの手を借りながら隣の居間へと立ち入る。

 部屋には夜分だというのに少しの隙も無く身なりを整えたマクスが待っていた。


「マクス、フィリックは?」

「夜分にお起こしして申し訳ありません、姫様。館を探る怪しい男たちがおりまして、見回りの騎士が捕らえたところを、フィリック様が只今地下で尋問に当たっておられます」

「それって文官の仕事なのかしら?」


 呆れつつ扉に近づくと、マクスが扉を開いて急かすように外へと促した。

 マクスに連れていかれたのは二階のメインルームだ。今宵はフィリックが使っていた部屋なはずだが、当然ただ寝に泊まっただけの部屋に生活感なんてものはなかった。

 ただ仮にも寝室はフィリックが使っていたはずなので、マーサとベレニーはすぐにも寝室のシーツを換えに行った。リディアーヌとしてはちょっとフィリックが使った程度の寝台をそのまま使うことに何ら抵抗はないのだけれど、流石にマーサはそれを許してはくれないようだ。

 ひとまずソファに腰を下ろすと、夜着の上にしっかり上着を着こんだフランカがハーブティーを出してくれた。

 館の中は静かだけれど、皆それなりに起きているようだ。


「マクス、何が有ったのか詳細を報告してちょうだい」

「姫様……」

「明日に回す必要はないわよ。気になっていては逆に寝付けないわ」

「かしこまりました」


 仕方なく頷いたマクスは、簡単にことのあらましを話してくれた。

 いわく、夜も深まる中、二人の騎士が館の周りを巡回していたところ、木陰に怪しい男達を見つけたためその場で取り押さえたという。すぐに今宵の寝ずの番を勤めていたマクスに報告が上がり、マクスがフィリックに知らせた。マクスも流石にフィリックが自ら尋問に行くとは思っていなかったようだが、あっという間に彼らが“フォンクラーク人”であることと、目的が“リディアーヌ公女”であったことを吐かせたという。そこまで聞いて、フィリックがマクスに、リディアーヌを念のために二階に移動させるよう指示したのだとか。


「フォンクラーク?」

「グーデリック元王太子派かと思われます。王太子の失脚と処分は皇帝陛下の名のもとに行われましたので、王太子を“()めた”かもしれないクロイツェンの皇太子殿下が本来の目標だったのではないかと、フィリック様が」

「あぁ……そういう勘違いも有り得るわね。といってもこのクロイツェンで皇太子を狙おうだなんて無謀な話だわ。大方、なすすべもなくクロイツェンに潜伏していたところを、グーデリックと最後に接触して皇帝陛下に突き出した張本人である私が現れたから、ちょうどいいとばかりに私を標的にしたのかしら? クロイツェン国内でヴァレンティンの公女に何かあれば、クロイツェンにとっても大打撃でしょうから」


 そう推測したところで、「姫様には尋問も必要なさそうですね」なんていうフランカが肩をすくめながら、リディアーヌの飲み干したティーカップを回収した。折よく、寝室から仕度を終えたらしいマーサも戻ってきた。


「姫様、どうぞご安心してお休みくださいませ。今宵は私も寝ずの番を務めます」


 そういうマーサに、「必要ないわ」と手を振りながら席を立った。


「たったの二人で探りを入れていた上にその二人が捕まったとなれば、今宵また襲撃してくるなんて愚かなことはしないでしょう。マーサもフランカもベレニーも、明日の方が大変なのだから、今宵はゆっくり休みなさい。勿論私もすぐ寝るわ」


 寝ずの番はいつも夜の護衛に当たっているイザベラがいれば十分である。なので素直に寝室に足を向け、律儀に見送っているマクスにも「フィリックにも、適当に切り上げて早く休むよう伝えなさい」と命じておいた。

 そろそろ旅の疲れも出始めているのだろう。ベッドに横になると、すぐにも眠気が襲ってきた。

 我ながら、随分と図太いものである。



  ◇◇◇



 翌朝、少し早めに起きて身支度を整え、殿方向けの少し馴染みのない設えをした部屋で、馴染みのない二階の高さからの景色を見ながら朝食をいただき、食後のお茶を(たしな)んでいたら、早速フィリックがやってきた。

 顔色に疲労の様子はないから、きちんと休みはしたようだが。

 はて。そういえばフィリックの部屋はリディアーヌが使ったが、フィリックは何処で寝ていたのだろうか?


「おはようございます、姫様。昨夜は夜分にご足労をかけ、失礼を致しました」

「構わないわよ。それで? 粗方はマクスから聞いたけれど」

「概ね昨夜姫様が推察なさったという通りでした。付け加えるとしたら、奴らは姫様がロレック港から皇城に向かうものだと思って待ち構えていたのに、ドレンツィン領の方からヴァレンティンの国章と青の旗が入ったと聞き、慌てて確認に来たようです。それで人数も少なかったのでしょう。尋問の後、昨夜の間にシュルトが連絡役と思われるもう一人の男を町中に見出し、エリオットが速やかに捕縛してまいりました」

「貴方達、わざわざ夜に動く必要があって?」


 思わずそう呆れつつ、とりあえずフィリックを席に座らせ、マーサに朝食を持って来させた。こうでもしないと仕事人間のフィリックは平気で朝食を抜きかねない。案の定朝食を面倒くさそうに一瞥したうちの部下に、「さっさと食べなさい」と命じておいた。


「少々館を汚しましたので、こちらの代官にも昨夜のことを報告し、捕らえた三人も引き渡そうかと思っておりますが、宜しいでしょうか」

「ええ、構わないわ。領主が不在中に国賓に危害を加えかねない騒動が起きたのだから、代官はさぞかし青ざめているでしょうね。あまり代官に責任を負わせないよう、でもクロイツェンに対してはくどくどと苦情を付け加えて引き取らせてちょうだい」

「最終目的はクロイツェンの皇太子殿下であったらしいと申し添えて引き渡します」


 うちの優秀な文官に、余計な言葉はいらなかったか。

 早々と食事を切り上げたフィリックは、「それでは」とすぐに仕事に向かった。


 早朝出立の予定が狂いそうなので、思いがけず暇になってしまった。

 折角クロイツェンに入ったのだから町中の観光でも楽しみたいところだが、昨夜襲われかけて護衛騎士達も皆ピリピリしているのに、(のん)()に町に出るというわけにもいかない。

 幸い代官の奥方が顔を真っ青にしながら謝罪と称して飛んできて、ついでにこの地方の新年の伝統菓子など手土産に持ってきてくれたので、少しだけ旅行気分は楽しめた。


 ところで、出立は結局何時頃になるのだろうか?

 そんな疑問を感じ始めたお昼時、がやがやざわざわと少し騒がしくなり始めた館の様子に、庭を歩いていたリディアーヌは館に立ち戻った。どうやら早馬が来ていたらしく、玄関先で座り込んで水を煽っていた騎士がリディアーヌを見るなり慌てて立ち上がって敬礼した。


「ご苦労様。フィリックは?」

「はっ。急ぎの報告を伝え、つい今しがたそちらの応接間に」


 そう騎士が声をあげると、すぐ傍の扉から顔を出したフィリックが「姫様、こちらにお願いします」と声をかけた。ちょうどリディアーヌを呼びに行かせるところだったようだ。


「そろそろまとまった報告をしてくれるのかしら?」

「はい。お待たせいたしました。ひとまず先ほどの伝令兵ですが、ロレック港から上陸して皇都に向かっていた一団の護衛に当たっていた騎士です」

「荷物や贈り物を運ばせていた方の騎士ということ? 確か今日、合流予定だったはずだけれど」

「はい。昨日ロレックに入り、今朝出立して今日の昼にはこの先のベルツァーで合流する予定でした。昨夜の侵入者も、このロレックに入った一団に姫様がおられるものと誤解していたことになります」

「もしかしてこちらを探りに来た三人を捕らえたせいで、私があっちにいないという情報が伝わらなかった?」

「はい。こちらからも早馬は出していたのですが、忠告が伝わる前にベルツァー手前の道中で襲撃されたようです」

「何てこと。先ほどの伝令はそれね? あちらの様子は?」

「幸い、大事にはなっておりません。ここの代官がすぐに国の警備隊を動かしてくれましたし、それにどうやらクロイツェンが姫様への迎えの騎士団を寄越してくれていたようで、大きな支援戦力となりました」

「迎え?」


 そんなもの、頼んだ覚えもなければ寄越してやるとの連絡を受けた覚えもないのだが。ただの偶然か? それともまたアルトゥールが何か策を巡らせているのだろうか。


「クロイツェンもロレック側がヴァレンティン使節の本隊だと思っていたようですね。あちらに合流して、今こちらまで護衛をしてくれています。もう間もなくこの町で合流できますので、姫様はそれまでお待ちください」

「そう……」


 アルトゥールの意図はともかく、少なからずその配慮だか計略だかのおかげで、ロレックからクロイツェンに向かっていた身内が惨事に見舞われずに済んだ。不幸中の幸いである。


「それから姫様。生憎と一つ、良くない情報も」

「何かしら?」


 もしかして負傷者でもいたのかと眉をしかめたのだが、フィリックはか細くため息をこぼしたかと思う、「あちらの一団の中に、名簿に無い密航者が二人いたようです」などと言った。それはつまりどういうことだろうか?


「つまり、名簿に加えたはずのない“リカ”という女官と、“リアン”とかいう荷運びが紛れ込んでいたとの報告が」


 リカ? リアン? 聞き覚えのない名前だけれど。


「……」

「……」


 リカ。リカ。リ……アンジェ、リカ。

 リアン……キリアン?


「……っ」


 あの子達っっ!!!







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