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2-29 アンジェリカとの話(3)

「私の知る最初のヴィオレット様は、勉強ができて作法が整っていて、でも綺麗だけど冷たくて物言いがきつい、そんな“侯爵家のご令嬢”です。いつも取り澄ました顔で下々なんて気にも留めない様子で、でもクロード様には執着心があったみたいで、私が王都に越してすぐの頃はよく『婚約者のいる相手に恥知らずだ』とか、色々と注意されたんです。ヴィオレット様が落としたハンカチを拾って返そうとしたら、『落ちた物なんていらないから捨ててちょうだい』なんて言われたこともありました。決して攻撃的なわけではないんですが、(さげす)まれていると感じることはあって……少なくとも嫌われていたのは間違いないです」

「それは……」


 なんというのか。典型的なお嬢様だな。ブランディーヌ夫人ほどの過激さはないようだが、夫人の娘だと言われて納得するヴィオレット像である。もはや国内で比類する者のいないオリオール侯爵家の娘としては、むしろ普通かもしれない。


「ただそういうのは春休みの間までのことで、新学期が始まって私が学院に入学すると、学校では別人でも演じているのかと疑うほどに、違う人になっていました」

「というと?」

「春休み中、散々叱られましたから……私もはじめは……その、“神々の指示”が信じられなかったこともあって、あまりクロード様にも近づかずにいたりしたんです。でもうっかり接触してしまって。なのにもう前のようにヴィオレット様が何かを言ってくることはなくて、むしろクロード様を避けているみたいでした。クロード様達は、『うざったいほどに付きまとっていたのが嘘みたいだ』なんて(いぶか)しんでいました」

「それは確かに、変な話ね……」

「それに、学外でもおかしな行動が増えていったんです」


 それからアンジェリカが話したいくつかのエピソードには、もれなくリディアーヌも頭を抱え、何度も何度もため息を連発するばかりだった。


 妙にクロードを避けるばかりかアンジェリカにクロードを『いらないからあげる』なんていう物言いをしたかと思えば、本来国が主導して行うような貧民街での救済活動や孤児院への寄付、はては平民向けの学校の開設などを一手に担った。どれも、王太子の許嫁という肩書きで王太子を表に立てながらやるには十分な事業だが、それらを独断で行っていたというのだ。

 クロードの知らぬところで勝手に許嫁が勝手な功績を作り、きっとそうと知らない貴族達は一方的に『流石クロード殿下の許嫁』と褒めそやしたことだろう。でも何も知らないクロードにとってそれは、ただの脅威であり、自分を惨めにさせる裏切りでもあったはずだ。しかもそれを聞いたヴィオレット本人が、『殿下とは関係ありません』『どうして私のやることすべてを勝手に王太子の功績に挿げ替えるんですか』なんて吹聴したという。


 彼女にとっては王太子の許嫁という立場に鬱憤が溜まっての発言だったのかもしれないが、あまりにも考え無しすぎる。それにクロードがどんどんと追い詰められていったというのは、リディアーヌも一国の公女として激しく同情する。

 裕福な商会が国とつながりを持とうと慈善活動に力を入れることはあるが、もし貴族の中にそんな臣下がいようものなら、真っ先に国家転覆の企てを警戒するだろう。ましてや急にそんな行動を取り出したとなると、クロードがヴィオレットから心を離したことは、決してアンジェリカだけが原因ではないということだ。

 それでも、そんなヴィオレットを上手く取り込み操るのが王太子としての仕事なのだろうが、流石に年若く未熟な王太子には荷が勝ちすぎた。取り込めないなら、抑圧するしかない。そうでなければ、“国主”としての面目が潰される。

 しかもよりにもよってヴィオレットはオリオール家の娘だ。現国王の最大の後ろ盾であるし、それに生母はブランディーヌ。ヴィオレットのおかげで王位が転がり込んできたような立場のクロードに、どうしてヴィオレットをどうにかできようか。いや、その脅威はいっそ、クリストフ一世の孫娘としてヴィオレットが王位継承問題を引き起こしていると勘違いされたっておかしくない所業だろう。


 ヴィオレットは一体、どういうつもりだったのだろうか?

 もし本当にただ貧民たちに同情して真心を尽くそうとしたのだとしたら、それは貴族の娘、それも王太子の許嫁として頗る頭の悪い、ただの世間知らずの善人面だ。クロードのためを思ってクロードのためにおこなった暴走なのだとしたら、当のクロードが関与していなかった時点で失策であるし、あるいは最初からクロードの名誉を失墜させて自分の名声を高めるつもりだったというのなら……それが一番しっくりくるくらいだ。


「あの人、本当に身勝手なんです。もっと国民のことを知りたいからなんていう理由で王妃教育を受けなくなったかと思うと、商売を始めて……」

「商売って?」

「えっと……ドレスのお店です。コルセットのいらないドレスとか、背中や裾がぱっくり開いたドレスとか、思い切り丈の短いドレスとか……そういう型破りなドレスを次々売り出すようなお店を出していて」

「……えーっと。何? 娼婦向けのお店?」

「いえ……貴族向けの。あ、いえ、安価に既製服なんかも作って、平民向けのドレスも売っていると聞きました。皆も社交界の中心であるブランディーヌ夫人の娘であるヴィオレット様を無視はできませんから、ヴィオレット様の出す流行に便乗して。でも流石に足が大胆に見える様なドレスは年上の方々に受けが悪くて、特に王妃様がとても嫌悪感を示されて、王城の夜会では禁止されました」

「そりゃあそうよ……」


 夜会はパーティーじゃないのだ。そこはれっきとした社交の場であって、れっきとした国家の“儀式”である。格式に見合った威儀を整えるのは当然である。生足を晒していいのは子供と娼婦だけ、なんていう既成概念があるのに、王城の夜会でそんな恰好をしている若い女性が沢山いたとしたら、王妃様じゃなくても眩暈を起こしそうだ。


「でもヴィオレット様は、“自分に似合う恰好をする権利は誰にでもある”って……」

「その考え方は否定しないわ。でも保守性と慎み深さと貞節は、ベルテセーヌの三大代名詞。教会の教えに沿った貞淑さは、ベルテセーヌ王室の象徴でもあるのよ。なのに未来の王太子妃がそれを打ち破って、保守派になんて思われるか」

「でも……」


 アンジェリカのもじもじとした反応を見ると、アンジェリカ自身はその新しいスタイルとやらが意外と気に入っていたのだろう。別にそれ自体を咎めるつもりはない。


「新しいデザインや発想は別にいいわ。安価な平民向けや下級貴族向けの既製服事業も他国ではすでに行われている試みだわ。ヴァレンティンはどちらかというとした手直し品を安価に売るリサイクル事業の方が活発だけれど」


 昔カレッジで学んだ限りだと、東大陸ではすでにそういう既製品を売る安価な服飾店が広まっていたはずである。興味深いと思って、卒業後のクロイツェン旅行でも実際に視察したから、どういうものなのかはよく知っているし、理解もあるつもりだ。


「でも状況に見合ったスタイルというものがあるわ。王城で開かれる“夜会”は貴族が王族に謁見をする儀式を兼ねたもの。自分勝手に好きな格好をして自分を綺麗に見せる場ではないのよ。なのに王国の伝統や格式を蔑ろに、そんな“ちゃらちゃら”した格好の若者達が詰めかけてきたら……主催した王室側は“侮辱された”と感じるでしょうね」

「侮辱っ?!」

「時と所と場合によってはそれ相応の格式が必要で、そういう品位を保つのも貴族の勤めなのよ。大体、王太子の婚約者が王妃様の伺いと許可もなしに王室開く夜会で王国の伝統を汚すような風潮を勝手に持ち込むだなんて。しかもそれを”商売”にして、金銭を受け取って広めただなんて、心証が悪いどころの話ではないわ。それにそんな誘惑するような露出で次期王太子妃が現れでもしたら、今後の王室の血の正統性と品位も疑われかねないわ。こういう時に被害を受けるのは、王家の母であり流行の牽引者である王妃よ。きっと周囲からは散々嫌味を言われたでしょうね」


 流行というのは社交界の上下関係の中で、元々非常に扱いの繊細な問題だ。それを商売などという利潤目的で強引に社交界に広める手法は、まったく貴族として褒められたやり方ではない。

 しかもヴィオレットは王太子の許嫁だったのだ。なのに次期王太子妃が王妃に相談もなく、評判を高め得る流行ならまだしも面目を傷つけるようなことをしたのだから、救いようがない。日頃から王妃に反目的な夫人達はここぞとばかりに王妃を嘲笑い、苦しめたことだろう。

 元々妾妃という身分だったアグレッサ妃が一体どんな下世話な嫌味に晒されたことか。その心情は、考えただけでも胃が痛くなりそうだ。


「じ、実は私も……その……嫌いじゃななくて。便乗……してしまったんですが」

「……」

「す、すみませんっ。反省しています!」


 まぁいい。私的な好みにまでうるさく口を挟むつもりは元よりない。


「ベルテセーヌは七王家の一つ。選帝侯家との関係も重要な家柄でしょう? なのにもし私が王太子夫妻をこのヴァレンティンに招いたとして、一般に娼婦の装いとして認識されているような露出度の高いドレスの夫人が現れたりしたら、遊び女をパートナーに連れてきたのかと不快になるか、あるいはちゃらちゃらと淫らな装いで挨拶をするなんてこっちを舐めているのかと、大層嫌な気分になったでしょうね。

 私が言っているのは、“その場に合わせた格好がある”という意味よ。若い女性ばかりが集まる私的なパーティーなら、好きな格好をすればいいわ。そのために仮装舞踏会や仮面舞踏会があるんだし。でも王城の夜会には、それ相応の恰好というものがあって、誰もが好き勝手していいわけじゃない。それが“儀礼”であることを失念してはいけないわ」

「はい」


 もっとも、リディアーヌとしてもコルセットのいらないドレスとやらには非常に興味があるけれど。


「というか、どうして流行を生み出すのに、“店”をやる必要があるのかしら?」

「……さぁ?」


 王太子の許嫁として、王室の専属と話し合っていればそんなとんでもない事態にはならなかっただろうに。実に腑に落ちない。


「店の売り上げのほとんどは慈善事業に使っていました」

「先ほど言っていた寄付や学校だなんだはそこが資金源なのね?」

「そうみたいです。あ、でも他にも急に土地を買ったと思ったら、そこから大量のダイヤモンドが出てきた、なんてことも」

「王太子の許嫁が私的に土地を買っていたということ? 侯爵家が、ではなく?」

「え? あ、はい。ヴィオレット様個人の資産だと聞きました」

「……」


 益々ヴィオレットという人が分からなくなってきた。


 王太子の許嫁が何のために土地を買わねばならないのか。しかもすぐにダイヤモンドが出てきたということは、元々それを知っていたということだろうか。

 いずれ自分の資金源にするにしても、個人の資産では将来的に夫と共有することになりかねない。自分の後ろ盾に使いたいなら、オリオール侯爵家の名義にしておくべきだ。

 だがそうしなかったということは、そもそも結婚する気が無く、オリオール侯爵家からも独立を考えていたという事か。


「国外追放になった後、国が没収する話もあったんですが、ヴィオレット様は名義を自分が一緒に商売をしていた男性に替えてから出て行ったんです。だから今は、リベルテ商会の所有です。服飾のお店も。経営していた孤児院とか、カフェとか、学校とか、全部リベルテ商会の名義なんです」

「リベルテ商会ですって?」


 まさかそこでその名前を聞くだなんて。そういえば、これもアンジェリカに聞きたいと思っていたことの一つなのだった。


「リベルテ商会はヴィオレットと繋がっているの?」

「というより、ヴィオレット様がやっていた商売のすべてを取り仕切っていたフロント商会ですよ。そのことは皆が知っていましたが」

「そんなの、”ヴィオレット派”の温床そのものじゃない。そのリベルテ商会は、ヴィオレットの追放後も国内で普通に商売を続けていたの?」

「はい。実際、膨大な利益を上げていましたし、平民達や、それに……その。一部の貴族からの指示も厚くて。確か、国としても利益になっているから、とかなんとか」

「まぁ確かに……罪もない人気の商会を潰すわけにはいかなかったでしょうけれど……」

「なので暴動からこの方、クロード様達も監視を徹底していたのですが、“リベルテ商会”を名乗るだけの偽物も沢山出てきて、もう商会というよりそういう集団名というか」

「一気に広範囲に混乱が広がった背景に、その商会の人気とやらも無関係ではないわね」


 注目すべきはそこではないと忠告したかったが、いかにもヴィオレットと蜜月の関係にあった商会が国内にあったのでは、そこに目が行ってしまったことも無意味には咎められない。それにイグラーノがもたらしてくれたラグジェで配られていたヴィオレット派のビラも、リベルテ商会の名のもとに発行されていた。そんな風に大々的に動かれれば、益々国王達の目はその商会に引き付けられたことだろう。


「つまりヴィオレットは、国内の秩序をこねくり回せるだけこねくり回した上、自分の手足まで残して国を去ったわけね。なんてこと……」


 そんなの、最初からヴィオレット派が暴動を起こす下地があったということじゃないか。

 てっきり今回の件はクロイツェンが暗躍して暴動を誘発しているのだと思っていたが、その誘発に加担したのはベルテセーヌの国民自身ということだ。ヴィオレットも紛れもない加害者だ。


「国外に追放になったからといって、復讐しようと考えているとか、そういう様子はないと思う、というのが今までの意見だったのだけれど。アンジェリカはどう思うのかしら?」

「うーん……確かに、復讐といわれると。というか、復讐って、何に復讐するんですか?」

「だから、一方的に婚約破棄して国外追放にしたクロードやベルテセーヌ王室に……」

「でもリディアーヌ様。ヴィオレット様は自分から『クロード様はいらない』って言ったんですよ? その上散々勝手なことをして、散々クロード様に迷惑をかけて……クロード様がヴィオレット様に復讐するなら分かりますけど、ヴィオレット様に何を復讐する理由が?」

「……え?」


 そのアンジェリカの言葉は、思いのほかリディアーヌを驚かせる新たな視点だった。

 罪を着せられ恨んでいるかどうか、ということばかりを気にしていたが、当事者のアンジェリカにとってみれば、罪を着せられ続けていたのはクロードの方。むしろヴィオレットは最初から国を出ていくつもりだったと思っているようだ。


「それは確かに……変だわ。アンジェリカ、貴女、ヴィオレット嬢が貴女のことを聖女だと知っていたというのは考えたこと有る?」

「ええ。私に毒を盛るという……その。つまり、お芝居、なんですが……その一件があった時、ヴィオレット様は聖痕の実物にこそ驚いた様子でしたけれど、周りと違ってすぐに聖女が現れたことに納得していました。むしろどうして当たり前みたいにそれを受け入れているのか、こっちの方が気持ち悪かったくらいです」

「……ねぇ、アンジェリカ。もしかしてヴィオレットも、何か神々から指示を受けていたということは、考えられない?」

「……」


 一度黙りこくったアンジェリカは、やがて「分かりません」と首を横に振った。


「私も、それは考えたことが有るんです。でも私は神々の意思に従って行動をしていたのに、ヴィオレット様のせいでその通りにならなかった、ということが何度かありました。

 えっと、例えば、今日はヴィオレット様がクロード様を裏庭に誘ってランチをしているはずだけど、サロンにいきますか、裏庭にいきますか、みたいな選択を迫られて、裏庭に行ってみたのにクロード様しかいなかった、なんてことがありました。クロード様に聞いても、ヴィオレット様に誘われたわけではなく、天気が良かったから何となく裏庭にいただけだ、って。

 そのすぐ後、“板”に出た文字は、『予想外の行動によりイベントがキャンセルされました』というものでした。ちょっと……よく、意味は分からないんですが」

「つまりヴィオレットは神々が想定していた以外の行動をとることがあった、ということね? だから少なくとも、“同じ神々”からの指示は受けていない」

「はい」


 ふむ……では別の神なのか? いや。それにしてはいまいち意図が分からない。


「でも少なからず、“別の何かを知っていた”ことは確かね」

「はぁ……あんな人を皇太子妃にしようだなんて。クロイツェンの皇太子様は随分と変わった人なんですね。リディアーヌ様、親しいんですよね?」


 アンジェリカの漏らした言葉に、即答はしかねた。

 親しい、といっていいのかどうか。それに話に聞いたヴィオレット像と併せて考えると、珍しい物を掌で転がして遊ぶアルトゥールのことが想像できてしまって、何とも言い難い。


「まぁ……参考になったわ。後はこの目で確かめましょう」

「確かめるって……」


 チラリとアンジェリカの目が向いたのは、机に置かれていた豪奢な招待状だ。

 そこには、リディアーヌを誘う言葉が書かれている。


「っ……私も……」

「ん?」

「私も、連れて行ってください!」

「……」


 あぁ。やっぱりそうなるか……。

 まぁ、気持ちは分からないではない。アンジェリカはすでに、クロイツェンの皇太子がベルテセーヌでの騒動に加担していたことを知っている。ヴィオレットの不審な行動のことも。彼女がヴィオレットに会いたいと思うのは、収まりきらない怒りのせいだろう。無理もない。

 だがそうであればなおさら、ただ顔が見たいという理由だったとしても、アンジェリカを連れて行くことはできない。これは立派な“外交”なのだ。我慢の利かない人を連れて行くわけにはいかない。


「アンジェリカ。貴女、どういう名目で行くつもり? ヴィオレット嬢の元婚約者の今の婚約者として? ベルテセーヌの聖女として? 廃太子の許嫁として?」

「ッ……それ、は」

「貴女の気持ちは分かるけれど、でも私は貴女を連れてはいけないわ」

「……」


 分かってはいるのだろう。ぎゅっと拳を握って口を引き結ぶアンジェリカを憐れに思うものの、こればかりはどうしようもない。


「きちんと私が見て来るわ。だから私がクロイツェンとヴィオレット嬢にいいように言いくるめられないよう、春まで、彼女のことを色々と聞かせてちょうだい。何でもいいのよ。性格、行動、人間関係。ヴィオレットのやっていた商会のことでもいいわ」

「……はい」


 頷きはしたものの、当然、そう簡単に気持ちに整理がつくものではないだろう。

 いつものようにぎゅっと涙をこらえながら、クロードからの走り書きの手紙を手に取り握りしめた様子に、リディアーヌもままならない事への吐息をこぼし、腰を上げた。

 他人を慰めるだなんて、(がら)ではないのだけれど。


「大丈夫。必ず貴女を無事にクロードに会わせるわ。だからそれまで。時が来るまで、自分をしっかりと持って、堪えなさい」


 フレデリクにするように、けれど少し戸惑うように頭を撫でてみたら、アンジェリカはその手をぎゅうっと抱きしめてきた。

 まるで大きな子供だ。

 子供だけど。でも一生懸命に口を引き結んで、喉から出かかっている沢山の言葉を必死に飲み込んでいる様子に、心が動かないわけではなかった。



 友人達が、いつか結婚をするであろうことくらいはずっと想像してきた。

 ちょっとの苦言と、でも祝福を告げるつもりだった。

 でもどうしたことか……その気持ちは日に日に落ち込んで。今はよほど無理をしないと、祝福なんて言えないだろうほどに、暗い気持ちだ。






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