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2-26 悲劇の警鐘

 何かと型破りな謁見が済んだところで、しかしリディアーヌには旅の疲れを癒している時間はない。すぐにも叔父に、「リディはこっちだ」と執務室傍の応接間に誘われた。

 勉強がてら、最近はフレデリクも何かと同席して見識を広めているらしい。何も言われずとも着いてきたフレデリクが、向き合って座った叔父とリディアーヌの邪魔にならない場所にチョコンと座った。

 そこに続々と、うちのフィリックや父の側近、それにアセルマン候もやってきた。


「お帰りなさいませ、姫様。ご無事のご帰還をお喜び申し上げます」

「有難う、アセルマン候。候もお養父様のお()り、ご苦労様です」

「おい」


 すかさず突っ込まれたが、聞こえなかったふりをする。


「ごほんっ。まぁ、なんだ。本当にご苦労だったな。予想外のこともあったが、まずは無事で何よりだ」

「危険なことなど何もありませんでしたわよ。それに思いがけず、ベルテセーヌの情報も転がり込んできました」


 そう言いながら、リディアーヌは先だってアンジェリカから受け取っていた“ベルテセーヌ教区長から大公殿下に宛てた手紙”を自ら手渡した。

 叔父は「すぐ目を通す」と言ってさっさと中を閲覧すると、しばらく二転三転と難しい顔をしてから、「お前も読め」とリディアーヌに回してきた。

 目を通してす、リディアーヌもまた同じようにぎゅっと眉をしかめる。


 中には、アンジェリカからも聞かなかった内容……随分と突っ込んだ情報もあった。

 アルナルディ派の失脚と、しかし依然と影響力が強い中、一派の洗い出しのために本山から聖騎士が来ていたこと。巡礼の途中“青の館”に立ち寄るつもりであったこと。青の館には、教区長様をはじめとする何人かが、もう数年も前からひそかに出入りをしていたこと。今、セザールが謀って廃太子派の復権を画策していること。

 そして自分もまたそれに加担することについて、公女殿下にお許しを願いたい、と――。


「ロマネーリ大司教め……余計な真似を」


 先だってアンジェリカに話した際には多分に憶測が混じっていたのだが、これで確実になった。やはりこの騒動に便乗して、セザールが暗躍しているのだ。


「言葉巧みに周囲を動かして……しかもよりにもよってアンジェリカがこれに加担してしまっています」


 そう吐息を吐きながら、リディアーヌもアンジェリカやキリアンから仕入れた情報を説明した。二つの情報を合わせると、今ベルテセーヌで何が起きているのかがかなり明瞭になってきた。


「えーっと……つまり、“ヴィオレット派”というのを扇動して国内に混乱を起こしているクロイツェンの勢力のが一つ。これを鎮圧して権威を確固たるものにしないといけない国王王太子派が一つ。それに便乗して暴動鎮圧と同時に王太子の廃立の風潮を煽っているセザール様などの一派が一つ……でしょうか?」


 しっかりと頭の中を纏めて答え合わせを求めたフレデリクに「その通りよ」と頭を撫でる。賢さに磨きがかかっている。リディアーヌの不在中にもよく勉強していたのだろう。


「マグキリアンの役割は何だ?」

「アンジェリカ嬢の確保だったようですね。教区長様の誘拐はアルナルディ正司教が黒幕だったようですけれど、当の正司教はアンジェリカが港を離れるより前に聖騎士によって捕縛されていたそうです」

「正司教はいまだに反アンジェリカ派か?」

「そういう事でしょう。でも私がそうと認めたというのに……教会内での権威の失墜がそれだけ痛手だったのかしら? 慎重で堅実なアルナルディらしくないですけれど。今回、アンジェリカからも教区長からも名が出てこなかったブランディーヌ夫人が何か裏で動いていた可能性もありますね」


「宰相家はどうなっているんだ?」

「アンジェリカもブランディーヌの動きを全く知りませんでした。侯爵家に籠っているのでは、なんていうくらいで。宰相の方は、アンジェリカがマリシアン卿から耳にした話では、昨今国王よりセザールと話し合っていることが多い、みたいな話を聞いたようです。利用されているのか、分かっていて近づいているのか。すでに娘がクロード殿下と婚約破棄されている以上、王太子を()()えることには何の躊躇もないでしょうから……」

「下手をすれば、オリオール侯爵はクロード廃太子派にまわる、か」

「オリオール家の長男は父親の言うがまま。次男は元々ジュード兄様の既知。三男はクロード派にも関わらず、今回はセザールにいいように使われています」


 そう告げたところで、「クロードは終わったな」という実に簡潔な言葉で、叔父は教区長の手紙を放り出した。

 思わず膝の上できゅっと拳を握ってしまったのは、諸々と望ましくない未来を想像してしまったせいだ。


「教区長はあくまで廃太子に面会をするだけと言っていたんだろう? ジュードの方はどうだ。協力を求められて、動くと思うか?」

「正直……分かりません」


 自分が知っているジュードは、八年前までのジュードだ。

 元々王位になんて感心が無かった人だし、国内の混乱を知らんぷりできるような無責任な王子でもなかったが、はたして国王やクロードのために動くかと言われれば“否”だ。ジュードはあくまでも、兄が王太子だったからこそ、兄のために国を思っていた。


「でもセザールの動き次第では、動かざるを得ないかもしれません。セザールは多分、平気で自分を囮に使うでしょうし、それで弟想いなジュードが自分を見捨てはしないだろうことを確信しているでしょうから」

「あいつ……このヴァレンティンに立ち寄った時にそのままとっ捕まえておくんだったな」

「それは流石に外交問題になりますわよ、お養父様」


 一応そうは口にしたけれど、気持ちはとてもよく分かる。


「クロードが廃太子になれば、その後継はどうなる?」

「アグレッサ王妃が失脚したわけではありませんから、まず順当にいけばクロードの同母弟のザイード王子でしょうね」

「あまり印象にないな。まだ未成年だろ?」

「十二、三……くらいかしら? 私も面識がありませんわ。ただクロード失脚の影響がどれほどアグレッサ王妃にかかるとも知れませんし、それにセザールの最終目的は“リュシアンの開放”なはずですから……そう順当に行くとも限りません」

「……お前は、どうする。リディ」


 その問いが来ることは分かっていた。

 ただどうするのかと言われても、どうしたらいいのかはよく分からない。


 リュシアンが解放されるとしたら、それはつまり八年前の事件が冤罪であったと証明することに他ならない。つまりは、先王子暗殺の真犯人を追求することと同義だ。リディアーヌにとってそれは決して他人事ではないし、そしてもしそれが適うならば……“知りたい”と思う。

 だがそれと引き換えに、彼が再び表舞台に出て来るとしたら……。


「……いいえ。もう……私には関係のない話です」

「……」


 それにこれはただの憶測だ。まだ明確な証拠はないと言っていたセザールに今すぐリュシアンの冤罪は晴らせないだろうし、何よりも国王陛下がそれを認めはしないはず。自分が我が子に下した処罰が冤罪だっただなんて、明らかになっては困るからだ。


「それよりも、今後のヴィオレット派、ひいてはクロイツェンの動きが気になります。うちで“聖女”を保護することになってしまいましたし」

「まったく、イグラーノめ……」


 叔父はそうムスリとした顔をしたけれど、それには苦笑で答えておいた。

 面倒事が舞い込んできたことに違いはないが、アンジェリカを保護できたことはそう悪いことでもない。クロイツェンの目的があくまでもベルテセーヌ内部での混乱でありヴァレンティンを取り込むための計略である以上、よりにもよってヴァレンティンに保護されたアンジェリカには早々手が出せないはずだ。

 ヴィオレット派の標的の一人……つまりヴィオレットを失脚させてクロードの許嫁になった聖女が手中にあり、それを守っていられることの意味は大きい。


「本人なりに私を慮って口にはしていませんが、クロード殿下の安否を気にしていると思いますよ。どうやら、恋人の王太子という地位には固執していないみたいです」

「そうか……まぁ、彼女のことはリディに任せよう」


 さて、これで一通り共有しておかねばならない情報は出揃っただろうか。

 あとはアンジェリカの逃亡を知ったヴィオレット派がどう動くかと、ベルテセーヌ内でジュードらが動くか否かだ。

 これまでのアルトゥールの行動パターンからして、こっちが何か手を打った時にはもう次の手を準備していることが多かった。アンジェリカの逃亡がどれほど漏れているかは分からないが、キリアンの行方不明についてはすぐさま情報が入っているはず。きっと今回もベルテセーヌ内の動きに何かしらの対処を講じているだろう。

 あまり()()には回りたくないが、何しろ実際にベルテセーヌ内で部下を暗躍させているあちらとはタイムラグが大きい。キリアンのおかげでヴィオレット派の扇動方法やシナリオは得られたものの、それもすでに過去の情報である。


「単純に国民を扇動してクロード殿下を廃太子に追い込むだけでは、さしてクロイツェンにうまみもないだろう。あとはそれをどう利用しようとしているのか、だが」


 クロイツェンがブランディーヌ夫人と手を組むのではと危惧していたが、今の所そこまで大きな動きが夫人に見えない。何が原因かは知らないが、キリアンの情報を鑑みても、クロイツェンとブランディーヌが積極的に繋がっている様子は窺えなかった。それは不幸中の幸いである。

 だがそれでもクロードの弾劾と同時進行でヴィオレットの名誉回復の活動が行われていたことは確かだ。それはブランディーヌを活気付かせることになるし、きっとアルトゥールは最もヴィオレットの名声が復活した瞬間を逃さないはずだ。

 もしその瞬間が、よもやブランディーヌが王位を簒奪した瞬間などという悠長な未来の話ではないとしたら……それはおそらく、クロードが失脚した瞬間であるはず。


 セザールめ……よりにもよって奴の動きのせいで、それが早まっているのではないか? 面倒なことを。


「きっと最もベストな瞬間は、クロードの失脚と同時にブランディーヌが権威を握る瞬間だったのでしょうけれど。ブランディーヌが使えないなら使えないで、もっといいタイミングを考えるだけですわね」

「つまり?」

「つまり……」


 あぁ、嫌だ。とても、とても、嫌だ。

 だがどんなに嫌でも、その人の思考回路は一番良く知っている。知っているから、分ってしまう。


「つまり……クロード失脚が確実になって、ヴィオレット派の勢いが最高潮に達した時、トゥーリは全国に、最も目にしたくない最悪な“招待状”を送りつけて来るでしょうね」

「……」


 固く口を噤んで沈黙を選んだ叔父に、リディアーヌも口を閉ざす。

 その重苦しい空気に、書記に徹していたアセルマン候が気遣かわし気に何かを口にしようとした瞬間、ゴンゴンゴンッ、と、慌ただしく扉を叩く音がそれを阻んだ。


「入れ」


 大事な話をしている時に、外の護衛が来客を止めないなんておかしなことだ。それはようするに、それだけの急ぎの連絡があったということ。

 顔を出したの外務官外政省に勤めるアセルマン家の次男パトリックで、臆することなく部屋に入ってくると、半紙ほどの紙切れを差し出しながら、「外交省の方から、プラージュよりの飛竜便です」と差し出してきた。

 すぐに受け取ったアセルマン候が叔父にそれを差し出すと、もれなく叔父は深いため息を吐きながら、ドッと背もたれにもたれた。

 その叔父が投げ出した半紙をそそと引き寄せて見る。

 内容はとても簡潔で、それでいてわざわざ飛竜便という国家的大事にのみ用いられる手段で伝えられるに値する言葉が綴られていた。


『ベルテセーヌ王国王都郊外にて、近衛一軍を率いて帰還中のクロード王太子を暴徒集団が襲撃。オリオール侯爵夫人、騒動の責任を王に追及。王都から援軍は出ず。王太子、行方不明――』




 この報を、アンジェリカに何と伝えたらいいのか。

 言葉を探している内に三日が経ち、休暇を満喫したらしいアルテンの王子夫妻が存分に別れを惜しみながら帰路に発ったその日の午後――ついに、その“招待状”がフォレ・ドゥネージュの城門をくぐった。


『クロイツェン皇国皇太子アルトゥール――ご婚礼の儀への御招待』


 “我が友リディアーヌに、是非ともご参列を願いたい”。


 そう自ら一言を書き添えた白と金の招待状。最も格式高い七王家の色である紅の印章とヴィオレットの直筆のサインが添えられたその手紙は、きっと今頃ベルテセーヌ王室に、このヴァレンティン以上の悲劇の警鐘を鳴らしていることだろう。






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