2-25 歓待
「マグキリアン・ペステロープの処分を如何致すつもりですか?」
無事にプラージュでの日程を終え、アルテン王子夫妻と共に馬車で六日をかけて首都に向かう道中、あと少しで首都が見えるという辺りになって、リディアーヌと同車するフィリックが今更そんなことを突っ込んできた。
叔父に引き合わせるために首都へ連れてゆくことは決定事項で、侍従や侍女達の馬車に同車させることには何も言わなかった。なのに今更な質問である。
「普通聞くにしても、もっと前に聞かない?」
「プラージュでは保護をしてくださった王子夫妻に面じて丁重に客室を与えていましたが、本城でどう扱うよう指示すればよいかと思い。まさかフォンクラークの王族殺しやベルテセーヌの内乱幇助を行っていた罪人を客人として遇したりはなさいませんよね?」
「……」
棘のある言い方だが、言っていることに間違いはない。
とはいえまだまだ聞きたい情報はあるから、そういう意味では罪人扱いほどひどい扱いをしなくて済むようにしたいのだが。
「一応、先触れを出して地下牢も開けさせていますが」
「聞かなかったことにするわ」
本当に……フィリックはキリアンに当たりが強いのだから。
「監視の意味も含めて、重要参考人扱いで騎士団に預けるのはどう? 騎士団の宿舎か練兵場の宿直室か。騎士団が監視できるならいいでしょう?」
「……まぁ、そのくらいなら」
問題はベルテセーヌの一件が片付いた後、どうするのかだ。
くしくもキリアンはすでにアルトゥールに存在を知られている人物で、本人の話を聞く限り、ヴィオレットの従士的な立場として認識されているはずである。
ベルテセーヌに侵入してからは教区長の誘拐やらアンジェリカの誘拐やら実際にベルテセーヌで騒動を指揮している人物の手足として動いていたようだから、きっと教区長が解放されアンジェリカが行方不明になっている今、同じように行方の消えたキリアンのことも探されているはずだ。このまま抜け抜けとアルトゥールの元に帰られても困る。クロイツェンと内通しないよう見張らせて、さらに情報も収集して匿うのが合理的であろう。
ただベルテセーヌの一件さえ片付けば、キリアンには罪状しか残らない。クロイツェンに返すつもりはないが、あるいはフォンクラークに引き渡すことは視野に入れておかねばならない。
とはいえフォンクラークも今は国王派と反国王派が水面下で争っている最中である。国王と王太子の権威を失墜させた“神の呪い”に所属していた、あるはその“神の呪い”を壊滅させた張本人でもあるキリアンが、どういう扱いになるのか。
個人的にはナディアやバルティーニュ公に託すべきと思うが、私情で判断するわけにもいかない。本来であれば、フォンクラークの“現国王”に対して突き出さねばならない重罪人なのだ。
ただリディアーヌ個人としては、どうしてもそれを口にできなかった。
ペステロープ家に対する深い負い目がある。守ることが出来なかったという罪悪感と、傍から離したことでキリアンを裏稼業に落としてしまったという失策への後悔がある。だから彼の私誅を咎めることが出来ないし、彼がそうなってしまったことに自分もまた責任を感じている。それが、キリアンをヴァレンティンの手駒としてフォンクラークに引き渡すことを躊躇してしまう理由だ。
きっとそういう態度もフィリックを苛立たせているのだろうけれど。
「姫様。まもなく城門をくぐります」
そんな会話をしている内にも、馬車に寄り添って騎馬しているエリオットが外から声をかけてきた。
今回はリンテンの時と違い、アルテン王国の王子夫妻を正式に国として招いているものになるから、城門から城までの道中、通達を受けた民達が外国の馬車を一目見ようと街道に押し掛けているはずである。リディアーヌもふと姿勢を改めると、「分かったわ」と頷いて馬車のカーテンを開けさせた。こうして国民に顔を見せるのも公女の仕事である。
「アンジェリカやキリアンのいる馬車はしっかりカーテンを閉めさせて、荷馬車と一緒に目立たないよう入らせてちょうだい。まぁ、皆アルテンからの馬車に夢中になって、それどころじゃないでしょうけれど」
そう指示を出したところで、護衛の騎士団の先頭が城門をくぐった。
最初がリディアーヌの馬車。その後ろがアルテンの王子夫妻の馬車で、さらに後ろにはアルテンが持ってきた様々な贈り物や侍女、従者などの馬車がずらずらと続く。
帰り道に竜車ではなく馬車を選んだのは、外国の人に竜車が馴染みのないものだからという理由もさることながら、これだけの数の荷竜をプラージュでは用意できないことも一因だ。時間は余計にかかったけれど、幸いにして王子夫妻との道中は退屈しなかった。
城門をくぐると、決して少なくない数の民達が街道沿いに集まっていた。
久しぶりに城下に顔を出したリディアーヌに手を振ってくれる人達もいるが、今回の皆の目的はアルテンの馬車だ。
とても珍しい顔立ちや装束、何かとキラキラと派手な行李が積まれた馬車に、皆は目をキラキラと輝かせて物珍しそうに見ている。アルテン側も派手に目を引かせることで、アルテン経由の品物の需要を上げる企てなのだろう。プラージュの港に着いた時とは打って変わった煌びやかな格好の王子様が、なんとも面白おかしかった。
「良く帰った、リディ!」
ゆっくりとした速度で街道を突き進み、ようやくフォレ・ドゥネージュ城の前庭に馬車が停まったところで、早速待ち構えていた叔父がそう手を広げて出迎えてくれた。
ただそれに返事を返すよりも早く、馬車を下りた瞬間、「お帰りなさい、姉上!」と足元にぎゅっと抱き着いてきたフレデリクにすべての意識を奪われた。
「ただいま、デリク。変わりなく過ごしていたかしら?」
「はい、姉上も」
「ええ、この通りよ」
「おい、リディ。パパへの挨拶は?」
手を広げたまましょんぼりと挨拶を待っている叔父に、やれやれ仕方がないと苦笑しながら声をかけようとしたところで、「おぉ、我が愛しのジェリー!」と、後ろの馬車から下りたイグラーノ王子の声が先に飛んできた。
「会いたかったぞ!」
「死ね」
出迎え早々酷い言葉で賓客を罵った大公様にぞっとしたのは周りだけだったようで、イグラーノと叔父は言葉とは裏腹にガシと肩を抱き合い再会を祝した。
もっとも、叔父はすぐにイグラーノを引きはがしたけれど。
「はははッ、相変わらずだな、ジェラール!」
「お前もな、イグラーノ。暑苦しい。お前まさか、うちの愛娘にまでこんな挨拶をしたんじゃないだろうな」
「未婚の淑女に奥さんの前で抱き着いたりはしないさ。なぁ、姫」
「そうですけれど……その奥方様が、砕けすぎたお二人にびっくりして固まっていらっしゃいますわよ」
そういうや否や、馬車を下りてポカンとしていたカリーナ妃がはっと歩み出て、「お初にお目にかかります、大公殿下」と丁寧な挨拶をした。妃殿下がヴァレンティンを訪れるのは初めてで、お互い話には聞いていても直接会うのは初めてなのだ。
一応の儀礼的な挨拶が交わされる中、リディアーヌはそそくさと彼らの傍を離れて後続の馬車に指示を出す侍府長の方へと歩み寄った。
「ラヴォア侍府長、後列の前三台は迎賓館に。後ろの二台はそのまま止めずに公女宮に誘導してちょうだい。フランカが乗っているから、客人を応接室に招かせて、それから荷解きは後にして客室を一室、整える指示を出すよう伝えて」
「はっ。かしこまりました」
「アルテンの方達は迎賓館に。侍従と侍女は謁見室前の待合室に案内を。荷馬の振り分けはハンナに指揮を取らせるわ」
一緒に連れていた侍女のハンナがコクリと頷いて馬車の方へ歩み寄ってゆく。
次々と馬車が入ってくる中、ひとまず振り分けの差配を終えたところで「おい、リディ」と叔父が手を振った。どうやら挨拶は終わったらしい。
「お前も謁見の間だ。そのままでいい」
「はい」
あとは宜しくと侍府長に任せて踵を返すところで、最後の馬車が入ってきた。すぐにラヴォア侍府長が王女宮に誘導するよう指示を出しに行ったけれど、その最中、ちらりと中からアンジェリカがカーテンをめくり、こちらを見たのが分かった。
「カリーナ、どうだ。言った通り、美しい城だろ。俺も色々な国に行ったが、この国のこの城ほどに美しい城は知らない。堪能するといいぞ」
「まるでお前が城主だな、イグラーノ。慎み深さというやつをどこに置いてきたんだ?」
「お前と過ごしたカレッジの寮の部屋にかな」
「他人のせいにするとはひでぇ奴だな」
なんだかんだ言って仲良く並んで城に入ってゆく二人に、まったくと呆れつつ、リディアーヌは妃殿下の隣に並んで「さぁ、どうぞ」と促した。ついでにちょこちょこと手招きをしてフレデリクも連れて行く。姉が帰ってきたことにニコニコとご機嫌なうちの弟が可愛すぎて、思わず手を繋いでしまった。
「うふふっ。仲が宜しいのですね、公子様と」
「つい先日、別の旅先で怪我をして心配をさせてしまったのです。今回はそんなことは無いと言っていたのですが」
「姉上がお怪我をなさるのは嫌ですが、少しでもお怪我をなさっていれば二度と姉上をお城から出さないようにできたのに。複雑です」
「え……?」
「……」
ふ、フレデリク……なんだかこの子、段々とおかしな方向に成長し始めていないか? いい加減、別の先生を付けることを提案するべきなのか。
「お養父様とイグラーノ様も相変わらずですわ。驚かれたのではありませんか? カリーナ様」
「ええ。聞いてはいましたけれど、まさかあのような夫の無礼をお許しいただいているとは。私まで恥ずかしいですわ」
ポッと恥ずかしそうに頬に手を当てて苦笑したカリーナに、「おいそこ、聞こえているぞ」と一瞬イグラーノが振り返った。地獄耳である。
「それにしても、なんと美しい城でしょうか。赤くに染まった木々と山肌にそびえる白と青のお城とのコントラストの素晴らしいこと」
「有難う存じます。春にはベルブラウの白い花が。夏には青々とした深緑が。冬には深い雪が。どの季節も良いですが、冬に移り変わる瞬間の今の季節はさながらアルテンの美しい刺繍のようでお目を楽しませてくれることでしょう」
「まぁ、嬉しいことを仰います。私達南方人にとってこの季節の貴国はとても寒いくらいなのですけれど、殿下はこの季節が一番お好きなのだそうでございます」
「それでこの季節にカリーナ様を連れておいでになられたのですね」
随分と城に興味を持ってくださったようなので、その歴史や建物についてを二三説明しながら歩いている内にも、長い長い階段を上った先の謁見室へとたどり着いた。
すでに城主が自ら出迎えている以上、今更謁見も何もないのだが、一応国賓を迎えた以上はここで正式な対面式を行う必要性がある。とはいえ城主が自ら客人を謁見室に連れて入るというのは、絵面としても随分と奇妙なものだった。こんな作法は知らないから、何をどうしていいのか非常に困惑する。
ただ無礼講はそのままであるようで、上座に向かうことなく謁見室の途中で足を止めた叔父とイグラーノは、「手厚い歓迎を痛み入る」「じゃあまぁ、歓迎する、ということで」「しばらくよろしくな」などという軽い言葉で謁見を終えてしまった。
もれなく妃殿下とそろって、リディアーヌもハァとため息を吐いてしまうほど、軽かった。
「ちょっとお養父様。学び盛りのフレデリクが見ているのですから」
「むっ……」
「フレデリク、アレは真似してはならない作法ですからね」
「はい、姉上」
さすがにフレデリクの目を気にしたのだろうか。叔父はそそくさと上座に向かったかと思うと、ゴホンと咳ばらいをしながら豪奢な椅子にふんぞり返った。非常に今更である。
「あー……公女、公子。こっちに来なさい」
「……」
なんだか言う事を聞くのが非常にシャクだったのだが、妃殿下が苦笑しながら視線で促したものだから、仕方なくフレデリクを連れて上座に向かった。
「ははっ。公子様が見てるとあっては、俺も大人として見本を見せないとな」
「お前が悪いんだぞ。出会いがしらからあの調子で」
「堅苦しくしようものならお前、酷い顔で俺の頭を疑うだろう?」
「そりゃあな。何年こんな付き合いをしていると思っている」
上座に座ってなお相変わらずな様子の二人に、「失礼いたします」と声をかけたイグラーノ王子の侍従が、後ろからゾロゾロと煌びやかな行李を持ち込み、ごっそりとその場に並べ始めた。これでもかというほど積みあがる金銀装飾の荷に、積まれれば積まれるほど、叔父の顔が濁ってゆく。
「おいおいおい、ちょっとまて、イグラーノ。何だその数は。お前……は? なんだこれ」
「あはははははっ。驚け驚け! 土産物の大盤振る舞いだぞ!」
「……殿下」
王子の従者も自分の所の王子殿下の振る舞いに困惑したらしい。呆れた声で窘めるように声をかけ、そうしている内にもずらりと見事な行李が並びきった。
荷物が多いなとは思っていたが……まさか馬車二台。いや、三台分ほど、全部贈り物だったのか? これにはリディアーヌも仰天した。
「すごい数ですね……一体何事なんですか?」
そうリディアーヌが呟いたなら、王子の隣で妃殿下がポッと頬を染め、可愛らしくモジモジとしながら、「私が、張り切ってしまいまして」と仰った。なんてことだ。まさかの妃殿下の仕業だったとは。
「これでも半分くらいには減らさせたんだがな。まぁ、うちの奥さんからの色々祝いだ。受け取ってくれ」
「色々祝い?」
何のだ? と不審そうな叔父に、「公女様の成人のお祝いと、公子様の七つのお祝いと、私が初めてヴァレンティンに来ることが出来たお祝いと……」と色々とお祝いを並べる妃殿下に、皆揃って口を噤んだ。どうやらこれは詳しく聞かない方が良かった事情のようだ。
「まぁ、何だ。姫のおかげで新しい取引の約定も固まったし、海賊対策についての合意も得られたからな。礼だ」
「まぁ、お前がそういうなら受け取っておくが……よくもまぁ、アルテン王が許したな」
「何を言う。我等アルテンにとってこの上なく貴重な“帝国の友”に会うんだぞ。調子に乗ってあれも持って行けこれも持って行けと荷を増やそうとしたのは我が父と兄達だ」
「揃いにも揃って……アルテン人は贈り物好きだな」
そんな言葉でまとめていいのか分からないが、とりあえず感謝を述べて、有難く受け取ることにしたらしい。これは荷解きも荷分けも大変そうだ。
「聞けば、他にも大変な贈り物を二つ、持ってきてくれたみたいだが?」
「あぁ。思いがけず拾ってな。ん? そういえばその二人は……」
キョロと見やったイグラーノに、「私の宮に引き取ってあります」と答えた。視線を寄越した叔父も、それでいいと言わんばかりに頷く。
「色々ともてなしてやりたいところだが、こちとらちょっとその面倒な贈り物のことで立て込んでいてな」
「あぁ、分っている。俺達は勝手に観光を楽しませてもらうから、ほどほどでいいぞ」
「それは助かる」
叔父様、助かる、じゃなくて! この人達、勝手に“観光”するつもりらしいですよ?! 色々と町に周知したり護衛を手配したり、あると思うんですが!
なんてことを胸の中で叫んでいたら、チラリとこちらを見た叔父が、「ま、頼む」と投げ出してきた。相変わらず……まぁ、やらせていただきますけれど。
「分かりましたわ。ひとまず、迎賓館にご案内いたします。どうぞごゆるりと休まれてください。迎賓館のすぐ前の庭は秋薔薇が見頃ですよ。晩餐の頃にまたお声かけさせていただきます」
「まぁ、それは楽しみですこと」
妃殿下が興味を持ってくださったところで、「だったら大人しく見学させてもらおう」と意を汲んだイグラーノがくすくす笑いながら、とりあえず今日は大人しくしておくことを約束してくださった。
ふぅ。




