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2-9 ベルテセーヌの擾乱

side アンジェリカ

 リンテンでの聖別の儀により、偽の聖女に仕立てられた使徒アンジェリカは、少なからずベルテセーヌにおける地位の安寧を得た。

 難しい政治の駆け引きは分からないけれど、ベルテセーヌに戻る道中、聖別でアルナルディ正司教やブランディーヌ夫人が痛手を被ったことを国王陛下が頻りに喜び続けていたから、それは多分、“いい結果”だったのだと思う。

 けれど聖女が決してちやほやされるだけの楽な役目ではないことを知ってしまった以上、本当は偽物であるという事実と(あい)()って、ただ能天気にはしゃぐ気にはなれなかった。

 今はご機嫌でアンジェリカを褒めそやしてくれる国王も、一体いつその感情を敵意に変えるとも知れないのだ。どうして安心しきることが出来るだろうか。現にかつての聖女は親しい身内のすべてをこの地で失い、自分すらも殺すことを選んだのだから。


 ただ少なくともアンジェリカの聖女という立場が認められたことで、今までのように表立ってアンジェリカを攻撃する人がいなくなったことは確かだった。周りの雑音やちょっかいが減るだけでも精神的には随分と楽になった。

 もっとも、気楽になったのはアンジェリカだけで、当の国王はここぞとばかりにブランディーヌ夫人とことを構えていたようだが……そんなのは、アンジェリカの知らない話だ。どうせそんな政治的な役割は期待されていない。

 その代わり聖女の肩書きだけは存分に利用され、ベルテセーヌに帰国してしばらくはありとあらゆる式典に引っ張り出され続けた。


 豪奢なドレス、贅沢な宝石、次から次へと届く貴族達からの祝いの品は、いい気分だった。

 しかしいざ国民たちの前にお披露目される日に、その中で最も地味でシンプルな、しかし上品な白いドレスを選んだのは、頭の片隅に残ったリディアーヌ公女の印象のせいだろう。彼女はシンプルな白い斎服を纏っていてなお、他の誰よりも目を引いた。アンジェリカにとっての“聖女”は、その姿になったのだ。

 そんなアンジェリカを周囲は不思議そうに、あるいは不審なように見たけれど、改めて顔を合わせたロマネーリ教区長だけは、これまでの冷たい眼差しとは一転した物静かな顔を見せた。

 どこか怖くて冷たい、少しも優しさなんて持ち合わせていない人……そんな印象が、むしろ好感を得ているのではと思ってしまうほどに一転した。それはこの格好のおかげであり、そしておそらくリディアーヌ公女がくれた額飾りのおかげでもあった。


 夏が終わる前には、“聖女の務めだから”と理由を付けて、一人、ロマネーリ教区長を訪ねた。お披露目や婚約式など行事が立て込んでいたせいで遅くなったが、そうするようにとリディアーヌに言われていたことである。

 ロマネーリは多くを語らず、代々の聖女だけが出入りできる、聖地にある秘密の書庫へと案内してくれた。

 生来、机に向かって真面目に勉強をするのは好きではないのだけれど、それでも何度かは足を向け、少しずつ、自分に必要な知識を蓄える努力をした。

 そこにはリディアーヌが語った通り、聖女ではないのに聖女として振舞ったかつての王女の手記もあった。おそらく本来ならば、アンジェリカが最初に読まねばならなかった本だ。しかし生憎とアンジェリカが最初に手に取ったのは別の、一番新しい手記だった。

 他の手記の古い字体が読み辛かったのが一番の理由だが、本の書き手の名前に興味を引かれたことも大きな理由だ。

 聖女リディアーヌの手記――それは聖女で初めて亡命を経験し、そしてわずか十一歳で王太子妃となった王女の覚書だった。


 聖女の手記に嘘はない。表の図書館の歴史書とは違い、聖女が自らの目で見て、耳で聞いた出来事が赤裸々に書き綴られる。そこに書かれていたのは、わずか六歳にして国と政治というしがらみにより両親を失った王女の、見たがままの事実だった。

 外患と内憂。最も近しかった家の無残な没落。命を狙われながらのヴァレンティンへの亡命。それでも意を決して立ち戻ってきたベルテセーヌでの日々と、幼い王女の決意。兄から王座を奪った男の息子との結婚。日々の苦悩と、集めた情報の数々。

 そしてその手記は、『もうすぐお兄様が会いに来てくださる』という珍しくも浮かれた書きぶりの日次記を最後に、完全に途絶えていた。

 その先はアンジェリカも知っている。そのお兄様が暗殺され、王女の夫は犯人として投獄され、王女は再びこの国を離れ、そして“自分を殺した”のだ。


『聖女の肩書きは権力者の標的でしかない。聖女は常に己を保ち、聖女を利用しようとするすべての者達から自分を守らねばならない。強く、気高くあれ。私が私であるために』


 たかだか十一歳の少女の手記は、アンジェリカに大きな教訓をもたらした。


  ***


 国内で、ヴィオレット派などと呼ばれるクロードに攻撃的な一派が現れ始めたのは、秋の初めの頃だった。国王はそれに比例するかのように聖女アンジェリカを次々と表舞台に引きずり出すようになった。

 人目に触れるような視察にはすべてアンジェリカを同行させたし、政治なんて微塵も分からないのに国政の場にも出席を求められた。時に国民達へのご機嫌取りにも駆り出され、いつの間にか身に覚えのない寄付や慈善、福祉事業まで、すべてがアンジェリカの名前で行われていた。国王はそうして瞬く間に、慈悲深くて懇親的な聖女の偶像を作り上げ、アンジェリカではない聖女アンジェリカを作り、使い尽くした。

 己ではない己が出来上がり、誰も本当の私を見てはくれない。聖女リディアーヌが“気高くあれ”と書き残した理由が、よく分った。

 だが本物の王女ではないアンジェリカに、それはひどく難しいことだった。


「あれもこれもどれもそれも、聖女が、聖女がって……私は何もしていないのに」


 そこに、チヤホヤされる喜びなんてものは無かった。だから思わず婚約者にこぼしたその“愚痴”は、大丈夫だと慰め、安堵させて欲しくてこぼした“弱音”だった。

 けれど彼は昔のように、愚かで可愛いだけの婚約者を優しく慰めてくれはせず、華々しく人々にもてはやされる聖女に嫉妬し、妬んだ。


「そうだな。君は何もしていないのに勝手に功績が舞い込んできてくるんだから、聖女様というのは随分と気楽なものだな」


 クロードの言葉が悪意のあるものでないことくらいは分かっていた。

 成人からこの方、王太子としての力量を見せて行かねばならない大変な時期にあってヴィオレット派に煩わされているクロードが、何もしていないのに持て囃されるアンジェリカを疎むのは無理もない話だ。

 だがそんな嫌味を大人な態度で受け入れてあげられるほどアンジェリカは成熟した人間ではなく、売り言葉に買い言葉を重ねる内にも、クロードとの距離はどんどんと開いていった。


 好きであることに変わりはなく、愛情を後悔したことは微塵もない。けれどよりにもよって聖女の評判が高まれば高まるほどに、『かつて不義を起こした王太子はその相手に相応しいのか』というクロードへの攻撃の的となっていったことが、アンジェリカにとっても何よりも辛くて悲しいことだった。

 聖女の肩書きを得て、ようやくクロードの傍に立つ存在として認められたはずなのに、それが一瞬にして重荷へと転じてしまった。

 このままではクロードに嫌われてしまうという不安と、そして徐々に、このままではクロードを恨んでしまうのではという自分への恐怖ばかりがアンジェリカを(さいな)んで……けれどそれを誰かに相談したところで、「殿下がお忙しい時に、アンジェリカ様は相変わらず自分のことばかりですね」だなんて言われるだけだった。

 結局はお互いに、お互いを好きでいるため、「少し距離を置こう」だなんていう話になってしまった。


 聖女なんて、ろくなものではない。

 それを知れば知るほどに、かつて聖女と呼ばれた人の面影を回顧する時間が増えていった。

 そしてその秋の盛り――この不安定な関係は、遂に暴発した。


  ***


「アンジェリカ。君はしばらく、エメローラ領にいてくれ」


 久方ぶりのクロードからの誘いに浮かれていた気持ちは一転、そんな言葉に頭は真っ白になった。

 しばらく距離を置いたおかげか、同じ城の中にいながら二度三度と交わした手紙は愛に溢れており、お互いにお互いを、そして自分を見直すいい機会になった。だから大丈夫。次に会う時にはきっと、『もう一度、互いの傍にいよう』という話ができるものだとばかり思っていたのに。


「……そんなに、私が邪魔なんですか?」

「何だと?」

「クロード様の馬鹿ッ! 私だって、好きで貴方を苦しめる理由に使われているわけじゃないのにっ!」

「っ、違う、アンジーっ。そうではなくてッ……」


 クロードは何か言おうとしていたようだけれど、そんな彼の肩にそっと手を添えた男性に、クロードはもごもごと口を噤んだ。

 何よそれ。はっきり言えばいいのに、最近はいつもそうやって口を噤んでばかり。

 それにクロードの口を閉ざさせたその男――つい最近王都に戻って来たクロードの異母兄だというセザール。彼が来てからというものの、益々クロードはアンジェリカから遠ざかっているのだ。今回も彼が何かをクロードに囁いたに決まっている。


「セザール……やはりアンジーには……」

「クロード殿下。“助言”を無駄にする気ですか?」

「ッ……」


 何が助言だ。いかにも穏やかな風貌で、自分は影に徹しています、みたいな顔をして。もしかしたらこの人は、裏で国王陛下やクロードを操っているのではあるまいか。もしかしたら、王位を狙って……そうだ。それでアンジェリカを城から遠ざけようと……。


「クロード様! 私は何を言われても出ていきませんッ。絶対に! クロード様のお傍にいます!」

「アンジー……」


 それが貴方の為だからと、そんな気持ちで口にした宣言だったけれど、その言葉に困った顔をしたのはクロードだけで、セザールの方はすぐったそうに苦笑をこぼすと「流石、公女殿下に気に入られたお方ですね」なんて言うからびっくりしてしまった。

 どうしてそこで突然、ヴァレンティンの公女が出てきたのか。


「本当は、何も言わずにと思っていましたが……アンジェリカ嬢。貴女をエメローラ領にやることは、貴女を守るため。“聖女を守れ”という、“公女殿下の指示”に基づいた判断なのですよ。先日の貴女宛ての手紙に同封されていた私への手紙に書かれていた助言です」

「え……?」


 確かに、先日リディアーヌから受け取った手紙には、クロード宛てと、そして何故かアンジェリカとほとんど面識のないこのセザール宛ての物が同封されていた。

 すぐに返事を書きたかったのに書けなかったのは、二人の王子宛ての手紙が入っていると口にした瞬間、アンジェリカ宛てだった手紙ごとすべて、手紙を持ってきた王子宮付きの侍従に取り上げられてしまったからだ。

 最初はクロードのせいだと腹を立てたけれど、すぐに考えを改め、きっと影で暗躍しているこのセザールのせいだと疑うようになっていた。現に、「こちらの不手際で、長らくお返しできずにいました」と、今更その手紙を取り出したのはセザールだった。


「私宛ての手紙ッ!」

「すまない、アンジー……すぐに返したかったのだが、私も知らぬ内に宮付きの侍従から父上の手に渡ったらしく、そのまま取り上げられていた。ようやく返していただけたのだ」


 謝罪をしたのはクロードだった。どうせセザールにそう言わされているだけだと疑ったのだが、クロードが自分の不甲斐なさに奥歯を噛んで拳を握っている様子をみると、アンジェリカも口を噤むしかなかった。

 それは、クロードとアンジェリカが疎遠になり出した頃から頻繁に見るようになっていた仕草だ。

 彼は事実、アンジェリカ宛ての手紙を父である国王に奪われ、取り返せず、そのことに己の不甲斐なさに身を震わせていたのだ。なのにこの手紙がセザールの手から返ってきたということは、その手紙はクロードではなく、セザールが取り返したということ……。


「クロード様……」


 どうしたらいいのか。かける言葉が、何一つ思い浮かばない。


「クロード殿下のせいではありませんよ。国王陛下はただ、私宛ての手紙が混じっていたことがお気に召さなかったのでしょう」


 すらすらと自ら罪をかぶるセザールの言葉に、クロードがふぅと息を吐きながら気持ちを切り替えんとしているのが分かった。悔しい……アンジェリカには、どんな言葉を掛けたらいいのかすら分からずににいるのに。

 セザール……彼は一体、どんな人なのだろうか?


「一体、国王様がどうして? ただの手紙ではありませんか」


 まだ中を読めていない手紙をぎゅっと大事そうに握るアンジェリカに何を思ったのか、セザールは申し訳なさそうな面差しを深めて謝罪を重ねた。


「申し訳ありません。私は良かれと思い、皇宮からの帰路、リディアーヌ公女殿下にお会いしてきました。けれど国王陛下には、私に二心があるように映ったのかもしれません」

「馬鹿馬鹿しい。セザールに野心があれば、私はとっくにこの地位を追われている」

「そう卑屈になるものではないと言っているでしょう? 殿下」


 温和な口調でクロードを窘める様子に困惑する。

 セザールは国王の庶子だと聞いているが……どうしたことか。意外にも、兄弟らしい関係ではないか。セザールという人に対する自分の認識が間違っていたのだろうか?


「それから申し訳ありませんが、アンジェリカ嬢宛てのものも目を通させていただきました。私宛てとクロード殿下宛ての内容が、少々不穏な内容だったものですから」

「……」


 私もまだ読んでいないのに。そんな思う所が無いわけではなかったけれど、二人の様子を見る限り、口を挟むことはできなかった。その代わり、二人が何かを急いでいると分かっていながらも、その場で手紙を開いて熟読して差し上げた。このくらいの我儘は許されていいはずだ。

 といっても、手紙には大したことは書かれていなかった。上手くやっているだろうかと気遣う言葉と、聖女の肩書きには煩わしいことも多いだろうけれど、聖女の微笑みで乗り切りなさい、だなんていう乱暴なアドバイスと。あとは、“ヴィオレット”について教えて欲しいというような内容だった。

 ベルテセーヌを“捨てた”と称した公女が、どうして今更ヴィオレットのことなんて気にかけるのか。それだけでも不愉快であったし、ましてやヴィオレット派なんてものが昨今煩わしくしている現状、そんなもの知りませんと突っぱねたくなるような心地だ。


「この手紙が国王様に取り上げられるようなものとは思えないのですけれど」

「アンジェリカ嬢宛てのものはそうでしたけれど、クロード殿下に宛てては、東大陸のクロイツェン皇国の動きに警戒しておくようにという忠告が。私に宛てては、クロイツェンが接触する可能性のある国内の要人について追記されていました。まったく……私達より遠い場所にいながら、よほど詳しいところまで見えていらっしゃるのですから……」


 相変わらずです、と吐息を吐く様子からは公女に対する尊敬が透けて見えるようで、それにはクロードも口を噤んで気まずそうな様子を見せた。現に、簡潔に語られたその言葉のすべてが、今のベルテセーヌ王室の誰も考えていない視点だったからだ。


「クロイツェン? 国内の要人? ヴィオレット派というのが、誰かが計画して……それも国外の人がベルテセーヌを混乱させるために起こしているということ?」

「その可能性は高いでしょう。そしてその“誰か”が“誰”であるのかは、すでに私から国王陛下にお伝えしました」


 アンジェリカにはちっともピンとこなかったのだが、セザールの言葉に一際眉をしかめて嫌な顔をしたクロードは、低く唸るように、「ヴィオレットのことだ……」と呟いた。瞬間、アンジェリカも言葉を失って目を瞬かせてしまった。

 まさかまさかとは思っていたけれど……どうして今更、一度は断罪されたその人の名前が出て来るのか。

 そしてその女性の名前は、かつてクロードやエメローラ伯爵がアンジェリカと謀り、冤罪をかけて国外に追いやった人の名だ。復讐されるだけの真っ当な理由が存在している。

 まさかそのヴィオレットが、クロードとアンジェリカの関係を(こじ)れさせたこの騒動を引き起こしていると? かつてのヴィオレットのことを思い出すと、背筋がぞっとする。


「公女は、アンジーが巻き込まれることを危惧していた。君はすでに聖女として認められたが、過去の冤罪事件を理由に偽物と言い出す者が現れるかもしれないと」

「そんなっ……」


 クロードは、アンジェリカの聖痕を本物だと思っている。だから過去の事件はともかく、アンジェリカが偽物の聖女だなんて言われるとは思っていないのだ。でも公女は違う。彼女は知っている。アンジェリカが聖女ではなくただの使徒であり、そして場合によっては断罪されかねない虚言を(まと)っていることを。


「心配はいらない。君のことは絶対に私が守る……」

「クロード様……」

「だからこそ、今は王都を離れて欲しいんだ」

「どうしてっ?!」


 守ると言われてほわほわと気持ちが浮かないわけがない。だがそれなのにどうして今もっとも大変な大切な人の傍を離れればならないのか。それにはまったく納得がいかなかった。

 アンジェリカを本物だと信じてくれているのなら尚更、アンジェリカを使って欲しい。自分に守らせて欲しい。なのに彼は彼のプライドのせいでそれを拒んでいるのではないか。


「私が聖女だからっ。だから、殿下は私を選んでくれたんですっ」

「っ、違う、アンジー! 私は聖女であってもなくても君をっ」

「でも、私が聖女だから、皆納得してくれたんですっ。なのに私をいらないと……邪魔だと仰るのは何故です?! 私は良かれと思って聖女の称号を受け入れて、クロード様もそれを喜んでくださったと思っていたのにっ。確かに私は政治的に未熟です。でも指示してもらえばちゃんと役目を果たせます! なのにどうしてっ」


 これまで溜まりに溜まっていた感情が溢れかえりそうになったところで、しかしその言葉はゴンゴンと扉を打つ音に遮られた。

 取次に出たクロード側近騎士のヴェルノーが、外を伺い、すぐに中を振り返って神妙な顔で頷く。それを見るや否や、クロードは言い訳の一つもすることなく、すぐに席を立った。


「クロード様っ!」

「すまない、アンジー。だが今は言う事を聞いて欲しい。すでに出立の準備を整えさせている」

「っ……」


 疲れ切ったクロードの表情は、まるでアンジェリカに、これ以上(わずら)わせてくれるなと言わんばかりにみえた。酷い。こちらの言う事なんて最初から聞く気はなかったのだ。


「アンジェリカ嬢、どうか落ち着いてください。何も殿下も、貴女を邪険にしているわけではないんです。ただ、貴女を守ろうとしているんですよ」


 いいや。こんなのは耳触りのいいことを言ってアンジェリカを封じ込めるためのただの詭弁(きべん)ではないか。

 なのにアンジェリカよりもクロードに詳しいかのように言葉を代弁するセザールの態度が、なおもアンジェリカの毛羽立った神経を逆なでた。

 まるで子供扱い。この人たちも国王と同じ、アンジェリカのためだといいながら、アンジェリカを都合のいいように動かそうとしているだけだ。それでいて、アンジェリカが反論できないことを知っている。指示されなければ何をしたらいいのかすらわからない、役立たずだからだ。

 あぁ、何て惨めなのだろうか。私だって、強く、気高くなりたいと思っているのに、一番それを望んで欲しい人に望んでもらえない。


「クロード様の馬鹿っ。分からず屋!」


 だからそう憎まれ口を背中に吐いたのだけれど、クロードはそれに振り返ってすらくれず、去ってしまった。

 どうして私達は、こんな関係になってしまったのだろうか――。






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