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2-8 プラージュ港

 港湾都市プラージュはヴァレンティンの首都から竜車で三日ほどの距離にある。

 早駆けの騎竜なら一日、飛竜便なら一時間少々。港湾都市という名に恥じない一大商業都市であるばかりでなく、プラージュはベルテセーヌ関連の情報窓口でもある。

 といってもベルテセーヌと直接国境の窓口が開いているわけではない。プラージュの南方には深い森と険しい山脈があり、この山の向こうがベルテセーヌだ。国境としては面しているが、関を設けるには険しすぎる。なのでプラージュから竜車で二日ほど行った場所に、別途、国境の関所が設けられた都市がある。そういう意味でも、ベルテセーヌからの距離感がちょうどいいのが、このプラージュである。


 ヴァレンティン大公国には基本的に封領貴族はおらず、中央集権の官僚制だ。一部貴族に自治を任せている要地もあるが、殆どの貴族は中央に役人として勤め、そこから中央官として国政に携わるか、外交官として選帝侯家の家職に携わるか、あるいは地方官として派遣される形で国内統治に携わっている。

 元々ヴァレンティンは大公国の国主であるだけでなく選帝侯家、つまり帝国の(じき)(しん)でもあるから、ヴァレンティン系の貴族は帝国の中枢、帝国院に勤務する者が多い。なので国内にいる貴族の数はそんなに多くは無く、自治はほとんど大公家が一手に握って、役人にも現地の有力者などを積極的に登用して運用しているのである。

 その中でも、あえて有力な貴族を代官として赴任させている都市が幾つかある。この一大商業都市であるプラージュもその一つだ。

 代官、モルセイユ・オブレ・ミッテラン伯爵。大公の亡き姉であるアンネマリー元公女と年が近く、彼女をよく知る人物だ。そのため地方に赴任している人物ながら、リディアーヌも良く知っている国内貴族の一人である。


  ***


「出迎えを有難う、ミッテラン伯」

「遠い所を良くお出で下さいました、公女殿下。それにフィリック卿も」


 プラージュに着くや否や、国内貴族らしくフィリックにも気を使ってそう出迎えた伯爵は、さすがは外国からの客人も多いこの土地の代官らしく手慣れた様子で、「まずはゆっくりとお休みください」と、煩わしいことはせずに城へと促してくれた。


 プラージュには大公家の拠点として小ぶりながらも城が築かれている。いざとなれば砦としての役割を果たすことのできる堅固な城だ。

 城の大半は代官所として機能しており、内壁の中に代官である伯爵の居館もある。外壁の中には、貴族の別荘地や集会所、商会の会議所などがあり、その周囲に広がる港町にも、場所によっては簡易な塀が設けられている。

 そんな堅固な三郭構造だが、いずれも横に広く敷地が取られているので、本城であるフォレ・ドゥネージュ城と違ってプラージュの城からは城下の町が近く感じられる。

 日頃不在にしているといっても役所として活用されているし、時折城内の迎賓館は貴賓を迎えるために使われているはずだから、城内に古臭さや埃っぽさはない。それでも公女がいらっしゃると聞いていつも以上に念入りな大清掃が行われたのだろう。シャンデリアの燭台の一つ一つ、階段の手すりの隅々まで綺麗に磨き上げられ、廊下のいたるところに花が飾られており、城内で出迎えたメイド達の顔も実に誇らしそうだった。


 そんな城の一番奥が、大公家のための私的な空間である。

 今回の出張では、フィリックやマクス、エリオットにフランカというお馴染みの面々に加えて、侍女も騎士も侍従ももう少しずつ多く連れてきている。リディアーヌが自ら貴賓をもてなす以上、それ相応の儀を整えるために連れてきた人員である。

 中にはミッテラン伯より格の高い家柄出身の同行者もいるのだが、ただし彼らはあくまでも“臣下”であるから、主人であるリディアーヌの部屋の周辺に設けられた側近用の部屋を使う。ちゃんとしたメインルームを部屋としてあてがわれたのはフィリックだけだ。“ヴァレンティン家の身内”としての待遇である。こういう配慮は、実に伯爵らしい忠誠心である。

 もっとも、当のフィリックは「姫様からの部屋が遠いので不便です」なんて言っていたけれど。


 フランカと、今回もう一人同行させた侍女のハンナが二人がかりで荷解きを終えひと休憩したところで、まだ伯爵からも特にお呼びは無く、ただ晩餐に招待させて欲しいとの報告だけが届いた。

 無駄な気遣いがいらないところも、国内旅行の良い所である。おかげさまで、じっくりとマクス達に情報収集をさせることができた。

 勿論、伯爵も到着早々リディアーヌが色々と指示を出していることは分かっているはずで、晩餐の席で顔を合わせるや否や、「ちゃんとお休みになれましたでしょうか」と苦笑されてしまったけれど。


「モルセイユ、プラージュの町に変わったことは無いかしら?」

「幸いにして、大きな変化はありません。ただシャリンナの国王の代替わりからこの方、海賊に対する取り締まり強化の影響は出ております」

「シャリンナの新国王は有言実行の人物だったようね。その影響というのが、良い影響の方だといいのだけれど」

「良くも悪くもですね。シャリンナ近海では海賊が減少していますが、一部海賊は南方へ流れ、西方沖に拠点を移す者も出始めているようなのです。アルテン王国からのご使者が持ち込む案件もその手の議題でしょう」

「そのあたりの取り締まりは我が国というより、南西諸国群やベルテセーヌの管轄だけれど……勿論我が国も取り締まりへの支援を惜しむつもりはないわ。有意義な話し合いにしたいものね」


 そう口にしたところでテーブルに置かれた久しぶりの新鮮な魚料理に、思わずぱっと顔が華やいだ。

 新鮮な白身魚をバターとハーブで焼いて果汁を絞っただけのシンプルな一品だが、リディアーヌがこの港町でも特に好きな一品だ。プラージュの少し内陸にある高原でとれる新鮮なバターと、南西諸国から入ってくる酸味のある柑橘の香りが、またいいのだ。

 どうやら伯爵の気遣いだったようである。


「漁獲率も交易状況も、変わらず順調のようね」

「くくっ。ええ、この通りでございます」

「姫様はこと食事のこととなると目的をお忘れになるので、困ります」

「うっ……」


 同席するフィリックの一言は、リンテンで食事にかまけて薬を盛られた一件を(ほう)彿(ふつ)とさせ、少なからずリディアーヌの言葉を詰まらせた。

 いや、大丈夫。警戒は忘れていない。そもそも伯爵が薬を盛る理由がないし、今回はフィリックだって同席している。責められる(いわ)れは無い。

 ただ伯爵もリンテンの一件は耳に入っていたようで、「ご安心ください。公女殿下をおもてなしせんと張り切った城の料理人が作りすぎたようで、すでに大勢が毒見済みでございます」と茶化したように笑った。


「料理長に、その熱意は明日まで取っておくよう伝えておいてちょうだい。アルテンの王子夫妻をくれぐれもご満足させるように、と」

「お伝えいたしましょう」


 それからしばし、明日の予定について話し合った。

 明日は件のアルテンの第三王子夫妻が到着する予定である。帝国外のれっきとした独立国の王族をもてなすのだからそれなりの支度が必要となるものだが、それはすでにこの手のもてなしに慣れた伯爵が完璧に整えてくれていた。

 それに幸いにして今回のお客様は、過分に気を使う必要のない相手だ。というのも、その件の第三王子イグラーノ殿下というのが、叔父ジェラールのカレッジ時代の同級生であり、既知に当たる間柄だからだ。

 イグラーノ王子は元々一年限りの留学生として皇立ベレッティーノ寄宿学校に編入してきたという。だがそこで人嫌いな孤高の偏屈者として知られていた叔父と何をどうしたのか親しくなってしまったようで、結局そのまま三年間、卒業まで在籍し続けた。

 叔父は『一方的に付きまとわれただけだ』なんて言っていたけれど、卒業してからもイグラーノ王子は何かとヴァレンティンにやって来て、フォレ・ドゥネージュ城にも何度か滞在している。リディアーヌも幼い頃から数度お目にかかっている。

 そんな間柄だから、きっと叔父もその“友人”を快からずは思っていないはずの相手なのだ。


「明日到着とのご予定に変わりはないかしら?」

「港湾長によると波も穏やかで天候も快調とのこと。今頃はベルテセーヌのオトメールを出て沖合に船を停め、明日の日暮れ前にはお出でになるでしょう。アルテンの御用船は船足が早いですから」

「昨今ベルテセーヌの王都周辺は騒がしいようだけれど……オトメールは大丈夫かしら?」

「影響も皆無ではないでしょうが、少なくとも日頃オトメールと行き来する船乗り達は今日まで問題なく航行しております」

「そう。それなら良かったわ」

「お時間をいただけるようでしたら明日の内に、こちらで取りまとめております報告書類をお目にかけたく思うのですが」

「まぁ、用意周到ですこと」

「公女様がいらっしゃるとお聞きしてからこの方、寝る間も惜しんで準備してまいりました。抜かりはございません」


 くすくすと笑って言葉遊びをしながらデザートをいただいたところで、晩餐は早めに切り上げられた。

 これもモルセイユなりの気遣いだろう。すべては明日になってから、ということである。



  ◇◇◇



 その日はモルセイユの気遣いに大人しく従って、早めに床に着いた。

 もう秋も終わりに近づき海風は冷たさを増しているけれど、高地にある首都よりは暖かい。リンテンと違って、多少貿易の影響を受けているとはいえ国内の慣れ親しんだ形の部屋とベッドも、快適である。これならリンテンよりはるかに楽な旅になりそうだ。

 だなんて……油断していたのが、良くなかったのか。


「公女殿下。恐れ入ります、公女殿下」


 部屋でのんびりと朝食をいただいて、そろそろフィリックでも呼びよせようかと思っていた頃、慌ただしく扉を叩いたメイドに手にしていたティーカップを置いた。

 主の休息を邪魔したメイドにもれなくハンナが眉をしかめつつ一際ゆったりと上品に扉を開けたけれど、どうやら無意味に慌ただしかったわけではないらしく、扉が開くや否やメイドは口早にハンナに何かを告げたらしい。たちまち振り返ったハンナが、「姫様、宜しいでしょうか」と口を開いた。


「どうしたの?」

「ミッテラン伯爵からのご伝言で、先ほど沖にアルテンの船が見え、もう間もなく入港するとのご報告です」

「え?」


 予定より早すぎる報告に、思わずリディアーヌも腰を浮かせた。

 西大陸の北西の端に位置するヴァレンティンでは、およそ国の周りを高い山脈に覆われているため、大きな港はこのプラージュしかなく、そしてプラージュはヴァレンティンより南の国々からしか船が寄港しない。そしてその航路はおよそ、アルテン王国を出た後、ベルテセーヌのオセアン、ラルジュ、オトメールに寄港しながら、プラージュにやって来る。

 オトメールからプラージュまでは海竜の曳く竜帆船で二日半。距離的には二日の距離だが、季節ごとに変わる潮目が複雑で周辺に小さな小島や岩礁地帯もあるため、夜は沖合で一泊して、日が昇ってから半日かけてプラージュ湾に入り、昼過ぎから日暮れ前の時間帯に到着するのがセオリーだ。

 海洋国家であるアルテンの御用船は特に船足が早いため一日で着くが、オトメールを昼に出て、夜間はやはり沖合で一泊してから、他の船と同じ時間帯にプラージュにやって来る。

 なのに午前中の早い時間である今、アルテンの船がやって来るというのは異様なことなのだ。

 夜の間でも安全に航行できる新技術でもあれば別だが、今は季節の代わり目でもあるし、王族を乗せた船でわざわざそんな危険な新技術をお披露目する理由もない。だからこそミッテラン伯も驚いて、急ぎ報告してきたのだろう。


「ハンナ、フランカを呼んできてちょうだい。すぐに仕度を整えましょう。モルセイユにも仕度を整え次第出迎えに行くとの伝言をしてちょうだい」

「かしこまりました」


 メイドに伝言を託すと、ハンナとフランカの二人がかりで身支度を急いでもらった。

 王族を賓客として迎える以上、ある程度のきちんとした恰好が求められる。急いではいるものの、形の凝った襟と袖の長いシンプルなドレスに刺繍の鮮やかな格の高い上着を(かず)いて、大公家の色である青紫の宝石のブローチを止め、髪も高く上品に結い上げた。

 支度が終わる頃には、いつもの文官の装いよりも少しだけきちんとした恰好のフィリックがやって来たから、そのエスコートで城を出て馬車で港に向かう。本当は城の入口で出迎えれば良かったのだが、イレギュラーなことが起きている以上、自分の目で見て確かめたかったからである。


 日頃主人が不在の城からぞろぞろと騎士が下りてきて豪奢な馬車が行くものだから、町の人達も驚いて道を開けている。先触れをしなかったのは申し訳なかったが、アルテンの賓客を迎える旨は通知されていたのだろう。皆、承知しているとばかりに道を開けてくれた。

 そうして仰々しく港に着いたところで、遠目にもわかる大型の帆船と、クォォンと高らかに鳴いているこの辺りでは珍しい大型の海竜に、民達が興味深そうに群がっていた。その気持ちはよく分かる。だが今は道を開けてもらい、ある程度王族相手に失礼にならない程度にまで遠ざけさせておいた。

 寄港の準備は始まっているようだが、まだ王族の姿は見えない。どうやらギリギリ間に合ったらしい。


「モルセイユ。状況は如何(いかが)かしら?」

「公女殿下……やはりいらしてしまわれましたか」


 そう少し困った顔で苦笑するモルセイユに、「ええ、いらしてしまいました」と、何故かフィリックが答えた。むぅ。


「ですが、ようございました。先に降りてきた従者が、公女殿下がプラージュにいらしていると聞くや、急ぎお耳に入れたいことが有ると申しておりました。私ではなく殿下をご指名になられたあたり、何かあったのかと」

「その従者は?」

「船の寄港の準備に混じっております……」


 さすがは海洋国家アルテン……王族に近侍する従者が水夫に混じってロープを引いているらしい。一体どこのどれだろうか。

 そう思っていると、馬車を降りたリディアーヌに気が付いたらしい水夫の中の一人がロープを他の人に預け、その場で胸に手を当て片足を引き、アルテン風の礼を尽くした。

 うむ……あれが例の従者とやらだろう。粗末で薄っぺらいタールに汚れた服を纏う水夫達の中にあって、一人だけきちんとボレロを纏い、頭に上品な刺繍の布を巻いている。仕事の邪魔をするのも悪いので、その場で軽く手を挙げて身を起こすよう促しておいた。


 そうしている内にも着岸の準備は無事に済んだようで、テキパキと船と陸との間にテロップがかけられ、待っていましたとばかりに一際立派な身なりの男性が足をかけた。

 鮮やかな色彩でびっしりと刺繍された長衣。豪奢な金銀の装飾を重ね付けた幅の太い原色の広帯。きゅっと絞ったズボンは膝までブーツに覆われ、海風に煽られた結われた長い髪が、ターバンと一緒に空を泳ぐ。

 一見、動きやすさを重視した簡易な作りをしているけれど、刺繍や帯の色が鮮やかなのも、装飾が華やかで豪奢なところも、どちらもアルテンの民族衣装の特徴だ。

 とりわけ、そんな男性が手を差し伸べてエスコートをした女性の恰好はさらに目を引いた。形自体はシンプルなスレンダーラインドレスなのだが、深い色や上に重ねた鮮やかな刺繍のベストと、高く結った髪にかけるレースのベールが目を引く。

 何より、不安定なタラップを降りてくる間、エスコートされているとはいえ少しも揺れに動じる様子もなく堂々と岸辺にやってくる姿は、流石はアルテンの女である。体つきも頑丈で、全くヒールのない布の靴を履いていてなお、このヴァレンティンの男性達にもそんなに劣らないだけの背丈がある。

 あれが王子妃だろう。


「リディアーヌ姫!」


 夫人を無事に陸までエスコートしきるや否や、王子殿下はすぐにもパッとこちらを振り仰いで大きく手を振り、勇み足に飛んできた。

 まったく、相も変わらず砕けた王子様である。


「ようこそヴァレンティンへ、イグラーノ殿下。それから初めまして、妃殿下。ヴァレンティン大公国公女リディアーヌ・ド・ヴァレンティンと申します」

「手厚いお出迎えを感謝いたします、北の果ての青き森の姫君リディアーヌ公女殿下。アルテン王国第三王子妃カレーナ・コスタ・ド・アルテンと申します。噂に名高い殿下にお会いできることを楽しみにしておりました。どうぞ、カレーナとお呼びください」


 第三王子妃は元々この帝国の属国である南西諸国群の一つシエスタ小王国の王族に連なる血筋だと聞く。そのためか、アルテン人の小麦色の肌よりは馴染みのある白い肌と柔和な顔立ちで、リディアーヌに対してもドレスの裾をつまみ深く片膝をついて首を垂れる最上級の礼を取った。

 仰々しすぎる気はするが、イグラーノが止める様子はないので、リディアーヌもそれにあわせて手を差し出した。受け取った手を頭上に高く掲げて拝礼するのは西大陸風の作法である。


「私も王子殿下に最上の礼を尽くした方が宜しいでしょうか? イグラーノ様」

「やめてくれ。ジェラールに殺される」


 そんな冗談を言い合っていると、身を起こした王子妃が「お気を使わせて申し訳ありません。一方的に尊敬する公女様への私なりの気持ちなのでございます」と笑った。


「ミッテラン伯も、寄港の許可を感謝する。急なことで、皆に迷惑をかけた」


 もう漁は終わる時間だっただろうか、と、プラージュの漁師たちを気遣う様子を見せる王子に、「お心遣い感謝いたします」と、モルセイユが深く礼を尽くした。気遣いを見せたということは、イグラーノも申し訳ないと分かっていながら、のっぴきならず、この時間帯にやってきたということだ。


「夜航をなさるだなんて。一体、どうなさったんです?」

「詳しいことはまた後程……」


 チラリ、とイグラーノの視線が遠くにみえる城を伺ったので、どうやら人払いをしたところで話したいということなのだと察し、「分かりました」と首肯した。


「ひとまず、姫に引き合わせたい人がいる」


 そう今度は自分の乗ってきた船を見やったイグラーノの視線に促されるように、続々と荷下ろしが行われている様子を見やった。

 重たい荷物はロープを付けられそのまま陸地へ下ろされてゆき、小さな荷物は屈強な船乗り達が担いで、タラップを用いて下ろしている。そんな中、一際綺麗な小箱を持った上品な身なりにレースのベールを被いた女性達が足をかけると、船乗り達もタラップが揺れないよう抑えたり荷下ろしを一時停止したりと気遣いを見せた。おそらく、王子妃の侍女達だろう。

 そんな侍女たちの中に、一人目を引く人物がいた。

 周りの皆より頭一つ背が低く、ちらちらとベールから垣間見える手や首が随分と白い。それに黒や茶色、時折赤毛の者がいる中、きっちりと編んだピンクブラウンの髪が垣間見える。とても特徴的な、既視感を感じさせる髪の色だ。


 一人荷物も持たず、むしろ隣の侍女に丁寧に手を支えてもらいながらよろよろと陸地に降りた小さな少女は、足を付けるや否やほっと安堵した様子を見せると、周りに言われるがままにこちらを見て……(たちま)ち、リディアーヌも驚いて目を瞬かせてしまった。


「ッ……リディアーヌ様!」


 声をあげ、今にも泣きだしそうな顔で走り出した少女に、侍女達が慌てて手を貸し、過保護な様子で連れて来る。

 どうしたことか……王子妃の侍女に扮するその少女は、ベルテセーヌの王太子の許嫁にして聖女という肩書きを名乗る少女――アンジェリカだった。


「アンジェリカ?! 貴女、何をしているの?」


 驚きのあまり、混乱をそのまま口にしながら、よろよろと手を伸ばしてきたアンジェリカの手を取った。取ってすぐ、そのあまりにもげっそりとした細さと、手枷でもされていたのかというような手首の痣にぎょっとした。

 なんだ、これは。とてもじゃないが、ベルテセーヌで新たな聖女としてチヤホヤされていた少女の身体ではない。


「リディアーヌ様っ、公女殿下っ! クロード様をっ。クロード様を助けてくださいッ!」


 そして出会いがしらから早々、身も崩れんばかりの様子で縋りながらそう叫んだアンジェリカ。さらにはその後ろから足を縺れさせながら駆け下りてきた“懐かしい顔”に、言葉を失った。

 驚嘆と悲哀と後悔をかみしめたような面差しで、ただただ“どうして”と問わんばかりにこちらを見る人物。

 もうずっと昔……せめて彼らだけでも、この(くさび)から解き放ってあげようと。そういって兄と共に傍から離した、幼馴染。


「……キリィ……どうして貴方が」


 その場に嗚咽を漏らしながら崩れ落ちた青年の変わり果てた姿に、リディアーヌは言葉にならない思いを、唇と共に硬く引き結んだ。






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