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0-5 そしてこれからの話を

 残念ながらどちらも婿にはもらえなかったし、お嫁にも行ってあげられなくて……そして結局あの時は最後まで、“本当”の話は出来ずじまいだった。でもそれでも変わることなく友人で居続けようと言ってくれたことが嬉しかった。

 まぁ、求婚についてはあれからうちの()()が少々やらかし、()()の王様やら選帝候閣下に暴言を吐きながら大暴れして……うん。えっと。色々とあって黒歴史化したけれど。

 でもおかげでちっとも険悪な雰囲気にならずに、お断りできた。


 それから私達はクロイツェンを旅行し、聖都を詣で、船旅を楽しんで。

 そして成人の披露目を最後に、それぞれの有るべき場所へと去っていった。

 それでも私達は頻繁に手紙を交わし続けた。

 他愛ないことから突っ込んだことまで。色々と書いて、色々と語り合った。

 そんな関係が崩れる日が来るだなんて微塵も思っていなくて。

 だが永遠ではないことくらい、本当は分かっていて。

 それでもきっと私達は誰も、こんな最悪な形での決別になることは、想像していなかったと思う。


  ***


「どうしたの? リディ。百面相して」

「……卒業の前の頃のことをね。ちょっと思い出していたの」

「リディが私達の求婚を意味不明だって(けな)したこと?」

「ふふっ」


 それについては大人となった今、確かにちょっと配慮のない態度だったなと反省している。でもあの時は本当に、心から意味が分からなかったのだ。

 今となっては、友人達の言葉の深慮もしなかった自分の迂闊(うかつ)さが恥ずかしい。

 ただの体裁だといったアルトゥールの本心は、何だったのだろうか?

 僕は本気だよ、と言い続けていたマクシミリアンの真実は、何だったのだろうか?


「そろそろ、“僕”の真心も伝わったかな」

「……ミリム」


 私達は、本当に仲の良い親友だった。そこに性別の差なんて考えたことはなかったし、いつまでもこういう関係が続くのだと思っていた。でも多分それは、リディアーヌだけだったのだ。


「ねぇ、リディ……リディアーヌ。本当は、知っているんだ」

「何を?」

「……君が、アルトゥールを好きだったことを」

「ッ……」


 何? 一体、何を言っているんだろう、この友人は。

 好き? それはどういう、好き?


「どう、したの? 突然。本当も何も、ええ、好きよ。トゥーリも、それにミリムのことも。ずっと」

「いいや、そうじゃない。僕は、君がトゥーリに恋心を抱いていたことを知っているんだ」

「……」


 何を言っているんだろう。

 そんなはずないじゃないか。

 そんなのは有り得ない。有り得るはずがなくて、そんな自覚だってまったくない。

 ただの勘違いだ。


「おかしなミリムね。私がそんな素振りを見せたことがあった?」

「いいや、ちっとも。ただその代わり、君はトゥーリと親しくなればなるほどに、時折苦悩の顔を見せていたよ」

「……ッ。それは……」

「ずっと、どうしてだか分らなかったんだ。ふられるのは辛いけど、トゥーリなら仕方がない、って。そう思っていたのに」

「……有り得ないわ」

「そうだね……そうだったんだと、ようやく知ったよ。でもそれと同時に確信したよ。やっぱり君は、トゥーリが好きだったんだ」

「……」


 思わず溢れ出しそうになった涙を、ぎゅっと歯を食いしばって堪えた。

 泣いたりなんてしない。だって、そんなことは絶対に有り得ないんだから。


「リディ。君は今、到底アルトゥールのことを許す気にはならないだろうけれど、それでも昔の(よしみ)で、君に一つだけ酷いことを言うよ」

「……」


 聞きたいような。でも聞きたくないような。

 そう。聞きたくないのだ。もう今更そんなことを聞いてしまったら、どうしたらいいのか分からなくなるから。そして同時に、今更と思うほどには、本当はリディアーヌも知っていたのだ。


「トゥーリも、君のことが好きだったんだ。言葉ではそう言っていなくても、心から、地位と君を天秤にかけるくらい、君に恋していた。本当に……本当に。そのせいで、私は本音を口にできずにきたほどに。気が付かない君が、もどかしすぎるほどに」

「……」

「うん。きっと君は、それにも気が付いていたんだよね。リディ」

「……馬鹿よ、貴方達。本当に。本当に……」

「言ったでしょう? 君はもっと、自分が私達にとってどれほど大事な存在なのかを理解すべきなんだ。そしてそれを知っていたなら……もう少し、違う未来もあったかもしれない」


 じゃあ、こんなことになったのは私が原因だと?

 でも分かっていたとして、真心で答えていたとして、この状況にならなかったかと言えば、それは違うと思う。だって分かっていたとしても、私がアルトゥールに贈る言葉は変わらなかったのだから。


「だから私のせいだなんて、心外よ」

「うん。だから今のは、アルトゥールの親友としてのマクシミリアンの苦言だ。そしてリディアーヌの親友である私もまた、私達のリディアーヌを傷つける彼に苦言を言うし、それに多分……もう、昔のままの関係ではいられないだろうね」


 それがとても嫌で、嫌で、たまらないのだ。

 だがそれは仕方がない。いずれはそうなる間柄だったのだ。

 そう突き付けてくるマクシミリアンは相変わらず、あの時のまま。一番冷静で一番的確で、そして一番薄情だ。


「……あの頃に戻りたいわ。ミリム」

「あぁ。でも戻れはしないよ」

「相変わらず、貴方は優しいふりをして、トゥーリよりも厳しいのね」

「そういうところ、好きでしょう?」

「……」


 もぅ。すぐに調子に乗るんだから。

 でも、そう。そうだな……。


「えぇ。そういう貴方が好き」


 真実を口にするマクシミリアンの言葉には、真心を感じるから。

 あなたの言葉はいつも正しくて。

 そしていつ、どんな時も、ただただリディアーヌを慰めた。


「っ……」


 夜は更けた。いつまでもこうしていられないことは知っているはずなのに、もう一人の友人を失うことへの喪失感が、この夜が明けてしまうことに不安を感じている。

 そんなリディアーヌの表情を見て取ったのか、マクシミリアンはリディアーヌを正面から抱きしめると、まるで子供をあやすかのように頭を撫でた。

 昔から散々議論した女性との距離感という話題においても出てこなかった接し方に驚くことは容易で、けれど思いがけなかったのは、その手にほだされるようにして溢れ出した涙をこらえきれなかったせいだ。

 公女と呼ばれるようになってからは、容易く他人に涙なんて見せたことが無かった。

 こんな姿は、見せたくないのに。

 涙を堪えたい思いとは裏腹に、身体の底から湧き出したような感情の波が零れ落ちた。


 痛い。

 胸が痛くて、たまらない。


「リディ、私は変わらないよ。今も昔も。たとえ君がどんな態度を取ろうとも、私は永遠に君を大切にしたいと思うし、君のことを愛おしみ続けるよ。私は君の味方であり続けるし、君と永遠を過ごす夢を見続けるよ。私の愛は、トゥーリなんかよりもよほど深いから」

「……でも、ミリム。私は……もう」

「冗談でも軽口でも社交辞令でもない。私の言葉は、ただの真実だ。もう、知ってるよね?」

「っ……」


 でもミリム。今更面と向かってそんなことを言われたら、どうしたらいいのか。困ってしまうじゃないか。


「どうか覚えておいて。君は今も昔もずっと、私の最愛の人だ。君にはいつも私がいる。だから安心して。私の存在を忘れないで――頼ってほしいんだ。君に」


 体にのしかかる重みに、安心する。

 流れ出た涙が溶け込む先があることに、慰められる。

 この涙がこのまま絡みついてしまえば、もう何の不安も抱かなくていいのに。

 失ってばかり来た臆病な私は、言葉だけでは信じてあげることさえできないのだから。

 でも……。

 でも多分……。


「私……貴方だけは、失いたくない」


 そんな気持ちが芽生えたことだけは、間違いないのだと思う。


「失わないよ。絶対に。だから安心して、泣いたらいい。君は、泣いていいんだ」


 それは嫌らしくも、もう一人を失うかもしれないという不安の中を突いたマクシミリアンの巧妙なやり口で、そうとわかっていてなお、(わら)をもつかまずにはいられない思いだった。


 あぁ、本当に。

 私の友人はなんて狡猾(こうかつ)で、なんて有能なんだろう。

 私はそういう君達のことが……大好きだったのだ。

 大好きで、大好きで……。


 そしてもう、二度とあの頃には戻れない。



  ◇◇◇



 帝暦六三一年、冬――。

 皇帝崩御の報は、かつての友人達との因縁をめぐる動乱へと誘った。


 私達は友であり、悪友であり、親友でもあり、盟友でもあったけれど、同時に騙し合い、偽り合い……そしてもう決して、本音では話せない人となっていった。

 何も悲しむことは無い。

 それは私達が望んだ、私達でいられるただ一つの関係だったのだから。


 それでも私は……。

 どうかせめて。かつての友が選んだ人が、私の愛おしい故郷を滅茶苦茶にした人でなかったならと。

 そんな悔恨を、何度も何度も胸に抱いた――。






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