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2-1 実家は最高である

 かつて高名な哲学者が言った――『純粋な喜びのひとつは、勤労後の休息である』。

 その言葉を、今ほど実感したことはない。


「あぁ、我が楽園っ。ビバ、ヴァレンティン!」


 視界の先に見えてきたおよそひと月半ぶりのフォレ・ドゥネージュ城に、公女らしくもなく馬車から身を乗り出して声を上げたところで、周囲の誰一人からも咎める声は上がらなかった。

 今この瞬間、きっと全員が同じことを考えている。


「ヴァレンティンの涼やかな空気が心地いいです」

「森の香りが故郷の香りなのだなと実感しますね」

「私は早く執務室の机の上を確認したくてなりません」

「まぁ、フィリック様。そういうのは明日でいいんです!」


 いつもよりテンションの上がっている皆の賑やかな声が、いかに帰国を喜んでいるのかを現している。

 本当なら城下に公女の帰国の竜車が通る通達をして、それなりに国民に手を振ったりしながら帰城するべきなのだろうが、昨日もその前の日も、帰国の計画を立てたその時から、誰一人としてその提案をしなかった。

 皆とにかく、一分一秒でも早くあの城に帰りたいのである。


「カレッジに行っていた頃はもっと長く不在にしていたはずなのに、今ほどに帰宅を心待ちにしたことなんてなかったわ」

「それもそうでしょう。分かっていたことですが、最初から最後まで散々な目に遭っていますから」

「私、来年からはお養父様が議会から戻るたびに過剰に帰宅を喜ぶのを咎めないことにするわ。その気持ちがよく分ったもの」

「そうですね」


 クスと口元を緩めて素直に答えたフィリックも、どうやらいつも帰城の瞬間に気を緩めて過剰に養子女にデレる大公様の気持ちが分かったらしい。

 フィリックにまで理解されるとは、この旅が随分と堪えたようである。まぁ、大半がリディアーヌのせいな気がしないでもないが。


「ただ帰城するということは、これから我々は大公殿下からお叱りとうちの父からの()(とう)のお説教を受けることになるという意味でもありますね」

「……」

「……」

「ッ、ちょっ。やめてください、フィリック様ッ。折角のこの喜びをっ」

「折角目を背けていたのに……」

「私はすでに筆頭護衛騎士の立場を外される覚悟と、妻に絶縁される覚悟をしています」

「たいちょーっ、諦めないでくださいッ!」


 一気にどん底に沈み込んだうちの側近達に、リディアーヌも肩をすくめた。

 まぁ、お説教は……あるだろうな。うん、間違いなくある。でもとりあえずエリオットを筆頭護衛騎士の地位から下ろすつもりは毛頭ないので、その点は安心して欲しいと思う。

 マーサは……一ヶ月くらい、口をきいてくれないかもしれないけど。


「でもやっぱり、嬉しいものは嬉しいわ。フレデリクをうんと愛でて、自室のベッドでゴロゴロとしたいわ」

「まぁ確かに。それもそうですよね!」


 なんて言っていたのだけれど。


「お帰り、リディ。無事……ではない帰国だったね」

「……あ、あれ?」


 大手を広げてデレッデレに出迎えてくれると思っていた叔父の冷ややかな視線と冷ややかな笑み。


「さぁ、まずは洗いざらい、何をどうして姫様を危険にさらしたのか。報告してもらいましょう」


 息子の後ろ髪を引っ掴んでそうのたまわったアセルマン候。


「全員、覚悟はできているんでしょうな」


 甘い夢はいずこにか。

 結局それから丸一日、二人のお説教は止むことが無かった。



  ◇◇◇



「とりあえず罷免と離婚は免れました……」

「疲れたわ……このひと月半のどの瞬間より、疲れたわ……」

「エリオット様は昨夜、見たこともない程の形相をなさっていたマーサ様から一晩中、第二のお説教を受けたとか……私、独り身のお城暮らしで良かったです」

「何言ってるんです、フランカ。長い期間大変な仕事についていたのですから、貴女は今日の午後から数日の間、特別休暇ですよ。実家に帰ってご両親に無事な姿をお見せなさい」

「ッ、エステル侍女長っ?! わ、私、休暇なんていりませんッ」

「大公様のご配慮を無下になさるものではありません」

「実家になんて帰ったら殺されます!」


 そういえばフランカの実家は騎士の家門なんだったか。確かに……怖そうだな。


「ふふっ、だったら許嫁の家にでも逃げたらどうですか? クラメル子爵も随分とご心配なさっていましたよ」

「いい提案です、ハンナ! 侍女長、私、クラメル家への外出届を出していいですか?」

「まぁ、貴女ったら……」


 呆れた顔をしながらも、大変な任務を終えたフランカを労わるように楽な仕事に回す侍女長に、リディアーヌもクスと口角を緩めた。

 皆が皆、何て危ないことをと口を酸っぱくしたけれど、結局は皆、心配をしていてくれたのだ。それを思えば、お説教くらいなんてことないのかもしれない。


「姫様、宜しいでしょうか。フィリック卿がお見えです」


 コンコンと扉を叩く音と共に、同じく特別休暇を与えられたはずの侍従長マクスが顔を出す。どうして誰もかれも、休暇を甘受せずにこんなところにいるのか。なんともおかしなものである。

 しかも何ですって? フィリックが来たですって? 嫌な予感しかしないのだけれど。


「休暇のはずのフィリックが、一体何をしに私の私室まで来ているのかしら? もう“演技”は不要よ」

「……その。急ぎの書類を持ってきていらっしゃいます」

「この仕事人間ッッ」


 いや、分かってたんだけどっ。

 きっと朝から机の上が気になって気になって、休みもせず(さん)(だい)して早速通常業務に入ったわけだ。休ませてくれないだなんて。


「私は今日は一日、フレデリクと過ごすのよっ」

「……公子様とのお約束まで、あと二時間はあるはずだ……とのことです」

「だからフィリック。なんで貴方がそんなことまで知ってるの?」


 もう、怖いっ。うちの子、怖い!

 とはいえこのまま追い返したところで引き下がろうはずもないことは百も承知である。ハァと深いため息をつきながら、折角侍女長が用意してくれたはずの楽な部屋着の紐を解いた。


「マクス。フィリックは執務室に待たせてちょうだい。着替えたらすぐに行くわ」

「かしこまりました」


 他人事みたいにクスクス笑っているけれど、マクスだって休暇返上でこんなところにいるんだから、充分仕事人間だ。笑う資格なんてないんだから。


「相変わらずですけれど……でもなんだか、安心しますね、姫様。いつも通り、という感じがします」

「嫌ないつも通りだけれど。あぁ、大変。私、アルセール先生に部下の従順なしつけ方についてを教わるはずだったのに、結局聞けずじまいだったわ。フィリックの扱い方について相談したかったのに」

「エリオット卿は、姫様の手綱がない時のフィリック様は誰にもどうしようもない、みたいなことを言っていましたよ? すでに姫様はよく扱えていらっしゃるのでは?」

「何ですって。日頃のあの子って、一体どんななの?」


 聞くには怖い話題ではあったけれど、こんな会話ができるのも実家ならではだ。

 はぁ、気が抜ける。

 やはり実家は最高である。


  ***


「姉上っ、本当にもうお身体はいいのですか?」

「ええ、この通りよ、フレデリク。心配いらないわ」

「とても心配しました……」

「きっと誰かが大げさに報告したのね。一体どこの誰かしら」

「大げさかどうかは分かりませんが、養父上が今にもお城を飛び出しそうな様子でした」

「そう、お養父様ね……」


 まったく。保護者ともあろう人が、子供を不安にさせて。


「ふふっ。その様子だと、私の留守中しっかりとお養父様を監視してくれていたようね」

「はい! 養父上が毎日誰と面会してどれだけの書類を片付けて、どんなことを決めて、どんな会議をなさっていたのか、ちゃんと記録してあります!」

「ん?」

「執務に当たっていた時間と処理した量と、その中から姉上に回せと言っていた書類の量と……あ、それから姉上に送られた書類の目録も作りました! お役に立ちますか?」

「んんんっ?!」


 な、なんですって?

 何やら予想外すぎる言葉の羅列が続いた気がするのだが?!


「デ、デリク? 貴方、お養父様の細かい仕事内容まで確認して、すべて記録していたの?」

「はい。あの、何か間違っていましたか? 一応、マドリックに指導してもらったのですが」


 マドリック! 相変わらず、うちの弟に変なことを教えているようだな、あの教師っ。アセルマン家は弟も弟なら兄も兄だ!


「お養父様は何も仰らなかった?」

「私が次から次に確認するので、仕事がはかどって助かっている……と、アセルマン候が言っていました」

「あ、うん……」


 子が子なら、親も親か……。


「……目録は、きっとフィリックがとても喜ぶわね。後で私も見させてもらうわ」

「はい!」


 まぁ、フレデリクの可愛い満面の笑みが見られたので、良しとするか。


「リディ、デリク。こんなところで仲良くお茶かい? パパをのけ者にするだなんて酷いじゃないか」


 庭の見通しのいい場所でお茶をしていたせいか、どこからか聞きつけたらしい叔父がやってきたのはフレデリクとお茶を始めて間もない頃だった。

 今朝からフィリックが怒涛のようにまとめた報告書を大公様の机に積み上げたはずなので、お茶に来る暇なんてないはずなのに……さては、逃げてきたな。


「のけ者だなんて。養父上は姉上が持ち帰った書類を沢山見ないといけないはずですから、お声をかけなかったんです」

「ぐっ」


 無垢な少年の容赦のない一言が叔父に突き刺さったらしい。

 何てことでしょう……ちょっと留守にしていただけなのに、フレデリクがいつの間にか大公の仕事量を把握している。この子、天才だったのかしら。


「お養父様、逃げるだなんて無駄なことを……」

「決して、意趣返しかというような量の書類が恐ろしくて逃げてきたわけではない。書類より、本人から聞く言葉も重要だと思わないか、リディアーヌ」

「意趣返しかというような量……だったんですか?」

「……フィリックは、だんだんと父親に似てきたな」

「……」


 それについては何の言葉も出ない。

 思わず可哀想になって椅子を勧めると、すぐにうちの侍女長がお茶を淹れてくれた。今日のお茶は南方産のハーブティーだ。このヴァレンティンの青茶とブレンドすると、程よく馴染みもある味になってよくあう。


「リディ……君はあんな目にあわされていながらよくもまぁ平然とフォンクラークの茶など飲めるな」

「元王太子の寄越した品は勿論、資料用以外すべて捨ててまいりましたよ。これはセリヌエール公爵夫人の手土産です」

「あぁ、ナディア嬢……じゃない。ナディア夫人か。そういえば報告書に、フォンクラーク側の全権代理者だとあったが、昔同様、親しくしているようだな」

「ええ。ナディアもナディアで都合よく私を使っていたようですが、それに見合うだけの価値はあったと思います。フォンクラークは近い内にもバルティーニュ公が玉座を取るでしょう」

「何てことだ……喜ぶべきなのだろうが、ちょっと聖別の儀に出かけただけの愛娘が、妙なことに首を突っ込んで帰ってきたことを知ってショックを受けている」

「首を突っ込むだなんて。結果的に、という話です。フォンクラークの内政に関与した覚えはありませんからね」


 まぁ、王太子の失脚には当事者として関与してしまったけれど。


「ナディア様というのは、姉上のお友達ですか?」

「ええ、そうよ。フォンクラーク王の異母弟の夫人だけれど、正式な王族ではないから、敬称は必要ないわ。セリヌエール侯爵夫人、あるいはナディア夫人と呼ぶといいわ」

「ナディア夫人……姉上は外国にお友達が沢山いらっしゃるのですね」

「デリクもいずれカレッジに通うようになれば、沢山の友達ができるわ」

「外国の友達もですか?」

「ええ。あぁ、ミリムの……ザクセオン選帝侯家の末の姫はデリクと同い年なのよ。きっとカレッジで会えるわ。バルティーニュ公の姫は十一歳と言っていたから、先輩になるわね。クロイツェンの末の姫は逆にデリクより一つ年下で……」

「あの、姉上。男の子はいないのですか?」

「あ」


 以前、王侯の名簿からフレデリクに年頃の合う姫はいないだろうかなんて考えていたせいで、姫ばかり挙げてしまった。うむ、普通は同性の子だよね。そうだよね。

 しかし残念ながら、誰一人として思い浮かばない。失念していた。


「ルゼノール家のクロレンスの息子は確かデリクと同い年だろう?」

「あ、そうね。ミシェルがいるわね」


 でもそのくらいしか思い浮かばない。


「くくっ。まぁいずれカレッジに行って、気の合う相手と仲良くなればいい。姉が挙げた名前は全部デリクの妃の座を狙ってくる猛獣どもだ。気を付けておけ」

「ちょっとお養父様……」


 そんなこと言ったらフレデリクまで婚期を逃しかねない。止めてくれ。


「分かりました。でも姉上と仲の良い方達の身内なら仲良くしたいです」

「……」


 あ、うん。フレデリクは大丈夫だな。お兄様の子だもの。


「そういえばリディ。ルゼノール家はどうだった? クロヴィスにもあったんだろう?」

「ええ、結局、兄弟全員と会うことになってしまいました。クロレンス姉様は相変わらずで、ミシェルとカリアーナは可愛らしかったですよ。どちらも性格は父親に似たようです」

「それは女伯も安心だな」


 ええ、まったく、と肩をすくめる。


「皆、フレデリクのことを聞きたがっていました。一番興味津々だったのはミシェルかしら」

「姉上、クロレンスとミシェルとはどなたですか?」

「……」


 少しばかり口ごもったけれど、チラリと見やった先で叔父が頷いたので、ふぅと一つ深呼吸をした。お願いをしておいたので、リディアーヌの不在中にもマドリックがルゼノール家のことについては教えてくれているはずだ。


「クロレンスはルゼノール女伯の長女で、跡継ぎ。次期ルゼノール伯よ。ミシェルはクロレンスの長男で……デリク、貴方の母方の従兄ね」

「いとこ……」


 周りに親戚らしい親戚、それも年の近い親戚なんてまったくいなかったフレデリクにとっては未知の存在だろう。実感が湧かないのも当然である。


「マドリックが、私の母はルゼノール家の出身だと言っていました。クロレンス小伯爵が、私の伯母なのですか?」

「ええ、そうよ。貴方には他にも、クロヴィスとアルセールという伯父がいるわ。アルセール先生は本山の司祭で、カレッジで神学の先生もしているのよ。私もお世話になったわ」

「では私もカレッジに通うようになったら会えますか?」

「んー……どうかしら。そろそろ昇進して、教師は辞めるかもしれないわね。でも猊下が本山から手放さないでしょうから、きっと会えるわ。とても優秀な、頼りになる方よ」

「楽しみです」


 ふふっと控えめに顔をほころばせたフレデリクに、「もっと喜んでいいんだぞ」と叔父がちょっかいを出す。確かに、なんだかちょっと遠慮させているような気がしないでもない。

 もっと色々と……話してあげたいとは思うのだけれど。


「あ! そういえばお養父様。セザールが皇宮にいましたよ。議会中に挨拶をしたと言っていたのに、どうして教えてくれなかったんですか」

「ぐっ……」


 はぁ。やっぱり、故意に報告してくれなかったらしい。


「色々と聞きたいこともあったのに、聞けませんでした。任期は秋までと言っていたから、もう機会もないわ」

「ベルテセーヌの王族なんざに近づくな。危ない」

「セザールは大丈夫ですわ、お養父様」

「そういう油断は良くないと思うぞ」


 何をそんなに警戒しているのかと呆れた顔をしながら、首を傾げているフレデリクに、「セザールはベルテセーヌ王の庶出の第三子よ」と教えた。フレデリクにとっては父親の従弟に当たることになる。


「ベルテセーヌの王族は、数が多いですね……」


 ちょっと驚いたようなフレデリクに、「まぁ、うちを見ているとねぇ」と苦笑してしまう。


「言っておくけれど、うちの方が特殊なのよ? お養父様がいつまでたっても結婚なさらないから」

「何を言う。リディとデリクがいるんだぞ。十分だろう」

「……」

「……」

「んっ? デリク。そこは笑顔を見せる所じゃないか?」

「でもそのせいで姉上が苦労をなさっているのだとアセルマン候が言っていました」

「あのくそじじい……」


 言葉は悪いが、言わんとしていることは分かる。フレデリクにいらないことを吹き込みやがって。まぁ、内容はごもっともだと思うけれど。


「まぁ、お祖父様のようにあちらこちらに手を出すような不誠実よりはずっといいけれど。デリク、王侯にとって血を継ぐことは大事だけれど、あまり妾などを持つものではないわよ」

「私は歴代のヴァレンティン大公のように、たった一人を大切にしたいです」

「まぁっ」


 うちの子がとっても素敵です、お兄様。


「デリクより前にリディ、君だろう。折角の旅の間に、いい相手の一人や二人も見つからなかったのか?」

「グーデリック元王太子にしか会っていませんけれど」

「ヴァレンティンに足を踏み入れた瞬間、木に縛り付けて竜の餌にしてやる」


 まぁ、すでに重刑が決まっている人だ。そんなことは絶対にないけれど。


「例えば……そう。フィリックはどうだ?」

「まぁ、驚いた。お養父様の口からフィリックの名が出るだなんて」

「不本意この上ないが、国外が問題だらけな以上、国内しかない。報告を聞く限り、芝居というわりに随分と可愛がっていたみたいだが?」


 言葉と裏腹にこめかみに青筋が立っている。誰がどんな報告をしたのか知らないが、思い当たる所は数えきれないくらいあるので何とも言えない。


「重宝はしていますよ。優秀ですし、よく意を汲んで働いてくれます。信頼も置いていますし、ちょっとお小言が多いところ以外はこの上ない腹心です。ただフィリックを婿に取ることは無いでしょうね」

「そうか。安心したというのか、がっかりしたというのか。何とも言い難い所だな」

「だってお養父様……あの子真顔で、“崇拝している主に(よこし)まな思いを抱くなんてゴミ捨て場の汚物以下です”とか言うのよ……私、私を崇拝するような人を夫にするのは御免だわ」

「……」

「……」

「……そうか。まぁ、忠実なようで何よりだ」


 どうやら伝わってはくれたらしい。


「その、何だ……リディ。だとしたら他に……そう。例えば、セザールや、ジュードという選択肢が、君にはあるのか?」

「……」


 あまりにも思いがけない言葉に、一瞬言葉を失ってしまった。

 セザールや、ジュード? つまり、ベルテセーヌから庶出や王籍を削られた王子を婿に迎える気があるのか、と?

 驚いた。驚いたけれど……そういえば、どうして今までそれを考えなかったのかと、今更ながらに気が付いた。


「それは……考えてみた事がありませんでしたね」

「君にとってはほとんど兄弟にも等しいだろうからな。だがヴァレンティン家とベルテセーヌ王室の関係を誇示するのであれば、本来真っ先に考えうる選択肢がそれだ」


 言われてみればその通りだ。現に、そうしてリディアーヌの母はベルテセーヌ王室に嫁いでいる。ヴァレンティン家に子が少ない今、ベルテセーヌ側から婿を貰うことは、本来臣下達の間でも真っ先に声が上がりそうなものなのだ。なのに今まで一度もそれを聞いたことが無かったのは、やはり皆リディアーヌに慮っていたのだろうか。


「あるいは……そう。リュシアンは……」


 ただ叔父のその言葉には、カンッ、とティーカップを置いて拒絶を示した。察した叔父もすぐに言葉を噤んで、「それは無いか」と呟いた。


「セザールやジュードと言われたところで、ピンとはきませんが理解はできます。ただしお養父様……その名前だけは、出さないでください。彼は、“亡き王女の夫”です」

「……あぁ、すまない。おかしなこと言ったな」


 ふぅ。いかんいかん。フレデリクもいるのに、つい気が立ってしまった。


「というかお養父様? まさかセザールのことをあれこれ言うのは、そんなことを考えていたからなのですか?」

「う……」

「ジュードは私にとって実の兄も同然なので考えられませんけれど、なるほど、セザールを婿に貰うというのは中々理に適っています。庶出とはいえ母方の血筋も確かですし」

「ば、馬鹿なことをっ。君はシャルルの息子を婿にする気かっ?!」

「何を言っているんですか……先に言ったのはお養父様なのに」

「前言を撤回する!」


 まったく、この人は……ふふっ。


「姉上、結婚されるんですか?」

「さぁ、どうかしら。いつかはするかもしれないけれど、お養父様がこの調子じゃあ、フレデリクに先を越されてしまいそうね」

「うーん……私は姉上が私だけの姉上でいてくれた方が嬉しいので、それでもかまいません」

「デリク、貴方お養父様に変な入れ知恵をされてない?」


 なんかどっかで聞いたようなセリフなんだけど。


「できれば私が大きくなるまで、私だけの姉上でいてください。いいですよね?」


 かっ……可愛いお願いを、いただきました。

 うん、もうそれでいいんじゃないかな。いいよね、お兄様。

 いいことにしましょうよ。






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