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1-51 帰国

「帰国の用意をしましょう、フィリック」


 軽い足取りで出てきたリディアーヌに、深刻な面差しで待っていたフィリックが忽ち顔色を変えて首を傾げた。


「急ですね。否定する理由は見当たりませんが」

「あとは大使がどうとでもするでしょう。私の役目は終わったわ」

「帰国の許可が出たのですか?」

「許可? 何それ。必要なの?」


 そうさも当然のように微笑んで見せたところで、ハァ、という小さなため息が返ってきた。


「大公殿下の悪い所ばかり真似られますね」

「何てこと。確かにこれ、お養父様と同じ行動ね」


 今更気が付いた。はぁ……心外である。心外だが……うむ、やはり帰国の準備を急ぐことにしよう。


「先ほど、セザール様が改めてご挨拶に伺いたいと言付けて行かれましたよ。いかがなさいますか?」

「セザールが……」


 どうしようか。

 ベルテセーヌの王族には色々と思う所があるのだが、もし他の誰にも邪魔されずに語ることが許されるなら、セザールには聞きたいことが山ほどあった。

 王族に連なる者が大使として皇宮に滞在できる期間は一年。この機会を逃せば、セザールと()(たん)なく話す機会はもうないかもしれない。


「明朝であれば、来訪をお受けするわ。そう伝えてちょうだい」

「お会いになるのですか?」

「不思議かしら?」

「ええ。私は生憎と、セザール“殿下”という方を良く存じていませんから」


 確かに。庶出とあって、注目もされてこなかった人物だ。だが意外と、そう軽視しうる人でもない。


「生母のネルヴァル伯爵令嬢メディナは、とても温厚な方でね。輪をかけたようにセザールもあの性格だから、最も王位からほど遠い庶子という印象を受けるでしょう? でもメディナの母方の曾祖母は私の二代前の聖女で、祖父は王甥。本来であればセザールはクロードなんかよりよほど王家の血が濃いのよ」

「……存じませんでした」

「王位争いに興味が無いからと庶出に甘んじているけれど、その血筋と後ろ盾は堅固だわ。だからセザールは前王妃の王子達と実の兄弟のようでありながらも連座せず、今も成人したばかりの幼い王太子に代わって政務の補佐を任されている」

「なるほど……上手く立ち回っておられるのですね」


 そしてそんな堅固な後ろ盾によってある程度自由に動き回れるセザールだからこそ、恐らく誰も知らないことを知っている。


「フィリックは先の王妃と所生の元第一、第二王子が今どうしているのか、知っている?」

「いえ。前王妃が病でお亡くなりになったことと、元王太子が幽閉されていることしか」

「私もよ」


 それ以上に、彼らに関する情報は入ってきていない。特に、連座する形で身分を失った第二王子がどうなったのか……。


「セザール様はご存じだと?」

「分からないわ。でも知っているとしたら、彼だけだと思うの」


 だからこれは多分、私の“期待”だ。


「かしこまりました。返書をご準備いたしましょう」


 フィリックの同意も得て、そうして急ぎ返事をしたためたのだけれど……。


 結局、その面会が叶うことはなかった。

 ナディアから、明日にでもアルトゥールが直轄領に再び足を踏み入れそうであるとの情報がもたらされたせいだった。

 結局リディアーヌは懐かしい人との別れを惜しむ間もなく、その日のうちに皇宮を発った。

 そのことを、後に深く後悔することになるのだけれど……その時はまだ、そこまで悔いるものだとも思わず。

 リディアーヌはただ薄情なままに、かつての故郷のことを後回しにすることを選んだのである。






第一章 完


※2日ほど更新お休み。次は20日に。

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