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1-48 皇帝の判決(1)

 帝都に着いて三日目。朝から慌ただしく行き来するメイド達により念入りに磨かれ白のドレスを身に着けると、いつになく丁寧に髪を結い上げ、深い紫紺のマントを軽く左肩にひっかけ、煌びやかな馬車でヴァレンティンの離宮を出た。


 リディアーヌは選帝侯家の暫定跡継ぎとはいえ帝国議会には参加しないから、こんな準正装をするのも稀なのだけれど、この家にはちゃんとそのためのドレスとマントが揃っているのだから、用意周到というべきか。

 あるいはこの離宮の者達は皆、いつうちの大公さんが何かをやらかして、公女が呼び出される事態になるかもしれないなどと思っていたのだろうか。正直、こんなものが揃っていたことには大層驚いた。

 おかげさまで、皇宮の奥深い場所で停まった馬車からリディアーヌが降り立つと、門を守っていた騎士から偶然居合わせた貴族達まで、揃って興味深そうな視線を投げかけ、次いで姿勢を正して深く礼を尽くした。

 紫紺は選帝侯家の色であり、この皇宮でそれを(まと)えるのは選帝侯家の直系だけだ。選帝侯議会も開かれていないこの季節、見慣れない若い淑女がそんな重苦しいマントを纏って現れることが物珍しいのだろう。

 ただ通達はされていたようで、リディアーヌがフィリックのエスコートで皇宮の入口に足をかけると、すぐに見慣れた顔のクロヴィスが出迎えてくれた。


「お待ちしておりました、ヴァレンティン公女殿下。謁見の間にて皇帝陛下がお待ちです」


 ルゼノール家にいる時であれば『まぁ、堅苦しいですね』だなんて笑って気軽にしたけれど、ここではそうはいかない。


「案内してちょうだい」


 毅然として促し、中央の豪奢な大階段に足をかける。

 ここ、議会堂は、皇帝の私的空間である内宮と、表の政務機関である内皇庁との間に存在する。付随する大広間は成人式など大規模な催しで使われる建物であり、リディアーヌもつい三年前に足を踏み入れた場所だ。だが議会堂の正面はそんな付随棟とは打って変わった厳かな雰囲気をしており、この長く緩やかな大階段が、まさに皇帝という物の権威を現している。


 ここを通るのは、二度目だ――。

 前回は、叔父と共に“リディアーヌ王女”を殺して欲しいと願いに出向いた時だった。

 あの頃より背が伸びて、立場も変わって、心に余裕もできた。

 かつては緊張して歩いた道のりにおびえることはもうなくて、重たいマントを引きずりながら昇りきった先で、大きな扉の前の中央に立つ。


「ヴァレンティン大公国第一公女リディアーヌ・アンネレット・ジェム・ド・ヴァレンティン公女殿下のお成りです」


 扉の前の従者が仰々しく声を上げるとともに、内側から重苦しい音を立てて開いた扉に、躊躇なく足を踏み入れる。

 この城の外観とは打って変わった豪奢な作りの謁見の間は、天井が高く、華美な装飾と重たい色の絨毯が威圧的で、その上座にゆったりと腰かけるその人を権威付けている。

 しかし選帝侯家の公女にそれを恐れる理由は無い。風を切って歩を進めると、最も近しい場所まで歩を進め、足を止めた。

 本当なら頭を下げるだなんて気分じゃないけれど、そればかりは仕方がない。ドレスをつまんで膝を着き、深く頭を垂れる。


「ヴァレンティン大公が娘リディアーヌが、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」

「立ちなさい」

「感謝いたします」


 すぐにするりと立ち上がったリディアーヌと違い、後ろに追従してきたフィリップは深く頭を垂れたままだ。皇帝の許可なくして頭を上げることも、発言をすることも許されない。それが、この謁見の間というものだ。息苦しいったらありゃしない。

 顔を上げて最初に目に入ったのは、皇帝の隣に控えるゼーレマン卿だ。それにおそらく見かけたことのある顔の侍従が一人、二人。うむ、情報通り、アルトゥールはいない。


「体調を悪くしたと聞いていたが、もう良いようだ」

「聖別に司祭様がいらっしゃっていたことが幸いいたしました」

「クロヴィス。そなたの弟であったな」

「はっ」

「かの司祭は優れた薬師と聞く。そなたに何事もなく安堵した」


 何でもかんでも疑ってかかるのは悪い癖だと分かっているけれど、何の感情も見せない淡々としたその言葉が皮肉がかって聞こえるのは気のせいだろうか。言葉とは裏腹に、いっそそのまま死んでしまえばよかったのにと言われているような気がしてならない。

 何しろリディアーヌはつい先日、皇帝の意に反して聖女アンジェリカの誕生に一役かっているのだ。そのことの報告はすでに皇帝の耳にも入っているはずである。


「ええ、本当に。私に何かあっていれば、さぞかし“お養父様”が面倒なことになっていたでしょうから……ご心痛をお察しいたしますわ、陛下」


 謁見の間にはふさわしくない物言いながら、歯に物を着せず口にしたものだから、周囲の騎士や文官達に緊張が走ったのが分かった。だがその“お養父様”をよくご存じのゼーレマン卿やクロヴィス卿なんかは、苦笑交じりに肩をすくめる。

 傍若無人と有名なヴァレンテイン大公によく似ているでしょう? えっへん。


「そなたにまみえるのは三年ぶりだが……どうやら育ての親に悪い影響を受けているようだな」

「あるいは私に悪い遊びを教えるのが得意だった陛下のお身内のせいかもしれません」

「はぁ……」


 よし、皇帝にため息を吐かせたぞ。大満足である。


「まぁよい。こんなところでは詳しく話を聞くこともできまい。ゼーレマン、公女らを奥に連れて参れ」

「かしこまりました」


 謁見という形式を経ねばならないことが面倒なことこの上ないが、それはどうやら皇帝も同じだったらしい。当たり障りのない世間話というにしても短すぎるやり取りだけで、皇帝はすぐに席を立ち、背後の扉をくぐっていった。

 それを見届けるなり、ゼーレマン卿がにこやかに「どうぞお立ち下さい」と、今なお伏しているフィリップに立つことを促した。


 皇帝め……結局フィリックに顔を上げることを許さなかった。

 だがそのフィリックときたら、顔を上げるや否や、「どうしてわざわざ皇帝陛下に喧嘩を売るような真似をなさるのか、理解できません」と、皇帝ではなくリディアーヌに対する苦言をこぼした。実に遺憾である。大体、喧嘩なんて売っていない。ちょっと素直になっただけなのである。

 それにこんなことで眉をしかめているようでは、この先非公式な場での会話にどれほど胃を痛ませねばならない事か。今のうちに腹を括っておいた方がいい。


 そんなリディアーヌ達に、ゼーレマン卿が謁見の間の脇にある扉に歩み寄り、「こちらへどうぞ」と促した。正規の出入り口ではないが、一応隠し扉になっているその扉の先には短い廊下と、突き当りに一つの応接間がある。皇帝の座る上座の奥からも扉が通じている部屋で、謁見の間ではできない話をするために皇帝が客人を招く部屋だ。

 部屋に立ち入ると、すでに中には関係者が集められていた。


 アルセール先生が席を立ってリディアーヌを出迎え、ゼーレマン卿がリディアーヌを上座から一番近い席へと促す。隣にはフィリックの席も準備されていた。さらにクロヴィスとゼレーマンの席。クロヴィスの上座にいらした御仁は、彼の舅でもあるエッフェル候だ。代々の皇帝に仕えてきた家柄にして、帝国院の政務を担う重臣である。

 下座には内皇庁の関係部署の役人なのか、見知らぬ顔が一人と、それからアルセール先生より一つ上座に、司教のストラをかけた聖職者が一人。おそらくこの皇宮の教皇庁の重役であろう。彼らについてはすぐにアルセールやクロヴィスが紹介してくれた。

 他にも少し空席があったが、上座から最も遠い壁際で粛々とした面差しをして立つアマーテオ卿の席というわけではないらしい。どうやら彼はこちらに着いてすぐ、何らかの罰則が科されたのだろう。着席を許されぬ立場になっているようだ。

 すぐに別の扉から皇帝が顔を出したので、席を立ち一礼して出迎える。その皇帝が席に着き、許しを得て席に着く。この場では、先ほどの謁見の間よりも多少は遠慮のない態度が許される。


「さて……とりあえずは公女。今回は随分と派手にやってくれたな」


 はぁ、と早速ため息を吐いた皇帝に、「私が派手にしたわけではありませんわ」と言っておく。実際、皇帝のため息の半分くらいは彼の実の孫のせいである。


「話さねばならないことが色々とある。まずは聖別の話からか」


 そうは口にしながらも、この場に同席する聖職者達に眉をしかめる様子を見る限り、すでにこの状況が望まぬ状況であることが見て取れた。

 本来ならば皇帝はリディアーヌに対し、アンジェリカの聖別を認める動きをしていたことを遠回しに攻め立てるつもりだったのだろう。だがここに教皇庁の聖職者と、本山で枢機卿猊下の懐刀として名を馳せている司祭が同席している。となると、『神意に従っただけです』という言葉だけで皇帝は口を挟めなくなる。リディアーヌにとってはかなり有難い状況だ。


「遠回しな物言いは必要ないでしょう。それが神の意思であり、それに従ったまでのこと。私から申し上げることは、ただそれだけです」

「それがまことの神意であればな……」


 ふむ。どうやら皇帝はそれを疑っているらしい。だがその点は問題ない。


「私もこの目で確認いたしましたが、アンジェリカ嬢の聖痕は確かに聖水に輝き、トレモントロ大司教閣下により聖女の承認を得ております。それをお疑いになられては困ります」


 すかさず聖職者然とした(さと)すような声色で言ったアルセールには、皇帝も口は挟めないだろう。現皇帝はただでさえ教会と若干の溝を抱えている皇帝であるから、表立って教会と仲を(こじ)らせるわけにもいかないはず。実に心強いことである。


「相違ないか? アマーテオ」


 皇帝は最後の駄目押しとばかりに壁際に立つアマーテオ卿に問うが、アマーテオとて聖別がどのような結果に終わったのかは間違いなく目にしていた。そうすでに皇帝にも報告をしているはずであり、聖職者を前にここで嘘を吐くわけにもいかないだろう。「はい」と首肯した。だが皇帝も策を弄していなかったわけではないらしい。


「ただし聖別の儀では少々問題が起こり、聖水が真水に入れかえられる事件や、公女殿下の禊に乱入する者がいるなど、終始混乱をきたしたものとなりました。確かに聖痕が輝くところを私も目に致しましたが……」


 チラリとこちらを窺う視線に、リディアーヌは平然と微笑み返して差し上げた。


「確かに、問題が頻発したことは否めませんわね。そのあたりはベルテセーヌ国内の政権争いに端を発していたようですから、国内で折り合いをつけてくださるよう期待する所です。しかしどんな横槍が入ろうとも、事実はただの一つ。アンジェリカ嬢には聖痕があり、神問にて神々と対話したアンジェリカ嬢は“聖物”を授かり、そして聖痕に神の恩寵を示しました。それは紛れもない事実です」

「いかにも。一代に二人という例は聞いたことがございませんが、正聖女殿下の仰せの通りでございます。すでに教会の聖女譜にアンジェリカ様の名は刻まれおります。一体皇帝陛下はこれ以上、何をお伺いになりたいのでしょうか?」


 教皇庁の司教様もこれを後押ししてくれた。単に聖女の神威を侵してはならないという信仰心からなのか。それとも皇帝の権威と敵視しあっている立場としての誇張なのか。いずれにしても、皇帝の口を噤ませるにはよい援護射撃になった。


「これもそなたが周到に準備したことなのだろうか、公女……」

「どちらかというと、偶然の産物かもしれませんわね。ですが陛下、神意を侵すわけにはまいりません。そのことは陛下もご承知かと存じます」

「いかにも……」


 あぁあぁ、不本意そうですこと。


「同時に、それは陛下がお気に病むようなことでもないでしょう。聖女の承認を受けたとはいえ、アンジェリカ嬢は庶出の上、王室からは血縁も遠く、それにとても幼い少女でした」

「幼い? 今年成人と聞いているが?」

「冷静な判断を欠き重臣家との関係を拗らせるような王太子と、情勢より恋心などという可愛らしいものに傾倒している聖女です。幼いではありません」

「そなたの目にはそう見えるのか?」

「私だけではないでしょう」


 そう苦笑交じりにアマーテオ卿を見やると、アマーテオも少し言葉に躊躇しつつ、「確かに、そのように見受けられました」と頷いた。


「恐れながら陛下。これが、神意を侵すこともなく穏便に収められる最良の選択であったと愚考いたします。それに新たな聖女の誕生がどれほどの脅威となりましょう。陛下は今ここに、“私”を招集できる御方でいらっしゃるのに」


 暗に、新しい聖女なんかより自分の方が教会からの支持が厚いのに、という意味だ。ベルテセーヌにいらぬちょっかいを出されるより、こちらを標的にされた方がやりようもあるという物である。

 第一、これまでだって皇帝はそれを理由にリディアーヌにちょっかいをかけまくっていたのだから、今更である。


「なるほど……公女の言葉に相違ないか、ロドリード司教」

「我等にとって聖女様は等しく聖女様でございます。たとえそう名乗られることが無くなろうとも、我等はその真実を違えません」


 小難しい言い回しをしているが、司教の目の内にあるリディアーヌに対する畏敬の眼差しを見れば、説得力は十分である。

 ふぅ。この厄介な聖女の肩書も、意外と使える物である。


「それに陛下。これは私なりの、陛下への意趣返しでございます」

「何?」


 はっきりと意趣返し、だなんていうものだから、流石に皇帝も目を瞬かせた。


「先の帝国議会では、私に関して随分と失礼な噂を広めてくださったようではありませんか」

「あ……」


 ふと思い出したように声を漏らしたフィリックに続いて、皇帝もぐっと顔をしかめた。


「驚きましたわ。嫁入り前だというのに、帝国の社交場で不貞の疑いをかけられようなどとは。おかげで帰国した養父が大層面倒臭くてたまりませんでした」

「事実無根というわけでもあるまい」

「あら、そのようにアルトゥール殿下が仰ったのですか?」

「……」


 へぇ。ふぅん。ふぅぅん。


「皇帝陛下。恐れながら、その後クロイツェン皇城で起きた大事件について、調べてみることを推奨いたします。“ミリム姫の嘆きの手紙”という内容で調べると良いかと存じます」

「な、何だと?」

「それから陛下はご存じないようですが……」


 クスリと、最近仕入れた最も役に立つネタに、自然と口角が吊り上がる。


「とうのアルトゥール殿下はどうやら私との浮名で陛下方の目くらましをする一方、フォンクラークで知り合ったとある女性の元に熱心に通い詰めているようですよ」

「なッ?!」


 ガタンッと腰を浮かせた皇帝に、エッフェル候がきゅっと眉根を絞って難しい顔をした。

 まさか皇帝にこんな顔をさせられるとは。情報を提供してくれたマクシミリアン様に感謝だ。


「公女ッ、そのような情報を一体どこから。いや、確かにあやつめが妙な動きをしているようだが、しかしそんなものは噂であろうっ。第一、フォンクラークに適齢の姫などいないではないか!」


 そこで選択肢が王女一択なあたりが、皇帝陛下らしいというか。まぁリディアーヌも最初はそれを考えたけれど。

 どうやら聞く限り、皇帝は詳しくは存じていないものの、アルトゥールの妙な動きについては気になっていたようだ。もしや帝国議会の後、ゼレーマン卿がヴァレンティンにまでやって来てリディアーヌを口説き落とそうとしたのも、アルトゥールが誰とも知らぬ相手にうつつを抜かしているなどという情報があったからなのかもしれない。そんなことになる前に、一番有益な相手を口説き落とすという爺心……ではなく、政治的判断だろう。

 生憎と、リディアーヌはそれをすげなく追い返したわけだが。


「確かに、フォンクラークに同じ年頃の姫はいらっしゃいません。まさか御年十一歳のバルティーニュ王弟殿下のご息女でもあるまいし……」


 うん? いや、アルトゥールならありそうだな。とか思ったのだが、「ばかばかしい!」と皇帝陛下には一喝された。まぁ、そんなことが有るならその姫を可愛がっているらしいナディアが黙っていないと思うので、違うはずだ。


「つまり陛下が殿下と私の噂を利用しようとすればするほど、殿下にとっては好都合なのです。陛下……孫に“踊らされて”いますわよ」


 くすっと笑って見せたリディアーヌに、カッと一度鋭い視線を投げかけた皇帝は、だがやはり腐っても皇帝である。すぐにその怒気を鎮めると、不機嫌そうにではあるものの、反論はせずにドカッと椅子に座りなおした。


「くそっ、あやつめ……どんどんとこざかしい真似を覚えおって」

「ご理解いただけましたなら、もうおかしな噂を立てるのは止めてくださいませ。迷惑しております」

「……」


 先んじてゼーレマン卿にもとくとリディアーヌとアルトゥールの関係を語ったはずなのだが、皇帝としてはまだ聖女でありヴァレンティン選帝侯家の公女を手に入れる計略を諦めていないのか、睨まれてしまった。やれやれ、おっかない。


「そなたがこうも頑なに縁談を拒み続ける理由は、そこな男のせいか?」

「フィリックのことでしょうか?」


 こちらに着いてからこの方、フィリックは随分と過保護にリディアーヌに接している。無論わざとそのようにさせているのだが、リンテンでもその手の噂を立てさせていたから、皇帝の耳にも届いているのだろう。まさかそのせいで先ほど謁見の間で、フィリックに顔を上げることを許さなかったのだろうか。


「まぁ誤解を招く行動をとらせていたことに間違いはありませんけれど。ですが陛下。フィリックは私の優秀な“筆頭文官”です。命じれば主の恋人の真似事をしてみせたり、計略に利用されてくれますが、それを含め私の腹心です。(ほこ)を向けても滑稽なだけですわよ」


 その言葉だけで伝わったのだろう。皇帝は一つ眉をしかめると、「アルトゥールへの牽制か」と呟いた。

 まったくもってその通りなので、無駄にうちの優秀な腹心をいじめたり、ましてや命を狙ったりなんかはしないでいただきたいものである。


「このくらいの仕返しは許されるのではありませんか? 陛下。何しろアルトゥール殿下があたかも私が悪い遊びに興味深々な軽い女であるかのように振舞ったせいで、私はフォンクラークの王太子に“襲われた”のですよ?」

「……アルトゥールの自業自得であるな」


 理解していただいたようで何よりである。

 ふぅ。これで、来年の議会では噂が大人しくなってくれれば(ちょう)(じょう)である。


「さて……それで、そのフォンクラークの一件であるが」


 ちょうど名を出したおかげで、話題も次へと転換した。

 そうなったところで、皇帝は控えていた侍従に「残る者達も呼べ」と命じた。どうやら控えの間にほかにも召集されていた人達がいたらしい。

 多分、ナディアだろうな……と思っていたら、案の定、楚々としたドレスに身を包んだナディアが入室し、深く皇帝陛下とリディアーヌに礼を尽くした。

 だが驚いたのは、その後ろから今一人……薄紅色のマントを(かず)いた客人がいたことだ。


 七王家の纏う濃い紅より一段格を下げた色ながら、紛うこと無い王家に類する色だ。


「お召しに寄り参上いたしました。ご挨拶を申し上げます、皇帝陛下。それから……」


 こちらを見やった人のよさそうな目元。既視感を感じる淡い金の髪。すらりとして穏やかそうな面影は何とも王族らしくなく、けれど物怖じる様子もない自然体に余裕をも感じさせる青年。


「お久しぶりでございます……リディアーヌ殿下」

「……セザール……?」






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