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1-42 情報整理(1)

 目が覚めると、外はもう随分と日が高くなっていた。

 昨夜のように光が過度に気を移ろわせたりはしない。

 まだ体はだるかったけれど、意識ははっきりしている。

 少し胃が重くて喉がカラカラで、でもグーデリックに好き勝手された身体はいつの間にかすっきりと綺麗になっていて、着慣れた肌触りの良い夜着がしっかりと身を包んでくれている。

 草木の香りと、おそらくセーラが焚いてくれたのであろうベルブラウのお香。見慣れたヴァレンティンの別荘の自分の部屋のベッド。庭の方から聞こえる少しの慌ただしさが、ほっと安堵をもたらしてくれる。


 しばらくそのまま枕に体を預けていると、部屋主が寝ていることを気遣ってか、静かに扉を開けたフランカが入ってきた。

 すぐにもリディアーヌが目を覚ましていることに気が付いたようで、「姫様!」と声を上げて飛びついてくる。声が聞こえたのか、騎士が駆けていく音もした。セーラあたりでも呼びに行ってくれたのだろう。


「今何時? フランカ」

「まだ昼前でございます。ご気分はいかがですか?」

「大分いいわ。あぁ、お水をちょうだい」

「セーラがハーブ水を作ってくれています。麻薬の類は後に引く後遺症がひどく、倦怠感や食欲不振にもなりがちだとか。そうした気持ちを和らげてくれるそうですから」

「セーラがいて助かったわね。いただくわ」


 すぐにフランカがいれてくれた水で喉を潤した。

 すっきりとさわやかな香りと清涼感のある味わい。少し蒸し暑い今日の気候にも心地よい。


「そういえばフランカ。昨夜は貴女達、大丈夫だったのかしら?」

「はい。私達三人は同じ部屋に閉じ込められていたのですが、イザベラが縄抜けして、すぐ自由になりました。それに閉じ込められていた部屋の鍵が開けられていて……セーラが、多分向こう側にこちらの協力者がいるのではと言っていましたが。そこからはセーラと一緒に姫様を探して、箒を片手に、私もこうっ!」


 おりゃ、おりゃっ、と剣を振り回すような所作をして見せたフランカに、クスクスと笑い声が零れ落ちた。

 フランカはレイピアの名手だから、そんな両刃の剣を振り回すような戦い方はしないはずなのだけれど、箒を片手にとはなんとも侍女らしくておかしい。

 とりあえず、怪我はなさそうで良かった。


「それで、昨夜の皆の動きについては?」

「また後程フィリック様がご説明に上がるかと思いますが、とりあえずアマーテオ卿は今もこの別荘に軟禁してあるそうです。ウォルマン商会からパヴォの現物が見つかり、昨夜、リンテンの警備隊が商会を制圧しました。今も取り調べが続いています。それから中毒症状のみえる丁稚や船乗りも“竜の足跡”が声をかけた傭兵達が確保してくれました。これを受けて、公女殿下に危険があるかもしれないという名目でエリオット卿が“竜の海渡り亭”に踏み込んだそうです」

「よくリンテンの警備隊を動かせたわね」

「ルゼノール家とアマーテオ卿のおかげだそうですよ。それに“竜の海渡り亭”内からも大量のパヴォや禁制品が出てきて、ついでにブルッスナー家があの店で違法な接待をしていた証拠とやらも出てきたそうで、警備隊の班長が嬉々として書類を持ち帰っていました」

「ふぅ……どうやらあの店が、諸々の本拠地だったみたいね。一番危険な場所に連れ込まれたわけだけれど、同時に、そのおかげで一気に証拠が出揃ったわ。これも、“例の内通者”が仕組んだことでしょう」

「姫様は、そんなことまで差配できるような人が内通をしているとお考えですか?」


 フランカは首を傾げつつ、顔を拭うタオルを渡してくれた。暖かくてほっとする。

 内通者についてはリディアーヌにはすでに検討もついているのだけれど。まだ確信がない以上、無暗に口にするものでもない。

 しかしあの内通者め。内通するならするで、もう少しこちらの安全にも気を使ってほしかったものである。全部のことが済んだら、西の内海の友人に宛てて、『妙に貴女に心酔しているらしいあの内通者はあまり役に立たなかったわ』と書いて差し上げることにしよう。

 そう。あの人妻に対して少々過激なことを口にしていたあの男のことを……。


「……」


 あぁ、どうしたことか。頭にうちのフィリックさんの顔がよぎりまくる……。


「姫様。お目覚めと伺いました。宜しいでしょうか」


 コンコンと扉をたたく音と共に、その例のフィリックさんの声がする。

 くそう……来るなと言ってやりたいところだが、そう言ったところで絶対普通に入ってくるだろうな。少々無茶をしでかした自覚が有るので、リディアーヌとしてもそれを咎めかねるのがなんともしがたい所である。


「入ってちょうだい」


 だからそう答えるしかない。

 まだ夜着姿で身支度も整えていないけれど、相変わらずフィリックを気にする気は微塵も起きない。昨夜存分に、フィリックにとってリディアーヌが主君とかなんだとか以上の、崇拝されてしまっている存在だと語られたせいで尚更だ。


「フィリック、着替えたいから報告がてら手を貸してちょうだい。まだ体がだるいの」

「でしたらまだ休まれていては?」

「昨夜命令を無視して王太子を逃がした張本人が、随分と悠長ね」

「ご心配なく。ブルッスナー家は夜も明けきらぬ内に制圧され、港湾と街道も完全に閉鎖し、王太子はフォンクラークの別宮に追い込んであります。逃げ出させはしません」

「……そう」


 まぁそんなことだろうとは思っていたんだけど。

 でもとりあえず着替えだけでもと手を差し出すと、すぐに察したフィリックが手を引いて立ち上がらせてくれた。

 あぁ、やっぱりまだ少し体がふらつく。


「あの、フィリック様……目を閉じるくらいの配慮はいたしませんか?」


 じぃっとリディアーヌを見下ろしているフィリックにフランカはそう突っ込んでくれたのだけれど、どうやらフィリックに聞く耳はないらしい。そこまで見つめられると着替えにくいのだが、どうやらフィリック的にはリディアーヌの体の具合を確かめるのが最優先のようだ。脱いだ夜着の下のいくつもの鬱血した痕やナイフが触れた傷跡などを、フィリックの視線が一つ一つ睨みつけていった。

 その様子に肩をすくめつつ、フランカが選んでくれたのは竜車の移動などで用いていたとても簡素なドレスだ。締め付けは少なく、前に編み上げが付いているタイプなのでこのままベッドに横になって休むこともできる。

 フィリックの手を借りたままフランカがゆっくりと袖を通してくれて、スカートの襞を整える。裾が長いから、怪我の痕跡が見えなくていい。ただ襟周りもゆったりとしていて鬱血痕が見えてしまうから、フランカが羽織物を見繕ってくれることになった。


「フィリック様、姫様をそちらに座らせて下さいませ。私はケープを選びますから、ドレスの編み上げを結んでいてください。私では締め付けすぎてしまいますし」

「自覚しているなら手加減してくれればいいのよ」


 どうしてフィリックに任せるのかしら、なんて思いつつ、一方で言われるがままに粛々と侍女に従うフィリックもどうなのだろう。あるいはまだ昨日のことがフィリックなりに気になっているのだろうか。


「フィリック、手伝いはその辺でいいから。昨夜の報告から……」

「姫様! クロレンスお姉様が来ましたよ!!」


 バーンッッ!


「ッ、姉上ッ、無礼ですよ! 公女殿下のお部屋です!」


 ッ、びっくりしたぁ。

 え? クロレンス姉様? 早すぎやしないか? 先日ルゼノール家で挨拶した時には、確かにちょうど今日あたり、聖地に司祭様方を送るための見送りに来るとは聞いていた。だが四半日はゆうにかかる距離なので、到着するにしても昼過ぎだとばかり。一体どれほど飛ばしてきたのか。


「ッてっ、フィリック卿! 姫様に何をしてるんだ、君はッ!」

「あ……」


 そういえばこの状況……フィリックはただ編み上げを結んでいただけなはずだが、状況によっては解こうとしているように見えなくもないような。


「姉上?」

「ッ、アルセール、入るなッ! 姫様は召し替え中だ!」

「は?」


 慌てて扉を閉めたクロレンスは、今一度部屋の中の様子を見ると、チラリと一瞥しただけのフィリックがすぐに向き直って淡々と編み上げを結んでいるのを見て、間もなく深い深いため息をこぼした。


「何、これ。ちょっと、ソレ……やっぱり姫様とは良い仲か何かなんですか?」

「気持ちは分からないではないけれど、残念ながらこれは至って日常的かつ健全な光景よ。私はもう、フィリックに対して羞恥心という物を忘れてしまったわ」

「淑女として忘れちゃいけないものですよ、それは」


 今一度呆れた顔を向けたクロレンスに、フィリックは何も言わずに淡々と紐を結んで「できました」と身を起こした。本当にぶれない。


「まぁ、クロレンス様。お声がなさると思ったら。お早いおつきでしたね」


 そんなところに、隣の衣裳部屋からフランカが戻ってきた。クロレンスもどうやら一応侍女もいたらしいことを見てほっと安堵したようだ。もとより、心配することなんて何もないんだけれども。


「クロレンス姉様、座ってちょうだい。あぁ、それからアルセール先生もお通しして」

「アルセール、入っていいってよ」

「……何やらよからぬ会話が漏れ聞こえていたのですが?」


 クロレンスと同じようにため息を吐きながら入ってきたアルセールは、淡々とリディアーヌを椅子にエスコートしているフィリックをチラリとみると、もう一度ため息をつきながら歩を進めた。流石は先生だ。理解が早い。


「改めて、ご挨拶を申し上げます、公女殿下」

「クロレンス姉様とアルセール先生にも。こんなにお早いとは思ってませんでした」

「姫様、早いどころか……小伯爵は今朝方、領都のブルッスナー家に乗り込んで制圧したその足でそのまま、ここまで駆けていらしたんですよ」

「ちょっと姉様、何してるの……」


 この人、まさか自らブルッスナー家に乗り込んだのか? 行動的すぎだろう。


「あの……じゃあ先生は……?」

「早朝から教会に乗り込んできた姉に馬に縛り付けられ、そのまま引きずられてきました」

「……」


 どうりで、いつも身綺麗な聖職者様の髪が乱れているはずだよ。


「姉上のことはいいのです。それより公女殿下、貴女の方がご無茶をなさったと聞きましたよ」

「無茶をするつもりなんてなかったのよ。ただ少々やり方が強引になってしまっただけで」

「少々?」


 おっと。フィリックさんの低い声が突き刺さる。


「はぁ……少々、ですか。到底そんな様子ではないではありませんか」


 そう少し控えめに視線を落とすアルセールに、まぁそうだよなとフランカの見繕ってくれたケープをかき寄せた。

 一応諸々覆い隠してはいるけれど、首元の包帯も酷い顔色も、隠しきれたものではない。

 そこにコンコンと、今度は丁寧なノック音がした。今度の来客は薬師のセーラだったようで、薬を持ってきてくれたようだから、取次に出たフランカにすぐに中に通すよう促した。


「姫様、ご調子はどうかしら?」


 相変わらず艶めいた肢体を色っぽい服に包んでやってきたセーラは、リディアーヌを見て、それからすぐにそばに聖職者服の人物がいるのを見ると、みるみる驚いたように目を瞬かせ、パッとその場に深く膝をついた。

 自由を愛する傭兵団の一員として、正式な場でもない限り、彼女はリディアーヌにだってここまでかしこまった礼なんて尽くさないのに。驚いた。


「聖都の司祭様がいらっしゃるとは存じず。お話しの途中に失礼を致しました」


 頭を垂れたまま丁寧に謝罪するその物言いに、リディアーヌもようやく、あぁそういうことか、と気が付いた。

 傭兵団の皆の素性は、よく分らない。誰もそれを自ら語りはしないし、また彼らはそれを必要なことだと思っていない節がある。だからリディアーヌも聞かなかったし、それでいいと思っていた。

 だがこれは納得だ。セーラは何処で学んだのかというほどに専門的な薬学の知識を持っていたし、昨夜は侍女に扮して違和感がないほどに、貴族階級の作法にも精通していた。あるいはそういう階級出身なのではと疑うほどだったが、違う。

 なるほど。セーラは、“教会出身”なのか。

 でもなければ略装のアルセールを前に、ひと目でそれが聖都所属の司祭様だなどとは言い当てはすまい。今はせいぜい、襟元の小さな刺繍でくらいしか見分けられないはずだ。


「教会の薬師ですか? には……見えませんが」

「ヴァレンティンが懇意にしている商会と契約している青の傭兵団の一員です。腕のいい薬師なので、昨夜から体調を診てもらっています」

「体調……?」


 ぐっと眉根を寄せたアルセールに、肩をすくめる。どうやらまだルゼノール家にはリディアーヌの身に起きた詳しい出来事について伝わっていないらしい。


「あの、姫様。“緑の襟”の司祭様がいらっしゃるのでしたら、私などが診るより……」


 緑の襟? とアルセール先生を見たところで、その襟には教会の象徴色である薄藍色以外の刺繍はない。どういうことだろうと首を傾げたら、「あぁ」と呟いた先生が司祭を現す刺繍の下に小さく縫われた唐草模様を撫でた。色は他と同じ薄藍だが、どうやらそれが緑の襟なるものらしい。

 どういう物かは知らないが、セーラが言おうとしていることは分かる。多分、教会の中でも薬学関連の取り扱いを許された者を指す言葉なのだろう。アルセール先生はカレッジ時代、神学の傍ら薬草学の授業も受け持っていたし、時折体調が悪い時には薬を調合してくださったりしていたから、その手に長けていることはよく存じている。

 とはいえ、昨夜からこの方ろくに寝もせず必死に薬を選んでくれていたセーラの努力を無下にする理由にはならない。


「そんなことはないわ、セーラ。昨日から、貴女の薬が良く効いているわ」


 そう言えば、セーラもほっと安堵をしたようだった。実際、よく効いている。

 それからふと思い出したように、セーラは持ってきた薬に目を落とした。


「あの。では姫様。お話を妨げて申し訳ありませんが、お薬を」

「いただくわ」


 そう答えたところで、すぐにフランカが薬を受け取ってグラスに移し、さっとスプーンで毒見をしてリディアーヌに差し出した。セーラのことは信用しているけれど、これも一応の嗜みである。受け取った薬は躊躇なく、くっと一気に煽った。

 今日の薬は昨日と違ってベルブラウの味が濃く感じられる。


「ふぅ……ベルブラウ?」

「ええ。昨夜からすでに多く服用されていらっしゃるので量は減らしていますが、流石ヴァレンティン家、お庭に自生していましたから、少量でも薬効が高い状態で加工できました」


 次いで差し出されたのはどろっとした質感の薬だ。毒見をするフランカが口を付けるのを一瞬躊躇ったものだから、リディアーヌも今度は素直に煽るのを躊躇してしまった。


「この匂いは……パルかリゼットの解毒薬の類ですか?」


 え、なんで分かるの、先生……。


「はい、司祭様。姫様は昨夜リゼットを深く吸われていらっしゃいます。なので先のお薬には中毒緩和のベルブラウの根の煎薬に、胃を守るセルの水薬を溶いたものを。こちらはリゼットの解毒に、リゼットの実から抽出した白薬を加熱処理して作った沈殿物と、解熱にパウロフの実の煮汁。それからお身体に負担がかかっているようなので食欲の回復にニンズ、鎮痛剤としてバフを濾したものを加えてあります。そのせいで少しどろっとしてしまって……飲みにくいかもしれませんが」

「なるほど。姫様、いっきにお飲みください。すべて必要なものです」

「……」


 アルセール先生に睨まれると弱いのだ。しかも司祭様に褒められたセーラが、まるで少女のように目を輝かせて期待の眼差しをしているではないか。


「……ぅ」


 中々強烈な苦さと。やはりこの喉にまとわりつく重たさがなんとも……うぷ。


「次はニンズとバフは丸薬か何かにして別にするといいですよ。まとめても薬効は反発しませんが、ニンズはバフと混ぜると固まって飲みにくくなりますから水薬には向きません」

「まぁっ。ご助言を感謝いたします、司祭様!」

「……」


 先生め……分かっていながら……うぷ。

 とりあえずフランカにセーラのハーブ水を淹れてもらって口の中をリセットしつつ、嬉々と弾んだ様子で下がっていったセーラを見送った。なんて嬉しそうなんだろう。






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