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10-26 隠し事(2)

 ベッドに身を起こしたリュシアンの様子に変わったところはなく安堵したが、それにしては、部屋の窓辺が随分とぐしゃぐしゃだ。

 それを見た瞬間、挨拶よりなによりも先にため息が出たのは仕方のない事だった。


「これのどこが、何事もなく無事ですって?」

「恐れながら、何事もなく……とは申しておりません」


 いや……まぁ、えぇ。屁理屈を。


「リュス……は、確かに無事のようね」


 問い詰めるのは後にして未だ病床にあるはずのその人の傍に歩み寄ると、昨日よりは少しマシな顔色で「騒ぎが絶えなくてすまないな」と言った。

 すまないことなんて何もないが、暗殺者なんてものを送りつけてきたどなたか様には文句の百や二百、言いたい所である。


「で? この状況は何なのかしら」

「……それは」


 なぜかもごりと言い辛そうに口を閉ざすリュシアンに、今更何を口を(つぐ)むことがあるのかとせっつく。


「いや、まぁ……そこの窓からな。一人、侵入した」

「……ふぅ」


 まぁ分かっていたけれど。


「言われた通り、騎士は置いていた。追い返したが、こっちに人が集まったせいか、下でもひと悶着あったようだ。だがそのせいで……」


 一人の騎士が命を落としたと。


「ここに侵入した者と下に侵入した者は別?」

「おそらく同じだろうが、意思疎通が通っていたかは分からない。それと奇妙なことだが、襲撃に失敗したとこちらに侵入したものがあっけなく引いた後、仲間割れでもしたのか、下に侵入していた者が一人首を斬られ放置されていた。故意か偶然かは知らないが、うちの騎士を手に掛けた者だった」

「何? それ。暗殺者が義賊か何かの真似事?」


 奇妙な話に首を傾げていると、部屋の片付けのための侍従達がやって来たので、彼らが片付けを終えるまでは当たり障りのない見舞いの言葉などを伝えておいた。


「それで、亡くなっていた刺客から何か情報はあった?」


 侍従達が下がったのに合わせて部屋の中の人気も減ったので、少し突っ込んで情報を求める。


「持ち物はすべて持って行かれていて、ついでに顔も毒草を擦り付けられ(ただ)れていた。身元の分かりそうなものは何もなかったが……小柄で、赤毛な男だった」


 わざわざそんなことを言うということは、よもやそれが青苑に現れた赤毛のメイドだとでも言うのだろうか。いや、あくまでも一つの可能性であり、少なくともリュシアン達はその暗殺者を毒殺を試みた者達と同じところから来たものだと判断したようだ。

 だがそれにしたって行動が早すぎる。ほんの二日前に失敗して、もう次を送り込んできたというのか。それも前回と違って、まったく手が込んでないシンプルな手法だ。

 あるいは暗殺が目的ではなく、ベルテセーヌ王が死んでいるかどうか確かめに来ただけなどということはなかろうか。


「侵入者は少数だったの?」

「あぁ。三人だな」

「たったの三人?」


 あまりにも少なすぎる人数にびっくりと目を瞬かせたところで、何故かリュシアンが一瞬もじりと視線をさ迷わせた。

 何だろうか、その反応は。


「その三人が、大勢が警備している離宮内に侵入して、騎士達を負傷させ、一人を死に追い込んでぬけぬけと逃亡したと? 貴方、本気で言ってる?」

()()れだった」


 だとしてもそんなこと、有り得るだろうか?

 思わずフィリックを振り返ってみたが、どうせならエリオットを連れて入っておくべきだった。後ほど本職の騎士から意見を聞いてみたいものである。

 一体何だろう、この違和感は。

 確かに襲撃の痕跡はある。亡くなった騎士がいる以上、最終的な目的が何であるのかは置いておいても、リュシアンの命を狙った者であったことは間違いない。そもそも暗殺者は当たり前のように王の寝室の窓をピンポイントで選んで侵入できるほど内情に詳しかったことになるし、しかもこちらの騎士を切り殺したものを自戒する“ご配慮付き”だと? おかしいにもほどがあるだろう。


「それよりもディー、議会はどうしたんだ? もう終わったのか?」

「……」


 怪しい。何か隠しているんじゃないだろうか。

 そうじっと見つめて返答をおざなりにしていたら、「まだ終わっておりませんよ」とフィリックが代わりに答えた。


「議会の途中で抜けて来たのか? ディー、私はヴァレンティンにそこまで迷惑をかけるつもりは……」


 病人が何かどうでもいいことを口にしているが、耳に入らない。今はそんなことよりもこの違和感の方が気がかりだ。

 だが考えたところでベルテセーヌ側が口を割らないのであればこれ以上知りようもないわけで、一体それが元王女と距離を置くためなのか、それとも何か理由があって口に出せないことなのか、そこだけでも知りたいとは思うもののちょうどいい言葉も思いつかない。

 そうじっと見つめている内にさすがに居心地が悪くなったのか、リュシアンが困ったように「そんなに睨まれても心当たりは無い」というから、これは本当に何も言えることがないのだと判断して一つため息を吐いた。

 まったく、誰も彼も本心を隠して空回りをするのだから。

 今更ながら、先程のヘイツブルグ大公の言い分にむしゃくしゃしてきた。


「まだ何にどれほど関わっているとも分からないけれど、ヘイツブルグ大公が随分ときな臭いわ」

「……ヘイツブルグか」


 唐突に切り出したリディアーヌの言葉になんら困惑することも無く呟いたその顔を見ると、あるいは元々引っかかる事でもあったのだろうかと思わされる。


「驚いてはいないようね」

「君は気が付いていなかっただろうが、ヘイツブルグ大公が君を見る目は少し異様だった」

「……ふぅ」


 まぁ、薄々そうなのかなとは思っていた。

 自分に向けられるあの視線が大公の日常でないのであれば、むしろ納得する。


「私は、父のことを大して覚えているわけではないの。父は城にいないことも多かったし、王族なんてもの、父と子が顔を合わせる機会なんてそんなにないでしょう? 特に思い出もないわ。そんな私でも、何も言わず突然亡くなったせいで、父のやり残したもののすべてに呪われ続けたわ。それを十五年で乗り越えられたのは、私が若いってことなのかしら?」


 半ば茶化すようにそうため息を混じらせながら呟いたところで、「そうだな」としみじみ頷いたリュシアンに再びため息を吐く破目になった。

 彼とてまだ若い。なのに自分は十五年で、まったくそこから抜け出せていないのだと言わんばかりの返答だった。

 これは若さよりも性格の違いと環境のせいかもしれない。


「今更ヘイツブルグ大公がクロイツェン七世に怒りを向けたところで、私にはちっとも響かなかったわ。だってそうでしょう? トゥーリは……」


 私の憐れな悪友は、わざわざ汚さなくてよい手を汚してまで、自ら肉親の命を摘むことで己に罪を科し、背負うことを選んだ。それを知っているのに、なぜ今更、死者を呪わねばならないのか。そんなのは悲劇に悲劇を上塗りするだけの愚かなことだ。

 とはいえさすがにそんなことは誰にも明かせないため、口を噤むと首を横に振ってその話題を取りやめた。


「ヘイツブルグ大公は、復讐のために、すべてのクリストフ二世の死にまつわる人々を断罪して、その娘を皇帝候補に立てたいらしいわ」

「……ディー……」


 その複雑そうな表情の意味は何だろうか。

 憐みか、慰めか、よもや『それは無い話ではないのでは?』なんて馬鹿なことを言いたいわけではないだろうが、どうせなら『なんだそれは、ありえない』と笑い飛ばしてもらいたいものであった。やはり彼とは、こういう話をするのに向いていない。


「墓の下の王女にそんなものを要求するなんて、とんだ歪んだ選帝侯閣下よね。ちゃんちゃらおかしいわ、と宣言してきたけれど、そもそも聞く耳を持っているかどうか」

「……そうか」

「ちょっと。その顔、やめてよね。まさか少しでも脳裏にその可能性をよぎらせているのであれば、私は貴方の頭をおもいきり椅子で殴りつけて目を覚まさせてあげなくてはならないわよ。私にそんな野蛮な重労働をさせる気?」

「……そ、そうか。あぁ、すまない」


 このくらいドン引くことを言ってあげないと通じないのだから、困ったものである。


「私が言いたいのはそんなバカげた妄想を真に受けなさいだなんてことではなくて、ヘイツブルグ大公が私を引きずり出すために他のすべての皇帝候補に何かしらの“変事”が起こることを望んでいる可能性がある……大公にはその動機がある、ということよ。どうやらすでに警戒はしていたようだからいらないお世話かもしれないけれど、くれぐれもヘイツブルグには気を付けてもらいたいわ」

「わかった。だが……ふむ。ヘイツブルグか」


 腑に落ちなさそうな顔に、だったら他に心当たりがあるの? と先程からの違和感を問い詰めたい所だったが、聞いたところでどうせまた口を閉ざすのだろう。余りこのまま病人に頭を使わせるのも躊躇われたので、もういいだろうとばかりにどんと肩を小突いて病人をベッドに戻した。

 もう立派な成人男性だというのに、マクシミリアンなんかとは違っていともたやすくリディアーヌの細腕で押し倒せるのだ。この人の負って来た辛苦と今なお続く負わなくて良かったはずの苦労が何とも言葉にしがたい心地である。


「報告は以上。さっさと休んでしまいなさい」

「いつになく強引だな」

「誰がそうさせているのか、自覚してほしいものね」

「……善処する」


 こんな時まで冗談が通じないのだから。

 ちょっとした腹いせに座っていた椅子のクッションをボフンとその顔めがけて投げつけてから席を立ったが、文句の一つも飛んでは来なかった。

 代わりに彼の側近達がおろおろと困った顔でリディアーヌと自分の主とを見比べていたが、側近たるもの、そろそろ主に無礼を働く他国の公女に苦言の一つも言えるくらいになってもらいたいものである。まぁなったらたなったで、反撃するつもりは満々だけれど。


 そんなことを思いながらそそくさと扉を出て行くリディアーヌを止める声は無かった。

 いつもならうっとおしいほどに懇願するような視線が追いかけて来るのに、今日はそれもない。

 昨日の内にもリュシアンに窘められたのか。それとも今ばかりはリディアーヌにいてもらった方が困るのか……。


 一体彼らは、何を隠しているのだろうか。






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