10-22 ヘイツブルグの糾弾(2)
帝国議会で罪状が上がっていたとしても、帝国議会に一国の王を拘置する権限はない。なのでギュスターブ王を連れてきたのはフォンクラークの騎士であり、罪人を引き立てるというよりは、ただ王の身辺を守って議場に連れ出しただけといった様子である。
またギュスターブの身なりに拘留の疲れなどはなく、その恰好もいつも通りのギラギラと金糸銀糸を纏った派手な装いだ。ただ宝飾類はほとんど身に着けていないから、一応フォンクラーク離宮内では隔離、禁足扱いで行動と身の回りを制限されていたのだろうが、到底罪人には見えない。
本人も自分の罪状を認知しているのかいないのか……中央の台座に連れてこられたところでギュスターブ王にひるんだ様子などはなく、実に忌々しそうに周囲を見回すと、「一体これは何の茶番だ!」と声を荒げた。
これでは先程の繰り返しだ。オランジェル候も、罪状を読み上げるならギュスターブ王をここに連れ出した後にしてくれればよかったものを。
結局、オランジェル候が再び先程と同じ罪状とその説明をするのを皆は二度聞かされることになった。
「ふんっ、馬鹿馬鹿しい。そんなもの、余と関係があるなどとは言えぬではないか。いつから帝国議会は一国の王をこのように辱める場となったのか!」
随分と自信満々に反論するギュスターブに、毅然と席を立ったナディアが「フォンクラークより、追加で証拠の品を提出いたします」と言って積み上げていた書類の束を司法席に届けさせた。すでに三候の手に渡った証拠の品も十分であるはずだが、文句を言われた時の駄目押し用として準備されていたのであろうか。
すでに提出済みの書類にの中には、すでにフォンクラークが規制薬物を流出させていたことを証明する交易証文と目録があり、直轄地から派遣されている対南大陸用の港湾警備隊が不当な扱い、ないし王国側と癒着し実態を疎かにしていたことについてもフォンクラーク南部の領主達による告発書が提出されている。
それにフォンクラークの人身売買問題に関するやり口は南部の関で代官がベルテセーヌ南部貴族相手に行っていたやり方と酷似しており、国王ないし国王派貴族が関与するものとして相違ないものであることは、同じ問題に直面し、バルティーニュ公とともにその件に関する後片付けに腐心したベルテセーヌからも証言できる。
ここにナディアがバルティーニュ公自ら筆を執った訴状とともに、薬物密貿易や奴隷売買の証人を捕らえている旨の報告書、ならびに膨大な交易帳簿と、警備隊の一部不審死に関する調査報告書までそろえたことで、フォンクラークという国自体が帝国に対する損害行為を行っていたことはより固いものとなり、またそれをナディアというフォンクラーク内部からの声で告発することで、帝国権力による王の処分を要請していることも印象付けられた。
おそらくナディアがこの件でヘイツブルグ大公と密接にやり取りを交わしていたのは間違いなく、選帝侯家当主の威を借りて帝国を後ろ盾にフォンクラーク国内の内憂を断つ正当性を得ようというのがバルティーニュ公派の思惑なのだろう。
すでにフォンクラーク国内ではバルティーニュ公派の勢いも増しているというが、長年腐敗した王政にぶら下がって甘い汁を吸って来た貴族達の断罪には手を焼いていると聞いている。ゆえに、罪状が明らかでもギュスターブ王の糾弾が出来ずにいるのであり、あとはもはや内乱でも起こすしかないというような緊張した情勢だと聞く。
だがバルティーニュ公は内乱をよしとせず、それを帝国権力の元に、先に王を倒してしまわんとしているのだろう。
それ自体はリディアーヌも他国の者として、口を挟む理由もないことだ。
「けれどヘイツブルグ大公が率先して関与し、自ら舵を切ったというのはどうなのかしら」
「まぁ隣国の問題だし利がないわけではないだろうけど、違和感ではあるよね」
「バルティーニュ公が先んじて大公を味方につけるほどの手腕を発揮したとか?」
「それにしたって、わざわざギュスターブ王を皇帝候補に立てる理由がわからないな」
「結局それよね」
マクシミリアンとぽつぽつと言葉を交わしながら状況を静観していたが、段々と見苦しく粗末な言い訳と反論をしているギュスターブの様子を見るのにも飽きてきた。そろそろオランジェル候にはこの状況を締めてもらいたいものである……だなんて思っている内に、予想外にも来賓席側から「異議がございます!」と名乗りを上げる者が現れ、どよと議場がざわめいた。
席を立って今回の案件が濡れ衣であると訴え出たのは、ギュスターブ王と共謀の疑いをかけられている南大陸、カプラス・ライゼン両国の大使達だ。
彼らはあくまでも帝国外の国から駐在している大使達であって、この帝国議会で発言権、ましてや本来は傍聴権すら持たない。だが今回は案件が案件だからと半ば強引に訴え出て来賓として同席を許されていただけに過ぎない。
なのですぐにオランジェル候が「貴殿らにこの場での発言権はございませんが」と咎めたが、しかし正式な外国の大使である以上、あまりきつく咎めたり蔑ろにしたりするわけにもいかないのだろう。物言いが甘かったせいで両者が警告に従って口を噤むことはなく、特にフォンクラークと関係の深いカプラスの大使はこの案件が不用意に国際問題を誘引するものであることを訴え出た。
今回の一件は別に外国に対して何か物申すものではなかったのだが、確かに、ギュスターブ王の弾劾という傍らで、フォンクラークが帝国規制薬物を輸出していた先は国内だけでなく南大陸にも及んでおり、また港湾警備隊にあるまじき非道と抑圧を敷き帝国警備に不利益をもたらしたという案件も、対南大陸防衛に対する南大陸の国々と関係がある内容だ。さらに人身売買が行われている相手国としても想定されたのだから、カプラスやライゼン側が口を噤めないのも仕方がない。
だがこれはあくまでもベザ帝国の問題であり、彼らは部外者なのだ。それを忘れてもらっては困る。
「両大使の言い分は最もだが、あまり口を開けば逆に墓穴を掘るのではないか? 勘違いしてもらっては困る。本案件はフォンクラーク王と南大陸との不当な取引に関する議題だ」
そんな状況に真っ先に声をあげたのはアルトゥールだった。正直、ようやく言いたいことを言ってくれる人が口を開いてくれた心地である。
「別に貴殿らの国の公官庁、ましてや国王陛下が関与していたなどとは一言だって言っておりませんよ」
「まったくだ。下手に資格もなく喚くより、自国は全く無関係であり、そういう無法者がいるらしいからと国許に告げるのが大使の役目というものです」
南大陸とはフォンクラークと並んで直接的な関わりのあるセトーナのアブラーン王子は大使達に配慮のある諫める物言いをしたが、一方でまったく関係を持たないカクトゥーラのリヴァイアン王子は辛辣な口ぶりの指摘だ。こうなってくるとさすがに大使達もぐっと顔色を濁して口を引き結んだ。
ただ思いがけなかったのはこの状況の中で、資格のない大使達ではなく資格のあるリンドウーブ王の代官が「では私共から異議を申し上げます」と口を開いたことである。
リンドウーブは七王家の中でも目立った存在ではないが、それでも七王家の一員であり、この帝国の主要構成国の一つだ。同時に、フォンクラークやセトーナと同様に南大陸から近い南海に面した国でありながら、その交易権益をほとんど両国に独占されていることに最も辛苦を舐めている国でもある。
憎らしいはずのフォンクラークをリンドウーブが庇う理由なんて何もないはずなのに、あえてここで声をあげたのは何事なのか。
「議題の提出において、友好国であるカプラス、ライゼン両国に対して非礼と誤解を与える物言いであったことは事実でしょう。私は南海側に領土を置くリンドウーブの代官として、このような帝国の傲慢を良しとは思いません」
うぅむ。異議とは言ったが、どうやらフォンクラークを庇うための異議ではなく、カプラスとライゼンを庇うための異議だったらしい。
「ここぞとばかりに両国の大使に恩を売りたい作戦かしら?」
「だろうね。あぁ、アブラーン王子の顔が酷いことに」
マクシミリアンの苦笑に合わせて視線を寄越してみれば、確かに、セトーナの王子殿下が実に面倒くさそうなお顔をなさっている。おそらくセトーナとリンドウーブのこういう軋轢は日常茶飯事なのだろう。
やれやれ。南大陸と帝国の関係は今回の案件とはまた別の話であるし、あまりそんなことにまで裾野を広げないでもらいたい。そんなうんざりしたような空気を読み取ったのか、アブラーン王子はその表情とは裏腹にこれに対してうるさく応酬することはしなかった。
オランジェル候もすぐにこの様子に応じて、これが両国との外交問題に関係しない帝国内の問題であり、論点もまたそこにあることを明言した。さすれば両国の大使も非常識な発言を続けることも憚られたようで、「そういうことでしたら」と引き下がった。
リンドウーブの代理人は今少し物足りそうな顔だが、これ以上その問題を深掘りしないことには同意してくれたようだ。周囲の空気を読み取れる人物で良かった。
そうして議題がフォンクラーク王ギュスターブに対する帝国棄損の罪の有無へと戻ったところで、なおもギュスターブはそれはあいつが悪いんだ、そっちはあいつらのせいだと喚いてはいたものの、およそ澱みのないナディアの反論によってことごとく論破されてゆき、場の空気もギュスターブ王弾劾一色に染まっていった。
「本日の議題を提出なされたヘイツブルグ選帝侯閣下はいかなる判決が妥当とお考えでしょうか」
もはや反論らしい反論もないため、オランジェル候も早々と議論をまとめ、最終判断へと移して行こうとする。
思いのほか何の変哲もない、あっけない議論だった。なにやらもう今にも終わってしまいそうな空気にそう皆が気を緩め始めていたのだが……。
「急いてもらっては困る。議題はここからだ」
何故かそんなことを言い出したヘイツブルグ大公に、共謀者であるはずのナディアも目を瞬かせて不安そうに顔を歪めた。
わざわざこんなまどろっこしいことに手を貸したのだ。やはり、ヘイツブルグ大公の本題はこんなことではなかったということか。
皆の視線が一点に集中する中で、大公はそんな視線が煩わしいとばかりに緩慢に口を開く。
「貴殿らは確かに証拠の品を隅々まで把握し、この議会を承認したのか? それにしては私の趣旨がまったく伝わっていない」
「どういうことでしょうか、大公閣下」
「提出した書類はおよそ十年分。分かっているのか? これはいずれも、先帝クロイツェン七世陛下時代の出来事である」
「ッ、何が言いたい、ヘイツブルグ大公!」
すぐに矛先を感じたらしいアルトゥールが声をあげるが、ヘイツブルグ大公はなんらそちらに関心を寄せるでもなく、「セナンゼル候」と議長席のすぐ傍に座る三候の一人、この皇宮の騎士団長を見た。
「貴殿に贈った書類はたしかに確認されたのか? その書類にはフォンクラークにおける湾岸警備兵に対する不当な扱いと同時に、それに対して先帝が何ら手を打つことも無く放置していたことについても弾劾していたはずだが」
「っ……いや、それは……」
元々書類仕事は不得手であろうセナンゼル候が困ったようにオランジェル候に視線を寄越す。
それにぐっと眉根を寄せるオランジェル候は、「それは皇帝陛下の関与の証拠ではありませんし、王国自治内の不行き届きを帝国議会の落ち度とするのはいかがなものかと」と冷静に反論する。
だがそれを鼻で笑い飛ばしたヘイツブルグ大公もまた落ち着いた様子で、「この十年で湾岸警備兵の任期交代は三度。なのに直轄領に戻った兵らが何も訴えなかったと?」と言えば、ざわりと議場がざわめいた。
まったく、その通りだ。実際にそうした兵の派遣を管理していたはずのセナンゼル候は困惑に沈黙をするばかりで、反論の一つもできない。
元よりセナンゼル候はそうした事務を苦手とする上に嘘もつけない御仁だから、そうした交代人事と訴えの有る無しのようなことを認知していないのだろう。だがそれは皇宮の武を統括する者として、無責任であり不手際だと咎められることだ。得手不得手は関係ない。
「そう、その顔の通り、貴殿はなんら存じていないのだろう。何故なら赴任したうちの半数は海賊討伐の被害という名目で命を落としておるし、残る半数は何故かそのまま再び同じ任に着き、再びフォンクラークに舞い戻り籍を置いているのだからな」
「ッ、そんなはずはッ!」
「ないと? 私が提出した警備兵名簿の照会すら行っていないのか?」
これはセナンゼル候側に分が悪い。オランジェル候含め内皇庁はそれを警備兵とフォンクラーク王の癒着とのみ取って弾劾の理由としたが、確かに、その兵らが直轄領から派遣された皇帝直轄兵である以上、皇宮側にも問題が無かったなどとは言えないのだ。
「そしてその沿岸警備兵が海賊とも癒着し人身売買に関与し、薬物の密貿易の見逃しにも関与しているのだ。さて、貴殿らに問おう。この問題は、果たしてフォンクラーク王のみの責任か? 先帝クロイツェン七世陛下はまことに無関係であったのか?」
どよっとざわめき立った議場に、リディアーヌもぎゅっと眉根をしかめた。




