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10-21 ヘイツブルグの糾弾(1)

 ベルテセーヌ離宮での一件のせいでピリピリとした警戒心が拭えぬまま明くる日を迎えたリディアーヌは、朝早くから朝食を摘まみながら分厚い書類をめくっていた。

 内容は今日開かれる内皇庁主催の議会に関する資料だ。本来なら昨日一日かけて養父らと選帝侯議会棟で話し合うべきものだったのだが、事件のせいで少しもこちらに関与していられなかった。昨日ヴァレンティンの離宮に戻ってからも養父と顔を合わせられなかったが、それも養父がリディアーヌの分までこちらにかかりきりになっていたせいである。

 まぁ、本来はすべて選帝侯閣下のお仕事なので、決して悪びれる気はないが。


 今日の議題は皇帝戦前半期中に問題となったギュスターブ王(だん)(がい)に関する聴取と糾弾だ。大晩餐会の夜にヘイツブルグ大公が三侯に対して贈った手土産が原因で起きたものだが、この件は直後から選帝侯達の間で議論が繰り広げられており、リディアーヌはあまり関与してこなかった。ただ日々養父から報告は受けていた。

 いわく、三侯の手に渡った糾弾文書はどれもフォンクラークとギュスターブ王に関する悪逆を訴えるものであり、選帝侯達の精査によりそのうちの三割が国内ではなく帝国の問題として違法性に問われるものであるとの結論になっていること。そして自ら皇帝候補に立てた王についてヘイツブルグ大公がそんな情報提供を行った理由。

 後者に関しては養父も『結局はよく分からん』と悩ましい顔をしていたが、どうやらヘイツブルグ大公はギュスターブ王を帝国議会に引き出し帝国案件として断罪の場を設けることが当初からの目的だったのではというのが他の選帝侯達の見解らしい。


 確かに一国の王を断罪するに皇帝権力を用いるのは有用だ。ギュスターブの弟グーデリックもそうして断罪されている。そして皇帝不在の今、ギュスターブをこの場に引きずり出すのに皇帝戦が手っ取り早かったというのも分からなくはない。前皇帝戦時にギュスターブ王と密約があったかもしれないクロイツェン七世が崩御した後を選んだことも納得できる。

 だがそんな弾劾文書を用意しておきながらわざわざ皇帝候補に擁立したというのはやはり違和感でしかない。何なら春の通常帝国議会の時期を待っても良かったはずだ。


「ヘイツブルグ大公はトゥーリが最も有力な皇帝候補と思い、そのトゥーリが祖父同様ギュスターブ王を庇うとでも思って、皇帝即位前にと急いだのかしら?」

「無理やり理由をつけるならそうですが、それでもギュスターブ王をわざわざ皇帝候補に立てた理由にはなり得ませんよ」

「そうね。むしろ本当にフォンクラークの改革と平定を望むのなら、バルティーニュ公派閥から適当な皇帝候補を立てた上で、ギュスターブ王をただの罪人として(しょう)(へい)してもよかったわけだし」


 何ならこちらに来ているセリヌエール公を推しても良かったのだ。皇帝戦と皇帝候補の立場を自国での政治的な立場確立のために使っているカクトゥーラのリヴァイアン殿下のような例もあるのだから、実際に皇帝になる気がなくとも皇帝候補になることはできる。いや、むしろセリヌエール公がそうして主導権を握って国許に残らざるを得ないバルティーニュ公と共に現王弾劾の指揮を執る方が、リディアーヌにとっては理解のしやすい展開だった。なのにどうしてわざわざギュスターブ王をここに引きずり出してきたのか。

 バルティーニュ公が、改革のために国王を国の外に出したかったから?

 それともナディアがかつての悪友を含む皇帝候補の列に夫と自分が加えられることを(いと)うたから?

 分からないが、ヘイツブルグ大公の弾劾文書作成にはフォンクラーク内部からも摘発に協力した者がいるのは確かで、おそらくそれはナディアとその周辺なのであろうことはすでに養父も言っていたことだ。


「二日前にはリュスとトゥーリが狙われて、今日はギュスターブ王の弾劾……これってまったく関係のない事なのかしら……」


 思わずポツリと呟いた言葉はただのその場の思い付きでしかなかったが、神妙な顔をして考え込んだフィリックは、「だとしたら、相当大きな思惑が動いている気がいたしますね」と否定はしなかった。

 いずれにせよ何かを判断するには材料不足だ。

 今日の議会で何かが分かればいいのだが……その一方で、分かってしまうことへの不安と恐怖を感じていることもまた事実だった。


  ***


 たっぷりと時間を使ってこれまでの情報を確認したところで、昨日は休んでしまった書架棟での仕事に向かう。こうして何事もありませんでしたよという体を装うのも大事なことなのだが、昨日はそれさえ忘れてしまっていた。

 ただよくできた皇宮勤めの司書達は、昨日の欠席理由なんて何一つ問うことなくいつも通りに仕事をこなし、いつも通りに予定の調整をしてくれた。

 それから選帝侯議会棟に昼食を取りに向かったところで、二日ぶりに養父と顔を合わせた。

 昨日はお互いに忙しくしていたせいでちっともすれ違わなかった。そのすれ違わなかった間にも、珍しく養父がげっそりと疲れた様子になっていた。

 その養父と、養父の傍で甲斐甲斐しく手伝いをしているマクシミリアンと情報を確認し合いながら食事をとれば、午後一番からはついにフォンクラーク王ギュスターブ弾劾の議会である。

 広々とした議事棟議事堂に至ったところで、すでに内皇庁関係者と七王家五選帝侯家の関係者、そして数多の傍聴人達により席は埋め尽くされていた。


 今回の件は皇帝戦というよりも帝国議会にかかる会議であるから、王家選帝侯家の議席に着くのは帝国議会の一員である王家代表者と選帝侯達だけだ。選議卿の身分は関係ないのでリディアーヌは傍聴席に座る。

 ただ公子公女の席は発言権のない一般傍聴席ではなく選帝侯の席の後ろの列に設けられたヴァレンティン家の家門用の特別傍聴席になる。ここは選帝侯の招請によって議席に立つことが許される者達の席だ。

 リディアーヌの定位置は養父のすぐ後ろの最前列で、周りには養父の側近文官やフィリック、パトリックなどを伴った席だ。なお、リディアーヌの隣には当たり前のように一緒に議場に入場したマクシミリアンが座った。

 おかげさまでお隣のザクセオン陣営からの視線が痛い。


「貴方、もうすっかりとヴァレンティン籍ですと言わんばかりの様子ね」

「正式な内皇庁の議会とはいえ、今のこの情勢で私にザクセオンの席に行け、だなんて酷いことは言わないよね?」

「言わないわよ。視線を向けるのも怖いのに」


 そうこそこそと話しつつこっそりと壁替わりに配置したフィリックの影から視線を向けてみると、そわそわとこちらを見ていた一際年若い青年と目が合った。

 あれはマクシミリアンの異母弟であるアルブレヒト公子ではなかろうか。会うのはカレッジの卒業以来である。


「レヒト公子が見ているわよ?」

「あんまり見ないで欲しい……触発された姉上に暴れられると非常に困るから」

「手を振ってみましょうか」

「やめて」


 そう言いながらもチラリと視線を向けた先で弟にわずかに微笑んで見せるのだから、まったく、弟に甘いお兄ちゃんである。だがその笑顔のおかげか、アルブレヒト公子もほっとした様子で顔をほころばせると、すぐに顔色を引き締め、大人しく母の隣で何事もなかったように沈黙した。

 十分、立派なザクセオンの跡取りのようではないか。


 そうしている内にも、おそるおそると不安な様子のアンジェリカが議場に顔を出した。案内を受けながら皇帝候補も居並ぶ王家の議席に連れて行かれ、びくびくと慣れない様子で腰かける。どうやらリュシアンの代理は希望通り、アンジェリカになったようだ。

 周囲からは首を傾げる者達の視線がアンジェリカに集まり、隣のアルトゥールも首を傾げながらアンジェリカに何かを話しかけている。アンジェリカもそれに何やらあたふたと答えているようだが……一体何を聞かれているのか。

 そう不安な眼差しを向けていると、一つ頷いて前を向き直ったアンジェリカの視線がふとこちらを捕らえた。選帝侯家と王家の座は議長席を挟んで反対側にあるので、目が合いやすいのだ。

 たちまちほっと安堵の顔をしたアンジェリカが、机の陰からちょこんと出した手でふりふりとリディアーヌに手を振るものだから、おもわず隣でマクシミリアンが噴き出して笑った。


「思ったより余裕そうじゃない?」

「……あの子ったら……」

「レヒトに手を振ろうとしていたリディには呆れられたくないんじゃないかな」

「私はちょっと貴方を(から)()おうとしただけで、ちっとも本気じゃなかったわよ」


 でもシカトしていたらしていたでアンジェリカが不安に涙ぐみそうな顔をするものだから、仕方なくため息をついて、『いいから黙ってじっとしていなさい』と言わんばかりに下を指さして見せた。

 そんなお叱りにすらほっとしたように笑うのだから……あぁ、もう。周囲からの視線が痛い。


「リディ、何をやっているんだ、君は」


 ついには気が付いたらしいお養父様が呆れた顔で振り返ってきたものだから、「それはアンジェリカに言ってください」と答えておいた。

 だがそんな和やかな時間も長くは続かない。

 やがて議会開始時刻の直前になってヘイツブルグ大公、そして一緒にセリヌエール公とナディアがやってくると、議場にも緊張感が走った。どうやらフォンクラークの国王代理席にはセリヌエール公ではなくナディアが座るらしい。隣に見知った女性が来てくれたことに安堵しているアンジェリカはともかく、周囲が向ける視線は険しい。


 やがて参加すべき人員が揃ったのを確認した議長席のオランジェル候が合図を送り議会開始の鐘を鳴らす。

 甲高い音色と共に、場の空気が引き締められてゆくようだった。


「定刻となりましたので臨時帝国議会を開会いたします。選帝侯閣下ならびに王国代理者の皆様、そして内皇庁関係各所におかれましてはご参会のこと、有難う御座います」


 慣例通りの言葉で始まった議会に、早速オランジェル候に促された関係省庁から今回の議題に関する説明があった。

 まずは本件がヘイツブルグ選帝侯閣下、ならびにフォンクラーク国内より上がった議題に基づき開かれたものであるとの前置きと、そのきっかけとして、三候からはそれぞれ大晩餐会の夜にヘイツブルグ大公から受け取ったであろう弾劾文書と証拠書類が提出された。

 その内容はすでに周知されているものである。

 いわく、現フォンクラーク王ギュスターブ陛下が帝国憲章に抵触する帝国内外での薬物密貿易と外国への国民の奴隷売買、帝国領港湾警備の買収と癒着といった問題に関与していたことである。


 本来このベザの帝国制では、皇帝といえども各王家の自治に対しては不可触を原則とし、一方的な処分を下す権限は持たない。皇帝と内皇庁が直接手を下せるのは皇帝直轄領に関係する問題と、帝国議会で各王家選帝侯家の話し合いにより決まった帝国法に触れる案件、そして帝国全体と外国との関係に関わる事案にのみだ。

 以前フォンクラークのグーデリック元王太子がリンテンで事件を起こした際は、グーデリックが皇帝直臣の統治する教会領リンテンに帝国議会で定める所の違法薬物の密輸を行ったことと、それにより皇帝直轄領を脅かしかけたこと、そして皇帝が帝国内各国の仲裁権を持っていることを利用したヴァレンティンから正式にフォンクラークという国に対する仲裁処分依頼を出し、これに基づいて皇帝が裁決を下す、という形で処理された。

 この内グーデリックの皇帝直轄領における処刑を決定付けたのは、リンテンの統治家門ルゼノール家が皇帝陛下に対し、『教会領ならびに直轄領侵犯』という罪状を突き付けたことによるものだ。それ以外も皇帝の名のもとに断罪相当の処分は下されているが、それらはあくまでもフォンクラーク国内に処分を要求するという要求権しか行使されていない。


 教会領や直轄領以外の問題では皇帝が直接的な処分を下せないことは、皇帝権力が所属国の自治を犯さないための抑止のために存在しているものである。

 実際にグーデリックに害を(こうむ)ったリディアーヌにとっては自分の被害を理由にグーデリックを処分してもらえないことに煮え切らない思いを抱かざるを得ないが、それでも必要な抑止だと思っている。

 むしろそういう抑止を取り去り、各国に対する皇帝の裁断権を拡大すべきとの考えでいるのがアルトゥールなのであって、リディアーヌはそれには相反する立場なのだ。自分が被害を受けたとしても、それに対して文句は言えない。

 まぁだからこそ、ルゼノール家を味方につけ、皇帝を脅す形で何としてでも皇帝自らグーデリックを裁けるよう根回しをしたのであるが。


 こうして、帝国に属するすべての国と国との関係を仲介し、帝国内でありながら国境を隔てる国同士を共通の帝国法に則って裁断を要求するのが皇帝であり、その要求を行使可能なものとするために存在しているのが帝国筆頭構成国群である王家選帝侯家からなる帝国議会の役目の一つだ。

 こうした皇帝権力は、本来帝国所属国同士の戦争抑止としても存在する権限である。内乱には効力を持たないため、内部の反乱と帝国に所属していない蛮族の所業が原因で滅んだベルデラウト王朝や、昨今のベルテセーヌでの内紛などに皇帝権力が関与することは無かったが、今回のようなフォンクラークから帝国内の他の国々にまで影響が及ぶような薬物取引や、帝国外への奴隷売買という外国案件、そして帝国全体の義務として課されている帝国警備のような問題には十分に効力を持つことになる。


 それでも皇帝が一国の王を裁くだなんてことは早々起こり得ない。起こったところで、国王への断罪はその国の中で、その国の者達によって行われることを原則とする。

 今回で言えば、帝国権力を利用したバルティーニュ(おう)(しゅく)派が自国の王を“帝国違憲”として帝国議会に訴え出て、国内でギュスターブ王を排斥するための後ろ盾を得ようとしていることになる。

 実際に罪に問われたところで、ギュスターブ王を裁くのはフォンクラーク国内の司法ないし内政機関であり、この場はあくまでもその後ろ盾を与える場でしかないのだ。


 それでもこの帝国を構成する七王家の一つを率いる国王の断罪だ。皇帝が不在である以上、本来は七王家も国王代理ではなく議会の一員である各国の王達が参列して議会の望むべき案件だろう。

 だからこそ正式な春の帝国議会ではなく、今の皇帝不在の臨時議会でそれを提言することに違和感を覚えるのだが……。


「糾弾を受ける者、フォンクラーク国王ギュスターブ陛下をここに」


 やがて議題の読み上げが終わるとともに、フォンクラークの騎士達によってギュスターブ王が引き出されて来た。






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