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0-4 昔の話を(3)

「……」

「貴方がそんな顔をしないで、ミリム」

「……すまない、リディ……でも、私達に出会った頃の君はつまり、その最愛の家族を失ったばかりだったんだ。私はそうとも知らず、きっと無神経なことを沢山言ったはずだ。それが悔やまれて……悔やまれてならない」


 君にどんな風に謝罪をしたらいいのか。昔に戻って、君を慰めてやりたい。

 そういうその言葉だけで十分だった。

 そうでなくとも、彼らは無意識のままに十分にリディアーヌを慰めてくれたのだ。でなければ、失意を忘れ、親友と呼べるような人達を作れてはいない。

 マクシミリアンはもう少し、自惚(うぬぼ)れていい。


「リディ……これ以上辛い話を聞くなんて酷いことだと思うよ。けれど教えて欲しい。君達は一体、皇帝陛下と何の取り引きをしたのか」

「遠慮なんていらないわ。それは“悲劇”ではなく“喜劇”だったのだから」


  ***


 深い痛みと喪失感は、再び、ヴァレンティンの深い森と厚い雪の雪解け水が溶かしてくれた。正しくは、リディアーヌがここを去っていた間に増えていた“家族”が、絶望の淵から転がり落ちることを止めてくれた。

 危険と承知しながら、どうして兄があのタイミングでベルテセーヌを訪れたのか……その理由が、その家族。アンリエットという女性だった。


 アンリエット――絶望に沈むリディアーヌの頭を撫でながら沢山の兄の話をしてくれた女性。

 兄が、結婚を望んでいた人だった。

 彼女のお腹は大きくて、兄は政略の犠牲となっている妹に申し訳ない気持ちを沢山抱えながらも、自分の幸せを許してほしいと、そう自らリディアーヌに許しを請うためにベルテセーヌという危険な場所を訪れたのだ。

 言ってみれば、彼女にとってのリディアーヌは大切な男性を悲惨な死に目に合わせた最大の元凶だ。それにも関わらず、悲痛にあってなお笑顔を絶やすことは無く、『ここに殿下の命の欠片が生きているのですよ』と、リディアーヌにその胎動を聞かせてくれた。

 アンリエットは子供の誕生を見届けて間もなく産褥死(さんじょくし)という不幸に見舞われ、リディアーヌは悲劇の追い打ちを受けた。けれどアンリエットが悲運に嘆かず子供に希望を抱いていたように、アンリエットが守り抜いた生まれたばかりの男の子が、リディアーヌにとっての希望となった。

 同時に、その希望はリディアーヌに恐怖心をも抱かせた。


『叔父様。この子を……フレデリクを、お兄様の子だと知られてはなりません。絶対に』


 きっと叔父も考えていたのであろう。リディアーヌがそう言い出したことに驚いた様子ではあったけれど、すぐにも成長したリディアーヌの言葉に耳を傾け、真剣に話を聞いてくれた。

 その直後の事だった。

 この世から正式に、ベルテセーヌ王女リディアーヌが消えたのは。


 その日、アンリエットの生母でありルゼノール伯爵家の当主である女伯と共に皇帝陛下の居城へ赴くと、リディアーヌは“ルゼノール家から引き取られた大公家の娘”として。生まれたばかりのフレデリクもまた、“ルゼノール家から引き取られた大公家の息子”として、王の系譜に名を刻まれた。

 叔父がこの血筋の偽装工作にあたり、王家と選帝侯家の王籍簿を管轄している皇帝陛下とどんな取引をしたのかは知らない。けれどくしくもこの時が、両親の死にも関係があるという現皇帝クロイツェン七世に初めて会った日となった。

 そこでリディアーヌは、王女としての死を願った。


『どうぞ、私の存在を消してください。“聖女”の肩書きと、兄亡き今、ただ一人“聖君クリストフ二世の後継者”という立場を持つ私を。ヴァレンティン選帝侯家と教会の深い支持と同情を担う元王女を――どうぞ貴方の手で殺してください』


 かつて皇帝を皇帝戦という至高の争いにおいて追い詰めたクリストフ二世の娘。ひいては、皇帝にとって己の孫の最大の障害となりうる存在を“消して良い”と。皇帝のライバルであったクリストフ二世の意思を“私は継がない”と。

 そう願ったリディアーヌに、皇帝は多くは語らなかった。

 期待も失望も一切見せることはなく、ただ何の感慨もない視線を投げかけながら、『いいだろう』とだけ答え、皇帝の管理する王籍簿のベルテセーヌ王女リディアーヌの名に『帝暦六二三年薨去(こうきょ)』の字を書き入れ、その死が内外へと布告された。

 それは権威の為に死に追いやった者達の遺児への罪悪感だったのか。

 それとも別の利用価値を見出したことに対する思惑だったのか。

 私はこの時初めてそれを、“知りたい”と思った。


  ***


「そして私は“ルゼノール家で生まれた大公家の庶子”に。そして大公ジェラールの“実の娘”になったわ。皇帝陛下の直臣たるルゼノール女伯の妹を系譜上の母として」

「ルゼノール……そうか。そういうことか。じゃあアルセール先生は……」

「アルセール・アクス・フォン・ルゼノール。アルセール先生は私の義理の姉アンリエットの実兄よ。戸籍上は従兄になっているわ」

「……そんな素振り、まったくなかったじゃないか」

「実際、母の遠縁ではあるはずだけれど、私は学校で教師としてのアルセール先生に会ったのが初対面だったの。でも事情を知る先生は、私の過去を隠蔽(いんぺい)するのに協力をしてくださっていたわ。教会関係者には私の素性を知る人が多かったから」

「どうりで、いつも二人でこそこそとしていたはずだよ……」

「そんな風に思っていたの?」


 そしてその学校で、リディアーヌは“友”と言うべき人達に出会った。

 編入は、皇帝陛下に提案されたことだったが、かつて兄や母、叔父も通った場所であり、政略結婚のせいでたったの一年しか学校生活を送ったことのなかったリディアーヌにとっても意味ある時間になるはずだからという叔父の勧めが背を押した。

 しいて言えば、幼い兄の遺児の側にいたい気持ちはあったけれど、思えば昔、兄も叔父の勧めでその学校に寄宿していて、長期の休みにしか帰ってこられない兄を寂しくも恨めしくも思いつつ、帰ってくると沢山の楽しい学校での話をしてくれるのが嬉しかったものである。

 両親の死でひどく緊張し、気を張り詰めていた兄が、かつてのように穏やかな顔を見せるようになった原因だ。その場所に、興味があった。


「そのほんの少しの興味の先で、私は貴方達に出会った」


 ようやくほころんだリディアーヌの顔色に、マクシミリアンも小さく笑みを浮かべた。

 そこで何があったのかは、お互い語らずともすべてを覚えている。

 二階の窓から声をかけられたあの日のことだって、忘れたことなんてない。


「最初に私達が議論したのは、女性のエスコートは西大陸と東大陸、どちらの作法で行うべきかだなんていう、とってもくだらない話だったわね」

「あぁ。しかも未だに結論が出ていない」


 そんなことを言いながらも、この夜闇に二人きりで座っている状況に、どちらからともなく苦笑をこぼした。

 許嫁でも結婚しているわけでもないのに、異性とこんなことをするだなんて。お堅い西大陸の貴婦人が目にしたら、眉を吊り上げて“はしたない!”と叱り飛ばすことだろう。


  ***


 良くも悪くも、アルトゥールという皇帝の孫の印象は、初対面と、それからマクシミリアンという不確定要素によって随分と変わった。

 素直な物言いの皇子様と、そんな皇子様に遠慮の欠片もなく『選帝侯家として見定める』と言い切るマクシミリアンの関係はとても見定め合っている関係とは思えず、むしろ深い信頼があってこその関係であることが窺われた。

 兄も、そうやって誰かと心おきない時間を過ごしていたのだろうか。そうやって、アンリエットと出会ったのだろうか。それを思うと、少しの羨ましさをも感じたものである。

 二人を傍観していると、それに気が付いたアルトゥールがマクシミリアンの腕からクッキーの袋を二つつまみ上げ、一つをリディアーヌに差し出してきた。

 毒見もされていない、どこ由来かもわからないような怪しい食べ物だ。王侯に属するはずの彼が同じくそうした地位にある公女に渡すにはあまりにも不釣り合いな物だった。


『あの……』

『手作りは危ないから止めておけ。これは聖都ベザの小教会で売っている正規品だから安全で、それになにより()()い』

『あっ、それ、僕も狙ってたやつ!』


 いや、そういうつもりじゃなかったのだ。なのにあまりにも当たり前に受け取り、しかも立ったままガサガサと袋を開けてクッキーを齧る姿は、リディアーヌをひどく脱力させた。

 ついこの間まで命を脅かされる恐怖の中にいたのに、それが馬鹿らしくなるほどの、ただの少年の、ただの自然な姿だ。それがどれほどリディアーヌを驚かせたことか。


『あの……有難う存じます、両殿下』


 何処の何とも知らないクッキーを素直に受け取る気になったことは、きっと当時のリディアーヌをよく知る人達が見れば驚嘆する出来事だったかもしれない。しかしあの時は何となく、そうしようと思ったのだ。

 と思いきや、『かたい!』と、マクシミリアンに突っ込まれた。


「そうそう。貴方達の“あだ名”は、あの時に私がつけたのよね。初対面の、よく知りもしない皇子殿下と公子殿下に」

「よく考えたら我ながら攻めすぎだよね。でも私はすごく気に入ってるよ。“ミリム”」


 本当はちょっと、からかうつもりで口にした言葉だったのに。


『これから共に寄宿し共に学ぶのだから、もっと肩の力を抜いていいよ。僕のことはマクスとかマクシムとか、呼びやすいように呼んで。あぁ、マックスは駄目だよ。トゥーリの侍従の名前がマックスなんだ』


 かぶっちゃう、なんていう公子様の軽い物言いに、アルトゥールから少し離れた場所に控えていた青年が肩をすくめていた。しかしそうなると困った。


『どうしましょう。私の連れている侍従は“マクス”というのだけれど』

『なんだって!? えーっと。じゃあ……えーっとっ』


 すっかり悩みふける公子様に、『もうマクシミリアンでいいじゃないか』だなんて皇子様が投げやりに言っていたけれど、『でもマクシミリアンって長いじゃない』という公子様には、そんな理由で? と呆れたものである。


『そうだ、公女。えーっと。リディアーヌの愛称は……ディアナ? それとも西大陸だとディーとかかな?』

『……家族はリディと呼ぶわ』

『じゃあリディ! お近づきの印に、僕にいい愛称を付けてよ』

『私が?』

『マクスってのも可愛くなくて好きじゃなかったんだよね。考えて』


 考えて、って……まだ知り合って数分の、東大陸でもっとも栄えているといっても過言ではない選帝侯家の跡取りの公子のあだ名を? 私が?


『あの……先生。私、どうすれば?』

『どうぞ、思うがままに。ここには貴女を制約するものは何もありません。大公殿下も、貴女に羽を伸ばしていただきたくてこの学校をお勧めしたのでしょう?』

『……』


 そう。叔父は確かにそう言って背を押してくれた。気負う必要はない。ただ思うがままに、好きに過ごせばいい、と。

 生憎とこれまで“好きに過ごす”こととは無縁すぎたせいで、何をしたらいいのかが分からないのだけれど……彼らを、見習ってみれば、何か分かるのだろうか?


『じゃあ……“ミリム”はどう?』

『へっ?』


 本当に大丈夫だろうか。一体どこまで、大丈夫なのだろうか。そんな“測る”かのような気持ちで、本来女の子に付けるような名前を付けてみた。


『ミリム。貴方の雰囲気にぴったり』


 それは本心でもあったのだけれど、中々反応が返ってこない。さすがにミリムだなんて可愛らしい名前は不味……。


『っ、気に入った! ちょっと、聞いた? アル。ミリム! え、可愛くない?!』

『お前……いや、お前ってそういう奴だよな。俺はお前のそういう所を素直に感心している』

『ふふっ、羨ましいんだろ、アル。アルも僕をミリムと呼んでいいよ。親友の(よしみ)で特別に許してあげる』

『……なんか、イラっとした』

『僕も君のそういう素直なところ、嫌いじゃないよ?』


 仲がいいんだな、なんて思っていたら、『リディ』とアルトゥールに手を引かれた。


『なんか腹が立つから、俺にもあだ名をつけるよう要求する』


 果たしてそれは、力強く手を握りしめながら要求するようなことだったのだろうか。


『えっと……アルトゥールはアルと呼ばれているのでは?』

『改名する』


 改名って……この人、見た目によらず可愛いのではなかろうか。


『良いの?』

『かまわない。どんなものでも受け入れる』


 発言は男らしいが、あだ名程度にそんな真面目な顔……もしも変なあだ名をつけられたら、どんな反応になるのだろう?


『じゃあ、トゥーリ』


 そう。例えば、そんな闊達(かったつ)そうな可愛い女の子の名前で呼んだら、狡猾(こうかつ)にして貪欲(どんよく)な皇帝陛下の孫はどんな顔を……。


『よし、トゥーリだ。ミリム、お前は呼ぶなよ。リディだけのあだ名だからな』


 あ、いいんだ……。


『ちょっ、ひどいよアル! じゃなくて、トゥーリ! 僕も呼ぶからね。ザクセオン選帝侯家はアル殿下じゃなくてトゥーリ殿下の友達だよ。たった今そう決めたからね?』

『お前、卑怯すぎるだろ』

『先生、案内はもう終わり? 僕らが引き継いでもいい?』

『ええ、構いませんよ。まだ外周りしか案内しておりませんので、校舎内をお願いします』

『任されたよ。あ、先生、残りのお菓子は教会の孤児院に寄付していい?』

『厄介払いの間違いな気がいたしますが……きちんとレディをエスコートなさるなら、引き受けましょう』

『するする! 任せておいてよ』


 そういって山盛りのお菓子を聖職者であり教師である人の腕に押し付けたマクシミリアンは、ちゃらちゃらとした雰囲気とは打って変わった紳士な礼を尽くすと、慣れた様子で手を差し出した。


『エスコートをさせていただいても宜しいですか? ヴァレンティン公女殿下』


 その作法が、先ほどのアルトゥールのような一方的に手を取られるのとは違う慣れた作法であることにホッとした。


『なんだ、回りくどい』

『あぁもう、これだよ、皇子様は。トゥーリ、西大陸は東大陸より貞節と礼法を重んじるんだよ。君みたいにベタベタ女性に触れていると色魔扱いされる』

『しきッっ! 何を言っているんだっ、普通だろ!』

『君、今後ベルテセーヌやフォンクラークの女性に初対面でキスとかしたら駄目だよ? 東文化に理解のある選帝侯家の姫じゃなかったら、張り倒されるか、責任取って結婚しろ、って脅されてるから』

『……まじか?』

『まじだよ。ね、リディ』

『……ええ。ちょっと、その……ええ』


 何とも答え辛く頬を染めて言葉を濁したら、みるみるアルトゥールの顔が真顔になった。

 どうやらそれが平静を保つための表情だったようだ。


『いや、まて。この学校のある聖都ベザリオンは東大陸だろう? 帝国だって、今はクロイツェン出身の皇帝なんだから、東大陸の所作も帝国の公式的な所作ということに……』

『ならないよ。現皇帝はせいぜいクロイツェン“七世”。対する西大陸一の大国ベルテセーヌは歴代最多、二十人以上の皇帝を出しているんだから』

『……』


 真剣で議論している二人の様子が、なんとも興味深かった。

 女性のエスコートは東大陸と西大陸、どちらの所作で接するべきか。そんなしょうもない議題で、しかも論じる言葉はとても軽いのに、内容は随分と真剣なのだ。

 なぜか自分も、妙にその答えが知りたくなってしまった。


『そういう議論は、当の女性に尋ねるべきなのではなくて?』

『あっ』

『その通りだ』


 そういいながらも、さっと差し出されたアルトゥールの紳士な手が、無言のままリディアーヌに手を差しだすよう求めている。やっぱり皇子様だった。


『無言の圧が強いわよ?』

『……拒まれ慣れてないんだよ』

『ぷふっっ』


 容赦なく噴き出したマクシミリアンが、ペシペシと友人の肩をたたく。


『くっ、くくっ、ごめんよ、トゥーリ。君ってそういう子だよね。本当は嫌だけど、今日は公女のエスコートを譲るよ。次は僕に譲ってね』

『……あの、だから私の選択肢は聞かないの?』

『え?』

『あ!』


 その学校は、帝国中から最も高貴な者達が集まる学校だったけれど、どうやら帝国の中でも最高峰の地位にある皇子様や公子様に対等に物言える淑女は他にいなかったようだ。率直なリディアーヌの主張に面食らったようだった。

 それでいてその実に素直な反応が、大人に囲まれた世界で生きてきたリディアーヌにはひどく新鮮でもあった。


『まて、公女。君はこの状況でなおミリムを選ぶとでも?』

『言われるがままに他人に扱われるのは気に入らないわ』

『確かに、道理だね。僕の配慮が足りなかったよ。リディ、選んで!』


 そうここぞとばかりに腕を差し出すマクシミリアンの腕に手を伸ばそうとしたら、逆からアルトゥールに手を取られた。


『えーっと……』

『ミリムに出し抜かれるのだけは嫌だ』

『うわっ、聞いた? リディ。トゥーリが可愛いんだけど』

『私……今初めての感覚を味わっているわ。“あの”皇帝陛下の孫を相手に、可愛いお坊ちゃまを可愛がってあげるお姉さんのように振舞うべきか、袖に振ってからかいもて遊ぶ悪女のように振舞うべきか……』


 もれなくマクシミリアンが『よりにもよってその二択っ』と笑ってくれたが、何やらとうの皇子様は眉根を寄せたまま深く真剣に考えているようで、やがてぎゅっと硬く自分の腕を結ぶと、憮然と背を向けた。


『悪女一択じゃないか? そっちが“素”だろ』

『……』


 あ。そうか。反撃されたのだ。そう気が付いた瞬間、なぜかリディアーヌにもくすりと笑みが浮かんだ。

 笑顔だなんて……もう一生見せることのないものだと思っていたのに。なのに私はこうしてまだ息をし、感情を揺さぶられ、楽しいと感じてしまうのだ。

 だがそれが、嫌だと思わない。彼らにはそういう雰囲気があった。


『冗談よ。許して、トゥーリ。謝罪をするから、エスコートをしてちょうだい?』


 いいかしら? とマクシミリアンを見てみたら、彼も可愛らしい皇子様を楽しむかのような顔でコクリと頷いてくれた。

 一見、マクシミリアンの方がちゃらちゃらとしていてアルトゥールの方がクールに見えるのだけれど、どうやら精神的にはマクシミリアンの方が大人で、アルトゥールの方が可愛らしいようだ。そういう所が、二人が上手くいっている要因なのかもしれない。


 そこに少しだけ……ほんの少しだけ。足を踏み入れてもいいだろうか?

 この雰囲気に、浸っていてもいいだろうか?

 そんな小さな希望が、リディアーヌを救ったのだ。


  ***


「だから誇っていいわ、ミリム。貴方達は私にとって、とても大きな存在だったのよ」

「光栄だよ、リディ。でもリディ。君こそもっと誇るべきだ。君は私達にとって、君が思っている以上に大きな影響を与えた人物なんだから」

「ではお互い様ね」

「君が思っているのはせいぜい四割で、私が思っている方が六割くらいじゃない?」

「あら、久しぶりに下らない事で議論をするつもり?」

「すごく有意義そうだけど今は止めておこう。無意味に夜が明けてしまいそうだ」


 それに、ここには共にくだらない議論を楽しむべき人が一人、足りていない――。






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