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10-4 再び皇宮へ

 人事の移動と関係書類の作成。留守中の仕事の配分に終わらせておくべき方々への差配と、新年の喜びを告げる周辺各国からの手紙への返信の作成。涼しい顔の狼さんに手伝わせてなおとっぷりと夜が更けるまで続いた仕事の後で、ようやく一息が吐けたのはすでに再び皇宮へと出立するその前日だった。

 皇帝戦が最も激化するのがこの後半戦だ。前回の皇帝戦ではこの新年祝賀の休廷期間に皇帝候補ベルテセーヌ王が(しい)(ぎゃく)されたため、後半戦は誰を皇帝にするかというより誰が皇帝候補を殺したのかという激戦であったと聞くが、幸いというべきか、今回はそんなとんでもない凶事の報告はどこからも上がっていない。

 しいて言うなら、ザクセオンの公子が年末年始の祭事に不在であったことについてヴァレンティンに大量の(かん)(ちょう)が忍び込んできて大変だったとか、あるいはザクセオン内でクーデターでもあったのではないかと探る国々がわんさかあったとか……まぁ、そんなものである。

 我が国に関しては、宣告通りうちのお養父様が『それがどうした!』という態度を貫き通し……うん。まぁつまりそういうことである。


 精々身の回りに気を付けるようにと告げて先に送り出したマクシミリアンが無事に飛竜で飛び立った翌日、リディアーヌ達も皇宮へ出立した。

 いつもならこの月の半ばにかけて北方諸国から使者が新年の祝いの言葉を述べに謁見しにやってきたりするのだが、今回はその時間が得られないため、代わりに飛竜で停留するグレイ公国とルイン公国でそれぞれ国主に国賓として招かれ新年の挨拶とし、ルインから竜車でシオス公国に入ると周辺のエレムス公国とソレイユ自治国などの使者とも面会した。

 そのままリンテンではなく北のユーリア直轄領に至れば、そこからは皇宮の飛竜でひとっとびである。リンテンの大司教様には丁寧な挨拶の文を送り、一方のルゼノール家とはそう待たずして皇宮で顔を合わせることになるだろうから、挨拶はその時でいい。特に干渉しなかった。

 そうして八日ばかりの駆け足で、再び皇宮の竜牧場へと降り立った。


 ヴァレンティンや北方諸国ではまだ新年といっても冬の名残が濃厚で雪をかぶっていたけれど、さすが皇宮は南風が強い土地柄か、着いた瞬間から上着を一枚脱ぎたくなる春の様相をしていた。

 皇宮を離れてすでにひと月少々が経っている。そのひと月ですっかりと様変わりし、そして案の定、離宮の自室のバルコニーの手すりにいたはずの雪兎はすっかりとその姿を消していた。

 ただ窓の傍の机に綺麗な白い布を置き、そこに融けて消えた雪兎の目と耳であったであろうヒイラギの実と葉が並べ置かれているのを見ると、その憎い心遣いに苦笑が浮かんだ。

 日々この部屋を掃除してくれていたメイドか誰かが融けてしまうその日までしっかりと雪兎を見守ってくれたのだろう。

 それから留守中に届いていた手紙類の処理と、続々とやってくる皇宮官吏からの新年の挨拶などを受けている内に二日が過ぎ、月半ばになって竜車で先発していた側近達も遅れて皇宮に到着した。

 その夜は皇宮で迎える二度目の火焚きの神事の夜だったけれど、それに赴くことはなかった。


  ***


「新年のお慶びを申し上げます、リディアーヌ様」

「ええ、おめでとう、アンジェリカ。元気そうで何よりね。帰国の間、特に問題はなかった?」

「はい。万全の態勢を整えていましたが、ちょっと拍子抜けするくらい平和でしたよ」


 リディアーヌ達より少し遅れて皇宮へ到着したベルテセーヌに、さっそくの面会の申し入れがあり、リュシアンが養父と連れ立って外に出たのに対し、リディアーヌは嬉々としてやってきたアンジェリカと茶議棟のベルテセーヌ保有棟で顔を合わせた。今回もこちらにやってきているラジェンナがあまり人目には付かせたくないこともあり、リディアーヌが自ら足を運んだものである。

 すっかりと侍女のような姿が板についたラジェンナが、「アンジェリカ様はもう少し報告というもののやり方を覚えた方が宜しいですね」などと笑いながらお茶を淹れてくれる。もれなくアンジェリカの頬はぽっと赤くなったけれど、そんなラジェンナの手に見慣れない装飾が増えているのを見ると、リディアーヌもクスと口元を緩めた。

 確かに。何事もなく拍子抜けするくらい平和に、アンジェリカにも“()()”ができることになったようだ。微笑ましいことである。


「クロードの……グレイシス候のお加減はどう?」

「ええ、もうすっかりと良くなりました。新年の祝賀にも参加できましたし、恒例の狩猟祭にも参加されましたよ」

「狩猟祭……そういえばベルテセーヌにはそんな行事もあったわね。寝起きの獣が里に下りてこないよう間引くのよね。アンジェリカ、貴女も参加したの?」

「ええ。勿論見ていただけですが。教わった通り、獲物を祭壇に捧げて、一番の大物を仕留めた勇者に褒賞を授与するお役目も務めました。今年の勇者はジュード殿下でしたよ」

「張り切って獲物を狩りまくるジュードの姿が目に浮かぶようだわ」


 ラジェンナはアンジェリカの無邪気さを窘めたけれど、やはりアンジェリカの話を聞くのは楽しい。きっとこれまではまともに関わることもできなかったであろうイベントごとに、心から楽しんで参加した様子が窺える。それにアンジェリカが語る周囲の人々の話はとても生き生きとして色鮮やかで、聞いているだけでその情景が思い浮かぶ。話し上手なのだ。


「そういうリディアーヌ様はどうお過ごしでしたか? マクシミリアン公子様がいらしていたのですよね?」


 一通り満足するまで話し終えたところで、ニヤニヤと嬉しそうにこちらにも話題を求めてきたアンジェリカに、どうしたものかと困った顔をする。

 当然だが、お隣の国であるベルテセーヌにはヴァレンティンに思いがけない客人があったことはすぐに伝わったらしく、年明け早々、リュシアンからは『大丈夫なのか?』と心配する手紙があった。

 本来ならば私情を後回しにして国と国との関係という公的な部分での憂慮を第一にするべきなのが王侯というもので、そういう類の手紙はリュシアンだけでなく方々から受け取ったし、リディアーヌもそのための返事は何日も周囲と話し合って考えていた。

 なのにアンジェリカときたら。何故そんなにも嬉しそうなのか。


「アンジェリカ、まずは懸念を示すべきではなくて? 私はこの出来事のせいで、ザクセオン大公閣下に相対するのが恐ろしくて仕方がないのよ」

「あら、では楽しくなかったのですか?」

「……まったく。困った子ね」


 でも結局はアンジェリカの無邪気な顔に(ほだ)されて、そう苦笑するしかなかった。


「私、知ってますよ。リディアーヌ様の『困った子ね』は、『困っちゃうほど可愛い子ね』という意味なんですよね」

「……」


 ま、まったく、すっかりと歯に物着せなくなったのだから。一体どこの誰の影響だろうか。


「えぇ、えぇ、認めるわ。貴女はとっても可愛い子よ、アンジェリカ」

「ふふっ。やった」


 とはいえいつまでも雑談だけでこの貴重な時間を潰していいわけではなく、ある程度世間話で場が和んだところで、「それで」とリディアーヌから話を切り出した。

 そこからはラジェンナなども交え、もう少し詳しく国内の情勢のことを聞きだした。

 セザールが良くまとめてくれているが、外戚の厄介に困っているらしいこと。母メディナ王太妃がもう少し親族に威を効かせてくれたらいいのにと愚痴っていたこと。リュシアンが皇帝戦で思いがけず威を放っていることに対し、国内で誰もかれもが王妃を出そうと躍起になっていること。その中でわずかながらリディアーヌ元王太子妃の名を出す者もいたが、それについてはセザールやジュードが随分と意識を向け、『この情勢下でヴァレンティン選帝侯家に王を見限らせる気か』と圧力をかけているため、大事にはなっていないこと。

 何度かラジェンナが「それ以上は」と口の軽いアンジェリカを制する場面もあったが、比較的、他国同士という間柄とは思えないほどに豊富にベルテセーヌ国内の情報が入ってきたと思う。

 何しろヴァレンティンではうちの可愛くも困った弟がベルテセーヌに関心を抱いてしまっているので、この調子でしっかりと国内の情勢については情報を仕入れておきたいところだ。あるいはアンジェリカもそれを察した方々から、突っ込んだところまで情報を流していいと指示されているのかもしれなかった。


「フレデリクに関する噂もあったかしら?」

「ええ……一応、以前こちらにいらしたヴァレンティンの公子様は、という枕詞の噂ですが、クロード様が言うには、比較的貴族達の間でもフレデリク様が亡き王子殿下のご嫡子なのではという噂は広まっているそうです。その……何しろ、外見が」

「お兄様にそっくりだものね」

「私は先の王子殿下を直接知らないので分かりませんが、少なくともリディアーヌ様にはそっくりだと思いました」


 それはそれで嬉しい言葉ではあるが、しかしやはりそうなったかという気はしないではない。特にこの珍しい髪の色は父譲り、ひいてはレティシーヌ王妃譲りで、ベルテセーヌ王室の中でも珍しい色なのだ。さらにフレデリクは瞳の色まで兄譲りである。見る人が見ればそうと分かってしまうのは当然だった。

 一応そういう懸念もあって、(くに)(もと)のマドリックにもフレデリクの身辺の警護はいつも以上にしっかりするよう命じてあるが、こういう話を聞くと益々心配になってしまう。


「せめて皇帝戦が終わるまでは、周囲が静かであることを願うわ」

「皇帝戦が終わるまでですか?」

「考えてもみて、アンジェリカ。もしリュスが皇帝にならずベルテセーヌの王として引き続き在位することになれば、フレデリク……先々王の正当な嫡孫という存在はベルテセーヌの貴族達にとってどういう存在になると思う?」

「リディアーヌ様が溺愛しているヴァレンティンの可愛い公子(おうじ)(さま)です」

「……」

「……」

「こほんっ。あの、私が思いますに、はっきりと王位の放棄を明言なさっているリディアーヌ殿下に対し、フレデリク殿下は今再びベルテセーヌの王位転覆の(はた)(がしら)とされるのではないかと」


 アンジェリカに代わってラジェンナが口を挟んだところで、アンジェリカも「あっ」と声をあげた。どうやらまだ教育が足りていなかったようである。


「現王統に思う所がある人にとっては体のいい旗頭。そうではない今の安定の継続を狙う者にとっては邪魔な王位継承権保持者。こと、デリクがヴァレンティンの正統な継承者だからそんな心配は無用だと言えればそんな懸念も減るでしょうけれど……」

「ヴァレンティンはリディアーヌ公女殿下がお継ぎになるのですね?」


 チラとリディアーヌの指元にも増えている装飾品を見て言ったラジェンナに、「そうなりそうね」とリディアーヌも頷いて見せた。

 ザクセオンという()えある選帝侯家から婿を取ってしまえば、ヴァレンティンが後継に公女を選んだことはもはや明確として各国に認識されるだろう。だったら大公が溺愛するもう一人の子フレデリク公子をどうするつもりなのかと、ヴァレンティンに不本意な野心説が上がりかねないことは想像に難くない。

 ヴァレンティン大公を知っている人にとってみれば『まさか』と鼻で笑う所だが、彼らがフレデリク本人を知らない以上、本人の野心かという視点で疑われることもあるだろう。


「一方でリュスが皇帝に選出されたとしたら、国内はセザールが統治することになるわ。今からすでに堅固にセザールを盛り立てる外戚派閥と、本来王位につき得なかった王であることと外戚勢力に反発する派閥とが二極化する構図が浮き彫りなのに、そこに正統な血筋のデリクが巻き込まれるようなことがあれば……」

「心配が絶えないことになりますね」


 理解あるラジェンナの言葉に深く頷く。

 皇帝戦は、もはや終盤。ひと月後には決着がつく。私達はすでに今この瞬間の皇帝戦だけではなく、その後のことも考えねばならない時期に差し掛かっているのである。


「皇帝戦が終わったらすぐにでもこの問題に取り掛からねばならないわ。アンジェリカ、気を抜くんじゃありませんよ」

「は、はいっ。勿論です」


 ピンと背を伸ばして返事をする可愛い子にクスと笑って見せる。

 心配と同じほどにその成長を楽しみに思う自分もいて、あまり未来に悲観的にならずに済むのは、きっとアンジェリカの人柄のおかげなのだろう。

 そうして今しばらくアンジェリカやラジェンナと必要な話、あるいは教訓を授けながら時間を過ごしていると、程なく養父の方にいたフィリックがこちらにやって来た。

 あちらでの話し合いの内容を要約してリディアーヌに伝える役割を任せてあったはずなので、そんなフィリックが中座してこちらにやってくるとは思えない。あるいはあちらの話し合いはもう終わったのだろうかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。


「姫様に、急ぎの伝言でございます」

「何事かしら?」

「先程、セリヌエール公爵夫人の馬車からヴィオレット妃が下りて来るところを目撃したとの情報がありました。馬車は選帝侯家の離宮の並ぶ方面からやって来たとも」


 カチャンとティーカップを置いて難しい顔のまま口を引き結んだリディアーヌに、アンジェリカがハラハラと様子を窺ってくる。内容の意味が分からなくても、何か良くないことらしいという気配は感じているのだろう。


「ナディアが、再びヴィオレットに接触した……と? それも、揃って選帝侯家の離宮を訪ねていた可能性があると……」

「はい」

「……どこの離宮かしら?」

「今、ククが調べに入っていますが、調べさせているのは……」

「ヘイツブルグ大公家」

「はい」


 いつも通りなら、ナディアはきっとこちらに付いてすぐ、新年の挨拶を兼ねた手紙をリディアーヌに寄越していたはずである。だがそれもまだ受け取っていないから、てっきりまだこちらに着いていないのだと思っていた。それがどうしたことか。

 それに冬の最後の大夜会では、たまたまヴィオレットが来てしまったから、連れ立って馬車に乗せて送り届けたのだろうと楽観視していた。それが、リディアーヌにも隠れてコソコソと再び接触をしていたと? しかも連れ立って、ヘイツブルグ大公を訪ねていた可能性があると?

 無論、ヘイツブルグ大公家と決まったわけではないし、あちらにはナディアやヴィオレット妃も親しくなったアンナベル公子妃もいる。ただそちらにお呼ばれしていただけという可能性だってある。

 だが何だろう。このなんともおさまりの悪い苛立ちは。


 そもそもナディアには、先だってギュスターブ王に関する弾劾文書をバラまいたヘイツブルグ大公への情報提供をかっていたのではないかという疑念もある。それについてはナディア達の立場柄のこともあり、気に入らないものの理性の上では納得できたのだが、段々とその行動の度が過ぎ始めている気がしないでもない。

 しかもナディアが(いま)だにヘイツブルグ大公と接触して何かをしているのだとしたら……フィリックの視線が、『それでもまだご友人とやらを笑ってお見逃しになりますか?』と言わんばかりのものになるのも仕方がない事であった。

 フォンクラークとヘイツブルグは、何をするつもりなのか。

 わざわざこの皇帝戦という舞台で、何を企んでいるのか。


 言いたくはないが、フォンクラークはかつて皇帝候補であったベルテセーヌ王の暗殺に一役買った前科持ちだ。ギュスターブ王はともかくナディアがそれを繰り返すような愚かな真似をするとは微塵も思っていないが、こちらに何も情報も寄越さずヘイツブルグや、はてはヴィオレットなどに個人的に接触している様子に、これ以上懸念を抱かず静観し続けるだなんてことは出来ない。

 以前養父とその話題になった時は『何しろナディアですから』なんて言葉で濁したけれど、そこに“万が一にもナディアが敵にまわったならば”という不安と懸念は、胸の奥底にずっと滞っていたのだ。一体ナディアは、何を考えているのだろうか。


「フィリック……どこかのタイミングで非公式にナディアに会って話を聞きたいわ……」

「姫様は侯爵夫人には随分とお優しいんですね」

「……いいから。黙ってナディアの明日の予定でも調べておいてちょうだい」

「かしこまりました」


 そそくさと去って行く腹心を見送りながら、ふぅと息を吐く。

 アンジェリカには皇帝戦の先の話をしたけれど……やはりまだまだ、今この瞬間の問題も山積みで、気が抜けないらしい。






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