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9-10 反撃の円形議場(1)

 ドレンツィン大司教の招きに預かってから一日を挟み翌日、書架棟での仕事を終えると円形議場に出向く準備をした。いつもはただ聴講するばかりだったが、今日は議場から正式にパネリストと招かれている。

 今日の議場での議題提供者はドレンツィン大司教で、その題目は『聖女のあるべき場所に関する討論会』である。当初からドレンツィン大司教が議題を提出することは決まっていたものの、この題目は昨日変更され、その日のうちにリディアーヌの元に招請状がもたらされたものであった。急に題目が変わったことに、ドレンツィン大司教が催した茶会でのリディアーヌとヴィオレットとの応酬が影響していないはずはなかった。

 (あらかじ)め渡されていた資料にはただ昨今方々で話題に上がっている“ベルテセーヌの聖女”と“帝国の聖女”という在り方に関する整理と議論であるかのような流れが書かれていたけれど、その題目が“あるべき場所”などという言い方をしている以上、大司教がついにリディアーヌ達が懸念していた事柄について突っ込んで議論するつもりであることを想定させた。

 すなわち、聖女の存在だけではない、動かすことのできない聖地という存在がベルテセーヌにはあるという、そのことである。それに一体、誰がどれほど気が付いているか。少なくともベルテセーヌとヴァレンティンはすでにそれについてを散々話し合って来た。方針は定まっている。


 これまで一度として円形議場なんかに現れたことのなかった養父がリディアーヌを連れて議場へやってくると、おのずと周りはざわめいた。すでに議場にいたリュシアンやアンジェリカと挨拶を交わしたところで養父達は上のボックス席へと下がったが、リディアーヌは招請状を受け取っている身なのでそのままアンジェリカと議場の中央へと降りて行く。すでに何度も議場に足を運んでいるが、ここに入るのは初めてだ。

 すぐ隣にはアンジェリカで、向かいの席には程なくやってきたヴィオレットが腰かけた。他にもエティエンヌ、テスティーヌ、ラモーディオの三枢機卿猊下に本山のアンジェッロ司教というドレンツィン枠の選議卿達、そして下座には各国の聖職者枠の選議卿達が並び、周りの傍聴席にも皇宮中から集まったのではないかというほどの沢山の聖職者が座っていた。

 リュシアンやアルトゥールはパネリストとしては招かれていないので、今回アンジェリカやヴィオレットに並んでリディアーヌに声がかかったのは教会関係者としてである。もはや周知の事実とはいえ一応聖女であったベルテセーヌの王女は死んだことになっているはずなので、ここにリディアーヌが招かれたことはそれだけでも重大な意味を持つ。いっそ思い切った選択であったと言ってもいいだろう。リディアーヌへの招請はほんの先日急遽決まったことであるから、あるいはこちら側の聖職者達の働きかけなのかもしれない。


 そうしておおよそ人が集まりきったところで、サンチェーリ司教とシリアート司教、二人の補佐役としてフィレンツィオを伴った教皇聖下がお出ましになった。


「教皇聖下におかれましてはこのようなところまでお足をお運びいただきまして恐縮でございます」

「いえいえ、私もとても興味がありますので、招いていただき感謝いたしますよ、ドレンツィン大司教。それから聖女様方におかれましては、高い所より失礼いたします」


 ドレンツィン大司教の呼びかけに対して、相変わらず教皇とは思えない穏やかな物腰で低い場所になる議場にいる誰とも知れない聖女達に礼を尽くした教皇聖下に、たちまち聖女という称号を冠する三人の間で視線が交わった。さて、一体誰がそれに答えるのか。

 アンジェリカが窺うようにリディアーヌを見たが、少し考えたリディアーヌはすぐに軽く首を横に振った。下手にここでしゃしゃり出て、リディアーヌが聖女として首座にあるかのような印象はつけたくない。


「とんでもございません。聖下にいらしていただけるとは光栄でございます」


 アンジェリカと視線でやり取りしている内にもヴィオレットが嬉々として声を上げ一礼する。それを受けてからアンジェリカも、「お耳苦しくないよう頑張ります」と返答した。

 ただしリディアーヌは答えない。その様子を見て取ったらしいドレンツィン大司教は、少しの返答を待つ沈黙を享受した後、だったらとでもいうように「では本日の議題を始めましょう」と切り出した。


「本日、議題として提出させていただきますのは昨今この皇宮内でも広く議論の的となっている聖女のあるべき所についてでございます。中にはある事ない事、()(ろん)な噂も飛び交っております。これには教会に属する立場としても看過しかねる事態であり、ここに昨年聖女としての聖別を承認されましたアンジェリカ聖女様と、先だって同じく承認されましたヴィオレット聖女様、そして二人の大司教からの推薦を受け、()(じつ)にお詳しいヴァレンティン公女殿下をお招きし、議論させていただきたい次第でございます」


 なるほど、故実に詳しいときたか。さすがに聖女と紹介することは避けたようである。二人の大司教ということは、エティエンヌ猊下とテスティーノ猊下あたりであろうか。


 それからドレンツィン大司教はまず今現在議論となっている問題についてを端的に説明した。

 まず過去になく複数の聖女が存在しているという異変に対しある事ない事の噂があるが、聖女承認の儀は間違いなく正式な儀式と手順によって行われたもので疑いようがないことを、正式な記録を提示しながら公言した。特に周囲に大勢の目があり教皇聖下によって承認されたヴィオレットと違いアンジェリカの聖別はほぼベルテセーヌの関係者と聖職者のみがリンテンという場所で閉塞的に行われた儀であったため、それに対する聞くに堪えない噂なども流れていたらしい。ドレンツィン大司教は教会側の見識として、そうではないことを明言した。この辺りは選帝侯としての立場ではなく、教会の面目として必要な事であろう。

 そうしてアンジェリカをフォローしたかと思うと、次にはヴィオレットの生まれであるオリオール家の没落についてもまた熱心にフォローした。どうやらそちらについても皇宮内にはよからぬ噂があったようだ。だが大司教の話しぶりはいかにもヴィオレットが悪事を嫌って家と国を捨てて自ら国外に出たのだとか、一族の憂えを断つべく行動した兄君が家を継いでおり後ろ盾がちゃんとしているだとか、聞くに堪えないフォローだった。

 まぁそれは今日の本題でもないし今はリディアーヌが発言する場でもないので黙って聞いたけれど、今そこで分厚い面をして聞いているヴィオレットの恥知らずぶりはどこかではっきりと公言したいものである。


「そして今最も盛んに囁かれていることが、“ベルテセーヌの聖女”であり続けるのか、それとも“帝国の聖女”を実現するのかであります」


 ようやくそれらしい内容が出てきたところで周囲の傍聴席の熱気も高まる。

 すでにアンジェリカとヴィオレットが度々聖職者に招かれ接触していることは伝わっているようで、おそらくクロイツェンがベルテセーヌが独占してきた聖女という制度を解放しようとしていることも知られているのだろう。だがあくまえも今はまだ噂の段階であって、周囲もその真意を知りたがっているのである。


「この帝国では初代皇后陛下にして聖女であらせられたベルベット・ブラウ陛下以来、聖女という存在により神国として神々に守られ、存続して参りました。しかし王国が帝国制へと移行し、初期のベルテセーヌ王室による帝位一極集中時代を経て徐々にそれが()(かい)してゆく中、何故かベルテセーヌ王室にのみお生まれになる聖女様の存在もまたベルテセーヌ王国内部に秘匿される存在へと形態を変え、今ではその存在がただの象徴やお飾りであるかの如く勘違いされるほどに原初の信仰の在り方を(ゆが)めております」


 実際、ベルテセーヌと深い縁を持ち、聖女の血筋にも関わってきたヴァレンティンにいてなお、臣下の中には聖女というものの存在をただの象徴であるかのように誤解している若者達がいた。聖女をお伽噺の中の登場人物の一つかのごとく見失っている東大陸などは猶更だ。そのくらい聖女が閉ざされたものになっていることは確かである。

 原因は明らかにベルテセーヌの内政にある。だが逆に言えばベルテセーヌが聖女を皇后に立てずに内に秘匿することを選んだことで自ら皇帝位への優位性を削ぐことになったのも事実だから、他国にはメリットであったと言ってもいいはずだ。それが巡りに巡って今の時代には聖女を秘匿していると非難されるのだから、まったく皮肉なものである。


「本日はこの場をお借りして、聖女とは何であるのか。王国の聖女と帝国の聖女の在り方とそれに付随するいくつかの問題を提起させていただく次第であります」


 ドレンツィン大司教がざっと話をまとめたところで、司会者から「まずは聖女とは何であるのかをご説明いただきましょう」としてヴィオレットをその解説者に名指しした。

 もっとも聖女暦の浅いクロイツェン籍になっている聖女を名指しするのだから、あの司会者はドレンツィン大司教が用意した“クロイツェン派”の司会者であろう。ここは先程“聖女の故実に精通しているから”などと紹介したリディアーヌに振ってくれてもいいところなのに、なんともあからさまである。

 ヴィオレットがどれほどきちんと答えられるものかという(いぶか)しみもあったのだが、どうやらそこはあらかじめ、おそらくは大司教か教皇聖下か誰かから助言をもらっていたのか、ヴィオレットは分かっていましたとばかりに(よど)みなく返答した。


「聖女の最も大きな役割は、ベザの王……あるいはベザの子孫を神々に告げる古儀を継承していることです。聖女派そのために必要な聖遺物を持って生まれ、そして実際にベルテセーヌではその代々の王の即位に際し、聖女が秘儀を行ってきました。他にも、聖女のみに言い伝わる様々な古儀があります」


 その返答に、すかさずザクセオンの選議卿であるトレファーノ司教が手を挙げ発言を求める。


「即位奉告の古儀については聞いたことがございます。しかし他に様々と仰いましたが、例えばどのようなものでしょうか」

「それは……そう、例えば神々との神問であったり、聖水を作る術をもっていたり。神への誓約文を記すためのインクの作り方など」

「……インク?」


 首を傾げたトレファーノ司教に続けて、周りの司教様方も首を傾げて互いに目を見合わせた。

 そりゃあそうだろう。インクの作り方って……思わずリディアーヌもため息が零れてしまう。それは聖女の責務ではなく聖女が隠すべき秘儀である。

 仕方がないのでチラリとアンジェリカを窺うと、こちらを見ていたアンジェリカがすぐに頷いて手を挙げた。その様子に司会者は少し躊躇を見せたようだが、皆の注目が既にアンジェリカに集まっている以上、名指ししないわけにはいかないだろう。


「どうぞ、アンジェリカ聖女」

「妃殿下の仰られた神問は聖女の責務ではありません。聖水やインクの件は確かに聖女にできる事ですが、これはただの雑務です。私達ベルテセーヌの聖女が責務としているのは即位奉告への奉仕の他に、決まった年ごとの聖地の巡礼と、収穫期の豊穣、年始の国家安寧という年二度の誓願が主です。またこれまでの聖女の記録を見る限り、臨時に国家のための祈願をした例もありました。これらの誓願はいずれも“ベルテセーヌのため”ではなく、“ベザの繁栄のため”の祈願ですから、王国の聖女と呼ばれベルテセーヌの王室と教会によって挙行される神事とはいえ、すべて帝国のための神事であると言えます」


 ほぅ、と周りから漏れた感嘆の中で、ヴィオレットが驚いたようにアンジェリカを見つめる。思った通り、ヴィオレットは聖女の具体的な役割をなんら存じていないのだ。

 それもそうだ。聖女のなすべき儀のすべては聖女書庫の書物に書かれていることで、それを知っているのは聖女と、そして代々聖女を補佐して神事を差配してきたベルテセーヌの教区長だけだ。ヴィオレットは書庫に入ったことも無ければ教区長からなすべき仕事を教わったことも無く、またヴィオレットがベルテセーヌにいた頃にはそもそもベルテセーヌに聖女がいなかった時期がほとんどであり、一度もその神事を見たことがない。かろうじて自分の聖女選別の儀を経験したくらいである。

 彼女が知っているのは、彼女が“ゲンサク”と呼ぶ妙に(いびつ)な未来の話に(ちな)んだもので、そしてそのゲンサクとやらには穴が多い。多分、即位奉告のことと聖水の作り方と特別なインクの作り方、そして今彼女が身に着けている四代目聖女の鍵のこと。それがヴィオレットが“ゲンサクのリディアーヌから教わったこと”のすべてなのだ。

 だからつい先日ベルテセーヌでアンジェリカが初めて奉仕した豊穣感謝の祈願のことすら存じていない。


「アンジェリカ聖女、今“帝国の祈願”と仰いましたか?」

「はい、大司教様。私はまだ聖女としての日が浅く、神事にも数えるほどしかお仕えしていません。しかし先日神々に奉告した感謝の祈願文は確かにベルテセーヌではなく、帝国全土の豊穣への感謝を奉告文に(つづ)りました。そのことは儀式に参加していたベルテセーヌのすべての司教様方や、国王陛下、王室の皆様、重臣の方々、皆が見届けていらっしゃいます」


 チラリとドレンツィン大司教の視線がリディアーヌを向いたので、リディアーヌもこくりと頷いて見せた。


「そもそも聖女の生まれる条件も即位奉告でベルテセーヌ王を告げてきた理由も、すでに先日お話しさせていただいた通りです。ここに集まる皆様のために今一度申し上げると、神々は初代皇帝陛下とブラウ妃の血を濃く引き、神々が認知するところの系譜上にある者が正しくベザを統治していることを求めており、その系譜は同時に聖女が生まれる系譜でもあります。聖女がベルテセーヌに生まれるのはベルテセーヌが最もベザとブラウ妃の血が濃い後裔だからで、聖女がベルテセーヌ王の名を継げるのも同じ理由です。私達は決して、ベルテセーヌを贔屓しているのではありません。それが必然だから、聖女もベルテセーヌに生まれるんです。もしも他の国に聖女が生まれてもその国が聖女に正しく帝国のための祭祀を行わせるのであれば、口を挟むつもりはありません」


 途中少しつっかえそうになりつつも、このひと月の間、隙を見ては顔を合わせて叩き込んできた聖女制というものをきちんと説明しきったアンジェリカは、ほっと安堵の息を吐いた。よく頑張った。

 ざわざわとざわめく議場に、ドレンツィン大司教も少し考えふけっていたようだが、ほどなく手を挙げて議場に静粛を止めた。


「なるほど、理解致しました。どうやらこれまで我々はベルテセーヌ教区の聖職者や聖女様との対話を怠ってきたようです。我々の認識していない祭祀があったことに驚きを隠せません。あるいは本山ではすでに知られた話でしたでしょうか」


 そう上座寄りに座る枢機卿方を窺ったドレンツィン大司教に、「まったく知らぬものでもない」とエティエンヌ猊下が答えた。そのことに、きゅっとドレンツィン大司教の眉根が寄った。


「私は存じておりませんでしたが、エティエンヌ大司教はどこでお知りになったのでしょう」


 逆にそう首を傾げたのはセトーナ系の本山枢機卿であるラモーディオ猊下だ。


「私の弟子に“正聖女殿下”と血縁を持ち、恩師と呼ばれている司祭がおります。ベルテセーヌとも長らく親交を持つリンテン出身であり、かつて殿下より(くん)(とう)を得たと聞いております」


 アルセール先生の話だろう。はて、薫陶を与えたつもりは無いが、確かにカレッジ時代、色々と助けてもらう傍ら聞かれるがままに聖女に関する話をいくつかしたように思う。当時はただの聖職者としての好奇心かと思っていたが、あるいは情報収集でもされていたのだろうか。

 まったく、隅に置けない先生である。


「それに本山には帝国皇后として聖女様がお立ちでいらした頃の祭儀の史料などが残っております。枢機卿以上であれば誰でも閲覧できるものです。そうですよね? 教皇聖下」

「ええ、確かにございます。私も今のアンジェリカ聖女のお話しにはどれも聞き覚えがございます。詳しい作法までは残念なことに書き残されていませんが……聖女様方にはどうやら代々きちんと伝わっておられるようですね」


 不思議なことです、とニコニコ微笑む食えないお人に、益々ドレンツィン大司教は口を曲げた。さもありなん。味方だと思い仕えている御方にそんな隠し事をされているとは思わなかっただろう。

 いや、むしろそこからドレンツィン大司教は元よりヴィオレットにも話が通っていなかったということは、教皇は敢えて知っていて口を(つぐ)んでいたことになる。あくまでも聖女というものを教会の秘事として囲うべく、隠しておきたいのかもしれない。

 それを思うとここでアンジェリカが『別に隠すようなことではないですよ』と()(やす)く聖女の仕事について暴露したことは、教皇側へのいい打撃になったかもしれない。


「早速、王国の聖女か帝国の聖女かというお話に無意味さという影が差してまいりましたね。聖女様がお生まれになるのはただその血筋による必然であり、その祭祀が帝国のために行われているのであれば、わざわざ帝国の聖女として聖女様をベルテセーヌから遠ざける理由はございません」

「いやいや、逆にそうであるならベルテセーヌにお留めする必要の方がないというものではなかろうか」


 肯定的なクレメンテ司教に対しすかさずアンジェッロ司教が反論を出す。確かにどちらの言い分もその通りである。だがそこに良い切っ掛けを得たとばかりにコホンと咳払いしたドレンツィン大司教が再び注目を集めた。


「ここに私からも一つ、議題を提出させていただきます。本日の本題として私は“聖女のあるべき場所”と書かせていただきました。私がこの次の皇帝陛下をお決めになるための期間にあえて提言させていただきたい議題はそれでございます」


 あぁ……やっぱり。来たな、と、リディアーヌはこぶしに力を籠める。

 いずれ誰かがそれについてを口にするだろうとは思っていた。だがまさか皇帝候補を交えない聖職者と聖女ばかりを集めたこの議場で、それもドレンツィン大司教によって切って落とされるとは思わなかった。


「本来聖女様は歴代に一人。しかしその聖女様方は誰に教わるわけでもなく、古儀を継承して参りました。そこでアンジェリカ聖女にお伺いいたします。聖女様は一体どこで、どのようにしてその古儀をお知りになったのでしょう」


 大司教がアンジェリカに言わせたい言葉は分かっている。あらかじめどこかで誰かがそれを提言するであろうことは先んじてアンジェリカにも教えてあったから、アンジェリカも困惑する様子は無く、ただ緊張した面差しをしながら口を開く。


「聖女には、聖女のみが代々受け継ぐ膨大な記録があります」

「聖女書庫といいます!」


 そこに余計な口を挟んだヴィオレットに、思わずギロリと視線を向けた。

 どうやら聖女書庫という名前とその存在は知っていたらしい。先程アンジェリカに発言を奪われろくに聖女の仕事を答えられなかったものだから、その失点を取り返すべく慌てて口を挟んだのだろう。だがまったく、余計なことをしてくれる。


「聖女書庫、ですか……」


 ドレンツィン大司教は再びチラリと教皇聖下を窺ったが、これには聖下も「初耳ですな」と答えた。

 ベルテセーヌに存在するベザが落ちた場所、すなわち聖地のことは本山にもよく知られている。だがその聖地に存在する書庫のことは聖女とベルテセーヌの教区長、そして歴代のベルテセーヌ王しか知らぬことだ。

 実際のところ今はリュシアンの弟達や一部側近、ヴァレンティンの一部にも知られてしまっているが、その実態についてはリディアーヌも深く語ったことはない。真に秘匿するべきものの一つだ。


「ふむ。その存在は初めて聞きましたが……しかし聖女様。もしやその書庫は、ベルテセーヌの“聖地”にあるのではないでしょうか」


 きゅっとアンジェリカが口を引き結ぶ傍らで、「その通りです」と答えたのはまたしてもヴィオレットだった。

 はぁ、まったく……能天気が過ぎる。


「なんとっ。皆様、お聞きになったでしょうか。帝国の祭祀を担う聖女の秘儀は、聖地にあるのです。しかし私達はその存在を知りませんでした。何故か?! しかり! “帝国の聖地”は、帝国でも教会でもなく、“ベルテセーヌ”の国土なのです! おかしいではありませんか!」

「?」


 一斉に広まったざわめきの中で、ヴィオレットが困った顔で首を傾げている。彼女は自分がどれほどの失言をしたのか分かっていない。いや、分かっていたとして、もはやベルテセーヌなどどうでもいいのだろう。そう言っているも同然の様子だ。


「確かに……教会も認めている聖地が一国の支配領地であることへの懸念は前々からあった」

「聖地でありながらベルテセーヌの教区長しか入れぬのだろう?」

「それは確かにおかしい」


 やれやれ。困ったものである。

 そろそろ口を挟むタイミングだろう。


「異議を申し上げます」






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