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8-62 手紙の仕分け方

 翌日、朝の仕事を終えてアンジェリカに手紙を出したところで「是非ご昼食を用意してお待ちしております」と、おそらくラジェンナが提案したであろう返信があったので、手軽に軽食で済ませてしまうつもりであったところをご(しょう)(ばん)に預からせてもらった。

 まだ七日間にわたる昼餐会の胃もたれ感も抜けきれない中で不安もあったが、どれもほっと懐かしめるような素朴なメニューが選ばれており、その気の利いた配慮と工夫は十分に昼食を楽しませてくれるものだった。


 それからベルテセーヌ離宮のアンジェリカの書斎として宛がわれている部屋に招かれた。

 リディアーヌはこちらの離宮にはほとんど来たことが無いのだが、案内をしてくれた老年のメイドが「かつてアンネマリー王妃陛下が自らお整えなられた書斎でございますよ」と言うものだから、なんとも不思議な心地であった。だが確かに、赤と深い色のマホガニーの木材を基調とした離宮の中にありながら、その書斎には青と銀の装飾が目立ち、まるで選帝侯家の離宮であるかのような感覚を覚える。

 これが母の好みであったというのであれば、それはそれで複雑な気持ちにならざるを得ないが、しかし少なくとも今のリディアーヌにとっては馴染みのある書斎の雰囲気である。


「かくいう私もベルテセーヌよりリディアーヌ様の執務室に通い詰めた期間の方が長いので、なんだかちょっと落ち着きます」


 そう笑ったアンジェリカに気を(ほぐ)されつつ、改めて同行させたユリタス卿の紹介をおこなった。同時にベルテセーヌ側もきちんとアンジェリカの補佐を付けるべきであったと考慮したようで、壮年の紳士が一人付けられていた。

 これは先んじてリディアーヌから、実力主義の教会では年齢や女子供というだけで侮られることが多いから、実力やら経験やらはどうでもいいので見栄えのする紳士を一人文官に着けると良い、とお勧めしたものだ。それをもとにダリエルが選んできたらしい。


「文官といっても先王時代に罷免されて、王太妃陛下の縁戚の家で家令をしていたという(にわ)か文官です。しかし見た目はこの通り、熟練感と老練感があります」


 ダリエルの説明は実に歯に物を着せないものだったのだが、そう紹介された当のオーリク卿が「文官より侍従と名乗るべき身でございまして」と肩をすくめていた。


「元々グレイシス家の家令にどうかという陛下の推薦もあったのですが、ひとまず文官として配属いたしました。最低限、書記としての経験と公文書に関する知識はあります」

「十分よ。ユリタス卿をお貸しするとはいえ、文書類はきちんとベルテセーヌの文官に担ってもらうべきだもの」


 むしろ足りない所を埋める最適な人材を付けてくれたのではないかと思う。


「ユリタス卿も、他国の者として節度のある行いを。それから卿が優秀とはいえ若手であるのは事実だから、分からないことは適宜こちらに問い合わせて指示を受けてちょうだい。貴方にはアンジェリカの補佐と同時に、ヴァレンティンとベルテセーヌとの情報共有や意識確認としての役割を大きく期待しているわ」

「かしこまりました。私も私の未熟なところは承知していますので、こちらで学ばせていただきながら務めます」


 ユリタス卿は決して笑顔が多いわけではないが温厚で親しみやすいタイプなので、アンジェリカも付き合いやすいと思う。サリニャック候が可愛い一人娘を嫁がせたいと思うほど見どころがある若手でもあるので、ここでの経験が糧になってくれると嬉しい。ただし今は少し緊張した面差しをしている。

 それは多分、リディアーヌの後ろでギラギラとユリタス卿に圧力をかけているうちの子のせいで、またこの任務がユリタス卿にとってフィリックとパトリックというアセルマン家に実力を見定めるための試験みたいなものになってしまっているせいだろう。

 可哀想だがヴァレンティンで議政府に入ろうと思うとアセルマン家からのこの手の洗礼は必須なので、未来の義兄ケーリックを見習って頑張ってもらいたいものである。


「あまり時間もないし、さっそく問題の招待状を確認しましょうか」


 そう切り出したリディアーヌに、侍従と侍女が二人がかりでテーブルの上に銀盤を置いた。一つは教会聖職者達からのもの。もう一つが王侯貴族関連のものであるようだ。


「王侯関連も結構来ているわね」

「はい。ご相談は聖職者の方でしたが、こちらもできる事なら確認していただけたらなと思って。一応ヘルミーナ様のお誘いと、アンナベル様がいらっしゃるこちらのノヴェール伯爵夫人のお招きには参加したいと思っています」

「ノヴェール伯はコランティーヌ夫人と同じセトーナ保守伝統派ね。アンナベル妃とダウレリア様……他のリストをみても比較的セトーナ寄りの集まりだと思うわ」

「……行くのは良くないですか?」

「いいえ、ベルテセーヌの困った国王と王弟達が揃いにも揃って独身主義な以上、アンジェリカは必然的にこれからも外交的な夫人達との役割を担うことが多くなるわ。セトーナ保守伝統派の夫人達は(ふところ)の深い方が多いから、顔を売っておいた方がいいわね」

「うっ……」

「若くて未熟であることが知られている今の内はとてもいい機会だから、こういう女性達の社交にはどんどんと出ておきなさい。ただどういう集まりなのかを把握して、下調べと、気を付けるべき発言について弁えているかどうかは大切よ」


 チラリとアンジェリカの後ろに立つラジェンナと侍女達に目配せしたところで、彼女達も真剣な顔で頷いた。


「ラジェンナ嬢、このお茶会の前日にはアンジェリカにベルテセーヌとセトーナの歴史と作法をしっかりと叩き込んでおいてちょうだい」

「かしこまりました」

「お手柔らかにお願いします……」


 アンジェリカは勉強を察しておっかなびっくりしているけれど、まぁアンナベル妃もダウレリアもアンジェリカを気に入って下さっているようだったから、最低限の失言にだけ気を付けておけば大丈夫だろう。


「ヘルミーナ妃の方は……こっちの方が心配ね」

「えっ……そうですか? 私、ヘルミーナ様とはとても親しくなったのですが」


 妃殿下を敬称なく名前で呼ぶほど親しくなっているのだから、それは確かであろう。

 ただヘルミーナ妃はこの機会にできるだけ多くの人脈を作るために頑張っていらっしゃるようであったし、自国とクロイツェンの関係に配慮できるほど理性ある王族女性であったけれど、個人的という意味ではヴィオレットとも親しくしてたように思う。


「ヘルミーナ妃の招待状には招待リストが付いていないわ。帝国の作法に不慣れでいらっしゃるのね」

「それは……そうなのですが」


 どうやらヘルミーナを庇いたいらしいアンジェリカに、ついクスリと笑みが浮かんでしまった。別に責めているつもりはないのだが、アンジェリカが外に友人を作ろうとしていることには何やら教え子の成長を見ているようで微笑ましく思う。


「私が心配をしているのは、このお茶会にヴィオレット妃が招かれる可能性よ」

「あ……」

「シャリンナはつい先日クロイツェンと揉め事を起こしたばかりだから大丈夫かもしれないけれど、あるいはその関係修復のためのお茶会である可能性もあるわ。ヘルミーナ妃は元王女殿下としての矜持と格式を持ちだけれど、まだお若くいらっしゃるし、帝国内の情勢にも精通していらっしゃらないようだったわ。だったら貴女とヴィオレット妃の確執についてもきちんと存じていない可能性があるでしょう?」

「……はい」


 アンジェリカの視線も真剣で理性的なものになったのを見て、コクリと頷く。


「もしも可能なら、先んじてヘルミーナ様に他の招待客について尋ねるお手紙を出すといいわ。それがまだ難しい関係であると感じるなら、文官や侍女達に指示を出して情報の収集を行いなさい。文官にも色々と仕事の種類と得手不得手があるけれど、今回ユリタス卿にはありとあらゆる面をカバーするよう指示してあるから、受け持ってくれるわ」

「そういうのも文官の仕事なのですね」

「時と場合に寄るわね。うちはフィリックが勝手にいいように分配するから私が指示を出すことはほとんどないけれど、侍女や侍従の方が懐に入りやすい所もあれば、文官があちらの文官ときちんと情報交換した方がいい場合もあるわ。今回はこそこそ探らせるより文官同士で情報を交換させた方があちらの心証もいいでしょう」

「分かりました。それで、ヴィオレット妃がいらっしゃるようなら避けた方がいいでしょうか?」

「それはアンジェリカ次第ね。というか、外交的な問題も絡んでくるから、シャリンナ以外もすべて、一度は国王陛下にご相談なさい。夫人達との社交がほぼアンジェリカに偏るとはいっても、グレイシス侯爵家という恩赦を受けた立場で国王陛下の意を逸して表に出すぎる事にうるさく言う臣下達がいないとも限らないし、そういうのはいらぬ火種よ。だから誘いを受けていいかどうかは不安な相手だけでなく何度も顔を合わせている馴染みのある相手であっても、とにかく一度すべて陛下にお伺いすること。これは必須よ。まぁ、何度もリュスを通さずに貴女に接している私が言えたことではないのだけれど」


 でもヴァレンティンは今はちょっと特殊な相手だ。養父もリュシアンもそれは分かっているだろうから、わざわざアンジェリカがリディアーヌに助けを求めるのに断る必要はないが、しかしアンジェリカ自身がそういう心構えを知っているのといないのとでは大きな違いだと思う。


「そうですねっ……私、すっかりとそれを失念していました。確かにその通りです」


 これにはアンジェリカだけでなく、周りに付いている皆もコクコクと一生懸命頷いた。


「ヴィオレットの件はリュスの判断を聞いた上で、リュスが問題ないというようなら接触してもいいでしょう。ただその場合は丁寧に、どういったことまで話していいのか、どういう態度で有るべきなのかの意思確認もしておくといいわ。リュスは言葉少なであまり自分から話してはくれないでしょうけれど、聞けば答えてくれる人よ。遠慮なく指示を求めるといいわ」

「私、教えてくださいとお願いするのは得意です。そう致しますね」


 その素直さは実に羨ましいところで、全く心配にならない。そんなアンジェリカに一つ苦笑し、ついでに王侯関連の招待状の中から、この人はあれこれ、こちらはこういう人達、と説明を加えながら、行ってもよさそうなものをチョイスしておいた。

 わりと皇宮関連の職にある夫人達からも招待状が来ていて、これはリュシアンが未婚かつ側近をあまり連れていないせいでベルテセーヌと繋がりを作ることに苦慮していた人達が、突如現れた話しやすいアンジェリカに目を付けた結果なのだろう。

 いくつか一人で出すには不安なものもあったが、その辺りはリュシアンと相談して、経験を積むつもりで行ってみるのも良いかもしれないわ、と言っておいた。特に招待客の中にコランティーヌ夫人やナディアのようなフォローしてくれそうな名前があるところは特にお勧めしておいた。


「あの……この辺りにはすべてリディアーヌ様のお名前もあるんですが」

「あー……悪いわね、アンジェリカ。私は夫人達のお茶会は多分、一つか二つ、行ければいい方だと思うわ」

「……で、ですよね。私、沢山招待状が来ててんぱってましたが、そりゃあリディアーヌ様の机の上はもっとすごいことになっていますよね」

「……ふふふ」


 思わず目が(うつ)ろになりかけたところで、「それでっ、教会の方ですが」と慌ててアンジェリカが隣の銀盤の方の手紙を手に取った。


「この辺りは知った名前でしたが、こちらはすべて知らない名前です。一応調べたりもしましたが、どういう意図で送られてきているのかもちょっとわからなくて」


 さっと並べたところで、リディアーヌにはすぐに傾向が分かり、「なるほど」といって三つの山に分け始めた。その内最も高く積み上がったものに関しては、「これは全部無視していいわ」と伝える。


「全部、ですか?」

「これは聖女の話題を聞きつけて個人的にアンジェリカと知り合いたい、あるいは恩恵にあずかりたいと欲をかいている人達の山よ。皇帝戦には何ら関係ないし、貴女がベルテセーヌの聖女でいてくれる限り、必要のないものだわ」

「な、なるほど」

「逆にこっちは私欲の可能性はあるものの、ちょっと無視しにくい名前の司教様達ね」


 次いで真ん中の山を手に取り、一つ一つ並べて名前が見えるようにする。


「どの面下げてか、バルテレント国教局長官の名前もあるわね。真ん中の山に置いたけれど、これは受けない方がいいわ」

「国教局の長官ということは、この直轄領の教区長様ということになるんですよね? えっと、偉い方だと思うんですが」

「バルテレント大司教は先帝が任命したクロイツェン系の大司教よ。かつて中立派のロドリード司教を皇宮大聖堂から追い出した上役でもあるし、そのロドリード司教様は閑職に回されるには惜しい清廉な聖職者でいらしたから、私が恩師を通じてエティエンヌ猊下に口利きをお願いして、来期からベルテセーヌで教区長補佐として赴任する予定だわ」

「わっ……」


 その不味さに気が付いたらしいアンジェリカがぎょっとして手を引いた。


「バルテレント大司教様自体と揉めたことはないけれど、先帝時代からトゥーリにすり寄ってきた立場の方でもあるから警戒した方がいい相手よ。ただアンジェリカに招待状を寄越したということは、皇帝戦でベルテセーヌから皇帝が立った時に自分の地位が危うくなることを見越しての根回しでしょうね。多分、クロイツェンには知られないよう、こそこそと送ってきたものだと思うわ。だからこそ招待を受けたことを堂々とクロイツェンに知らしめてバルテレント司教の立場を逆に危うくさせてやる……なんて計略にも使えるけれど」

「私には荷が重いです……」

「でしょうね。それに恨みを買ったところで、貴女に『恨みつらみで命を狙われるだなんて普通でしょう?』だなんて言うわけにもいかないし」

「益々荷が重いですっ」


 さもありなん。なので苦笑しながら、その手紙はお断りの山の上に重ねてやった。


「他のこの辺りの司教様達は一応表向き、中立よ。おそらくヴィオレットにも招待状を出して、二人の聖女を見比べようとしているものでしょうね。一対一は避けていいけれど、この辺の何人かをお招きしているものは受けてもいいわ。ただし前日にはみっちりと私からアンジェリカが答えるべき“王国の聖女制”について叩き込むから……日程は前日に私の予定が空いているところだけにしてちょうだい」

「お、お手数をお掛けします……いえ、あの。ちょっと怖いですし、お断わりとか……」

「けれどヴィオレットはある程度受けるはずよ」

「……が、頑張りますっ」


 まぁ聖職者はこういう純朴な聖女を好むだろうから、これも失言にさえ気を付けておけば大丈夫だと思う。とはいえアンジェリカにも聖女制と教会の関係というのをレクチャーするのにちょうどいい機会から、利用させてもらおうと思う。


「それから最後に一番こっちの三通だけれど」


 最後の山の方は、アンジェリカも見た瞬間、理解したとばかりに深く頷いた。


「こちらのロセッティ司教様は存じているようね」

「はい。こちらに来る前に教区長様からお聞きしました。皇宮にいるベルテセーヌ系筆頭の司教様だから、お会いしたら丁寧にご挨拶をしておきなさい、って」

「あちらも一度きちんとご挨拶を、という意図のお招きでしょうから行くといいわ。厳格な方ではあるから挨拶や作法だけはよくよくおさらいしておくといいけれど、理不尽なことを仰る方ではないし、ベルテセーヌ系として皇宮で唯一完全に味方であると言っていい司教様だから安心して胸をお借りするといいわ」

「はい」

「それから残るはドレンツィン大司教と……ふぅ。教皇聖下からの招待状、ね」


 もっともシンプルで清楚な封筒でありながら最も厳かで(きら)びやかなお名前にはため息しかない。

 この二つは出来る事なら断って欲しいが、断るわけにはいかない所からの招待状になる。聖職者と俗世の階級は比べられないものだが、明らかに“目上”からの招待状と言っていいものだからだ。


「この二つは間違いなく、ヴィオレットが来るわね」

「うぅ……」


 そう言いながら開封して確認してみると、案の定であった。

 ただ幸いにも二人の聖女を招いたわけではなく、教皇聖下の方は保護者同伴、もといアルトゥールやリュシアンも共に招かれたものであるようだ。逆にドレンツィン大司教からのものは、各国の選議卿となっている聖職者達が招かれている。リュシアンを同伴させないドレンツィン大司教の招待状の方がちょっと怖いか。

 しばらくその二つを前にうーんと考え込んでいたが、やがて一つ息を吐いたリディアーヌは、「いいわ、そうしましょう」と顔をあげる。


「アンジェリカ、この招待を受ける前に、一度うちの選議卿であるカラマーイ司教に引き合わせるわ」

「カラマーイ司教って……ふふっ。あの、ちょっとおもしろい正司教様ですね」

「甘いわよ、アンジェリカ……正直今ここで私が一考しないといけないくらい、カラマーイ司教は何を考えているのかよく分からない司教様だから」

「えぇ?」


 アンジェリカは懐疑的だが、しかしリディアーヌの後ろでフィリックがその通りですとばかりに頷くと、さすがにアンジェリカも気を引き締めたようだった。


「教皇聖下は突っ込んで探りを入れてこられる御方ではないから、(ぜっ)(せん)はリュシアンに任せて安心して参加していいわ。おそらく聖下はヴィオレット派に心を傾けていらっしゃるでしょうけれど、無理にこちらに引き込む必要もないから、適当にニコニコしておいていいわよ。ただ、こっちがすでにサンチェーリ司教様と繋がっていることはバレないように、懸命に聖下の後ろ盾を望んでいます、という謙虚な姿勢でいること。まぁ、昨日の神事のことでも大仰に褒めておけばいいわ」

「わ、分かりましたっ」

「ドレンツィン大司教の方はおそらく色々と突っ込んだことを聞かれるから、先にカラマーイ司教にアンジェリカのフォローを担ってもらえないか頼みましょう。役に立つかは分からないけれど、こちらにとって悪いことになるようなことはなさらない……と、信じているわ。一応」


 ただはっきりと信じられると言える自信はない。

 リディアーヌは今なお、かつて母と恋仲であったというその人の胸の内を知ることができずにいる。その人が、母と他の人の子である聖女リディアーヌをどう思っているのかも。


「可能なら私も参加したいくらいだけれど……」

「そうであったらとっても心強いです!」

「まぁ機会があればつついては見るけれど、期待はしないでちょうだい。貴女はとにかくこの日のために、出来るだけ周りの聖職者と縁を持って味方を作っておくこととね。他の夫人達のお茶会に行っている間に、アンナベル妃なんかの選帝侯家の身分有る方に対して、ドレンツィン大司教のお茶会に招かれているから貴国の選議卿聖職者のことを知りたい、などと問うておくといいわ。もし引き合わせて上げると言ってくれる人がいるなら、喜んでお受けしておきなさい」

「あ……なるほど。そうですね。そう致します」


 こうして一連の招待状の捌き方をレクチャーしたところで、ラジェンナがほぅっ、と安堵の息をこぼしながら顔をほころばせた。


「公女殿下にご相談できてよかったですわ……丁寧にご説明してくださったおかげで、私もどうやって差配すればいいのかが少し分かった気がいたします」

「ラジェンナ嬢はお若いながら社交的に慣れていらっしゃるし、アンジェリカの身の回りの差配も上手く手助けしていらしたわ。侍女というわけではないから頼みすぎるのもどうかとは思うけれど、できればこれからも良く差配してあげてちょうだい」

「ええ、そのつもりです。アンジェリカ様、宜しければ私のことは侍女だと思って頼って下さい」

「勿体ないくらいです。でもラジェンナ様がいてくださると私もとっても安心です」


 仲のいい二人にちょっぴり不満そうにしている隣の侍女は、そういえばリディアーヌもベルテセーヌで見たことのある顔だった。まだ若いので単体だと頼りなさはあるけれど、アンジェリカとは打ち解けている侍女であったように記憶しているから、良い支えにはなってくれるだろう。


「ラジェンナ嬢だけでなく貴女も。分からないことや困ったことあれば遠慮なく知らせてきなさい。マーサにも頼んでおくからよく相談して、今のうちに(けん)(さん)を積むといいわ」

「何よりのお言葉です」


 少し口をとがらせていた侍女も今度はリディアーヌの視線が自分も向いたため、慌てて表情を引き締め、ちょっと恥ずかしそうに肩をすくめながら深く頷いた。ラジェンナに嫉妬していたのがバレて気恥ずかしくなったようだ。まぁ、大丈夫だろう。

 さて、他にも話しておくべきことはないか、とリディアーヌが改めて机の上を見たところで、「姫様」と後ろからマーサが声をかけて来る。


「恐れながらそろそろお仕度いただきませんと」

「……」


 うん、まぁ……だろうと思ったけれど。

 さっきから妙にマーサとフランカがそわそわしてるな、とか。ええ、まぁ。


「今日は大切な晩餐会ですものね。リディアーヌ様の盛装、楽しみにしてます!」

「ええ、お任せください。アンジェリカ様」


 何故か勝手に分かり合っているマーサに、「王侯の会話に口を挟むのは無作法よ」と思ってもいない注意をしたら、もれなくアンジェリカとラジェンナにカラカラと笑われた。






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