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8-49 クロイツェンの昼餐会(1)

 クロイツェンは、一言でこういう特徴の国だと説明するのが難しい国だ。

 昨今立て続けに皇帝を出していることもあって随分と帝国風に順応しているが、一方で元々は正統王朝であったベルデラウト王国を滅ぼして建てられた国なので、伝統に反するその土地独特の文化を尊重する風潮も併せ持っている。

 クロイツェンを建国した初代国王は、ベルデラウトの東方に暮らしていた半遊牧民族だという。なので本来はシャリンナとも近い文化だったそうだが、そこに当時の皇帝の娘を妃として迎え入れ帝国の一員となってからは、何事も帝国風へと改めて行った。同時に王都を北西寄りの場所からザクセオンに近い国の南東の方へ移転した影響で、大陸南部やザクセオンの文化も取り込んでいった。

 やがて国が成長するに従い、港が栄え、流通が盛んになり、皇帝を輩出するようになってからは世界各国の色々な文化を取り入れることになり、その結果出来上がったのが、これと一言で特徴を言い表せない、とにかく革新的で何もかも入り混じったような活気溢れる国家クロイツェンである。

 国土が広いので、東部、北部、南部、湾岸部などでそれぞれに違う文化や風土があるのも特徴で、クロイツェン料理と聞いた時にリディアーヌが思い浮かべるものも、そういえばあれもあった、こういうのもあった、あんなのもあった、と、どうにも統一感を感じさせない多種多様なものだ。

 少なくとも昔クロイツェン旅行をした際に王都で出されたものは多少味の濃い帝国風の食事といった感じであったが、それはリディアーヌが滞在している間、皇王夫妻やアルトゥールが食べやすい物をと配慮してくれていたからだろう。実際この春の成婚式の時は、昔の普通に楽しめる食事とは打って変わった妙な食事ばかりであった。


 そしてそんな気風は、ヴィオレット妃にとても合っていたらしい。

 今とは異なる前世の記憶、それもまったく異なる星の記憶を持つヴィオレットの感性は独特だ。思想が王侯貴族のそれと異なることは勿論だが、こと食文化に関しては特徴的で、それでも何かこれという一つの傾向があればまだ新たな文化傾向として納得できるのだが、彼女が考えるものはどれもこれも統一感が無く、バラバラで、まとまりに欠く。

 ただ思いついたものを形にしたといっても信じられないのはそのせいであり、そしてすべてにおいて共通しているのが、その土地の気風や慣習、名産や伝統というものが一切感じられないことである。

 だからこの日のヴィオレットが仕切っているという昼餐会で、一体どれほど彼女がクロイツェンのことを考えた(しつら)えとメニューを用意できるのかは見どころで有り、最も見極めたいと思っていたところだ。

 いや……そんなことを言いながらも、本当は分かっていた。どこまで行っても彼女は異質なままであり、自分の知るすべてがこの世で最も尊いと思っているような勘違いをしたままであると。


 そしてそのことは、クロイツェンに敬意を示して、純帝国風に少しの東大陸風のデザインの膨らんだ袖と質量の多いスカートのドレスに、昔ベネディクタ皇女にいただいたクロイツェンの港湾都市風の髪飾りを身に着けてやってきたリディアーヌに対し、『貴女の国の特徴は一体どこへ行ってしまったの?』と頭を抱えたくなるようなシュミーズドレスで出迎えたヴィオレットによって瞬く間に理解させられた。

 しっかりとレースで覆われた襟元とふわふわとした袖に、胸元の大きなリボン。びっしりと刺繍の入った布にたっぷりのスカートのフリル。シュミーズドレスといってもあまり(みだ)らな感じはしないしっかりとドレスとして整えられた豪奢なものではあったけれど、しかしそのドレスはかつてヴィオレットがベルテセーヌでリベルテ商会を通じて広め、今はベルテセーヌの若い淑女達の部屋着や日中の普段着として用いられているスタイルだ。

 確かに生みの親はヴィオレットで、おそらくクロイツェンに渡ってからも同じように広めたのだろう。だがそれは“クロイツェン風”と呼ぶには違和感の酷いもので、伝統的なクロイツェン風の皇太子の装いに身を包んでいるアルトゥールと比べると、色味こそ合わせてあるようだが、なんともちぐはぐさを感じざるを得ない。

 今日はリュシアンとアンジェリカと示し合わせて一緒に保有棟に入ったのだが、思わず呆れて言葉を失ったリディアーヌの隣でアンジェリカはため息を吐き、リュシアンは気まずそうに視線を避け、挨拶をしたヴィオレットにまともに声もかけぬまま早々と奥へ向かってしまった。

 ヴィオレットはその一見冷たい昔馴染みの反応に困ったように視線を寄越したが、彼女は一度、かつて自分が広めたそのスタイルが今ベルテセーヌでどういう扱いを受けているのかを勉強するべきであると思う。

 とりわけリュシアンはそのドレスが淑女の砕けた普段着となった後に幽閉から解かれ、その流行を知った立場だ。正式な催しに、一国の皇太子妃がそんな“私的な”恰好で現れたら気まずくなるのは当然である。


「ヴィオレット妃……敵に塩を送る趣味はないけれど、貴女はもう少し、自分がベルテセーヌに放り捨ててきたものが今どう扱われているのかを知るべきね」

「それはどういう意味でしょうか、公女殿下」

「そのままの意味よ……」


 非難したと思われたのか、ムッとした顔をした妃殿下にはため息しかない。心からの(かん)(げん)だったのだが、聞いても分からないのならもはや知ったことではない。

 本来女性客をもてなすのはヴィオレットの役目だったのだろうが、この姿のヴィオレットと並んでいると苦言ばかり出てきそうだったので、リディアーヌもすぐにリュシアンと共に逃げ出した養父の後を追った。

 今日はあちらに紛れていた方が気が楽だ。これにはアンジェリカも後ろをぴったりと着いて来た。


「ごきげんよう、皇太子殿下」

「あぁ、よく来てくれた、公女……と、グレイシス侯爵夫人」


 アルトゥールは自然と挨拶を返したけれど、すぐにも視線がヴィオレットを見やり、女性陣の持て成しは妃の役目だったはずだが、という顔をした。

 だが生憎と、わざとである。


「皇太子。君の妃のあの恰好は、君の趣味か何かか?」

「はい?」


 養父のげっそりとした言葉にアルトゥールは首を傾げて今一度ヴィオレットを見て、それから再び首を傾げた。


「あぁ……さては妃がまた何か常識知らずなことをしましたか?」

「“また”と分かっているなら止めなさいよ」

「リディ、前にも言っただろう? ヴィオレットは側近にシンパと言うべき厄介な連中を大勢抱え込んでいて、言ったところで聞きやしないんだ。口を挟もうものなら女性陣にこっちがくどくどと説教される」

「だから放っていると?」

「まぁ……理由もなく放置しているわけではない」


 不敵に口元だけを笑みに象って見せたかつての悪友に、思わずため息が零れ落ちる。

 相変わらず、一体何を考えているのやら。


「それで、リディ。今日は何が問題なんだ? 是非参考までにご教授願いたいのだが」

「あのドレスはヴィオレット妃が流行らせたものなのだから、文句を言う筋合いはないわ」

「その割には国王陛下が先程からチラリとも見ようとしないが」


 すぐ近くでセリヌエール公と挨拶を交わしていたリュシアンを見やったアルトゥールに、気が付いたらしいリュシアンがこちらを振り返り、何とも気まずそうな様子で「人妻のあのような恰好をじろじろと見る趣味はない」と答えたものだから、アルトゥールはすぐに納得したように苦笑した。

 この様子だと、アルトゥールはそのドレスがベルテセーヌでどう扱われているのかを知らないわけではないのだろう。


「知っていたなら止めなさいよね」

「一応止めた。だがヴィオレットいわくこの催しは他国に商品を売り込む絶好の機会だから逃してはならないのだそうだ」

「……」


 頼むからやめてくれ。


「アンジェリカ、悪いけれど女性達の社交の方に交じって、さりげなくあのタイプのドレスがベルテセーヌでどう思われているのかを(ささや)いておいてくれる?」

「私がですか?」

「ベルテセーヌ人の口から伝えた方がいいわ」

「それもそうですね。ちょうどセリヌエール公爵夫人がいらっしゃるので、話題にしてまいります」


 そう頷いて奥の部屋に向かったアンジェリカを見送りながら、「目の前で堂々と根回ししてくるなよ」とアルトゥールに突っ込まれた。だが自業自得である。


「やぁ、リディ、トゥーリ。君達が一緒にいるなんて珍しいね」


 そこにマクシミリアンもやってくると、アルトゥールが「また面倒が増えたぞ」と(から)()うように友人を出迎えた。


「珍しいというか、出会いがしらから早々とリディに文句を言われていたところだ」

「あぁ、あの恰好でしょう? 私は嫌いじゃないけれど、こんなところで客の目のやり場に困ることをしないで欲しいというのは同感だよ」

「ミリム、お前まで。そっちの国にはさほど馴染みが無いものじゃないか?」

「この秋にベルテセーヌに滞在している間に見聞きしただけでも十分だよ。あれは若い女性達が日中のお茶会なんかでしていた恰好でしょう? 気を緩めたような(たお)やかさがあっていいよね。でももしそこにリディがいたら脇目もふらずに上着を着せて連れ出していたと思う」

「一体いつどこで見かけたのですって?」


 そんな光景を見ていたとは知らなかったから驚いたのだが、まぁ確かに、即位の祝いの期間、ベルテセーヌではあのタイプのドレスの女性達が王城内でお茶会などを行っていた。それを見たのだろう。


「東大陸にはもっと過激な踊り子達もいるけれど。高貴な夫人、それも自分の妻があんな薄布を重ねたような煽情的な恰好で出迎えをしているなんて、トゥーリは嫌じゃないの?」

「本人がいいなら別段構わない」

「君は相変わらずそれなんだね」


 もう聞き飽きているとばかりの様子のマクシミリアンに、どうやらリディアーヌがしばらく距離を置いていた間に二人の間でこの手のやり取りが何度もあったことが察せられた。分かってはいたが、やはりアルトゥールはあえてあの状態のヴィオレットを放置しているわけだ。

 確かに既存の慣習に革新を与える一投ではあるとは思うけれど、保守的な者が多いこの場でそれを投じるのはやはり(いか)()なものかと思わざるを得ない。


「でもさすがにフォンクラークの昼餐会の後は叱ったんでしょう?」

「はぁ……あれは流石に不味かった……」


 よかった。そのくらいの良識はあったようだ。


「言い訳のようで言いたくないが、結婚前から一応こういう時のための優秀な侍従と侍女をつけているんだ。だが生憎と(うと)まれてしまってな。彼らがまったく仕事をできていない」

「あぁ……」


 それはなるほど、どうしようもないな。


「あのナディを怒らせるなんて相当よ。私だって出来ないわ」

「私も」

「俺だって嫌だ」


 意見が一致したところで、「何やら私の悪口で盛り上がっていらっしゃるようですね」だなんて、そのナディア様がやってきてしまった。


「アンジェリカ様からお聞きしましたわ。随分と変わった格好をなさっているとは思っていましたけれど、どうやら随分と場に似つかわしくない恰好だったようですね。ヘルミーネ妃殿下がうっとりとされていましたけれど、アンジェリカ様からベルテセーヌでは淑女達が日中の女性達だけのお茶会や自室で着るようなドレスなのだと聞いて、びっくりしていましたわよ」

「私もあのタイプのドレス自体は嫌いではなくってよ。でも今この場にふさわしいかと聞かれたら……」

「思わず顔を背けたくならざるを得ないのですね」


 そうチラリと今もこちらを見ないリュシアンの後ろ姿を見たナディアは、困ったようにため息をこぼした。


「流行の始まりというのは、いつだって少なからず奇異の目で見られるものです。けれどすでに日常着として定着しているもので最も格式ある昼餐会の出迎えをされたのでは、さすがに返す言葉もありませんわね。招かれたこちらがドレスコードを失したような気持ちになってしまうのもいただけません」

「だからって何故それを俺に言うんだ、ナディア」

「本人に言っても無駄なら監督責任者に()()るしかないではありませんか。リディアーヌ様も我慢していらっしゃらないで、言いたい放題言ってしまえば気が楽になりますわよ。学生時代の頃のように」


 そう微笑んだナディアのおかげで肩から力が抜けた。確かに、学生時代はもっと歯に物着せずにお互い言いたい放題に言ったものだ。それを(つぐ)んでしまうだなんて、互いの今の正しい関係を意識しすぎだったかもしれない。


「でもトゥーリったら、ちっとも(たしな)める気が無いようなのだもの。言っても無駄だわ」

「それもそうですわね。はぁ、まったく。殿方達はもっと、女性達の社交がどれほどギスギスとどす黒いかを理解するべきです。あれではやっていけませんわよ」

「あぁ。だからそれにふさわしく、こっちも色々と考えている」


 そう言うアルトゥールの意図はやはり察せられるものではなく、本人がいいならいいけれど、と言っておいた。

 まぁ昔からアルトゥールも、国の品格がどうこうという話は(わずら)わしがっていたタイプだ。それでも必要な場所ではそれなりに装うことができるのでヴィオレットとは違うが、ヴィオレットの何かと常識を逸した振舞いに、周囲程の嫌悪感があるわけではないのかもしれない。だがそれでは“不味い”ということは知っているはずだ。その辺り、一体どう考えているのだろうか。


「なんだかんだ言って、貴方達夫婦は似た者同士なのかしら」

「おい、リディ。さすがにそれは言い過ぎだぞ」

「そう? 貴方、あぁいうのは嫌いじゃないのではなくて?」

「嫌いではなくても、必要に則して装うことが義務だと思う程度の良識はある」

「トゥーリってわりと根が真面目だよね」

「自分に関してだけはね。他人への興味の無さはこっちがハラハラするほどだわ」

「むしろ他人の失態を見てほくそ笑む方だよね」

「そうそう。それがたとえ身内であっても。酷いよね」

「酷いわね」

「お前達、相変わらず言いたい放題だな。ちょっと今の顔、鏡で見てこいよ」


 段々と客入りも増えてきたところで、ちらほらと昼餐会の名簿にはなかった人達の姿も見え始めた。そこにザクセオンのペトロネッラ様と夫のラルカンジュ候がやってくると、ヴィオレットが笑顔で出迎えたのとは一変、ギョッとした顔をしたペトロネッラ様が挨拶も忘れて慌てて辺りを見回し、ガシッとヴィオレットの腕をつかんで周囲の目を気遣いながら足早に階段を駆け上がって行った。


()()されたな」

「拉致されたわね」

「姉上はあぁみえて剛腕だから」

「良識と常識のある女性がようやくやってきて下さったようだわ」

「トゥーリはさ、もうずっと、姉上を彼女に付けておくといいよ」

「やめてくれ……俺の胃が持たない」


 思わず四人揃って階段を見つめていたら、突然妻が出迎えの皇太子妃を掴んで消えてしまったことにポカンとしていたラルカンジュ候がマクシミリアンの姿を見つけてこちらに近づいてきた。妻の突然の行動に、どうしよう、といった様子である。


「ご挨拶を、皇太子殿下、公子公女殿下、それから……」

「こうしてお話をするのは初めてですね、ラルカンジュ侯。フォンクラークのセリヌエール家に籍を置きます、ナディアと申します。殿下方とはカレッジ時代からの馴染みですの」

「お噂はかねがね。お会いできて光栄です、セリヌエール公爵夫人」


 ナディアの差し出した手を取りさっと額の辺りに掲げる西大陸風の挨拶を交わしたラルカンジュ候は、リディアーヌも少しばかり選帝侯家の晩餐会で話したことがある程度の間柄だ。あのペトロネッラ様の言いなりになるでもなく上手く対等な関係を築き、そして長らく母を失ったマクシミリアンを後見してこられた方だ。マクシミリアンにとってはそれなりに気心の知れた義兄ということになる。

 ザクセオンはクロイツェンの推戴家門でありペトロネッラ様も父同様にアルトゥールを推している立場だから、ラルカンジュ候はすでにアルトゥールとも深く面識があるようだ。二人はよく互いを知った様子で、「妃が迷惑をかける」「いえ、うちの方こそ」と肩をすくめ合った。おそらくいつものことなのだろう。


「ちょうどヴィオレット妃の振る舞いをトゥーリが放置しっぱなしにしていることについて、その性格の悪さに文句を言っていたところです」

「公子様……」


 ラルカンジュ候は少し困った顔をしたが、マクシミリアンがアルトゥールに口さがないことはすでに知っているのだろう。仕方がないですね、とばかりに苦笑を浮かべた。


「ペトロネッラ様がいらして下さって良かったわ」

「正直今は私も同感かな」

「むしろラルカンジュ夫人は準備段階から度々顔を見せてヴィオレットに色々とアドバイスをしてくださっていたはずなんだがな」

「……」


 なのに何故こうなった、という言葉は皆の喉から出かかったのだが、それでこそのヴィオレットなのだろう。返す言葉もなかった。

 取りあえずペトロネッラ様の突飛な行動のせいで、まだ客が集まりきっていないのに出迎えの夫人がいなくなってしまった。ちょうどふてぶてしい様子でギュスターブ王がやってきてしまったので、代わりに出迎えねばならないアルトゥールが「いきなり嫌な客だ」と眉をしかめた。

 だがアルトゥールが足を踏み出そうとするや否や、「妻のせいですから、代わりに私が」とラルカンジュ候が颯爽とそちらに向かう。

 その後ろ姿のなんと頼もしいことか。

 何あれ。とっても紳士なんですけど。惚れてしまいそう。


「ラルカンジュ候は何というか……とっても理想的な紳士ですわね」

「え、リディ、何言い出すの? いきなり」

「お前……こんなところで問題を起こすなよ」

「リディアーヌ様、お気持ちはわかりますがそれ以上は不味いですわよ。大事件になります」

「……何故、頼れる殿方を少し褒めただけでこの言われようなのかしら」


 友人達の反応に呆れた顔をしたのだが、何故か酷く真剣な顔のマクシミリアンに「義兄上は止めて。本当に止めて」と必死に説かれてしまった。

 別に、他意があって誉めたわけではなく、ただ一般的な意見として素敵な人ですねと世間話をしただけのつもりだったのに……なんだこれ。


「うちの愛娘の理想がどうこうという話題が聞こえてきた気がするが、君達、今このリディのパパの話をしていたかね」


 しかもそこにニヤニヤと面白がっているダグナブリク公を引き連れたお養父様がやってきてしまった。おぉう……。


「いや別に、大公閣下のお話は……」

「うん? 何か言ったか、ミリム君」

「いえ、大公閣下のお話をしていました。リディの理想のお養父様の話をちょうど」

「だろうと思った!」


 マクシミリアンめ……養父に媚びを売ることで身を守ったな。なんてずる賢い。ほら、アルトゥールが()(ろん)な目になっている。


「ダグナブリク公はお養父様と何をお話しだったのですか?」

「君の娘が今日も素敵だと話したら何故か目に入れるなとお叱りを受けていたところだ!」

「……」


 本気なのだろうか。いやまさか、大公様方がそんな馬鹿馬鹿しい話をこんなところでしているはずが……いや、していたらしい。うちのお養父様が何故か自信満々で「当たり前だろう」と頷いている。


「リディは相変わらず……その、大変だね」

「……貴方もね」

「うん。頑張るよ」


 思わず囁き合った言葉に、聞こえてしまったらしいアルトゥールがギョッとした顔でこちらを振り返るのを見た。

 あぁ、不味い。さすがにまだクロイツェンに知られるわけにはいかない。


「なによ、トゥーリ。文句がある?」

「……いや……お前達、今……」

「どうしたの、トゥーリ。私がリディを口説くのなんて日常茶飯事でしょ」

「それはそうだが……」

「変な邪推はよしてちょうだい。それはつい去年まで、散々皇宮で私を結婚しない理由に使っていたトゥーリに突っ込まれる覚えはなくってよ」

「それはそうだが、今は時期が時期だ。気になるだろう」

「あら、トゥーリはミリムを私に(せん)(べつ)としてくれてやるんじゃなかったの?」

「それはあの時だけの話だ」

「まぁ、皇太子様なのにケチねぇ」

「皇太子様なのにケチだなぁ」

「お前達、こんな時に必ず協力し合うその慣習は何なんだ?」


 取り合えず少しくらいは何事もないふりができただろうか。

 隣で話を聞いているナディアはなにやらふむふむと考えこんでいる様子だったけれど、程なくニコリと微笑んでリディアーヌに寄り添うと、「まぁ、私からしてみればどっちもどっちでございますけれど」などと話を逸らすのに乗ってくれた。

 聡いナディアのことだから……何やらもう察しているのではと思ってしまう。

 どうしたものかとチラリとマクシミリアンを見てみたのだけれど、そちらはどうやらナディアには悟られてもいいというスタンスであるようだから、大丈夫と言わんばかりの柔和な視線に、リディアーヌもふっと息を吐き視線だけで頷いておいた。

 何やら人目を忍んで視線を交わすのは、少しどきどきとするものである。






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