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8-25 選帝議会1日目(2)

「揃ったようですな。さて、それでは第四十九代ベザ大帝国皇帝選出議会をはじめましょう」


 今日も今日とて内面を窺わせないニコニコとした笑みを携えた教皇聖下の言葉で、特に感慨もないままぱちぱちとおざなりな拍手が聖職者達から上がった。これに便乗して慌てて手を叩いた選議卿は少数だ。だが教皇聖下はそんなことまるで気にもしない様子で、「今日は顔合わせですから、まずは各家門の選議卿を紹介していただきましょう」と続ける。


 こういう時、おそらくは選帝侯在位期間的に首座になるらしいヴァレンティン大公が仕切って『ではうちから』と言うべきなのだろうが、案の定うちの養父は黙りこくったままなので、仕方なさそうに息を吐いたザクセオン大公が「ではうちから紹介しよう」と名乗りを上げた。

  ザクセオンの選議卿として紹介された者達は、他の国に比べるとまだ見知った顔が多かった。選帝伯である公子マクシミリアンは勿論だが、その姉ペトロネッラの夫であるラルカンジュ候も、以前ザクセオンを通った際に大公の傍にいたレタクール候も挨拶したことのある相手だ。

 マクシミリアンに次いで若そうなマシェロン伯は初対面だったが、若手文官達からの支持が厚く何かと目立つ人物なようで、鳥小屋から詳細な報告書が届いていた。もう一人のカジャール候については聞き覚えが無かったが、並びからみるに、彼はザクセオンに根強いセトーナ保守伝統派と言われる派閥であろう。


 続いてヘイツブルグ大公が口を開く。選帝侯の推薦枠としてウィクトル公子が選帝伯の席にあり、次に紹介された選帝侯推薦枠と思われる人物は、前回の南北問題の際に大公の右腕として暗躍していたギャロワ侯爵だった。この二人は揺るぎようもなく、大公の言うがままの二人だろう。次いで若手枠であろうか、四十には届いていないであろうシンブラン伯に次いで、よく見知ったコランティーヌ夫人、それから昨夜夫人に紹介されたセトーナ保守派のノヴェール伯と続いた。


 自然とドレンツィンを除いては大公の年齢順という順番になったのか、ここまで来たところで養父が口を開いた。リディアーヌについてはこちらが知らずとも皆承知しているとばかりの様子で、次いでスヴェールト小侯爵としてパトリックが紹介されると、一部の者達が小首を傾げた。よく耳にするアセルマン家と結びつかなかったことと、選帝侯推薦枠であろうに知名度のあまりない若手であったことが不審だったのだろう。逆になるほどと頷いているのはパトリックの素性を知っているものか、あるいは外務官としての彼を知っているものだと思う。

 サリニャック候、レヴェイヨン候、ダリュッセル候はいずれも対外的な活動はあまりしていない立場なのでほとんどの人が初対面だろう。ダリュッセル候は妻を通じてカクトゥーラと縁があるようだが、カクトゥーラと既知のダグナブリク家に特に反応はない。すでにそちらで(よしみ)のある者達とは連絡を取り合った後なのだろう。


 次いでダグナブリク公による選議卿の紹介は、実に簡潔で早かった。伯母だと紹介されたカーシアン女伯は選帝伯ながらあからさまに辺境公と気の合うタイプには見えず、次いで従兄だと紹介されたロイタネン伯はそんな様子に苦労している様子だ。次いでヘイケネン子爵、ハーパイユ伯爵息はどちらも若手で、最後に紹介されたタイアセン伯が唯一、ダグナブリク公関連の書類で見たことのある名前だった。おそらくダグナブリクの重役文官である。各国の中でも最もまとまりを感じない並びだ。

 この他、各家の教会枠はおよそ似た年頃で、カラマーイ同様、副教区長や教区長補佐のような正司教から選ばれたようであった。


 最後に少々異色枠となるドレンツィン大司教に視線が向くと、こちらは選帝侯本人による紹介ではなく、個々の自己紹介となった。ドレンツィン大司教領の選議卿選出は他の選帝侯家と違い、選帝侯推薦枠二枠の他、教皇推薦枠一人と聖都本山の推薦によって決まる。事実上、ドレンツィン枠は本人含む三枠だけで、他は教皇や本山の派閥に影響されて選ばれるのだ。本山選出枠にはラモーディオ枢機卿、テスティーノ枢機卿、そしてアルセール先生の師でもあるエティエンヌ枢機卿といったドレンツィン大司教と同格の枢機卿猊下らが名を連ねているので、ドレンツィン大司教による紹介という形をとるにはふさわしくなかったのだろう。

 一方、ドレンツィン大司教推薦枠としては、よく知るフィレンツィオの直接の指導官でもあるサンチェーリ司教と、大司教の右腕であるシリアート司教という、大司教領の政務補佐を担っている弟子達が選ばれ、教皇推薦枠としては次期枢機卿候補として聞こえの高い若手のアンジェッロ司教が選議卿となっていた。アンジェッロ司教は先の先帝葬送儀礼でも教皇助祭司教として参会されていた司教なので、教皇の腹心的立場の一人であろう。

 教会枠のラインナップは、およそ次の教皇候補として対立関係にある枢機卿達と、次の枢機卿候補、ないしドレンツィン大司教位の継承候補である司教達だ。他の選帝侯家よりも対立構図が良く読める。

 少なくとも、アルセール先生を通じて既知であるエティエンヌ猊下がいらっしゃることは心強かった。それにこの場にはいないものの、サンチェーリ司教がいるということは一番弟子であるフィレンツィオも皇宮に来ているだろう。彼の場合は敵なのか味方なのかはっきりとは言えないところであるが、教会側に連絡を取りやすい人物がいることはやはり良い。


 そうして全員の紹介が終わったところで、ついでに禁事棟付を務める聖職者の顔通しも行われ、それからしばらくは集まった面々の顔と名前を一致させるべく、皆思い思いに議場を見渡した。今この場で覚えてしまわねば、今後のことにも影響がある。そのため大半の人の視線は真剣だ。

 ともあれ、顔見世は無事に済んだ。ここまではいい。問題はこの先である。


「では顔見世が終わったところで、皇帝候補の推挙の話に移りましょうか」


 淡々と告げた教皇聖下に、誰ともなく面差しが険しくなったのは仕方のない事だ。どうかこのまますべての選帝侯達が候補者の名前を告げた後も、皆が皆理性的であってくれると良いのだが。

 それが分かっていてなのか、今度はもっとも問題なく、かつすでに想定されているであろう皇帝候補を擁立したヴァレンティン大公とザクセオン大公が先んじて候補の名を挙げた。


「ヴァレンティンは周知の通りだ。ベルテセーヌ王ユリウス一世陛下を推薦する」

「同じく、ザクセオンはクロイツェン皇国皇太子アルトゥール殿下を推薦する」


 何事もなく名が挙がったところで、ダグナブリク公の視線が一瞬ヘイツブルグ大公を見たが、大公が口を開かないのを見ると、「じゃあうちは」と口を開く。


「うちはカクトゥーラ王の甥で養子のリヴァイアン王子を推薦するよ」


 すでに昨日の前夜祭で見かけた顔なので誰を推薦するのかは分かっていたことだが、何しろカクトゥーラには元々皇帝候補として推挙される可能性のある人物が複数人いたため、ヴァレンティンの席でもレヴェイヨン候やダリュッセル候が希望通りの王子が推薦されたことに安堵しているようだった。

 むしろ選帝伯カーシアン女伯のダグナブリク公を見る視線が冷たいことの方が気にかかる。選帝伯は選帝侯の推薦枠の中から選ばれるはずで、ダグナブリク公の養子である跡継ぎが未成年であることを考えれば伯母という立場の者が選ばれたことにも何ら問題はないはずだが、明らかに選帝侯と見解がずれているように思う。


 それを見ている内に、「ドレンツィンはセトーナ王国王弟アブラーン殿下を推薦いたします」と、ドレンツィン大司教が発言した。これには選議卿達の間からちらほらと、「そうか、アブラーン殿下となったか」といった類のぼやきがあった。

 セトーナもまたカクトゥーラ以上に皇帝候補がはっきりとしない国だった。

 元々セトーナは皇帝戦に対する意欲から遠ざかって久しく、あまり積極的ではない。帝国の伝統血族ではないシャリンナやリンドウーブよりはその資格があるからと毎回皇帝候補は擁立されるし、過去には四度皇帝を輩出したことがあるのだが、クロイツェンのように皇太子を皇帝候補として出してくることはまずなく、いつも二番手、三番手が選ばれる。

 今回もそうで、数多くいる現国王の子供達ではなく、国家転覆の疑いを避けるために半ば隠居していた王弟殿下が引きずり出されてきたようだ。

 ただしアブラーン王子は少し前まではセトーナの鬼才として知られていた人物で、現国王には(うと)まれてしまったものの、才覚ある人物だ。そういう意味では随分と有力な候補といえる。

 またカクトゥーラのリヴァイアン王子にしてもセトーナのアブラーン王子にしても、三十代前半の程よい若手である。有力候補であるアルトゥールが若すぎることを懸念されているのに対し、どちらも若いとはいえアルトゥールやリュシアンほどではなく、経験も実績も豊富だ。若すぎる皇帝を嫌煙する選議卿達がどのくらいいるのかにもよるが、気になるところである。


 そうして四家からの推挙が済んだところで、全員の視線がヘイツブルグ大公を見た。

 視線に含まれる感情は様々だが、例外なく、“どうして”という感情は透けて見えている。

 さすがに誰しも、ヘイツブルグ大公という常識ある四選帝侯家最年長の大公が、こんな想像だにしない皇帝候補を擁立してくるとは思ってもいなかったのだ。


「ヘイツブルグは、フォンクラーク、ギュスターブ王を推薦する」


 分かってはいたものの、思わずフゥと吐息が零れてしまう。

 そんなリディアーヌの心情を代弁するかのように、いつもながら配慮なんて言葉を知らないダグナブリク公が、「理由を聞きたいな」と仰ってくださった。本来、選帝侯の皇帝推薦に理由は必要ないのだが、今ばかりは皆同じ気持ちだ。

 ただヘイツブルグ大公はそれに答えるつもりはないのか、「その義務はない」とすげなくあしらう。


「貴殿達とて承知のことだろうが、選帝侯はそれぞれの意図と思惑、益と不益を以て皇帝候補を推挙する。私もまたそれに従い、これと思う候補の名を挙げたに過ぎない。そもそも、貴殿らが名を挙げた他に擁立すべき者が他にあろうか。先の皇宮で差配を取っておられたバルティーニュ公は国内を治めるのに忙しいようであるから、推挙したところで辞退しよう。そんな者を推挙する理由もない」


 だがだからといって、どうしてギュスターブなのか。

 そうは思うが、すでに候補として決している以上、ここで問い詰めたり、ましてや選帝侯に喧嘩を売ったりするわけにもいかない。それよりも今気になるのは、他のヘイツブルグの選議卿達の反応の方である。

 思った通り、ウィクトル公子は気まずそうに顔を歪めているし、コランティーヌ夫人は昨夜本人が意思表示したときと同じように、不本意なのだということをあからさまに表している。選帝侯家内で過半数が取れているようにも見えない。だがそれなのにわざわざギュスターブを擁立する意味とは何なのだろうか?

 生憎とそれを問い詰めることは出来ないまま、出揃った皇帝候補の名は清書され、中央の机の窪みにはめ込まれた。これを以て今回の皇帝戦の候補者は確定したことになる。


「ご意見などありましょうが、それはまた別の機会に。さて、皆が待っております。皇帝候補を招集し、宣誓式と、そして皆へのお披露目と参りましょう」


 トンと手を叩いて場を締めた教皇聖下に、やれやれと選帝侯達が席を立つ。

 思う所はあるが、それはまた今後の話だ。リディアーヌもすぐに席を立って、派閥に関係なくヴァレンティンの選議卿達で固まって養父の元に向かった。

 他の家があからさまに派閥割れして集まっているのを見ると、やはりヴァレンティンの平穏さは異質である。一応ザクセオンはまだ比較的まとまっているだろうか。あそこもセトーナ保守派はいるものの、表向きはクロイツェン推戴派としてまとまっているのだろう。

 マクシミリアンもまた、その輪の中にいるけれど……ふむ。何かあったのだろうか。今もこちらには背を向けており、先程から一度も目が合わない。


「リディ、宣誓式はカラマーイだけでいい。お披露目まで上で休んでいていいぞ」

「あら、そうなんですか?」


 養父に声をかけられたので、ふっと振り返って意識を引き戻す。

 一応他の家門の様子を見て、ぞろぞろ選議卿を引き連れて行ってアピールした方がいいのかどうかを見極めようとしたが、確かに、皆教会推薦枠の司教を除いて先んじて議場を出ていく様子だ。だったらリディアーヌも北棟での顔見世まで休ませてもらおうか。


「大公閣下、我々はダグナブリクのリヴァイアン殿下派の選議卿の元へ挨拶に出向いて宜しいでしょうか」


 律儀に主君に許可を求めたレヴェイヨン候に、「おぉ、行け行け」と軽く手を振る養父も如何なものかと思う所だが、その声が聞こえたらしいダグナブリク公が遠くから、「何で君達の所はそんなに平和なんだい?」という声が飛んできた。

 背後の選議卿達が明らかにギスギスと派閥割れしているものだから、公の笑い声を孕んだ言葉が妙に場違いだ。

 巻き込まれては何なので、「では私は下がりますね」と声をかけ、顔見知りに捕まったらしいサリニャック候と養父の補佐として同行するパトリックを残して一人で議場を出た。






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