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6-10 王の応接間(1)

「陛下……この度はオリオール家がとんでもないことをしでかしてしまい、どうかせめてもの謝罪をお伝えしたいと、こうして恥を忍んでお祝いを申しに参ったのです。私はこんなことがないようにと国を出たはずでしたのに……なんとお詫びをすればいいのでしょう。本当に、申し訳ありません」


 深く腰を折ってお辞儀のようなものをしているヴィオレットに、またしてもかける言葉が思い当たらない。今感じているのは、私達と彼女の間の絶対的な温度差だ。


「聞けば多くの貴族達も処罰されたとか。皆様にも深いご心配とご心痛をおかけしたはずです。それもこれも私が至らなかったせいです」


 そう貴族達を見回しながら言葉をかけるという二度目の謁見のルールを無視した行為に、リディアーヌはむしろ首を傾げてしまった。

 いくらなんでも、これは謁見というものをちゃんと知っている人の行動ではないのだが、どうなっているのだろうか。


「ヴィオレット妃はおそらく、ブランディーヌ夫人がいた頃の謁見しか知らないんですよ」


 首を傾げていたら、近くでコソリとセザールが囁いた。その言葉に、ついリディアーヌだけでなくジュードも、養父も視線を寄越す。


「この数年、王への謁見ではブランディーヌ夫人が口を挟まないことはありませんでした。また夫人は周囲の貴族達の同意や野次を存分に利用しながら王の返答を誘導しましたから、周囲の貴族達は傍聴者ではなく参加者という認識なんでしょう。ヴィオレット妃のやり方はそんな少し前までのベルテセーヌの謁見のやり方です」

「あぁ……なるほど」


 何やら妙に納得した。そういえば先だっての断罪を兼ねた謁見の場でも、ブランディーヌが非常識なまでに介入してきて謁見をかき乱した。ブランディーヌだからと思っていたが、あれが当たり前だった世代にとっては“そういうもの”だと勘違いをしてしまっているのかもしれない。


「あ……ラジェンナ嬢」


 だがくしくもその勘違いをしているヴィオレットの視線が、謁見の後すぐに退席するはずだったラジェンナの姿を捕らえてしまった。


「貴女にも、何といえばいいのか。とても……とても大変な目に遭ったと伺いました。けれど貴女だけでも変わりなくされているようで心から安堵をしました。良かった。本当に良かったわ」


 ほっと吐息をこぼして告げるヴィオレットの言葉は本人にとっては心からの言葉なのだろう。しかし良かったなんて言葉で済まされようもない目に遭い、変わりなくなどとは言えない立場になっているラジェンナがそれを喜べるはずもない。

 びくりと引き下がったラジェンナを、たちまち傍にいたダリエルが背に庇い、また黙って見ているだけだったリュシアンも「周囲への声掛けは謁見の後にしてもらえないだろうか」と口を挟んだ。

 その言葉にぱっと振り返ったヴィオレットは、一つ目を瞬かせ、それから困ったように苦笑を浮かべて見せた。


「あの、ごめんなさい……まだ、少し緊張が解けなくて。リュシアン兄さま……陛下にお会いするのは本当に久しぶりなので」

「あぁ。聞けば、そなたは私の知らぬ間に、随分と数奇な運命を辿ったらしいという。遅くなったが、私からも結婚の祝いを述べよう」

「……いえ。恐れ入ります……しかしそうして私がこの国を離れてしまったがために、身内が愚かな振る舞いをすることになりました」


 先程からの、ヴィオレットの“自分がいなかったから”という(たぐい)の物言いが気に(さわ)る。

 確かにヴィオレットが婚約破棄騒動を起こした上にクロイツェンで皇太子妃などになったことが事件を複雑かつ大きなものにしてしまった。だが反省するのであれば“自分がいなかったから”ではなく、“自分が火種をまき散らしたせいで”と言ってもらいたいものである。

 だがきっと、その自覚はないのだろう。


「ここに改めて、心より謝罪を。私はあるべきお方が王位を御継承なさったことを心より(こと)()ぐと共に、陛下の益々のご健勝とご栄光をお祈り申し上げております」


 整った振る舞いと文言ではあるが、その言葉にはもれなくリディアーヌばかりでなくジュードやセザールの面差しをも硬くさせた。

 まったく表情というものを移ろわせなかったリュシアンは流石であるが、あるいはそんな彼女の恥知らずな言葉にすら感慨を抱けないというのは、彼の九年間の経験が為した弊害と言い換えることもできるのかもしれない。


「あるべきお方、か。君は昔もそのようなことを言っていたな」

「まぁ。覚えていらっしゃるのですか?」

「あぁ、よく覚えている。王位を簒奪した王の子であった私がそれをどれほど憂えていたとも知らず、無邪気に『兄さまが次の王様になるのね』と言った幼子の言葉ほどに胸をえぐられる言葉はなかったからな」


 クスと笑って見せた表情とは裏腹の言葉の内容に、さっと会場の気温が下がっていった。

 リュシアンとヴィオレットが顔見知りであったことには驚かないけれど、そんな話をするほどに親しかったのは初耳だ。

 だがおかしな話ではない。年は随分と離れているが、ブランディーヌは異母弟シャルルを擁立した当初から、王太子に娘を嫁がせる計画を目論んでいたはずだ。くしくもすぐに先王女を連れ戻す計画が上がったことでクロードに標的を変えたようだが、元々オリオール家が支配強化目当てにシャルルの後見に尽力していたことを思えば、ヴィオレットやその兄達がシャルルの王子達と親しんでいたとして不思議ではないことだ。


「あ……あの。兄さま。私は決して、そのような意味で言ったのでは……」

「あぁ、君は私を慰めるつもりだったのだろう。だがヴィオレット妃、貴殿がクロイツェンの皇太子妃の名を冠する以上、くれぐれも言葉には気を付けよ。元オリオール候は王位簒奪、国家転覆の大罪人だ。たとえ家を破門されていようとも、当時まだオリオール家の娘であったそなたが私に告げたその言葉は、ただのかつての幼子の無邪気で済まされる言葉ではない。私は自分が決して“あるべきお方”などではない、簒奪者の王であること知っている」


 途端、ぞっと顔を青くして辺りを見回したヴィオレットは、はっとしたように口を引き結び、一歩下がった。


「も……申し訳ございません。そんなつもりでは。私が軽率でしたわ」

「分かればいい。私こそ皇太子妃に失礼なことを言った。かつて兄とも呼ばれていた縁ある年長者からのささやかな助言だと思ってもらいたい」

「勿論です」


 煮え切らないヴィオレットに、どうやらリュシアンは早々とその口を噤ませ引き下がらせることを選んだらしい。鋭い切り口の言葉に、ヴィオレットもそれ以上この場で口を開くことは出来ない様子で恐る恐ると視線を落としたようだった。

 この辺りが潮時であろう。


「兄上、妃殿下はおそらく今回の件での身内の処遇をお伺いしたいのではないでしょうか。今少し、奥でお話しされては(いか)()でしょう」


 タイミングを見計らってセザールがそう申し出ると、ぱっとヴィオレットも顔をあげる。やはり、それが気になっていたようだ。


「気は進まぬが……致し方ない。ただ淑女たる皇太子妃を王の応接間に招くのはいささか外聞が良くないな。ヴァレンティン大公、お手数をかけるが、公女殿下に同席していただきたい。本件の関係者として、閣下も共に立ち会ってはもらえまいか」

「ふむ。まぁいいだろう」

「私で宜しければ」

「ヴィオレット妃、公女にも同席してもらう故、続きは奥で話すとしよう。ジュード、案内を頼む」

「かしこまりました」

「それではこの場はしばし、私が預からせていただきます」


 メディナ妃がそう促したので、「頼む」と言いおいたリュシアンは早々と席を立ち、今宵のパートナーでもあるリディアーヌに手を差し伸べた。そういえばそうだったなと、リディアーヌも思い出したように上座に上がり、歩み寄って手を重ねた。

 その様子にヴィオレットがびっくりと目を瞬かせていたが、パートナーたるもの、一時的な退席でも共に退出するのであればエスコートを受けるのが普通の作法だ。それにロージェへは再び階段を上らねばならないので、リディアーヌも殊更それを気にかけリュシアンを支えた。一階の薔薇回廊の方へ向かう養父は相変わらず何か言いたげに顔をしかめていたが、それにはリュシアンが「私が不自由なせいで申し訳ない」と苦笑して(いさ)めた。


 そうして寄り添って三階のカーテンをくぐり、奥の廊下に入ったところで、ほどなくジュードと養父が一階から内階段を用いヴィオレットとその連れを伴ってやって来た。この先は特別な謁見室であるから、ロージェの廊下に立ち入りを許す側近は最低限だ。普通であれば侍女と騎士を一人ずつ伴うのだろうが、ヴィオレットはどうやら侍従であるヴェラー卿と、男性の文官を選んだようであった。こういう時に婦女が異性の側近のみを選ぶというのは実に奇妙なチョイスである。

 リディアーヌの方はフランカとイザベラ。養父がフィリックとマクスというリディアーヌの側近を連れてきてくれたので、事実上リディアーヌの側近が四人だ。それに実はエステルがすでに王の間の控え室でベルテセーヌの侍女を装っており、エリオットや養父の護衛も扉の前の騎士に紛れ込んでいる。この辺りはあらかじめ話し合っておいた王からの気遣いである。

 手順の通りに奥の扉を開けたリュシアンに、王の間が開かれる。この先は王に招かれた者しか入ることのできない場所であるため、側近であっても軽々しくは入れない。リュシアンは九年前の事件の名残からかリディアーヌが信頼する侍女に給仕を任せた方が安心だと思っているらしく、部屋の中での紅茶の仕度はエステルとフランカが担い、丁寧に毒味をしてからテーブルに並べ置いた。その後は皆開けたままの扉の外の控えに待機する。

 周りから側近が全員いなくなったヴィオレットは、とりわけ斜め向かいのヴァレンティン家の二人がいることをやり辛そうにしていたが、知ったことではない。


「さて。これでようやく、少しは砕けて話せよう。大公には迷惑をかける」

「かまわん。すでにうちの娘がどっぷり乗りかかっているからな」

「お養父様、そのお話はもう終わったはずでは?」


 そう若干ため息などついて見せながらエステルの淹れてくれた紅茶を飲む。マーサの淹れてくれるリディアーヌ好みの癖の強さはなく、皆がほっと一息つけるような実に優しいよいお味である。


「あの……先程はお声をかけられませんでしたので。改めてご挨拶をさせていただきます、ヴァレンティン大公閣下。それから公女殿下、ジュード兄さま」


 大公相手には本来席を立ち王に対するものと同様の礼を尽くすべきなのだが、すでにこの場の雰囲気もあってか、あるいはここでも常識を違えて覚えてしまっているのか、ヴィオレットは席は立たぬままにその場に会釈した。

 幸いというのか、うちの養父はそういうのを気にも留めない人なので気分を害した様子はないが、しかしここまでの短い時間で随分とヴィオレットに対する印象は悪いのだろう。無駄な挨拶はいいとばかりにヒラヒラ手を振って見せた様子には、扉の外でヴィオレットの側近が深く眉をしかめているようだった。

 気持ちは分からないではないが、これがヴァレンティン大公だ。


「長く広間を空けているわけにもいかないでしょうし、とっとと話を終えてしまいましょう」

「あぁ、そうだな」


 無駄な時間を過ごすつもりのないリディアーヌが切り出すと、すぐにリュシアンも頷いた。あまり長居して、リュシアンが旧知の幼馴染に親しみを抱いているというような噂を貴族達に思わせるわけにはいかない。


「それで、皇太子妃。訪ねてきた本来の目的は何であろうか」

「本来? あの……私は先程も言ったように、謝罪を……」

「貴女、本気でそんなことを言っているの?」


 とんでもなく驚いたせいでポロリと本音が(こぼ)れ落ちてしまったが、リディアーヌが言わずとも皆同意見だったはずだ。なのに当のヴィオレットだけはなぜか不思議そうにしているのは何故だろう。


「先程から聞いていて不可解極まりないのだが、謝罪とは、何に対する謝罪なんだ?」


 思わず皆が口を噤んでしまったところに、養父が問う。確かに、言われてみると返答が気になる問いだ。


「勿論、すべてです……オリオール家が犯した罪。私が我慢もできずに責務を放り出して国を出たがために起きた出来事。私と縁のあった商会の残された者達を気遣ってあげられず、彼らが罪を犯さねばならなかったことも」

「オリオール家の罪というが、罪とはなんだ」

「あえて問われるまでもなく皆が知っていることです」


 ヴィオレットははっきりとそう言ったが、それでもなお静かに睨んだまま具体的な内容を口にすることを求める養父に、ヴィオレットもわずかにたじろいだ。


「ですから……その。かつて先王陛下が()(まか)られた後、王子女様方を脅かし王位を簒奪させたこと。ペステロープ家に罪を着せ、無慈悲な断罪を行ったこと。国を乱し国政をほしいままとしていたこと。クロード殿下を見限り、新たな王を擁立しようと……反乱を、企てたこと。どれも許されないことです。それに九年前、先王子殿下を(しい)しリュシアン兄さまに罪を着せた件にもオリオール家が関わっていたと聞きました」


 とても許される罪ではありません、と嘆くようにヴィオレットは首を振ったが、それでもまだ誰も、口を開くことはなかった。


 やはり所詮、彼女は上辺だけの偽善者なのだ。

 何が罪なのかを問うたのはヴァレンティン大公だ。であれば大公の姉の死を一番の罪に上げてしかるべきだろうが、どうやらヴィオレットは自分がまだ物心も付くかつかないかという頃にあった先王と先王妃の暗殺事件のことはさしてオリオール家の罪として認識していないらしい。クロードの一件もさも一族の罪のごとく語るばかりで、自分の罪を理解していないこともそう。それにブラックマーケットの件や南東部での反乱、フォンクラークとの不正手形の横行と関所の買収、ヴィオレット派と名乗っていた連中が起こした国内各地の暴動とその被害に遭った者達のこと。

 他にも上げるべきことは数多に存在しているというのに、その半分も理解できていないばかりか、先程からふわっとした王に対する謝罪ばかりで、実の姉を殺された大公やほかでもないオリオール家に自分すら殺されかけたリディアーヌ、これらの事件に巻き込まれ不遇を被り続けたジュードに対する謝罪はまだ一言も聞いていないのだ。この場にいないクロードやアンジェリカ、それにラジェンナ嬢に対してもである。


「それが貴殿の認識か」


 淡々と口にしたヴァレンティン大公の声色が怖いせいか、ヴィオレットは困ったようにリュシアンに助けを求めるような視線を寄越した。だがリュシアンは視線に気が付いているはずながら、そちらを見ることもなければ、当然フォローなんてしてあげるはずもない。今我々の胸の内に沸き起こっているのは、ただの怒りだ。


「つまりヴィオレット妃。貴女はオリオール家の罪は理解していて、それでも親子の情を許してほしいと。そのためにいらしたの?」

「っ、はい。そうです、公女殿下」


 リディアーヌの挟んだ言葉に理解を得られたと勘違いしたらしいヴィオレットの声が(はず)んだ。


「無論、恥知らずであることは承知の上なのです。こんなことをお願いするのは、恐れ多いことだとは分かっています。しかしそれでも、彼らは私の父であり母であり、兄だったんです。どうか一度だけ……彼らの罪は分かっていますが、それでも一度だけ、きちんと決別するためにも、その墓所に参らせてはもらえないでしょうか。それと、母は幽閉罪になったのだと聞きました。もし叶うなら、ひと目その姿を……」


「馬鹿を言うな!」






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