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5-52 最後の復讐(2)

 残るは直近の話である。クロードの不在によるアグレッサとブランディーヌの対立により先王子女殺しの件が持ち上がり、その先王子がヴァレンティン大公家の養子であったことからリディアーヌがベルテセーヌにやってくることとなった。

 それに先んじて、現国王派の腐敗を訴えるブランディーヌと迎合しヴィオレット派に加担したマイヤール候が、これを抑制すべく軍を率いて王都に舞い戻ってきたジュードに対して罪人にその資格はないと刺客を送る事件があり、だがこれを聞いたラジェンナが自らそれを阻むために動いたことで事件は未遂に終わった。

 この一件ははじめ自由開拓地が王族の荘園として接収されたことを厭うた民の起こした事件だとされたが、訪れたリディアーヌ公女が南東部の傭兵出身と思われる罪人を連れて来訪し、その傭兵と同じ印を持つ者達による凶行であったことが明るみになったことで再議論された。

 またその罪人達も、先んじて摘発されたブラックマーケットによって取引され傭兵として育てられた者達であること、それがマイヤール家を中心として流用されていたことなどが証言され、マイヤール家に対する罪が決した。だがくしくも他の追及を行っている内に、獄へと引き立てられてゆく途中のマイヤール候が逃亡することとなったのである。


 このブラックマーケットの件についてもあらましが話されたが、人身売買の件はフォンクラークも絡んでいたため、改めてミュッセ卿がフォンクラーク側で得た証拠も提出した。

 ベルテセーヌの女性が奴隷としてフォンクラークに売られており、逆にフォンクラークからは成人男性が多く傭兵としてベルテセーヌに買い入れられていた。そうした彼らの関所の行き来にも代官の発行する不正手形が利用されており、そして売買の窓口となっていたのがマイヤール家だった。


「残る問題として、アグレッサ元妃が証言した先王子女毒殺の嫌疑にオリオール侯爵夫人の関与の有無がございましたが、マイヤール候が逃亡に際して起こした騒動により有耶無耶となってしまいました。そしてここに領地に逃亡したマイヤール候が反旗を翻すに至り、冤罪が晴れたリュシアン王太子殿下、並びにジュード殿下が国軍を率いこれを平定。同時にフォンクラークにて長年不正に携わってきた関所の代官がバルティーニュ公爵殿下により摘発され、ここに使節殿をお迎えした次第でございます」


 司法官の言葉にこくりとミュッセ卿が頷く。


「またくしくもこれに際し、クロイツェンからの使節殿が我が国にて罪に問われていたオリオール侯爵夫人を連れて関を越えようとなさいましたので、これを拘束、連行いたしました。クロイツェンの使節殿はこれを“快く了承してくださった”とお伺いしていますが、相違ありませんでしょうか」


 次いでクロイツェンのデッセル卿に投げかけられた問いには、卿がいけしゃあしゃあと「そう伺っています」と頷いた。

 まだフォンクラークは国王が完全に退位に追い込まれているわけではないので、クロイツェンの使節を罪に問うわけはいかない。リディアーヌもそれを分かっていて、ヴェラー卿のことはバルティーニュ公に託したのだ。ここでそれを追求するつもりはない。

 多少なりともアルトゥールがブランディーヌの逃亡を手助けしようとしたのは、婚儀でヴィオレットの母として披露目てしまったブランディーヌを罪人として処分されては困るからだろうか。しかしベルテセーヌ側がブランディーヌを確保してしまった以上、これ以上ブランディーヌを庇う理由はないはずだ。

 少なくともデッセル卿はその立場であるはずで、それはリディアーヌにとっても悪い結果ではない。

 さぁ、これであらましはすべてだ。次はこの場で、何と何が罪に問われるのかである。


「オリオール侯爵、ならびに侯爵夫人には、マイヤール家への加担による反乱幇助罪、ならびにクロード殿下を王の許可もなく罪もないまま不当に黒の塔に幽閉した罪、そしてご息女ヴィオレット妃が残した火種を利用した謀反の嫌疑がかけられております」

「おや。最後の一つは少々聞き捨てなりません」


 ヴィオレットに心酔していないとはいえヴィオレットは皇太子妃だ。自分の主であるアルトゥールに害が及んでは困るらしいデッセル卿が細かく言葉に対する注意を促したため、司法官は少し顔色を濁してから、「あくまでも嫌疑でございます」と誇張した。


「オリオール侯爵夫人、弁明は」

「ございますわよ」


 ようやくこの時間が来たかとばかりにブランディーヌは(おう)(よう)とため息をついて見せた。


「まったく、酷い内容でしたこと。反乱? 謀反? 馬鹿馬鹿しい。私がこれまでどれほど国王陛下のために尽力したのか。ルベールス、忘れたというの?」


 異母姉に睨まれた王が思わずたじたじと視線を泳がせる。

 確かに、簒奪者とも言われた王がこれまで王権を維持できたことに、社交界で名をとどろかせ貴族ばかりか王族傍系にも強い影響力を持ったブランディーヌの助けがあったことは確かなのだから、王に反論は出来ないだろう。


「南東部へ向かったのは、娘からの手紙を見て娘に会いたくなったからですわ。正式に出国しようとしたのにフォンクラーク側の不手際に巻き込まれて入国できなかったばかりか、罪状もなく私を拘束したそこの公女と廃太子に罪人扱いを受けてこのように引き立てられたのです。逆にこの場にて私は両人を告発いたします!」


 ブランディーヌはここぞとばかりに中座の二人を睨んだようだが、これにはやれやれと貴族達も冷めた眼差しでため息を吐いた。

 少なくとも前回の詮議でこの場にいた貴族達は、王がブランディーヌ対して退出を許さない旨を発言したのを聞いている。慌ただしい中でのことだったとはいえ、それは『聞こえませんでした』などと言って無視していい命令ではない。なのに王都を離れたばかりか出国しようとしていましたなど、()(べん)もいいところだ。


「ブランディーヌ夫人。何を勘違いしているのか知らないが、私は反乱鎮圧の命の元に南東部へ向かい、反乱軍に与していた関所の鎮圧を行っただけだ。その反乱軍がろくに監査もせずフォンクラークへ通そうとした馬車に乗っていた“怪しい人物”を拘束し、連行したのだ。理由は正当である」


 さらに呆れたようにリュシアンが語ると、王もまた「余がそれを認める」と(しゃく)(じょう)を打った。そのせいでブランディーヌの面差しが一気に忌まわしそうに歪んだ。


「っ、では公女! 貴女はなぜあんな所にいたのですっ。リュシアン王子の言はまぁ、良しとしましょう。けれど貴女が私を拘束したのは越権行為ではなくて?!」

「拘束? 私が?」


 はてと首を傾げながらミュッセ卿を窺うと、視線を受けたミュッセ卿が、「捕らえたのは我が主、バルティーニュ公爵殿下でございますが」と答えた。


「私はベルテセーヌまで足を延ばしたついでに、フォンクラークに住まう友人の結婚祝いに参っただけです。その私の行動に口を挟むというのであれば、ブランディーヌ夫人、それこそベルテセーヌの宰相夫人によるヴァレンティン公女に対する越権ですわよ」

「ッ……」

「バルティーニュ公爵殿下は私の友人であるセリヌエール公爵夫人のお身内です。帰路、ご縁あって友人と共にお招きをいただきあの町でお会いしていたところ、たまたま関所の入国審査官が不正手形を持っている馬車を見つけ差し止め、そこに国の許可が必要なはずなのに許可証を持っていない一国の高官の身内を見つけ、ベルテセーヌ側に送り返しただけです。私はたまたまその場に居合わせてしまい、見知った顔に、貴女がこの場で国王陛下から退出を制限されたはずのオリオール侯爵夫人であるとお伝えしただけですわ」


 これにはブランディーヌが反論するよりも早く、司法官が「公女殿下の証言と行為の正当性を認めます」と槌を打った。


「ふんっ……まぁ、いいわ。私も、娘に会いたい一心で気が()いてしまったのです。必要な書類が足りていなかったことについての罪は認めましょう。ですがこのように反逆の罪をかけられる(いわ)れは……」

「ブランディーヌ夫人。クロード殿下は、黒の塔から解放されたわ。衰弱されているからこの場にはいらしていないけれど、その証言ははっきりと聞き届けてまいりましたわよ」

「っ」


 すかさず、マリシアンが「提出したい書類がございます」と立ち上がり、司法官に黒の塔で集めてきた書類を差し出した。

 収監者の名と罪状、時期、王による証印、必要な書類の諸々。リュシアンが収監された際の書類と見比べれば、クロードの収監書類におかしな点があるのは一目瞭然だ。


「陛下。クロード殿下の収監に関して、国王陛下からの証印がございますが……」


 そうチラリと王を見た司法官に、「なんだと?!」と思わずシャルルが腰を浮かせた。察した侍従がすぐに階下へ降りて行き、司法官から受け取った書類を持って行く。

 だがそれを一瞥した王はすぐに怒りに任せて書類を放り投げた。


「ふざけるなッ、何が王の証印だ! 余は捺していない! 司法官、精査せよ!」


 慌てて王の振りまいた書類を回収した司法官が専門官を呼んで書類を精査させる。最も、精査するまでもなくそれが偽物であったことは分かったようで、「偽書でございます」と判断した。

 それは王の承認証だけでなく、罪状などを記した司法官長の印も偽造であり、その中でただ一つ“本物”とされた印章が……。


「オリオール宰相閣下。貴殿の印章は、本物のようです」


 それを耳にしたオリオール候は、分かっていたとばかりに(しょう)(すい)した面差しを(うつむ)かせ、コクリと頷いた。


「まぁ、あなたがっ」


 どうやら夫に罪を着せることにしたらしいブランディーヌが恐怖したような顔で隣を見たが、後ろから引き立てられてきた女性が、「宰相家の印章は夫人もお使いになれます」と証言したものだから、ブランディーヌの顔は再びいかめしく後ろを振り返った。


「カティアッ、貴女まで私への恩を忘れて、私を貶めるの?!」


 カティアと呼ばれた女性は、オリオール家に仕える夫人の侍女だと名乗った。元はシビーユ家に仕える家柄で、夫人が嫁いでからずっと傍にいた側近だ。

 ブランディーヌに対しては脅えたような顔で一瞬縮まったが、すでにこの場の空気を察しているのだろう。恐る恐るながらも、証言をする言葉に(とどこお)りはなかった。


「宰相閣下に罪はございません。日頃より夫人は宰相閣下の執務室に自由に出入りでき、印章箱の鍵もお持ちです。夫人の侍女である私が管理をしておりましたので、間違いございません。また夫人は閣下がおいでになる時も、ご自分が差し出した書類にはすべて閣下が内容を論じることも許さず、証印させておりました」

「まさかカティア、貴女は私の夫と不義の間柄にあるのね?! ずっとおかしいと思っていたのよっ。それでこのような裏切りを!」

「っッ……」


 いわれのない罪を着せられたのか、それとも真実だったのか。それは分からないが、ぎゅっと唇を噛んで堪えたカティアを見る限り、先の言葉には嘘はないのだろう。

 それを裏付けるようにして、その場には“夫人の書斎”から押収した書類が並べられた。

 当たり前だが、オリオール家はすでに捜索された後なのだ。夫人の部屋から押収された夫オリオール侯爵名義の証印、そして宰相の名のもとに発行された書類の数々。それが宰相本人の執務室や書斎ではない場所から出てきた時点でも嫌疑は堅い。

 無論、妻の言いなりに国の重職にあるオリオール候が国務会議を経ていない証印を行っていたことも重罪だ。それが分からない侯爵ではないだろう。彼が宰相という地位にある以上、公文書偽造と私的な使用は十分に二人を極刑に問えるだけの罪だ。


「罪を認めます……」


 それゆえに元々争う気もなかったらしいオリオール候はしおらしく罪を認めたが、ブランディーヌはまだそれが認めがたいのか、「夫の罪です!」と言い張った。


「母上、いい加減に見苦しい真似をやめてください!」


 だがそれを制したのは、ぎりぎりとこぶしを握って悲痛の顔をする、彼女の息子マリシアンだった。


「先程の公女殿下のお言葉を聞いていなかったのですか? クロード殿下はもう、保護されました。私もその場に立ち会い、殿下に何があったのかを問いました。私が……貴女の息子が、この耳で聞いたんです。『自分をかどわかし、塔に入れたのはブランディーヌである』と!」

「マリスッ……貴方まで、そんな」

「もう、それ以上話さないでください。貴女が私をクロード殿下の側近にしてくださったことに、私は感謝していました。なのによりにもよってその母が、私の主を害したなど……私は殿下に、どう顔向けできましょう。それにもかかわらず謝罪する私に、殿下は『よく来てくれた』と言ってくださいましたッ。これ以上私は、恥知らずにはなりたくない!」


 息子に裏切られたことは少なからずブランディーヌにとっても予想外だったのか、一瞬言葉を噤んだ。ただ予想外だったのは、そこでオリオール候が突然「それらの書類はすべて、私が夫人に個人的に、一方的に渡したものです」などと言い出したことだろうか。

 驚いたように彼の息子達は顔を跳ね上げたが、オリオール候は撤回するつもりはないようで、先程までの憂鬱そうな面差しとは裏腹の淡々とした声色で夫人を庇いだした。


「陛下、どうかお許しください。このような地位に置き重用してくださった陛下からの信を、私は裏切りました。私は夫人からの歓心を得たいばかりに、陛下の許可があったと偽り、宰相としての印章を用いて偽書を製造してまいりました。夫人の書斎からそれらが見つかったそうですが、夫人はそれが偽書であることを存じていないのです。私がそう言って、融通いたしました。クロード殿下の件もそうです。私が、陛下の命により塔に収監するのだと夫人に告げたのです。夫人はそれを真実だと思い、ただ娘のかつての不幸を思って苦言を吐いてしまっただけなのでしょう」

「ピエリック……貴様ッ」

「どうかお許しください、我が王よ」


 深くその場に膝をついて謝罪するオリオール候に、リディアーヌも不機嫌に眉をしかめた。今も昔も、この男はコレなのだ。

 彼はブランディーヌに対して、深い負い目を抱いている。名門といわれて遜色ない家柄でありながら王家からの王女降嫁に預かることがまるでなかったオリオール家は、長い歴史の中で初めて“王女ブランディーヌ”の降嫁を受けることに成功した。

 正しくは、異母兄より操りやすい異母弟を味方につけ、クリストフ一世にはまるで重用されていなかった名門に目を付けたブランディーヌが意図してピエリックに近づき降嫁を望ませたのであり、あくまでもシビーユ伯爵令嬢としての結婚であったのだが、それでもピエリックにとってブランディーヌは王女であり、尊い存在なのだ。

 ブランディーヌのおかげで、オリオール家は侯爵家の名に恥じない家柄になり、子供達は王族の血を引く子となった。ブランディーヌのおかげで、ピエリックは現王即位の第一の功臣となり、宰相という地位に就いた。ブランディーヌのおかげで、ピエリックは宰相として思うがままに国政を操ることができ、ブランディーヌのおかげで息子達は有力な家柄と縁を結び、娘を王太子の許嫁にできた。

 すべてがブランディーヌの望みであり、ブランディーヌが指示したことであって、それに従うのか彼にとっては当たり前でもあったのだ。

 オリオール候がそれに反発したのは、おそらくヴィオレットが自ら国を出て行こうとしたことを妻に知らせなかったという、その一度きりなのだろう。娘のためだったのか、あるいは積もりに積もった不信感が堰を切ったのか……だが今なおブランディーヌを庇う様子を見ると、何とも憐れでしかない。

 こんなことでブランディーヌを庇ったところで、無意味であるというのに。


「司法官。次の議題を」


 だからリディアーヌが自らそう促してやると、はっとした司法官は少し困ったように王を窺い、だが王が頭を抱えて俯いているのを見ると代わりにリュシアンを窺い、彼が頷くのを見てごほんと咳払いをした。


「では……ヴィオレット派を名乗り反乱を幇助していたリベルテ商会についてですが」


 次の議題は嫌疑というだけあって、彼らがヴィオレットを名乗っていたからといって直接ヴィオレットが関与していたわけでもないものだった。デッセル卿が淡々と「このように名を使われたことをクロイツェンも遺憾に思っています」ときっぱり証言したため、かつてヴィオレットがこの国の残した禍根に由来しているとはいえ、直接ブランディーヌを追求するには足らない。

 そのためブランディーヌの様相はどんどんと晴れがましくなっていった。

 だが当然、そんなことで言い逃れさせるつもりなんて最初からないのだ。


「これにて、こちらから提示した議題は以上となります」

「ほほほっ、無駄な時間を使ってくれましたこと。このような不当な扱いをしたことは忘れなくってよ。覚悟なさい」


 そうブランディーヌは揚々として司法官達を見やったが、彼らはそれを意に介した様子もなく上座を仰ぐと、リュシアンを見やって深く一礼をした。


「なお、王太子殿下よりこの場で今一つ、追加の議題があることをお伺いしております」






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