5-41 ククとお師匠
「きっかけは復讐のようなものだったようです」
「復讐、ね……」
「長く同じ場所で仕事をしている内に、現地の未亡人と内縁の関係になっていたと。その女性には連れ子の娘が一人おり、仕事での留守中にその娘が領主に連れて行かれ王都に献上されたようで。それを追って王都に向かったところで、娘が城の王の寝所から身を投げたことを知ったと。亡骸はそのまま、王の命を狙った不届きもの都の汚名を着せられ、裸で城門に吊るされました」
「……おぞましいことだわ」
ゆっくりと息を吐いて、ジリジリと机の上で揺れた炎の先の男を見た。
制圧されてからこの方、一度も抵抗することなくじっとしている寡黙な男に、部屋の隅でククが肩をすくめた。こういう人なんです、とでも言わんばかりの様子だ。
「それから随分と、この件について調べて回っていたようで、すぐに王都近郊に配置も代わっています。有益な情報を売って本部の人事に融通を利かせてもらったようですね。何しろこれまでの実績がちゃんとしておりましたから、本部も二つ返事で承認しておりました」
その辺の調べは、またうちの優秀な文官達がどうにでもしてくれるだろう。
「十四年前の先王派貴族の関係者や孤児達を買っていた件は?」
「買われた子供は四名。うち一人がククですが、それより先に女子を一人と男子を二人引き取っておりました。それから別件で、十年前と七年前にも一人ずつ男子を引き取って育てていますが、クク以外は全員亡くなっております。理由は……」
ふとシュルトが投げかけた視線に、ククが冷ややかに口端を吊り上げた。
「まぁ、いわゆる捨て駒ってやつで。諜報員として育てるといえば聞こえはいいですが、どれも情報収集の体のいい目くらましに使われたんでしょう」
「……」
鳥売りの男は何も答えなかったが、ククの顔を見る限り決して遠くはない内容なのだろう。おそらくククも似たような使われ方をして、だが自らの才覚でそれを乗り切った。ククにとっては優秀な師匠の教え子であるということが誇らしいことだったのだろう。亡くなった他の弟子達に思う所はないように見えた。
この男を師匠として慕い続けていたことを思えばそんな情景も想像に難くなく、だが師匠側にとってみれば粗雑に使って来た負い目もあるものだから、何をどうしても死なない弟子を扱いあぐね、監査が来た時、ここぞとばかりに追い出したのかもしれない。
「随分と汚い真似をしたものね。まぁ、それが貴方のやり方であったというのであればそれを咎める気はないけれど……わざわざ先王派の貴族の縁者を利用したというのは、先王に身内を殺された私にとって気分のいいものではないわね」
「なのになぜ、そこの愚かなフォンクラークの孤児を信用した」
「親の罪を子の罪として取り違えるようなことはしないわよ。ちゃんと仕事をするのならそれでいいわ。貴方の裏切りを見過ごす気はないけれど、とてもいい鳥匠を育ててくれたことには感謝しているわよ。これほど優秀な弟子を恐れて捨てるだなんて、馬鹿ね」
「……」
ゆるりと持ち上がった男の暗い瞳に、ジジと揺らめく蝋燭の火が移りこんだ。
「それで。貴方は娘の復讐に駆られて、鳥売りと言う名の娘売りに転身して元凶を探り出したのね。犠牲になる他の娘の事なんてどうでも良くって、ただの仇探しのために」
「もとよりフォンクラーク人にかける情けなどありません」
「娘の母はフォンクラーク人なのでしょう?」
「……」
いい年をして、自分で自分の感情も制御できず、挙句の果てに自己満足のための敵討ちか。救いようのないことだが、どうやら根底にフォンクラークに対する悪い感情は有るらしい。まぁだからこそ、先王派の孤児を死んでも惜しくない使い潰しにしたのだろうが。
きっと、最初に持ち合わせていた忠誠心に偽りはないのだ。それが誰に対するものなのかは分からないが、十四年前のベルテセーヌの国王夫妻暗殺後、犯人と目されたフォンクラークに自ら望んで赴任したと聞くから、その件で思うことがあったのは確からしい。
だがそれがいつの間にかフォンクラークで一人の女性に絆され、恨みと愛情の間で感情に齟齬が生じ、己の本分を忘れてしまった。
「あっしは師匠から、その土地に染まってもその土地に心を染めるな、と教わりやした。長く同じ土地に住んでいれば愛着が湧くもので。でも鳥匠というやつはヴァレンティン公国の諜報員であり、ヴァレンティン家の手足。すべてがヴァレンティンのためであらねばならないと。あっしはそれこそヴァレンティンには足も踏み入れたことのない身の上で、ピンとは来なかったですし、給料をいただいているってだけの感覚でしたがね。それが不思議なもので。オトメールに赴任してからは土地への愛着よりも、公女府から次から次に舞い込んでくる依頼にてんてこ舞いで、それが中々に面白く思っておりました」
「貴方は相当の変わり者のようね」
「その変わり者をこれほど楽しませてくれる上司だなんて、どんな人なのかと興味もひとしおでしたぜ」
こほんっ。
「あっしも馬鹿ではありません。幼いながら罪人の孤児という地獄から買い取ってまともに生活する術を教えてくだすった師匠は恩人であり、親のようにも思う存在でしたが、あっしが……というより、フォンクラーク人というものが師匠に憎まれているのであろうことは、幼いながら察しておりましたよ。だから師匠がご主人様の傍にいるあっしを嫌悪して貶めようとすることには、正直、驚きはしやせんでした」
ぐっと奥歯を噛んで押し黙る鳥売りに、ククは一つ肩をすくめてみせた。
自分で自分のことを語りつつも、やはり少しの親を思うような郷愁があったのだろう。自分の言葉を否定されなかったことに、がっかりとしたようだった。
「私は諜報員の処分については詳しくないわ。クク、貴方の親代わりでもあった師匠よ。今回の件を、どう裁けばいいと思う?」
「それはご主人様、言うまでもありませんぜ。あっしの“姉”やら“兄”やら、まぁあっしにとっては出来の悪い邪魔な人達でしかありやせんでしたが、それでも同じ師匠の弟子らが、わずかにフォンクラークに郷愁を持った瞬間、捨て駒とされたのを見ておりやしたから。とても残念なことながら、同じ運命を辿るべきでしょう」
「あら、それだけ? この男はヴァレンティンの諜報員でありながら、あろうことか公女である私まで餌にして、あの代官に取り入ろうとしていたのよ。上手くいけば国をも揺るがす大きな情報と証拠が手に入ったでしょうし、あるいはその後ちゃんと私を救出する手はずだったのかもしれないけれど、結局それはヴァレンティンじゃない、フォンクラークのための行為なのだから、これは“造反”と言っていいことよ。それに成功していたら今頃、そして明日にはどんな惨劇が起きていたことか」
「ご主人様のお仕事はベルテセーヌから逃げてくるかもしれないお兄君様殺しの逃亡を防ぎ、フォンクラークからの援軍が出ないよう差し止めること。なのにそれが駄目となったとしたら、代官はベルテセーヌに勝手に派兵。ご主人様とは連絡が取れず、あちらの王子様方もこれを聞いて大暴走。こりゃあ間違いなく、国を挙げての大戦乱ってことになっていやしたかね。こうなるとヴァレンティンも、あるいはご主人様と懇意としている国々も動きかねません」
「そうね。つまり鳥売り、貴方はよりにもよって諜報員として最もやってはならなことをしたわ」
公女を危険にさらしたこと? いや、そうじゃない。
「帝国の礎たる選帝侯家の、ヴァレンティンとしての仕事を邪魔した。それは諜報員として失格どころの話ではない大罪よ。それは貴方が一番よく分かっているはずね」
再び瞼を下ろして打ち震えた鳥売りに、ゆるゆると息を吐いた。
なんとなくわかっている。この男がリディアーヌを餌に選ぶという愚行を決意したのは、リディアーヌがククを傍に置いて重宝していたせいだろう。かつて自分が捨てた、フォンクラーク出身の罪の子。それが、もう十年以上もこのフォンクラークにいて尽くしている自分より重用されているのだ。
しかもその十数年で、彼はすっかりと故郷から見放されたかのような勝手な感情の揺らぎに陥りヴァレンティンから心を遠ざけ、身勝手な行動を取っていることすらすべて自分を捨て置くヴァレンティンのせいと思うような逆恨みのどつぼに嵌まり込んでいた。そんな恨みのようなものが、ククの存在によって助長されただけだ。
かつては、ひたすらに影に徹して国に利益をもたらす者が鳥匠であるのだと弟子に躾けた者が、なんという愚かな結末なのか。諜報員となるには随分と特殊な適性がいると聞いたことがあるが、かつて適性ありと言われた男もこのように変わってしまうのだから、なるほど……これは彼らを“使う側”として、今回の件はリディアーヌも心に留めておくべき件であった。
「改めて問うわ、クク。彼をどう処せばいいかしら」
「身内を裏切るのは諜報員のタブー中のタブーと教わりやした。それも公女様相手となれば、極刑なんて可愛らしいものでは足りませんで。でしたら、最も望まない死を与えてあげるべきでしょう」
「そうね」
「ご主人様が手をかけてあげるほどの慈悲も必要ありやせん。公爵様に引き渡して、娘さん達を取引していた愚かな代官の一味として、同じように葬らせるのがよろしいかと」
「いいわ。そうしましょう」
ふぅと息を吐いたところで、すでにそんな罪すらもどうでもいいと無関心な男を見下ろした。
鳥を扱う術は超一流と言われ、ククのような優れた人材を育てた人だ。こんな場所で失うにはとても惜しい人材であったのに、勿体無い。だが一度裏切った人間に機会を与えてあげるほど、リディアーヌは優しい人間ではないのだ。
(それにこういう人間は、被害者面をしながら二度、三度と裏切るものだ――)
目の前の紙にサラサラとその処分に関する文字を綴ると、シュルトの差し出した青い封蝋で封をして、それをククへと差し出した。
「この処分状を、フォレ・ドゥネージュ城に送ってちょうだい」
「かしこまりまして」
ククにその処分を送らせることはシュルトが提案した“ククを見極めるための踏み絵”であるけれど、この様子を見る限り、ククがその手紙をどうこうするということはないだろう。
そんなククに免じて、「後は任せるわ」と席を立ち、シュルトを連れて席を外してやった。
残された二人がどんな話をしたのかは知らない。
ただククはそう長い時間をかけもせず、ケロリとした顔をしながら現れて、ただ少し赤くなった手の平をひらひらとさせながら、「素手で物を叩くってのは、意外とこっちも手痛いもんで」なんて言いながらひょこひょこと飛ばす鳥を選びに行った。
こんな別れであったとしても、恐らく彼は、ククにとっての父親だったのであろう。ククは引き立てられていくイブーを見送る事はしなかった。
イブーはヴァレンティンの手を介することもなく、フォンクラークの悪事の場であった代官所でバルティーニュ公に借り受けた騎士に処分させた。
その亡骸は、代官と同じ鳥籠に入れられ、王都に移送されるという。
遺体は城門に晒され、やがて罪人墓地に、彼の憎んだフォンクラークの罪人達と共に葬られることだろう。




