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5-27 裁断の時(4)

「それでは、審問を始めよう。まずはオリオール侯爵夫人、アグレッサが先王子女の……ごほんっ。ヴァレンティンの公子女の毒殺に関与していたことを(ほの)めかしたのはそなたであったな。今一度、公女の前で話してもらいたい」


 まだどこかブランディーヌに対して及び腰な王の言葉ながら、ブランディーヌは余裕のない歪んだ面差しで惨めに這いつくばるアグレッサから視線を逸らした。あまり、いいとは言えない状況であることは察しているようだ。


「さぁ……何の事でしょうか、陛下。そのような古い事件のことを持ち出されましても。私はただ、クロードが罪を犯したのにのうのうと王妃面をしているなど恥知らずもいいところと糾弾しただけでございますわ」

「ブランディーヌ夫人ッ、貴女ッ!」


 喚こうとしたアグレッサに、咄嗟に騎士がそれを抑えつけた。母を見るザイードの目が不安そうに揺れている。


「クロード殿下の罪というのは何のお話でしょう、陛下」


 だからひとまず話の(ほこ)(さき)を逸らすように、ブランディーヌの言葉の上げ足を取ったところで、ブランディーヌがまた嫌そうに眉をしかめた。


「クロードは、責務を負う立場でありながら音沙汰もなく身勝手に城を出、行方をくらました。その無責任に対しオリオール侯爵夫人より糾弾を受けたことで、余は廃太子とした。だがここまで長引いてくると、この行方不明は意図的ではなく害されていると見るべきであり、悩ましく思っている。如何であろうか、侯爵夫人」

「……陛下」


 オリオール侯爵がおろおろと困ったように自分が祀り上げた王に懇願するような目を向けたが、王はそれを見ることもなく、「答えぬのか?」と繰り返した。

 その挑発に、「どうやら遠慮する必要はなさそうですわね!」とブランディーヌは眉を吊り上げる。異母弟の今までにない反抗的な態度がよほど気に入らないのだろう。


「まどろっこしいことは無しに、申し上げましょう。“ルベールス”、貴方は玉座に甘んじ、誰のおかげでその地位を得られたのか忘れてしまったようね。この姉の恩も忘れて私の娘を(ないがし)ろに捨て、ましてや国外に追いやるだなんて、とんだ恥知らずだわ。なのにその上、このような場で私を(はずかし)めるおつもりですの?」

「ッ」


 国王の“名”を呼び捨てたブランディーヌに、貴族達の間に(せん)(りつ)が走った。チラリと窺ってみた国王の顔色は、背骨を抜かれた人形のように覇気もなく青褪めているが、だが決して悲嘆の色はない。

 彼はもう、義姉というものからの抑圧に痛みを感じることもないほどに、それに慣れ切っているのだ。


「辱めるなど。余はただ問うているだけだ。そなたの娘の婚約破棄がさぞかし気に(さわ)ったことは承知のこと。だが聖女が現れたのだ。我らが待ち望んだ、待望の娘だったのだ。ゆえにヴィオレットとの婚約を白紙に戻すことは侯爵も納得したことであるし、何よりもヴィオレットが自ら身を引くと宣言したことを、皆も聞いているはずだ」


 王に視線を向けられたアンジェリカがドキリと一瞬身をすくませる。だが意を決したのか、ほどなく兄の影から出て「相違ございません」と頷き、それを見たラジェンナも、「私も幾度もその相談を受けております」と答えた。ヴィオレットに近しい立場であったラジェンナの証言があっては、周りも反論できまい。


「だがそれでは収まらぬというので、余は心を竜とし、そなたに恥をかかせた我が子クロードを廃太子とした。そうして、手を打つしかなかったのだ」


 堂々とブランディーヌに膝を屈した事実を宣言する王もどうかと思うのだが、これについては貴族が騒ぐ様子もないから、きっとベルテセーヌでは皆が百も承知している事実なのだろう。


「ええ、その件は確かに、私も……可愛い娘を失った母として到底受け入れられぬものでありながらも、なんとか涙をこらえ、王への忠心をもって受け入れましたわ。ですがそのように息子を育てた母にも責任はありましょう。私はただ、王である前に親として、クロードの生母にしかるべき罪を与えるよう申し上げただけです」


 おいおい、どの口が、なんて呆れてしまう。これには正面で同じような顔をしていたセザールと目が合い、どちらともなく苦笑してしまった。

 まぁ正直、今ブランディーヌがわめいている内容についてはどうでもいいのだ。

 かつては手を組んだはずのブランディーヌとアグレッサは、このクロードの処遇を巡って意見を違えるようになってしまった。その二人の対立の末にブランディーヌが口走ったという過去の事件。その(へん)(りん)さえ今一度耳にすることができれば、それでいい。


「それはつまり、かつて子の罪に座したユリシーヌとそこにあるジュードが罰を(こうむ)ったかのようにか?」

「ええ、そうです!」


 この人には他人の心を慮るという良心が欠如しているのだろうか。そう言いたくなるほどのきっぱりとした肯定だった。思わずセザールが兄ジュードの腕を抑え込んで警戒したほどである。幸い、ジュードはまだ耐え忍ぶことを選んでくれているようだが、一体いつ爆発するのか恐ろしい。

 だが国王が珍しくもいいことを言った。話の矛先が、九年前に向き始めたのは幸いだ。


「であれば猶更、真にクロード殿下に罪があったのかはよくよく調べねばなりませんわね」


 ここぞとばかりにリディアーヌが口を開けば、過度なほどに意識してブランディーヌが視線を投げかけて来る。


「国王陛下は先程、オリオール侯爵夫人の圧力により廃太子をなさったとおっしゃいましたわね。そこに一体、どんな母の罪があるというのでしょうか」

「ッ……公女。そもそもこのような場でこのような議論をすること自体がおかしいのです。他国の者である貴女に口を挟まれる覚えはなくってよ」

「覚えがない? いいえ、夫人。確かにクロード殿下の件に私は関係ございませんけれど、そのクロード殿下を王太子とし、あるいは自分の娘を嫁がせるために第一王子を貶め私の義兄と義姉を無残に殺した黒幕がいたのであれば、それは大いに関係のある話です」

(たわ)(ごと)を!」

「ふふっ、戯言?」


 一体私達が、どれほどこの瞬間のための準備をしてきたと?

 どれほどの長い時間、周到に探り、考え、この怒りを堪えてきたと?


「アンジェリカ」


 声をかけた先で、ぱっと顔を上げたアンジェリカが緊張した面差しで左右を見渡し、ほどなく兄に背を押される形で足を踏み出した。

 ギロリと睨みつけるブランディーヌの視線に一瞬脅えたようだったけれど、「こちらにいらして」とリディアーヌが呼び寄せると、少しでも早く夫人から離れるように、そそくさと脇を通り過ぎ、階段を駆け上がった。その手には、ぎゅっと紙束が抱きかかえられている。


「陛下。聖女アンジェリカより、提出すべき書が有ると伺っております。お納めくださいますよう」

「あの、陛下……聖女には、御世を記録し、聖女の書架にそれを納めるという仕事がございます。これは、私がその聖女書庫において見つけた、先代聖女“リディアーヌ王女殿下”の残された手記の一部です」


 ガタンと腰を浮かせた国王に、皆の視点が困惑気にさまよった。おそらくこの中にはリディアーヌ公女をリディアーヌ王女と知る者達もいるはずで、そんな(いぶか)しむような視線も多く混じっていただろう。

 だがそれがどうした。王女は死んだ。ここにいる皆が、王女を殺したのだ。聖女の差し出した亡き王女の手記に、“偽物では”だなんて口に出せる者はいない。


「……拝見しよう」


 そう頷いた国王に、セザールがそれを受け取り国王の元に運ぶ。

 それを一枚、一枚と(めく)り、やがて最後まで目を通した国王が「読み上げてやれ」と突き返すと、口元を緩めたセザールは嬉々として(うろ)()える貴族達を見渡した。


「あぁ、これは大変に興味深いですよ。あぁ……これなど(いか)()でしょう。『紅茶に砂糖を用いる人のいない王太子宮に、蜂蜜ではなく砂糖を送った愚か者は誰なのか』。ええ、これは私もとても気になっていました。

 ご存じですか? アグレッサ妃。先王子殿下は、砂糖の毒でお亡くなりになりました。ですがリュシアン兄上は元々甘いものを嫌っておいでで、一方の先王子殿下と義姉上は砂糖ではなく蜂蜜を好んでいたのです。兄上をはじめ、王太子宮の者は皆そのことを存じていたのに、何故王太子宮のメイドは貴女の宮から“砂糖壺”なんて無意味なものを盗んだのでしょう」


 ガバッと顔を上げたアグレッサの顔に、驚嘆がよぎっている。

 セザールめ……いきなり重たいカードから切るだなんて。


「こちらも興味深いです。『リュスはお兄様に宮内から毒味の者を無作為に指名するようおっしゃったけれど、身内を疑うべきではないからとお兄様はお断りになった。気持ちは分かるけれど、私達を狙うのはきっと宮外の人だろうから、もっと警戒してほしい』。なるほど、義姉上は宮外を警戒していて、リュシアン兄上も毒味を提案されていたのですね。ですがおかしいですね。そんな方がわざわざ毒で暗殺を試みますか?」


 正直この辺りは突っ込もうと思えば突っ込める内容なのだが、その手の内容が二枚、三枚、と念を押すように積みあがって行けば、中々口も挟み辛かろう。


「あぁ、そして極めつけはこれですね。『お砂糖はアグレッサ様の贈り物』――」


 そうセザールがほくそ笑むように口にした瞬間、「偽書ですわ!」と対にアグレッサが声を荒げた。

 周囲のひそひそとした囁き声に神経を逆なでられているのか、キッと周囲を見回したアグレッサは、皆分かっているでしょうとばかりにリディアーヌへと視線を誘導させた。


「これはどういうつもりです、公女殿下。このような偽物で私を(おとし)めるつもりならっ」

「筆跡鑑定が必要かしら?」

「そういうことではッ」

「じゃあどういうことかしら。亡くなった王女の他には聖女であるアンジェリカしか入ることのできない書庫で見つかったものよ。私に偽造なんてできないわ。それに私、お義姉様の筆跡は残念ながら存じていないわ」

「これが本物の筆跡であることは私が証明します。私でなければ、ジュード兄上が証明してくださいますよ。一年間、共に学院に通っていたので、義姉上の筆跡は見慣れています。これは間違いなく、先王女殿下のご筆跡です」

「そんな戯言を聞いているのではないのよっ! 皆、ご存じでしょう?! なぜ黙っているの?! その王女というのはッ」

「口を閉ざせ、アグレッサ!」


 ダンと床を踏みしめた国王に、たちまちひゅっとアグレッサが言葉を飲み込んだ。

 珍しい王の強気の声は貴族達にも響いたらしく、皆が今にも口から出そうになっていた言葉を同じように飲み込んだのが分かった。

 そうだ。それでいい。王女は死んだ。彼らは皆、それを神に誓約したのだ。分かっていないのはラジェンナをはじめとする若い者達ばかりである。


「まぁ、お疑いになる気持ちは分かってよ」


 このシンと静まった緊張感の走る空間を動かすべく、ゆるゆるとリディアーヌは言葉を(つむ)ぐ。


「けれど疑うというのであれば、私が自ら、この口で問うてあげるわ。あの日、あの時、王太子宮にお砂糖だなんていう的外れなものを贈ったのは、一体どこのどなた?」


 シンと静まり返った会場の中で、誰とも知らない鈍い心臓の鼓動音が空気を震わせているようだった。


「ほんのわずかなことよ。ほんの少し。もう少しだけ、まったく甘いものを好まない殿下が、『砂糖ではなく蜂蜜だったな』と気が付いてくだされば。お兄様が遠慮せずに、『砂糖ではなく蜂蜜を』と口にできていれば、避けられた事件なの。それは決して周到で完璧な計画などではない、()(さん)な計画だったわ。なのに殿下とお兄様の間のただ少しの遠慮と(つぐ)んだ言葉のせいで防ぐことができなかった。その一言を口に出せなかったばかりに、罪のない大勢が処罰を受け、命を落とし、平穏という物を奪われたの」


 ポツ、ポツと呟きながら席を立ち、中座から見下ろしたリディアーヌの冷たい眼差しに、アグレッサが言葉を失ってゆくのを見た。

 もう分かっているはずだ。あの時一緒に殺されるはずだった王女は、すでに誰が自分を殺そうとしたのかを知っているのだと。


「あの時とは逆ですわね、アグレッサ妃。私はあの日、貴女の座り込んでいるその場所で、若くして逝ってしまわれた兄の棺を前に呆然としたまま、クロードを連れて階段を上る貴女を見ていたわ。とても、とても嬉しそうに、誇らしそうに微笑んでいらしたわね」

「ッ……」

「あの時私がもう少しだけ気丈としていて、あの場で『おかしいわ』と口にできていれば、何か違ったのかしら。でも過ぎたことは、もうどうにもできない。亡くなったお兄様を取り返すことも、ユリシーヌ様の悲劇やリュスとジュードの九年間を取り戻すことも出来ないのだから」


 だけどただ一つ。恨みを抱いて死んだ墓の下の王女を、起こすことだけは出来る――。


「アグレッサ妃、ご覧になって。貴女の子が、貴女を追い詰める私を今にも刺し殺してしまいそうなほどに激しい目で見ているわ」


 そっと窺った先のザイードが、名指しされてビクリとジュードの陰に隠れた。だがもう遅い。その目を見てしまったアグレッサが動揺に歯を鳴らした。


「ええ、怖いわね。怖いでしょうね。九年前には、今ザイードが頼りにしているあのジュードが、唯一無二の兄を追い詰め貶める貴女にそんな目を向けていたのだもの」


 びくりと顔を跳ね上げたザイードに、ジュードがその頭を撫でる。

 それはただ弟を気遣っただけの所作だったはずだが、アグレッサにはただ人質を取られているも同然に映ったことだろう。


「っ、やめてっ。ザイードはっ……息子達は何も関係がないの!」

「ええ、知っているわ。ザイードは勿論、クロードもまだとても幼かったのだもの。でもそのおかげで貴方達が得たものがある以上、責任が全くないとは言わせないわ」

「違うっ……違うのッ! 私はせ、先王子殿下を、あ、あんな……あんなことになるだなんて、私は知らなくて!」


「では誰が、何と貴女を(そそのか)したの?」






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