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5-18  今後の手筈(1)

 ほどなく荘園の館の鎮火と鎮静化の報告を受け、城門を出て慌てて駆けつけてきたパンテールの代官を適当にあしらったジュードは、荘園の川下の村の小屋に兵を送ると同時に逃げた者がいないかの山狩りを指示し、パンテールから出させた馬車にリディアーヌ達を詰め込むと何処とも言わずに送り出した。

 ここまでの道中、大変なことばかりだった。同車するリアーヌとルシールは豪華な馬車に緊張していたようだけれど、リディアーヌの方はむしろ久しぶりの慣れ親しんだ振動にぐっすりと熟睡してしまい、次に目が覚めた時には随分と綺麗な姫君の部屋の豪華なベッドで、肌触りのいいシルクに身を包まれていた。

 我ながら自分で自分に驚くほどの熟睡だったようだ。


 ここはどこだろうか。それに今は何時だろう。窓の外が随分と明るい。ちょっと寝すぎたのか、頭がくらくらする。とりあえず身を起こしてベッドサイドのベルを鳴らすと、すぐにも数人のメイドがやって来た。

 見慣れた顔はいない……と思っていたのだが。


「イザベラ?」


 なぜか最後尾から、ヴァレンティンにいるはずのうちの側近護衛騎士がやって来た。


「ご無事で何よりです、姫様」


 ベッドサイドでそうほっと安堵しながら手を貸してくれたイザベラに首を傾げつつ、背中にクッションを入れてもらう。

 どうやらイザベラが入ってきたのはリディアーヌを安心させるためだったようで、「セザール殿下のお連れになった者達です」とメイド達が安全であることを教えてくれた。日頃のリディアーヌの警戒心の高さを知っているイザベラらしい気遣いだ。

 さらにイザベラが自ら、メイドが運んできた水が安全であることを示すように飲み水の毒味を買って出てくれた。そうしてもらってようやく安心できるというリディアーヌの警戒心に、メイド達も変な顔をすることはなく、自分達も率先して安全であることを確認しながら持ち込んだ湯一つ一つを自分達の手でかき混ぜて見せながら、隣室に湯を用意してくれた。おかげで、多少なりとも肩の力を抜いて、昨日の疲れを癒すことができた。

 どうやらここはセザールの住まいか、それに連なる場所らしい。


「それで、どうしてイザベラがここに?」


 身を清めてさっぱりとしたところで、メイド達に丁寧に髪を拭いてもらいながら問う。

 ようやくひと心地着いた気分だ。


「どうしてもこうしても……」


 まぁ、その質問の答えは分かりきっている。リディアーヌが突如プラージュから姿を消したせいで、フィリックが派遣したのだと思うけれど。ごほんっ。


「オトメールから情報が届いてすぐ、フィリック卿が姫様の正式な訪問の手続きを取り、私達の派遣の段取りも整えました。私と、それからシュルト卿とスヴェンが来ています。私達はつい先日、姫様訪問の先触れという体で入国し、ちょうど昨日、国王陛下に謁見したところだったのです」

「そうだったのね……」

「ハンナが荷をまとめてくれたのですが、さっそく役に立ちそうですね」


 そういうイザベラの視線の先で、メイド達が「こちらは如何(いかが)ですか」と広げたドレスに見覚えがあった。間違いなく、リディアーヌの私物である。ハンナが見繕って、リディアーヌのための荷物として積み込んでくれていたようだ。

 久しぶりのヴァレンティンのドレスが心地よい。ベルテセーヌはヴァレンティンよりも暑い場所なので、ハンナも気遣ってくれたのか、薄手の物を沢山用意してくれていたようだ。アルテンからいただいた薄布を使ったひらひら薄い袖の下衣に、柔らかく叩いたリネンの上衣。スカートのふくらみはリディアーヌ好みの控え目なラインで、裾にあしらわれたレースの小花と大きく取ったタックの広がりが涼し気に見える。

 長い髪は丁寧に乾かしてゆるく結い上げ、久方ぶりに軽い化粧を肌に乗せ、一つ一つ、丁寧に装飾品を身に着けて行く。

 この半月の自分なんて見返したくないくらいに完璧な公女殿下の姿である。男主に仕えているにしてはいい腕のメイドだ……と思って誉め言葉を口にしたら、年配の女性が苦笑交じりに、「私共は日頃メディナ様のお世話をしております」と言ったので大いに納得した。気を使ってくれたのはセザールではなく、その母のメディナ妃の方だったらしい。

 それから軽い軽食をいただいていると、リディアーヌの目覚めを聞いてタイミングを計っていたらしい侍従がセザールからの招待状を持ってきた。どうやらセザールも同じ邸内にいるらしい。

 すぐに伺う旨を口頭で伝えてもらい、少しして部屋を出る。


  ***


 部屋の窓からも広々と美しい庭が見えていたが、廊下の作りも上品で整っている。窓のガラスは歪み一つない上質なもので、扉にあしらわれた彫刻や綺麗に並んだシャンデリア、窓枠や燭台の一つ一つに至るまで、すべて質のいい細工が施されている。

 つい先日まで王子の称号を持たなかったセザールの宮にしては立派すぎるようにも思ったが、それは案内してくれた侍従の、「こちらはメディナ様の里宮です」という言葉で納得がいった。つまり、王都の郊外にメディナ妃が賜っている離宮の一つだ。

 だったらメディナ妃もいらっしゃるのかと思ったが、今後宮はアグレッサ妃が罪の問われて王妃を欠く状態になっているため、管理のためにメディナ妃は王城に賜っている宮の方に詰めていらっしゃるらしい。お会いできないのは残念だが仕方がない。


 案内されたのは一階の応接間で、扉の前にはイザベラの言っていた通り、シュルトとスヴェンが待っていた。スヴェンはシュルトの護衛代わりについていたらしく、そのシュルトの方は昨日からこの方、既に一仕事終えた後なのだろう。思いのほかこの場に馴染んでいる。

 シュルトは、とりあえずリディアーヌの姿を見るや否や、珍しくはっきりとため息を吐きながら「ご無事で本当に良かったです」と呟いた。多分、面倒くさいことになっていたフィリックのせいで彼も苦労をしたはずだ。


「フィリックじゃなくてシュルトが来るだなんてね」

「長きにわたる姫様のご不在で、フィリック様は机を離れられないんです。その辺り、ご帰国後、非常にくどくどとご苦言をいただくことになると思いますので、ご覚悟ください」

「……いいでしょう。受けて立つわ」


 今更一つや二つ、お小言が増えたって怖くないんだから。

 ほどなく開けられた扉をくぐると、部屋にはセザールだけでなくジュードにリアーヌ、それからいつこちらに来たのか、ラジェンナもいた。まずはそのラジェンナの無事な姿にホッとした。


「よかった。怪我はないようね、ラジェンナ嬢」

「はい。殿下がすぐに助けを差し向けてくださったおかげです」


 そう言いながらもラジェンナの視線の先にいたのは殿下達ではなく、ジュードの後ろに立っていた気難しそうな顔に眼鏡をかけた男性だった。その男性にパチリパチリと瞬きをし、ほどなく首を傾げる。どこだったか。どこかで見たことが有る。

 いや、まて。ジュードの傍にいるということは……。


「ダリー?」


 そう口にした瞬間、パァッと男の堅物そうな目元が大きく見開かれ、きらきらに輝いた。

 間違いない。ダリー、ことダリエル・エメローラだ。容貌は随分と大人になっていて変わっていたが、この顔は見間違えない。お気に入りの本を見つけた時と同じである。


「お久しゅうございます、殿下……まさかこうして、またお目にかかれる日が来ようなど」


 思わず涙ぐみかけたところをぎゅっと堪えた様子に、ジュードが肩をすくめた。そう言いたいのはこっちだよ、とでも言わんばかりである。

 そういえば、ジュードに“王女の生存”を伝えたのはダリエルなのだと言っていたか。

 あぁ、なんとも不思議な光景だ。セザールがいて、ジュードがいて、ダリエルがいる。まるで十年前の、学院時代のようではないか。


「おかしな心地だわ。学院の図書館でもないのに」


 そう苦笑しながら勧められるままに席に着いたところで、昔を思い出したらしいセザールも苦笑をこぼした。だがその苦笑はすぐに消え、「それで、旅行は満喫されましたか? 殿下」と言った低い声色に、思わず肩をすくめてしまった。

 セザールのこんな声、以前彼がリンテンであからさまに父王を(ののし)った時以来だ。


「待って、セザール。先に言っておくわ。お小言は勘弁してちょうだい。どうせ後からうちの保護者達に散々叱られるでしょうから、するならその時にまとめてして欲しいわ」

「はぁぁ」


 もれなくため息を吐かれたが、気にしない。

 正直、セザールは怖くないのだ。


「それに、情報は助かったでしょう?」

「……ええ、それは、もう」


 しぶしぶ頷いたセザールが見た先で、ジュードがカシカシと頭を掻いた。どうやら“助かった”のは、セザールよりもジュードの方だとでも言いたげだ。

 実際、改めてリディアーヌを向いたジュードは、膝に手を置くと「恩に着る」と深々頭を下げた。


「パンテールの拠点を狙う連中がいることには気が付いていたんだ。だが誰も見向きもしていなかった荘園で、まさかあんな大それた計画が立てられていたことは知らなかった。おかげでジュペル達も、それにリアーヌ達も……無事だった」


 ちらとジュードが見た先で、リアーヌも深く頷く。


「川麓の拠点で見つけたメモでは、火薬の持ち運び場所はすべてパンテールの予定になっていたわ。なのに実際に目撃した小舟では荘園の方に運び込んでいた……きっとつい最近になって、どこかから情報が漏れたのでしょうね」

「そうか……」


 一体どうして、とジュードは頭を抱えたけれど、その辺りは今回の襲撃で捕えた連中を尋問すれば分かるだろう。


「それからラジェンナ嬢の勇気ある行動にも感謝を。ラジェンナ嬢の証言と今回の事件で捕えた者達のおかげで、随分と大きな利益が得られました」


 セザールの率直な物言いにラジェンナが一度緊張の面差しを見せたが、「私の証言がお役に立つのであればいくらでもご協力させてください」と続けたラジェンナの覚悟も、随分と決まっているようだ。


「そういえばセザール、パンテールにククという男が来なかったかしら?」

「ええ、お聞きしていますよ。姿は見せていませんが、パンテールの襲撃拠点のことや情報を寄越し、手助けしてくれた方がいました。それがそのククという方でしょう」


 セザールが机に置いたのは、リディアーヌがククに渡していた鳥用の文だった。この言葉をリディアーヌの言葉と思うようにと書き添えていたもので、そこにククの得た情報やリディアーヌが寄越した荘園襲撃に関する情報なども書き綴ってくれていたようだ。そのおかげで、すでに出兵準備を整えていた私兵達が、荘園で火が上がった瞬間門を出てきたのだ。

 セザールは「少し遅かったようですが」と言っていたが、十分に助かった。


「彼のおかげで、パンテールで用いていた拠点は無傷のまま、こちら側からあちらの拠点に先手をかけられました。一つ二つ火薬が()ぜてしまいましたが、なぜか他の火薬はすべて水浸しになり無効化されていましたよ。これも、そちらの方の工作でしょうか」

「何かしっかりとした褒美を考えねばならないようね」


 ククったら……やるではないか。


「姫様、そのククですが、こちらの宮の庭に巣作りさせていただいているので、ご用が有れば笛で呼ぶよう伺っています」


 ただシュルトが後ろから付け足した言葉には、もれなく頭を抱えてしまった。

 巣作りって……()()(さま)の王の妾妃の宮で何をしているのだろうか。まぁベルテセーヌの王族に顔を覚えられないよう身を潜めているのだろうが、セザールが苦笑いになっているではないか。


「悪いわね。探して見つかるような真似はしないと思うけれど、もし万が一怪しい鳥連れの男を見かけても見て見ぬふりをするよう通達しておいてちょうだい」

「かしこまりました」

「そういえばケーリックの姿がないようだけれど?」

「フィリック様から預かった仕事を渡してあります。呼び出しますか?」

「……いえ、いいわ。そっとしておいてあげるのも上司の務めよね」


 ごめん、ケーリック。

 そんな話をしていると、じぃっとこちらを見るジュードの視線に気が付いた。

 観察するとでもいうのか、どこか不思議そうにこちらを見る視線が不思議で、「何か?」と首を傾げた。その顔にジュードは何やらひとしきり考えこんだようだったけれど、ほどなく細く吐息をこぼしながら、わずかな憂えを帯びた面差しで小さく口元を緩めた。


「すまない。ちょっと不思議で」

「えっと。私が生きていることが?」

「いや、まぁそれもなんだが、それだけじゃなくて」


 何と言ったらいいのか、というジュードに、「分かりますよ」とセザールが口を挟む。だからますます首を傾げてしまった。


「私は元々、ジュード兄上ほどに親しかったわけではありませんが、そんな私から見ても、公女殿下は雰囲気が変わられました」

「……あぁ」


 そうか。そういえばそうだろう。


「いや、“九年前が違っていた”だけなのかもしれないな」






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